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ロリータ公女とロリコン執事  作者: K.バッジョ
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【エピローグ】【パジャマパーティ】

【エピローグ】【パジャマパーティ】

「エマ、飲み物とお菓子の準備は万全か?」

「ん。バッチリ」

「よし。もう少しで近衛とヴァンダービルドのお嬢様方が到着なされる。アンジェリクお嬢様に恥を掻かせないよう、完璧にもてなすのが俺たちの仕事だ。ぬかるなよ?」

「ん。シロも料理をお願い」

「ああ。腕によりを掛けて仕込んだからな。楽しみにしておけ」

「シロのご飯、好きだから嬉しい」

「そうか。メインはお嬢様方だが、多めに作っておくから後でたくさん食べろよ」

「ん」

 頷いたエマが部屋の掃除に取りかかる。

「あれから一週間か……本国からの事情聴取。ヴァンダービルドと近衛、両家からもたらされるその後の経過報告。お嬢様もよく処理できたものだ」

 それに加えて、聖ソレイユ公国と中東連合の『新エネルギー貿易交渉』の結果報告と、その後の対応の相談などもあり、睡眠時間を削って仕事の鬼となったお嬢様に付き合って、俺もエマもしばらくは寝ずにお嬢様の仕事を補佐していた。

 それがひと段落したのは、つい先日のことだ。

 さすがのお嬢様も疲労困憊の表情だったが、まだ仕事が残っているといって聞かないお嬢様に、俺とエマの二人は就寝を懇願し、何とか寝かしつけた。

 有能で責任感が強い最高の主人であるが、アンジェリクお嬢様はまだ小学生で、健康のためにも栄養満点の食事と充分な睡眠は不可欠なのだ。

 そうして、俺たち主従がようやく一息吐けるようになった頃――。

 お嬢様の親友である『近衛咲耶嬢』と『セシリア・ヴァンダービルド嬢』の二人から、アンジェリクお嬢様にパジャマパーティの申し込みが入った。

「どうしましょう……」

 その申し込みに対して、アンジェリクお嬢様は不安そうな表情を浮かべていた。

 それも仕方のないことだろう。

 先日の誘拐事件をきっかけに、両家に俺の正体が日本の古い神である『大口真神』であることが露見してしまっている。

 その説明を求められるのは確実だ。

「お嬢様のお望みのままに」

「ズルいです、シロ。全てこちらに丸投げなんて……」

 年相応に拗ねて唇を尖らせたお嬢様に、

「こればかりは仕方がありません。俺はお嬢様の忠実な下僕(しもべ)ですから」

 俺は慇懃に一礼しながら答えた。

「ふぅ……そうでしたね。あの二人を巻き込みたくはなかったですが、すでに巻き込んでしまった以上、しっかりと説明しないと……」

「では了承する旨、伝えておきます」

「頼みます、シロ」

 そんなやりとりがあったのが昨日のことだ。

 そして今日、両家のお嬢様方が護衛たちを伴ってソレイユ家にやってくる――。

「シロ。出迎えの準備はどうなっています?」

 リビングに入ってきたお嬢様が、ソワソワと落ち着かなげに確認してくる。

「万全ですのでご安心を」

「そう。……あ、そう言えばセシリアは最近、クリティ名物のカリツゥニアにハマっているそうですよ」

 カリツゥニアとはパイの中に野菜やチーズなどの具を入れた軽食で、クリティ島では小腹を満たすために日常的に食されている料理だ。

「存じております。事前に(けい)が教えてくれましたからね」

「そう……あら? なぜ近衛家のメイドがセシリアのことを知っているのです?」

「男のビリーでは細かいところまで気が回りませんから。それに男に相談できない女性としての悩みなどは時折、桂が相談に乗っているそうです」

「そうだったのね……」

「アンジェリクお嬢様には、お嬢様のことを隅々まで把握している俺が仕えていますから安心ですね」

「それは喜んで良い事なのでしょうか?」

「嬉しくはありませんか?」

「……そうやって言わせようとする所など、嬉しくありませんね」

「これは失礼致しました」

 一礼し、仕込みに戻ろうとする俺に、お嬢様がトトトッと駆け寄ってきた。

 俺の袖を引っ張り、しゃがむように求めるお嬢様に従い、腰を屈めると――、

(嘘ですからね?)

