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花は愛され咲き誇る  作者: やらぎはら響
16/27

16

 迎えたデビュー当日。

 紗々芽はじっと楽屋の中、カーテンで仕切られた場所に立って、鏡に映る自分を見つめた。

 着ているのは、白いタンクトップワンピース。

 スカートは裾がオーガンジーでキラキラとビーズが刺繍されている。

 膝上五センチのスカート丈。

体のラインは、胸は絶壁。

腰はくびれているが、だからといってヒップがあるわけではない。

趣味が運動なので比較的、足が締まっているのがチャームポイントと言えなくもない。

顔は吊り目の地味顔。

化粧をされているので、ピンクの唇がほんの少しいつもより大人っぽいかもしれない。

胸までの焦げ茶色の髪は毛先だけ巻かれている。

「はあ……」

 思わず大きなため息ひとつ。

 とうとうこの日が来てしまった。

 リハーサルはまるで石像のように緊張して、井口に注意された。

 固すぎるよなんて言われても未知の体験なのだ。

 大目に見てほしいと思うが、しかし失敗して恥だけはかきたくないし、色葉にもかかせたくない。

 なんとか違うことを考えて落ち着こうと胸に手を当てて深呼吸した。

「大丈夫、誰もあたしのことは見ない」

 自分に言い聞かせる。

 これだけ努力して、そう言い聞かせるのはむなしい気分だったが、それはわかっていたことだ。

「紗々芽、着替え終わった?」

「あ、うん」

 外からの声にぴたぴたと両頬を軽く叩いて気分を変え、紗々芽はシャッとカーテンを開けた。

 そこには同じ衣装の色葉が立っていた。

 豊満な胸にくびれた腰からキュッと上がったヒップライン。

 スカートから伸びる足は長くて細い。

 紗々芽には似合わないその衣装を完璧に着こなしていた。

 ぽけっと思わず見とれたが、色葉は不思議そうに首をひねった。

「スタジオ行くってよ」

「うん」

 色葉に促されて、白一色で広い控室の扉に向かう。

 ふと色葉が髪を耳にかける指先が目に入った。

「それ」

「ああ、めんどくさいけど塗っとけってさ」

 その指先は赤く塗られていて、紗々芽は何も塗っていない自分の爪を見やった。

 特に変哲もない短く切り揃えられたころんとした爪は、女の子らしい色気などない。

「塗ってあげようか?」

「必要ない」

 そっけなく言うが。

(柄じゃないし)

