嫉妬に狂った女ほど怖いものはありませんの
わたくしは、産まれた頃から勝ち組でした。
優しい父上と母上に恵まれ、何不自由なく育てられました。
努力のお陰もありますが、15歳になったわたくしの美貌は自他共に認めますし、スタイルの良さだって頑張って維持してきました。
勉強も運動も元から嫌いではありませんでしたが、個別のトレーナーや家庭教師を雇って、必死に勉強と運動を両立させました。
お陰で成績は国内トップレベルですし、スポーツだって、どれをやってもスカウトが来るレベルでした。
───正に勝ち組。
努力と才能と環境。その全てに恵まれたわたくしは、見事順風満帆な人生を歩んでいましたの。
ええ、今日までは・・・。
「・・・どこなんですの、ここ?」
そう呆然と呟くわたくしの目の前には、わたくしの豪華で美しい部屋とは違う、真っ白で何もない空間が広がっている。
下を向いても真っ白だから、今わたくしが何処にいるのか全くわからないですし、何だか浮いているみたいで落ち着かないですわ。
「え、え、え?何処ここ?」
「・・・お、俺達一体?」
「怖いよぉ・・・」
一緒に来られた他のクラスメートの皆様も、わたくしと同様に状況を掴めておられないご様子。
まぁそうですわよね。
先程まで私も皆様も極普通に授業を受けていた筈なのに、気付けばこんな空間にいるんですもの。
一瞬、高峰コーポレーションの令嬢であるわたくしを誘拐しに来たのでは?と思いはしたものの、それならばもっと良い時間帯があった筈ですし、何より関係のないクラスメートの皆様まで誘拐する必要はありませんもの。
リスクとリターンが割りに合ってませんわ。
「み、皆!一旦落ち着こう!まずは外への連絡手段がないか探るんだ!」
「・・・わ、わかった!」
「スマホで警察に電話とか出来ないかな・・・?」
流石木ノ原様ですわね。
混乱による情報の錯乱を防ぎ、尚且つ安全に外に出るために外部への連絡手段を探させることで、助かるかもしれないという見込みをもたせる・・・外に出られないと分かれば暴れる人もおられるかもしれませんものね。
伊達にこの倍率が高い学園でトップの成績を誇る方ではありませんわ。
まぁ、わたくしには劣りますけど?
とはいえ、仮に誘拐ではないとして、では誰がこんな空間に放り込んだのでしょう?というかそもそも、こんな空間を現代の技術で作れるのでしょうか?
───そもそも、なにより不思議なのは犯人の目的ですわね。何か手懸かりにはなるような物はないでしょうか?
と、顎に手を当てながら、何か犯人の手懸かりはないかと辺りを見渡す。
「流石幸穂さんだね、全く慌ててないや」
「ほんとほんと・・・そのスタイルの良さも分けて欲しいくらいだわ」
きゃいきゃいと褒め称えるように、真剣に探しているわたくしを見る学友のお二方。
一人は一之瀬 春様で、幼い頃からの親友で、一之瀬財閥の令嬢であり、もう一人は神宮寺 咲那様という、この学園で出来た学友です。
二人ともわたくしには劣りますが、非常にオモテになられる眉目秀麗な方々です。
「わたくしは見ての通り美しいので、誘拐には慣れていますから。オーッホッホッホ!」
「・・・その性格がなければなぁ」
「きっとモテるのに・・・」
「あら、失礼ですわね」
このお二方しか知りませんが、私の制服には通信機が取り付けられていますから、緊張感何ていう物はなく、いずれ助かるだろうと安心感がありました。
だから無闇に騒ぎ立てず、犯人を確実に捕まえるための証拠を探していたのですが───端からわたくし達が外に出ることは敵わないようでした。
『跪きなさい』
頭上から響く、女性らしき人の重々しい声。反射的に顔を見上げようとしますが、それは敵わず、気付けば地面に伏せていました。
「・・・ぐ、あ」
「何これッ・・・立ち上がれ、ない」
どうやらそれはわたくしだけではないようで、学友の皆様も同様に地に伏せて踠いていました。
「ふ、ふふ・・・わたくしを跪かせるなんて、おこがまし・・・いっ、ですわよ!」
せめて顔は確認してやろうと、身体能力に物を言わせて立ち上がり、重い頭を必死に上へあげる。
そしてそこには───私の顔と何処か似た顔をした女性が、わたくしを鋭い眼差しで睨み付けていました。
『ふぅん?貴女がゼウスの・・・嗚呼忌々しい。敵うのなら今すぐにでもその首をはねてやりたいわ』
体は歴史書で見たような、古代ギリシャの人々が羽織る布を身に付けていて、頭にはオリーブの王冠が載せられていました。
気になることは沢山ありますが・・・ゼウス、というのは何を指すのでしょうか?
