第一発見者が思うこと
「「「……ううぅぅぅうううん」」」
海に向かって伸びをするモコモコに着膨れした三人。
どーも私と幼女ちゃん、そして負け犬です。
飛行船に乗って三日、オクトー区域の隣に位置するセッテ区域にやってきました。
街内を飛行船で移動するのに三日って、なかなか凄いよね? 改めてこのクロックシティーの大きさが分かるってもんよ。
到着してキャリーバッグから出てみればビックリ!
「「「寒ッ!!」」」
雪が積もってます……。
そりゃ寒いワケよ。微妙に冬服もってなかったから、何枚か持ってた服を重ね着してるけど、首元がスースーしちゃう。
「とりあえず冬服買わない?」
「……さんせい」
海って聞いてたから砂浜のビーチみたいなのを想像してたのに、現実は潮風と吹雪をブレンドした、寒波厳しい北海の港みたいな場所だよ……。
「こう言うの堤防っていや良いのかねぇ?」
船は止まってないけど、コンクリートを固めたような通路が海側に伸びていて、その先に歯車と灯台が見える。近いのは防波堤かな?
「漁業が盛んな区域らしいからな」
負け犬が歯車灯台の向こう側を指差す。
ほぉん……確かに歯車灯台を挟んで向こう側には大きな建物がズラリと並んでいるね。
あっち側は船も停まってるし、水揚げした魚をどうこうする施設かな?
「こりゃ海産物が楽しみですなぁ」
「……エビくいてぇ」
いいねエビ! 金もあるし贅沢しちゃう?
そんな私たちの会話を聞いた負け犬が、ニヒルに笑う。
「ふ、海産物と言えば満月アンコウの肝よ……酒に合うんだコレが」
アン肝ねぇ……あんま食った事ねぇけど美味いのかな? 正直クセが強そうっつーか。
「おっと、ガキには肝の美味さは分かんねーか。ははっ」
「……キモがないから恋しいか?」
「失った臓器を求めての蛮行じゃねえよ……なんの妖怪だ……」
まぁとにかく、セッテ区域に無事到着できてよかったわ。
「そんじゃあ私たちはどうしようかね?」
「……金はある。情報収集」
その辺が妥当かね? やっぱり貴族を探して豚貴族の情報を得るのが一番の近道か……。
「それじゃあ、もう俺に用はないな? ……ないよな?」
負け犬がチラチラと幼女ちゃんを見て反応を窺う。
そこんとこ、どうなんです幼女さん?
「……うむ、どこにでも行くがいい」
「そうか! なら話は早い! お前らも元気でな」
負け犬は実に晴々とした笑顔を見せたあと、私たちの前から立ち去る。
「今日の宿はここにするか」
そして背後のホテルを見て、そう呟いた。
「そうそう……まぁなんだ……また俺を利用したくなったら言ってこい。お前たちの能力は使えるからな」
「ふふふ、利用しあいましょうッスか? 私たちのこと分かってますね」
「まぁな」
そう言って負け犬は、背後のホテルの玄関に歩いて行き……横の路地裏に消えていった。
…………ん?
あれ、お前……このホテルに泊まるんじゃねぇの?
「……」
「……」
私と幼女ちゃんは顔を見合わせて、負け犬の消えていった路地裏を覗き込む。
「へへ……いい路地裏だぜ」
負け犬は路地裏に座り込んで、酒を注いでいた。
「お、どうしたガキども? まだ何か用か?」
「あ、いや……何してんの?」
「あぁコレか?」
負け犬が取り出したのは、なんかケトルみたいな機械だった。『見てろよ』とその機械に酒を注いで、機械を起動すると、氷がコロンと飛び出してくる。
「ふふふ、これはな……酒を凍らせて、別の酒に入れてるんだ。リトルバイリトルと言う飲み方で、徐々に溶ける酒の氷が味を変えるんだ。家庭でリトルバイリトルを楽しめる素晴らしい機械なんだよ!」
「……ご家庭で試したらどうッスか」
「……おにあいの家庭だな」
コイツ路地裏でなにやってんの?
ニヤニヤと酒と機械のウンチクを語ってくる負け犬は……なんと言うか負け犬だった。
「…………今までの逃亡生活で、ホテルに恐怖心があるんだよ……」
「あ〜……逃げ場がないとか、人目につくのが怖いとか……路地裏なら誰か来たらスグに分かるとか?」
「よく分かってんな……」
分かるのがちょっとやだわ……。
「追われる恐怖心は克服したのでは?」
「リハビリって必要だと思うんだよ」
「……負け犬め」
「俺だって本当はホテルに泊まろうとしたんだけどよお……ホテルの従業員が追手に見えて……」
そんでチキって安心できる路地裏に逃げ込んだ……と。ダメだコイツ……逃亡者根性が染み付いてやがる。
「まぁそのうちホテルにも、泊まれるようになるだろ……」
「そうだといいッスねぇ……ところで」
「……」
「お酒は溶けて味……変わりました?」
負け犬は、コップに注いだリトルバイリトルをチビリと飲んでフッ……と笑う。
「……寒すぎて氷が溶けない」
――――――――――――――――――――――
「いや〜負け犬ニーサンの気持ちも分かるけどねぇ……」
「……むぃ」
ザクザクと雪を踏み締めて、港を歩く幼女二人。
あのあと負け犬は、ビクビクしながらもホテルでチェックインしてたみたい。
流石に寒くて、恐怖心とか言ってられなかったらしい。
私たち?