 少しだけ胸がざわついた。

 控室を出ると、扉の横に『エヴァ』と張り紙がされている。

 来たときに張り紙を見た井口が何だか満足そうに鼻の穴を膨らませていたなと思う。

二人が着替えるあいだ外にいた井口に準備が出来たことを告げ、男の先導で廊下を歩く。

エレベーターホールに来たところで、どんと音がして。

「わっ」

 色葉の声が上がった。

 何だろうと振り向いてみると。

「うわああ!すみません!」

 若い男のスタッフが真っ青な顔で、転んだのか地面に手をついている。

「い、色葉ちゃん!」

 井口の声にそちらを向くと、色葉の真っ白いワンピースの腰元に、オレンジジュースらしき染みが大きく広がっていた。

 さすがに色葉も驚いたのか、目をパチパチさせている。

 床にはオレンジジュースの缶が転がっていて。

「すみません!本当にすみません!」

 その場の人間の視線が集中するなか、男は這いつくばるように頭を下げている。

 周りからは、うわーとか気の毒、とか色葉を同情的な眼差しで見ている。

「別にいいよこれくらい」

 自分の腰元を見下ろしながら、色葉がポツリと口にしたが。

「よくないよ、大事なデビューだってのに!」

 真っ青になった井口が、今からじゃ衣装も調達できないと呆然としている。

「紗々芽の衣装は無事だったし、これで出ても私はかまわないよ」

「何言ってんだ、お前が恥かくだろ!」

 思わず紗々芽は声を上げたが。

「気にしない」

「あたしが気にする!」

 叱りつけるように言うと、色葉は何かを考えるように人差し指を顎に添えた。

 そして。

「着替えるよ紗々芽」

 ぐいと引っ張って、楽屋の方へ踵を返した。

「えぇ、色葉ちゃんどうする気?」

「ハサミ、今すぐ持ってきて」

「でも」

「いいから」

 カツカツとヒールを鳴らして紗々芽を引っ張りながら歩く色葉に井口が追いすがるが、そんなことを言われてしまい慌てて誰かハサミ!と声を上げた。

 楽屋に着くと。

「色葉ちゃんハサミ、それでどうす」

 ハサミを受け取ると、色葉は紗々芽を楽屋内に押し込んで井口の言葉を待たずに扉を閉じた。

 ガチャリと鍵をかけて、今日着てきた私服のかかっているハンガーを手に取る。

「お前まさか!」

 紗々芽が声を上げた瞬間、色葉は自分の黒いTシャツのウエスト部分をざくりと切った。

 続いて。

「あとで弁償するから」

 紗々芽のジーンズを手に取ると、ショートパンツの短さに切ってしまう。

「これって……」

「時間ないみたいだし、着替えるよ」

 さっさとワンピースを脱ぎだした色葉に、慌てて紗々芽も衣装を脱いだ。

そして着替えて井口を室内に招き入れる。

そこには黒いへそ出しTシャツスタイルにジーンズの色葉と、白いシャツにショートパンツのジーンズ姿の紗々芽がいた。

ちょうど同じデニムにシャツでも、それぞれ出しているところが違うので、アシンメトリーな感じになっている。

さいわいにも二人ともジーンズだったから出来た荒業だ。

「衣装みたいにキラキラじゃないけど、まあ、ごまかしにはなるでしょ」

「だからってこんなに短く……」

 太ももまで出ている自分の姿に、紗々芽は恥ずかしそうに足をすり合わせたが。

「紗々芽は足が綺麗だからそれでいいんだよ」

 きっぱり言われてしまった。

 そして井口の方へ向き直ると。

「うん、さっきの汚れてる状態よりかはマシだし、一応統一感もあるし大丈夫かな。さすが色葉ちゃん」

 ほっとしたような表情の井口は、慌てたスタッフのスタンバイ急いでくださいという言葉に、二人を急き立ててエレベーターに乗せてなんとかステージそでに送り出した。

そこにはアイドルグループやバンド、ソロアーティストがスタンバイしていた。

二人がスタンバイ場所に立つと、ちらりちらりと色葉に視線を送る者が多数いる。

しかしその視線に色葉はどこ吹く風だ。

二人の隣に並んだセクシーな衣装のアーティストや可愛いワンピースを着たアイドル達。

誰も彼もが綺麗だったり可愛かったりしてスタイルもいい。

(やっぱり場違いだよなあ)

