証拠の証拠
「……ッ!!」
OL女はネックレスを握りしめて、私から隠すように睨みつけてくる。
おおっと、警戒させちゃったね。別に私が狙ってる訳じゃないから安心してちょ。
「…………どこでネックレスの事を知ったのかしら?」
それ、ネックレスに秘密がありますって言ってるようなもんですよ。
「いやいや、ちょっと立ち聞きしちゃいましてね。この、情報……買い取りません?」
私の言葉にOL女は驚いたような顔をして、すぐに表情を取り繕った。
それにしても、この姉ちゃん……考えが顔に出過ぎじゃない?
「……その言葉に信憑性が無い限り、それは商品にはなり得ないわ……もっと交渉を学んでから言うのね」
「あっはっは、そりゃそうッスね。なにぶんイタイケな美少女なもんで。商人の何たるかは勉強不足でしたわ」
そうだよねぇ。いきなり言われたって信じられないよねぇ〜。
「ふふふ、そうね。商人の世界ってのは奥が深いのよ。今度からそういった事は証拠をそろえて――」
「あるよ」
なんか安心したような顔してたから、被せ気味で言うとOL女の顔が凍りついた。
「証拠……あるんすよねぇ」
ニャァアと笑ってやったら顔色を悪くしている。
なんだよ怯えたような顔をして……。安心だろ? 証拠が欲しかったんだろ?
オマエ何でそんなに認めたく無いんだ?
「…………」
「おや? 商人さん。証拠の証拠が必要ですかね」
私は人差し指と親指を立ててモニターを出現させる。
『――――ちらの宝石は深海の――――』
そこに映し出されるのは、店舗内にてOL女が客に商品説明をしている瞬間だった。
さて、OL女にはこれがどう言う事か判断できるかね? 覚えあるだろ……この光景。
つまり私は今じゃ無い。店内の様子を録画して再生出来るって訳だ。もちろん泥棒職員とマキヒゲ副店長の会話もね。
この能力なら『証拠』の映像がある『証拠』になるよね。
「交渉のテーブルに立てましたかねぇ?」
「……」
なんか答えろよ。これじゃまるでアンタが犯人で証拠突きつけられてるみたいじゃん。
「ハァ……キミの方も異能持ちって訳ね」
「さっきから質問に答えて貰えないんすけど?」
OL女は諦めたようにため息を吐いて肩を竦める。お、ようやく本題に入れるわ。手間かけさせんじゃないよ。
「降参よ。大した商人だわ……」
「うへへ。そりゃどーも。つきましては……商品ラインナップとして『ネックレスを狙ってる人物』と『泥棒について』の二点がありまして。コッチとしても色々と労力を使っての……」
「買わないわ」
「えぇえぇ、もちろん値段については勉強させて………………なんて?」
聞き間違いか? おい……。
この三流商人なんつった?
「……もう一回言って貰って良いっすかね?」
「ふふん。ようやくキミの胡散臭い顔を崩せたわね」
「正気ッスか?」
「買う買わないは買い手が決めるもんじゃないかしら?」
……そりゃまぁ。そうだね。
いくら良い商品だから買えって言っても、買う気が無いのならそれは押し売りだ。
「確かに……」
私は両手でモニターをパチンと押しつぶす。
「私とした事がいらんお節介を焼くところでしたわ」
OL女は真顔で私の顔を見ている。
ふむ……たんに私の悔しがる顔が見たくて言った訳じゃなさそうだね。思えばネックレスを狙ってる犯人の話をした時から様子がおかしかった。
「買わないけど子供のお使い代くらいはあげるわ」
そう言ってOL女は自分の財布からお札を一枚取り出してテーブルに置く。これ幾らだろ?
「……一万ネルス」
私の視線に幼女ちゃんが答えてくれる。
なるほど十万円か……情報を買わないにしては結構くれんじゃん……本当に聞かないの?
「手切れ金も含まれてるから、貴族にとっ捕まっても私の名前……出さないでよ」
そう言って部屋から出ていこうとするOL女は、最後に一言だけ呟いた。
「身内の不始末は自分で付けるわ……」
う〜ん? もしかして……ネックレス狙ってるのが副店長だって気づいてる?
――――――――――――――――――――
「じゃあ今夜、誰も見ていないうちにココを出るからね。忘れ物がないように気をつけるッスよ」
「……むぃ」
私と幼女ちゃんは外に出していた私物をスキマに詰め込んでいく。
「……入らぬ」
「あ〜流石にスキマがいっぱいかぁ。幼女ちゃん。さっき貰った一万ネルス使っていい? スキマがチョット広くなるから」
「……承知。広くなるの?」
「うん。倉庫スキマと生活空間を一畳づつ拡張しようかなって」
五万円……つまり五千ネルスでタタミ一畳分の拡張。これを三つあるスキマ空間のうち二つの拡張に回す。
「……入るようになった」
「私達の生活スペースも広さが倍になってるからね」
ま、子供二人なら一畳でも不便なかったけどね。広いに越したこたぁない。
「それにしてもあのネックレスってどんな秘密があったのかね? まぁいいか。居なくなる私が気にしてもしょうがない」
「……カギ」
「うん? 鍵?」
私の言葉を拾った幼女ちゃんが言葉少なめに答える。
「……あのネックレスは対となるものと合わせる事で開く……カギ」
幼女ちゃんがそう言うってことは魔術由来の鍵って事か。OL女がもってたアタッシュケースみたいなもかね。
「ふ〜ん。何の鍵?」
「……それは分かんない。でもただの鍵じゃない。ちょっと見た目を騙す細工がされてる」
それってネックレスの形にカモフラージュされてるって事じゃないよね?
ん〜まぁいっか。私に関係ない。
たとえこの先、OL女がどんな目に遭おうが、私たちに構ってる余裕はない。
「……」
「……」
イソイソと夜逃げのように逃亡を続けるしかないのだ。
「…………裏切らなかったね」
「……そうッスね」
「……意外」
「まぁ裏切らなかったというより裏切り先が分からなかった……って所じゃね?」
うん、OL女の事だよ。
まあ私としては裏切る可能性は低いと見ていた。というより、あの女は無理に貴族に関わりたいタイプじゃない。それに私たちが情報を与えなかったせいで、私たちは依然正体不明のままだ。
OL女の性根はともかくとして私たちを売る下地がなかったんだ。
それに散々、貴族関係を匂わせてビビらせたから、私たちを適当な所に売るマネもできない。精々、貴族にバレないよう利用して知らんぷりするのが関の山だろうね。
でもアレよね……幼女ちゃんは裏切らなかったのが『意外』なんだ……。うん、順調に育ってる……。
「やっべ……」
これ、私の影響もあるんだろうけど、環境のせいだよね……。
誘拐されて自力で逃げ出して、他人を疑うのが当たり前になってる。
いやぁ〜逃亡中の身としては正しい判断だようん。
「……ハハ、どしよ」
こんな人間不信状態の幼女ちゃんをママさんに会わせられんぞ……。
でもスマン。必要なのよ。
甘ったれた幼女ちゃんじゃ逃亡に支障をきたす。
むしろ幼女ちゃんは見た目より図太いから、こうなったんだよね。だからママさんの元に送り届けるまでは、手負のオオカミみたいな思想でいておくれ。
それがキミの為でもある。
「……でも、わたしたちを売らなかった」
「…………」
そうね。それは認めよう。
「ねぇ、夜逃げする前に、幼女ちゃんに見てほしい場所があるんすけど」