記憶にあるのはギリシャ神話に出てくる最高神ですが・・・もしかして、何かの隠語?
・・・兎も角今分かるのは、この女性はわたくしに恨みがあるということ。そしてわたくしは、学友の皆様に被害を被らないように、出来るだけ刺激をさせない、これがわたくしの今為せる事ですわね。
取り敢えず、少し時間稼ぎに付き合って貰いましょう。
「貴女は、一体何が目的ですの?」
『目的?そうねぇ・・・ゼウスに色目を使った女を始末するためかしら?』
「そ、そのゼウスというのは『お前が私のゼウスの名前を呼ぶなァッ!!』」
どうやら、わたくしが思っていたよりもこの女性は嫉妬深いご様子。物凄い剣幕でわたくしを怒鳴り始めました。
どうしましょう、怒らせてしまったみたいですわ。
まぁでも、これでわたくしにへいトが稼げたので、他の皆様に危険が及ぶ可能性は低くなるでしょう。
というか、そのゼウス様という方とお会いした事も、見たこともないですが、この女性の目的は恐らくわたくしでしょうし。
「では質問を変えさせて頂きますわ。ここは一体何処なのかしら?」
『はぁ・・・天界よ、天界。聞いたことある?無いわよねぇ?あぁそれと、貴女はもう二度と喋らないでちょうだい・・いや、もういっそ───あはっ、良いこと思い付いちゃった』
「・・・一体何を」
そう疑問に思った瞬間───ゾゾッと体が総毛立ち、体の至るところから激痛が走りました。
まるでわたくしの中にある大事なモノを全て抜き取られたような・・・わたくしを形作るナニカが外れたような、そんな感覚がしました。
「うっ、ぐぅ・・・」
『アッハハハァ・・・その醜い顔、体!本当に良い気味よぉ!』
・・・か、顔?醜いってどういうことなのかしら?
痛みに悲鳴をあげる体を無理やり動か───な、何なのこの手・・・?
ニキビだらけで太くて丸くて・・・わ、わたくしの綺麗な手は?し、白くてすべすべで細くて美しい手は!?
何処にいったの!?
「あ、貴女!一体わたくしに何をしたの!」
『何をした、ですって?アハハ、見て分からないのかしら?貴女のその醜い顔を綺麗にしてあげたのよ!綺麗にねぇ!』
そう言われて、反射的に顔を触る。本来ならニキビも何もないぷにぷにの頬の感触が返ってくる筈・・・返って・・・え?