ふう、とひとつ息を吐くと。

「緊張してる?」

ひそりと色葉が囁いた。

「別に」

嘘である。

紗々芽は自分が場違いだと自覚しているし、失敗して足を引っ張らないようにと緊張している。

「お前は緊張しないわけ」

「私緊張なんてしたことないな」

どれだけ大物だ。

刻一刻と迫ってくる出番に、震えたりしないようにと自分を奮い立たせるために、ぎゅうと手を握り込む。

大丈夫。

みんなが見るのは自分じゃなくて色葉だ。

そう心の中で呟いていると。

「緊張しないおまじない」

 するりと細くたおやかな手に右手の拳を包まれると、ちゅっとその甲にキスをされた。

 あっけにとられていると。

「私のために踊ってね。私、紗々芽のダンスだあいすき」

 その言葉に紗々芽は頬を染めると。

「何言ってんだ」

 ぷいと顔をそむけた。

「紗々芽は一生懸命練習したんだし、大丈夫」

 たいして練習もしないのに自分よりも飲み込みも上手さも上の奴に言われたくない。

「歌詞、間違えるなよ」

 せめてもの意趣返しとばかりに小声で言えば。

「紗々芽は私の歌好きだもんね」

 満足そうに笑っている。

 なんて図々しい。

 本当のことだけれど指摘されると恥ずかしいものがある。

 しかし今の軽口で緊張はほどよく溶けていた。

ステージの上では自分達の前のアーティストの歌が終わるところだ。

「じゃあ移動お願いします、マイクです」

 渡されたマイクを手にスタッフに誘導されて、司会者とトークをするためにステージへと出る。

 カツンとヒールの音がやけに耳に響いた。

 わっと歓声が上がることに、びくりと体が動く。

 けれど、それを宥めるように、握られたままで繋いでいる手に力を込められ、きゅっと唇を引き締めて顔を上げた。

そこには年齢も性別もバラバラな観客が、興奮したようにペンライトを振ったり歓声を上げたりしている。

ステージの上を照らすスポットライトが酷く熱かった。

「色葉―!」

「色葉大好き!」

 男の声も聞こえるが、熱狂的な声援は女の声の方が多い。

 いまや色葉はトップのカリスマモデルだと井口が言っていたのを、実感した。

「次はエヴァのお二人です。こんにちは」

「こんにちは、多々見川色葉です」

「こんにちは、甘滝紗々芽です」

司会者の男に挨拶をされ、ぺこりと頭を下げる。

必死に笑みを浮かべて名前を口にした。

ひくりと口元がひくつくが、自分にカメラが向くのは名前を言うときだけと聞いている。

ステージメインの生放送なのでトークは短いし、紗々芽は口を開かなくていいと言われたので、あとは笑みを崩さないようにするだけだ。

隣では色葉のモデルとしての活躍の話をしたあと。

「それではスタンバイお願いします」

促されて色葉に手を引っ張られる。

そういえば手を握られたままだったと思ってちらりと色葉を見上げたが、その横顔は確かに緊張のきの字もない。

ようやく手が離されたので、最初のポーズをとってスタンバイする。

ドキドキと胸が高鳴って心臓が壊れそうだ。

「それではエヴァで『泣き虫のジュリエット』です、どうぞ」

 司会者の紹介のあと、合図が出されイントロが流れる。

 明るくて軽快な音楽が流れてくると、それに合わせてステップを踏んだ。

 この日のために大量のマメを作ってハイヒールに慣れたのだ。

 練習では何度も転んだパートを踊り、それに合わせて腕も腰も指先も動かしていく。

 隣の色葉とちゃんと合っているかを横目に確認しながら、くるりと回る。

 サビになって色葉にハモると、紗々芽はもう一度隣で踊る相方に視線をやった。

 髪を揺らして、壊れ物のようなハイトーンボイスで歌う姿はキラキラ眩しくて、自分が隣にいるのがとても釣り合わないと思う。

 当然だ。

 今日、この場所は色葉のためだけに準備されたステージなのだから。

(毎日一緒にいるのに、こうしてると別の世界の人みたいだ)

