最後のデート
幼馴染である山本浩介に頼み込まれて、続けていたグループ交際は、今日で終わる。
その覚悟はしていた。していたけれど。
バレンタイン前の日曜日。寒空の動物園のフードコートにいるのは、カップルばかりだ。
友達同士で遊びに来ている私たちは割と目立つ。寒いせいか、家族連れも少ない。
「実はおれ達、付き合うことになった」
「やっぱり、きちんと話しておこうと思って」
親友の栗原渚が照れくさそうにうつむいた。
コホッ
私、辻森歩美は、不意打ちの宣言に、熱いたこ焼きを無理やり飲み込んでしまって、むせる。
「良かったな」
私の隣で頷いているのは、浩介の友人、中里亮。整った顔立ちで、目を引く。
私たち四人が遊び始めたのは、私と渚が二人でご飯を食べに行った先で、たまたま浩介たちに会ったのがきっかけ。
浩介が渚に一目ぼれして、とにかく私に紹介して欲しいとうるさくて。
渚は人見知りのおとなしい子なので、最初はグループ交際からってことになって、私と中里さんも加えた四人で遊ぶことになった。私はともかく、中里さんは、完全に巻き込まれの被害者だ。
四人で行動していても、浩介は渚に押しまくるわけで、結果、中里さんは私と行動しなくちゃいけない。
目のくりくりとした小動物のような魅力を持つ可愛らしい渚と比べ、私ははっきり言って、平凡で印象に残らない顔だ。
中里さんだって、本当は渚と話をしたいだろうにとは思っていた。もっとも、浩介の気持ちがわかりすぎだから、無理だろうけれど。中里さんは、友達思いの優しい人だから。
「まあまあ。それでさ、ここからは、おれ達、二人でデートしたいなあって」
「は?」
グループ行動は、ここで終了なの?
私は思わず渚の顔を見る。事前に渚から話は聞いていたけれど。それは今日の最後に話してくれると思っていた。
義理チョコのふりをして、さりげなく渡してしまうまで、一緒にいてくれると思っていたのに。
「じゃあ、そういうことで」
「ごめん、歩美」
渚はぺこりと頭を下げつつ、私にだけわかるように「頑張れ」って、声を出さずに口を動かした。
この先、浩介と渚が二人で会うようになったら、私は中里さんに会う理由はなくなる。連絡先は知っているけれど、もう連絡がくることはないと思う。
渚から浩介と付き合おうと思うと聞いたとき、私は自分の気持ちにも決着をつけなくてはいけないことに気づいた。
イケメンにいつも気遣われて、優しくされたら、好きになって当然だと思う。
中里さんにとって、私は親友の幼馴染であって、せいぜい友達でしかないだろう。
それでも良かったし、楽しかった──でも。
最後に一度くらい、あがいてみたいと思った。ちょうどバレンタインも近い。
チョコにメッセージを添えて渡せば、想いだけは伝えられる。ほんの少しだけ夢を見ながら、直接拒絶されることもない。
私はヘタレなのだ。私に思いを告げられて、困った顔をする中里さんを見たくない。
「どうしてこのタイミングなの……」
まだ日は高い。
こんな時間に、この場で二人きりにされるとは思っていなかった。
手をつないで去っていく二人を呆然と見送ってから、私は中里さんの方を見る。
「どう……します?」
四人じゃないなら帰りたい、そう言われても仕方がない。
今、カバンに入ったチョコを渡して帰るべきだろうか。
二人は何を考えているのだろう。
「俺、ふれあい広場に行って羊にさわりたい」
「へ?」
「餌やりの時間に合わせて行こうよ」
帰ると言われることを覚悟していたのに、にこにこと中里さんは園内マップを広げていた。
私と二人で回ることに抵抗がない?