ホテルには泊まんないよ。
別に逃亡者だからってワケじゃないよ。流石にセッテ区域まで来たら逃げ切っただろうし。
私たちがホテルに泊まらない理由は単純……子供だけではチェックイン出来ないから。
「つーことで、私たちの新たな拠点を探すワケだけど……幼女ちゃんは何か意見ある?」
横で歩く幼女ちゃんに語りかけると、彼女は顎に手を当てて考える。
「……まずはこのへんで拠点を作るのがいいと思う」
「ほう? その心は?」
「……私たちが欲しいのは貴族の情報……げんじょうツテがないから何処にいてもいっしょ。それより金がなくなった時、ここら辺で活動していれば最悪、負け犬を使って金を稼げる」
なるほど、貴族の情報を得るまでは負け犬の活動範囲にいればいいと……確かに。
「ほんじゃあ簡単に拠点作っちゃおうかね。あそことか良いんじゃない?」
「……いいと思う」
私が指を指したのは……港から向かって海の方。
海に作るワケじゃないよ。
「堤防の先の灯台だね」
アソコなら一本道で仮に誰か来た時、スグに分かる。
てとこで海を割るように設置してある堤防を進む。
幅は二メートルほどかな?
「落ちないように気をつけてね」
「……むぃ」
結構距離があるけど、これだけ見晴らしが良ければ私たちも安心できる。
惜しむらくは、風が強い事。
時折、強い風が吹くから、海に落ちないようにしなきゃね。
「ん〜鍵が掛かってるね」
「……どうする? 入る? それとも外に作る?」
ふむ、別にスキマで過ごすんだから、灯台の外でもいいんだけどね。念の為に中も確認しとくか。ニュルンとな……。
白い灯台の中は、螺旋状の階段が設置してあるワンルームほどの広さ。
「面白いもんはないねぇ……倉庫って感じ?」
木箱とか置いてあるけど、特に有用そうなもんもない。
「こりゃ外でいいか」
外に出て、灯台に併設してある歯車も見てみる。
わりと大きな歯車で、半分は海に浸かってる感じやね。
「オッケ幼女ちゃんっ! この灯台にスキマ作っちゃうからね! ここが我らの新たな拠点だ!」
「……おー」
スキマの中は暖房効かせてるから快適よ。
――――――――――――――――――――――
「やっぱ、冬服買って良かったねぇ」
「……ぬくぃ」
その後私たちは、港を離れて街中に。
この辺はあんまり栄えてるワケじゃない。田舎ってほど寂れてもいないけどね。
港の近くってどちらかと言えば、住宅地って感じよりも、工場が多い感じみたいでね。
少し歩かなきゃお店とかもないのよ。
そして街に出て私たちが真っ先にしたことは『冬服』を買うこと。
フード付きのモコモコした上着を買ったよ。
このフード付きってのが重要!
幼女ちゃんの白髪を隠すのにちょうど良い。
帽子もいいけど、フードなら防寒にもなるしね。
店を出た私たちは、雪に足跡を付けながら灯台拠点に帰る途中なんだけど……。
「……ぬ。こっちにしよう」
「そうッスね」
そう言って路地裏を進む。
人目に付かないよう、人気のない路地裏に入る。
あ〜うん、こりゃ負け犬をどーこう言えんね。
私たちも逃亡生活が長いせいか、優先的に人目に付かないよう選択しちゃうわ。
まぁ……
そんなこと考えてたのがよくなかったのかな?
「「ぶべっ!」」
私たちは揃って何かに躓き、雪道に二つの幼女スタンプを作り上げた。
「ぷぺっ、ぺっ! 雪食った。いったい何事よ」
体を起こして服に付いた雪を払い、自分たちの躓いた物体を見てみれば、それは横たわった人だった。
「こんな路地裏で寝てんじゃねぇよ……」
負け犬じゃねぇだろうな! いや服装が違うから別人だね。
「いったい何処のどいつだよ……面拝んで文句でも……」
「……オバケ姉ちゃん……ツラ…………………………………ないよ」
ファッツ?
あ〜うん、雪の中に倒れ込むこの推定男性……首がないねぇ……。
迂遠な言い方はやめようか……これ『死体』だわ。
あっはっは、路地裏に首のない死体ですかぁ……サスペンス始まっちゃう?
サスペンス物の第一発見者ってどんな行動取るかな?
探偵や警察だったら『救急車を呼べ!』とかね。
それが一般人だったら『キャー!』とか悲鳴をあげてパニックを起こすのがセオリーかな?