頬から手を離し、触った手を見る。
その手はまるで脂をそのまま触ったかのようにギトギトだった。いや、脂だけじゃない。
触ったときに頬が凸凹していたから、わたくしが一生懸命、この容姿を美しく保てるように美容に精を出したのに・・・ニキビが出来ている筈。
「なんで・・・なんでこんな事を・・・逆恨みも良いところですわ!わたくしは悪くないでありましょう!?」
『いいえ、貴女が悪いわ。そのムカつく容姿で私のゼウスを唆したのが悪いの。貴女が、貴女が全て悪い、ゼウスは悪くないの。問題は全て貴女。貴女がいなければゼウスは浮気なんてしなかった筈よ・・・』
矢継ぎ早に・・・言ってしまえば病的にわたくしが悪いと告げる彼女。
その姿は、愛に狂った女性の成れの果てでした。その姿に思わず後ずさるわたくし。
「ぐぅ・・・幸穂ちゃん・・・」
「ごめん・・・なさい」
「・・・逃げて」
しかし、後ろから咲那さんと春さんを含めた学友の皆様の声が聞こえました。
こんな時に他人の心配をするなんて・・・わたくし、結構慕われてたんですわね。
なら、尚更下がれないじゃありませんの。
『いいわねぇ、その友情ゴッコ・・・でもやっぱり飽きたわ』
「友情ゴッコ・・・ふふふ、貴女やっぱりご友人はいらっしゃらないのではないですか?」
『へぇ?言うじゃない。私の1億分の1も生きてないような小娘のくせに』
「知ってますか?世間ではそれをオバサンというらしいですわよ」
『────小娘が、今すぐ殺してあげる』
血走った眼差しで、今にもわたくしを絞め殺さんとばかりに近づいてくる彼女。
ふふふ、やっぱり釣れたようですわね。とはいえ、こんな明け透けな悪口なんて、他のご令嬢方が集まるパーティーでは良くある事ですのに・・・小娘に煽られて怒るなんて精神鍛練が足りないご様子。
だからこれで決めて差し上げましょう。
「ふふふ、殺せるものなら殺してみて下さらない?」
『なっ・・・』
あら、やっぱりですのね。
「ほら早く。殺してくださいな?あぁ、それとも───殺せないのですか?」
しっかりと彼女の目を見て告げる。
彼女は首に手を伸ばそうとしたまま、睨み付けるだけでした。
───何故殺せないのか、それは彼女はわたくしを初めて見たとき、失言しておられたから。
「『ふぅん?貴女がゼウスの・・・嗚呼忌々しい。敵うのなら今すぐにでもその首をはねてやりたいわ』
こう、貴女はおっしゃいましたわよね?それはつまり、私を殺せないナニカがあるということ。まぁ考えればお馬鹿さんでも分かる事ですが、そもそもわたくしが目的ならばすぐに殺せば良かったはず、なのにしなかったということは───つまり、そういうことですのよね?」
あぁ、本当に。この女性がお馬鹿さんで良かった。
勝手にペラペラと・・・私が意図的に怒らせているのに、気前良く情報を与えてくれたのですから。
『・・・アハハッ、ええそうよ。私は貴女を殺せない。確かに殺せないわ。でもね?───間接的には殺せるのよぉ!』
彼女がそう告げると、白一色だったこの空間に亀裂が入り、わたくしを呑み込まんばかりに近づいて来た。
勿論抵抗はしたのですけど、体になぜか力が入らない。
『せいぜい、この世界で醜く足掻くことねぇっ!アハハハハハッ!!』
この世界・・・?態々『この世界』と言っているということは、つまりこの亀裂の先には、地球とは違う世界が広がっているということ?
成る程、成る程。
つまりわたくしが───この高峰コーポレーションの長女であるわたくしが、地球以外じゃ生き延びれない、と?
「・・・ふふふ、上等ですわ。えぇ、せいぜい醜く足掻いて差し上げましょう。ですが、これだけは覚えておきなさい」
『・・・へぇ?良いわ、言ってごらんなさい?』
「───いつか、必ずぶっ殺して差し上げますわ。覚悟しておくと良いですわよ」
『小娘ぇっ!!』
そう言い終わるか言い終わらないか、といううちに亀裂が私を既に呑み込む。
体が太くなったお陰で、少し時間は掛かりましたが、最期に一言だけ言わせて頂きましょう。
「地獄に堕ちなさい、この糞女」
───瞬間、私の意識は、亀裂に呑み込まれ・・・そして消えた。