「辻森さんは、見たい動物とかない?」
「え? 私は、えっと、ライオンが見たいです」
楽しそうな中里さんに、私は戸惑う。
「あ、ライオンいいよね。こっちの道を通ると虎もいるな」
そっか。中里さん、動物園が大好きなのか。
そういえば、今日、この動物園にしたいって言ったのは中里さんだったような気がする。
「じゃあ、まず、キリンから見て行こうか」
「はい」
私は頷く。
それなら、今日は楽しもう。中里さんにその気はなくてもこれは、最初で最後のデートなのだから。
夕暮れ、閉園時間ギリギリまで、私達は動物園を堪能した。
アナウンスに追い出されるかのように私たちは門へ向かう。
「今日はすごく楽しかったです。中里さん、動物が大好きなのですね」
「ああ」
中里さんは満足そうに微笑んでいる。
その端整な横顔はもう見納めかと思うと、胸が苦しい。
「あの、中里さん、これ」
私はカバンの中から、ラッピングした箱をとりだした。
「たいしたものじゃないけれど、もうすぐバレンタインだから」
「本当に? わあ。ありがとう」
中里さんはびっくりしたような顔をした。
良かった。受け取ってもらえて。
義理チョコだと思ったから、深く考えていないのだと思う。
ちょっと胸が痛いけれど、それ以上を思うのは贅沢だ。中のカードを見て迷惑だったら、どこかに捨ててくれればいい。
渚にはきちんと口で伝えるように言われたけれど、下手なことを言ったら、受け取ってもらえない気がする。
「それじゃあ、これで。元気でね」
ちょうど動物園の門をでたところで、私はさりげなく別れを告げた。
友達ならば、また会えたかもしれないけれど。
気持ちを伝えた後は、気安い友達ではいられないだろう。
思いがけず、最後に想い出が作れて良かったと思う。頭の中で、エンディングロールが流れていくような気分だ。胸が痛い。
「辻森さん」
中里さんの手が私の腕をつかんだ。
「なぜ、もう会えないみたいな言い方をする?」
中里さんは泣きそうな顔をしている。
「俺……まだ、告白してない。何も言う前に逃げないでくれ」
「告白?」
つかまれた腕が痛い。中里さんは何を言おうとしているのだろう。
「俺は、まだ、君を好きだと告げてない」
「え?」
「ずっと君が好きだった。だから、君と付き合いたい」
まさかの言葉に、意味がなかなか頭に入ってこない。
でも。中里さんの顔は真剣で、私をからかっているようには見えなかった。
それに、こんなことを冗談で言うような人じゃない。
胸が温かくなり、涙があふれだした。
「わ。待って」
中里さんは、泣きだした私に驚いたらしく、慌てて人から私を隠してくれた。
涙を拭いて、大通りから離れて人通りの少ない場所に出る。
「大丈夫?」
「はい」
心配そうに見つめる中里さんに私は頷く。
「私も中里さんが好きです」
胸が熱すぎて、声が震える。
「これからも、私と会ってくれますか?」
中里さんがうれしそうに頷いた。
「もちろんだ。よかった」
日が暮れて、辺りがだんだん暗くなっていく。
「浩介もそうだけど、俺もひとめぼれでさ」
中里さんは私の身体を抱き寄せた。胸がドキドキして身体が熱い。
「ずっとモーションかけていたのに、気づいてくれてなかったよね?」
「え?」
「やっぱりか。浩介にも栗原さんにもバレバレだったのに、遠回しだと全く通じないみたいだから、これからはストレートに言おうと思う」
中里さんは苦笑する。
「可愛いから、キスしたいな」
「こ、こんなところでは」
思わず中里さんの顔を見上げてしまう。
人通りは少ないとはいえ、路上である。
「じゃあ、人のいないところに行く?」
いたずらっぽく中里さんはウインクすると、素早く私の耳を食む。
甘い雰囲気に慣れていない、私はくらくらした。
「お手柔らかにお願いします」
私は早々に白旗を揚げることにすると。
中里さんは優しい目で私を見ていた。
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オマケ
「あいつら、うまく行くかなあ」
浩介と渚は、歩美たちから立ち去ったとみせかけて、遠くから二人を見守る。
「大丈夫ですよ。こうしてみていると、ただのカップルですもの」
渚は苦笑する。
渚から見れば、浩介と渚より、二人は今までイチャイチャしていたのだ。
「亮はああ見えて、奥手なんだよね」
浩介は苦笑する。
この時、二人は知らない。奥手と思っていた友人カップルが、自分達よりも早く、わずか半年後に結婚することになるってことを。