そんな想いが胸をよぎる。

 最後のキメポーズをして曲が終わると、一気に歓声と拍手が向けられた。

 けれど紗々芽は、笑みを浮かべてお辞儀をしながらそっと目を伏せた。

 勘違いなんかしない。

 これは全部、色葉に向けられたものだ。

 ステージ脇に戻ると、今日はもう終わりだ。

 待っていた井口が大興奮で、破顔していた。

「よかったよ二人とも!色葉ちゃん声がよく出てたし、甘滝さんもとちらなかったし、大成功だ」

 それじゃ楽屋に戻ろうかと井口が先導していくと、紗々芽はトイレに寄っていくと言って、色葉の傍を離れた。

スタッフの行きかうなかトイレにたどり着くと、個室に入りどさりと蓋の上に座る。

「つっかれた」

 はあーと長い息を吐いて、体の力を抜く。

 ここ数日は今日のためにつねにレッスンをしていたし、ステージ前はずっとリハーサルだなんだと人の多いところにいた。

 少しでいいから、一人になりたかった。

 ぐだりと便器に座ったまま前かがみになった時だ。

 キィとドアの開く音がして、誰かが入ってきた。

 利用者だったら悪いので出ようと立ち上がると。

「色葉ちゃん可愛かったー!雑誌より美人だったし」

「デビューするって聞いたときは大丈夫かと思ってたけど、歌もめっちゃうまかったよね」

 他の出演者かスタッフかわからないが、色葉のファンらしい。

 これは出ていかない方がいいかなと思っていたら。

「でも組んでる子さぁ、あんまり可愛くなかったよね」

 どきりと胸が鳴った。

 化粧直しをしているのか、たまにカチャカチャと音がする。

「あ、思った、チビだし見た事ない子だよね」

「あれで色葉と並べるって心臓強いわ、私なら無理」

「私もー身の程知れってやつだね」

 キャッキャッと笑いながら化粧直しは、終わったのかその声はドアの閉まる音と共に聞こえなくなった。

「身の程くらい知ってるよ……」

 じわ、と瞳が潤みそうになったがメイクをしているのだからと、指先で雫をはらった。

 みんなが求めているのは色葉で、紗々芽はおまけにすらなっていない。

 けれど、それで落ち込むのはおかど違いだ。

 最初からすべて了承して自分で決めたことなんだから。

 震える唇を一瞬噛みしめると、個室を出る。

 鏡を見て、どこも変化がないことを確認すると、トイレを出て控室へと向かった。

控室へ戻ると、井口はいなかった。

「挨拶に行ってるから、帰る準備してよう」

「わかった」

 とりあえず慣れない化粧を落としたいと思っていたが、コンコンと扉がノックされた。

 誰だろうと思いつつ、はいと紗々芽が答えると。

「スカイボーイズの玉川です。挨拶させていただいていいですか?」

 挨拶なら井口がしているはずなのにと思いつつ色葉を見やってから、どうぞと答えれば。

「どうも、お疲れ様です」

 入ってきたのは二十代前半くらいの男だった。

 金髪の髪を上げて、どこかナンパな雰囲気だ。

 顔は整っているのと平凡のあいだぐらいという、なんとも判断しにくいタイプだ。

 やたらとひらひらした布地のついている派手な衣装で、共演者だとわかった。

「やあ色葉ちゃん」

 入ってくるなり玉川は、紗々芽を見ることもなく色葉にまっすぐ向かった。

「久しぶり」

 やけに甘ったるい口調で、目元を微笑ませた男に、しかし色葉は愛想よく笑いながらも。

「どこかで会ったかな」

 端的に問いかけた。

 それに一瞬、玉川の口元がへの字になったが。

「やだな、前に一緒に撮影した、スカイボーイズの玉川勇だよ」

「……ああ」

 合点がいったというような色葉に、玉川は気分よく口を開いた。

 今日は素晴らしかったとか、歌の上手さに吃驚したとか。

 邪魔をしてはいけないと鏡の方を向いていた紗々芽だったが、鏡に映る男の目線が色葉の顔から胸、露わになっている腰から足へと舐めるように往復しているのに、眉を寄せた。

 色葉本人は気にした風もなく、指で髪の毛の先をいじっている。

「いやあでも久しぶりに会ったよね、どう?この後二人で食事でも」

 そう言って色葉の肩を抱こうとした玉川とのあいだに、思わず紗々芽は勢いよく体を滑り込ませた。

 自分の背後に隠すように立つ紗々芽の後頭部に、色葉の視線を感じる。

「なんだ君?ああ、片割れの、何だったかな」

 あからさまにムッと不機嫌顔になった男に対抗するように、紗々芽はきゅっと目の前の男を見上げた。

「甘滝紗々芽です」

「ああ……それで?なんか用かな、今大事な話をしてるんだ」

 邪魔をするなと言うように眉をしかめる男に、紗々芽は一瞬ひるんだが負けじと見返す。

「じろじろ体を見たり触ろうとするの、やめてください」

「やだなあ、そんなことしてないよ、ただ俺はさ」

 へらへらと笑う玉川に、紗々芽がじっと見上げると面白くなさそうに口の端を歪めた。

 何かを言おうと口をひらきかけたところで。

「おまたせ二人とも」

 ガチャリと突然扉が開いたのは、救世主か、赤いバラ模様のネクタイを下げた井口だった。

 室内の様子に一瞬、目を見開くと。

「君、スカイボーイズの玉川君だよね?うちのエヴァに何か用かな」

 まったく笑っていない糸目を眼鏡越しに向けられ、分が悪いと思ったのか玉川は口の中で小さく舌打ちすると。

「ただ挨拶に来ただけですよ、それじゃあ」

 ぺこりとおざなりに頭を下げて出ていった。

「なんだ今の奴」

 ほう、と息を吐いて紗々芽が口を開くと、井口は心配そうに二人の顔を見やった。

「あいつはスカイボーイズってグループのリーダーなんだけどね、あんまり評判はよくないんだ。関わらないようにね、特に色葉ちゃん」

 きっぱり言い切ると、じゃあ帰る準備出来たら読んでねと楽屋を出ていった。

「紗々芽も気を付けてね」

 玉川のことだろう、を口にした色葉にくるりと紗々芽は背中を向けていた彼女へ振り返った。

 自分よりも高い位置にある綺麗な顔をむっと見上げる。

「お前が、気を付けるの!あいつセクハラしまくろうとしてたじゃん」

「別に何されても興味ないよ」

 昔からだし、と答えた色葉に紗々芽が眉根を寄せた。

 色葉は自分のことになると、とことん興味をなくす。

「昔からって、いつもあんなジロジロ見られたり、触ってこようとしたりするのか?」

 不愉快な話に色葉を問い詰めれば、珍しいことじゃないよと返されてしまい、紗々芽は憤った。

 そんなことを昔からされているのに自分に無頓着な色葉が、嫌だと思った。

「今日からセクハラを断らなかったら口きかない」

 きっぱり言い切ると。

「え、え、何それ!私寂しくて死んじゃうよ」

 愛想笑いしかいつも浮かべていない女が、焦った顔で紗々芽の言葉に動揺している。

 それに少しだけ留飲を下げながら。

「だったら気をつけろ」

 背伸びをして、前髪超しのおでこを指先で弾き。

「はあい」

 おとなしく返事をする色葉に満足そうに頷いた。


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