あのときの第一発見者が何を考えてるのかって……考えたことある?
私はねぇ……いま分かったわ。
『ザリッ……』雪を踏む音が耳に響く……。
それはね。すぐ近くに……
『まだ殺人犯がいるかもしれない……』『死体を発見した自分を見ているかもしれない……』
って所だねぇ……。
第一発見者がなんで『キャー!』って悲鳴あげるか分かったよ。
あの悲鳴ってパニックを起こしてたってよりは防犯ブザーみたいなもんだったんだね?
人を呼んだからな! すぐに人が来るから、私に構ってる暇なんてねぇからなっていう、ある種、攻撃的なアクションだったワケだ。
『ザリッ……』
んで、なんでこんな話をしているのかって言うとねぇ……。
『ザリッ……』
私たちの後ろに……何かおりますわ……。
私たちは今、死体に躓いて振り返ったワケだけど……後ろから誰かの息遣いが聞こえるんだよね……。
十中八九……この首無し死体を作り上げた人物なんでしょうけど。
横目で幼女ちゃんを見てみれば、彼女も後ろの殺人犯の存在を認識しているようで、脂汗をかいている。
重圧とでも言えばいいのかな?
何となくだけど……少しでも動けば殺される気がする。
金属の擦れるような音が微かに聞こえる。
おい、後ろの殺人犯さん? お前もしかしてナイフとか抜きませんでした?
しくった……死体を見つけた瞬間、大通りに走って逃げればよかった。
どうする?
後ろのヤツは明らかに私たちを害そうとしてるよね?
一か八か、ジェットブーツを起動して逃げるか?
そんなことを考えていた時だった。
静寂を打ち破るように、遠慮のない雪を踏む音が近づいてくる。
「ッ……チッ……」
後ろの殺人犯から舌打ちが聞こえた気がした……。
その瞬間……体に掛かっていた妙な重圧が消えた。
「ぷはぁ! ヤバいヤバいヤバい!」
「……ぬひぃ! はぁはぁはぁ!」
私と幼女ちゃんは座り込んで、後ろを振り向く。
そこには殺人犯の姿はなくて……むしろ雪に残っているであろう足跡すらなかった。
「よ、幼女ちゃん!」
「……うん、あぶなかった……憎悪にも似た殺気……」
いやごめん殺気とかはよく分からんけど、幼女ちゃんがそう言うならそうなんだろうね。
まぁ何にせよ……助かった!
殺人犯が急に逃げたのは、たぶん近づいてくる足音のせいだろう。
その足音は、大通りから現れた。
そしてその男は私たちを見て、『オヤッ?』と不思議そうな顔をする。
「アーハー、こんな路地裏にお子様がお二人!? 危ないよぉ〜!」
大通りから現れたのは、緑の軍服に似た服装をした……背の高いオッサンだった。
私たちを視界に入れると、陽気でハイテンションな雰囲気全開で笑うと顎髭を撫でながらニッカリと笑う。
「んーん、この辺りは最近物騒だから早く……死体だね〜! 思っクソ死体だねー!」
そして、私たちの前にある首無し死体を見て、盛大に吹き出した。
「お父様?」
「オーちゃん見ちゃダメだよ〜!」
そして後ろから現れた私たちより年上そうな少女の目を塞ぐ。
あれ……コイツら何処かで……。
幼女ちゃんも見覚えありそう。
「アーハー、そこのお子様たち〜! 早くこっちおいで! すぐに警察呼ぶからね〜」
私たちに手招きして、死体から離そうとしてくるオッサン。
「……おもいだした」
幼女ちゃんが緑の軍服オッサンを見て、目を細める。
あぁ、私も思い出した。
このオッサン……ダンジョンで祈りの巫女と話していたヤツだ。
「アーハー、んんー、僕のこと知ってるようだねー!嬉しいよー」
そう言うと、オッサンは両手を振り上げ、気取ったポーズをとる。
すると、路地裏から見える向かいの建物、大通りの大型ディスプレイが巨大な顔を映し出した。
それは目の前のオッサンと同じ顔をしていて……薄暗い路地裏を照らし出す。そして……
『「「ショーターイム!!」」』
同時に同じポーズで叫んだ。
「んーん、タイミングばっちり!」
ハイテンションオッサンは大型ディスプレイとタイミングが合ってご満悦だ。
そして、ディスプレイのオッサンは喋り始める。
『市民のみんな〜、夜のニュースだよ〜!』
あー、祈りの巫女と喋ってたとき、なんて言ってたかなぁ……このオッサン。
「んーん、そこの少女たち〜! ちょーっとお話聞かせてもらっても?」
ハイテンションオッサンは私たちに歩み寄ると、気取った調子で膝をついて目線を合わせるとニッカリと笑った。
「アーハー、そんなに警戒しないで〜、僕は……」
そして、指をパチンと鳴らすとディスプレイに手を向ける。
するとディスプレイのオッサンがハイテンションのまま叫ぶ。
『クロックシティー町長がお送りするよー!』