 お嬢様が小さく囁いた後、リビングから走り去っていった。

 その後ろ姿を見送っていると、耳が真っ赤に染まっていることが見て取れる。

 耳元に残るお嬢様の吐息の残滓が、感情を心地良く波立たせた。

「……全く。罪深いお人だ」

 腹の奥底から湧き上がってくる感情を抑え込み、俺は愛する主人のために今日のパーティは必ず成功させると誓った――。




 やがて――十七時を回った頃、各家のお嬢様方が訪ねてきた。

「いらっしゃいませ、セシリアお嬢様、咲耶お嬢様」

「出迎えご苦労ね、シロ」

 労いの言葉を掛けてくれたセシリア嬢が、物珍しそうにジロジロと俺を観察する。

「シロ、日本の神様なんだって? 神様って実在したんだって私、感動しちゃったわ」

「さて。西洋と日本では神の概念に違いがありますから。セシリアお嬢様が思い描く神と、俺が言う神とが同一の存在であるという保証はありませんよ」

「確かにそうかもね。まぁ良いわ。私にとってシロはアンジェの護衛執事以外の何者でもないんだから」

「仰る通りです。俺はアンジェリクお嬢様の忠実な下僕。今までと変わらぬ扱いをお願い致します」

「了解したわ。今日はよろしくね、シロ」

「はっ。歓待の準備は整っております。本日は存分にお楽しみください」

 セシリア嬢の先導をエマに任せていると、ビリーが忍び足で近寄ってきた。

(おい子犬(パピー)。酒の貯蔵は充分か?)

(ある程度はな。情報提供(デリバリー)の礼も用意しておいたぞ)

(マジかよ? ダースだよなもちろん)

(ボトルに決まってんだろ)

(ちっ、なんだよケチくせぇ)

「ビリー! 何してるの! さっさと来なさい!」

「イエスマムッ! ……お嬢様方が眠ったあとで酒盛りでもしよーぜ」

 耳打ちした後、ビリーは主人の背中を追いかけていった。

「……桂。ニヤニヤするんじゃねーよ」

「ぐふふっ、無理やでこんなん。男同士で耳打ちしあってるのを見せつけられて、妄想するなって方がおかしいわ」

「何がおかしいのか全く分からんがな。……咲耶お嬢様、ようこそいらっしゃいました。歓迎致します」

「ええ。シロさんも出迎えご苦労様です。うちの桂が失礼しましたわ」

「とんでもございません。もう慣れております故」

「あら寛大ですわね。……やはり神様だからかしら?」

「いいえ。寛大というよりは諦めというのが正確な表現ですね」

「ふふっ、なるほど。桂の暴走を止めるのは当家でも至難の業ですからね。諦めという言葉にはとても共感を覚えますわ」

「ええー、ウチそんなに暴走しとりますー?」

「暴走すると手が付けられないのは事実でしょう?」

「それはまぁそうかもしれませんけど。……まぁ今日はよろしゅうな、シロ」

「ああ。こちらこそエマの手伝いを頼んですまんな」

「それがメイドの仕事やからかまへんよ。それに鞆江も厄介になるしな」

「うむ! 早くシロの手料理を食わせるでござるよ!」

 爛々と目を輝かせた鞆江が、口やかましくメシ、メシと連呼する。

「待て待て。まずはお嬢様方のお世話が先だ。料理はおまえたちの分もたっぷり用意しているから安心しておけ」

「ならば良いでござる。さっ、お嬢様、今日は楽しむでござるよ!」

「ふふっ、ええ。そうさせて頂きましょう」

「是非。ではご案内致します」




 お客様(ゲスト)を主人の下に先導した俺は、お嬢様方の世話をエマたちに任せて、厨房で料理の仕上げに取りかかっていた。

「予定では、アンジェリクお嬢様が事情の説明をした後、入浴。その後、夕食を楽しんでからパジャマパーティ開始か。しかし……お嬢様は一体どこまで説明されるのだろう」

 この世界には(ヒト)種ではない、『獣人種(セリアンスロゥプ)』と呼ばれる種が存在すること。

 お嬢様自身もセリアンスロゥプと良く似た種族であること。

 そして俺が日本の神の一人であること。

「……突拍子もなさ過ぎて、信じてもらえるか分からんな……」

 近衛咲耶嬢に関しては心配していない。

 そもそも(かつら)(けい)のような者を傍に置いている時点で、近衛家は裏の深いところに通じている可能性が高い。

 だが――。

「セシリア嬢は良くも悪くも表の住人だからな。お嬢様の事情を誤解無く受け入れてくれるかどうか……」

 同年代の友人がいなかったアンジェリクお嬢様にとって、セシリア嬢と咲耶嬢は、ようやくできた同年代の親友なのだ。

 もしセシリア嬢に拒絶されたとしたら、アンジェリクお嬢様は強く心を痛めることになるだろう。

 ――と、そんな心配をしている俺の背後から、

「うちのお嬢を見くびるなよ子犬(パピィ)。獣人だろうが神だろうが、目の前で起きた事を否定して、見えないフリをするような弱いお人じゃねーよ」

 聞き慣れた戦友の声が聞こえてきた。

「なんたってこのビリー・ザ・キッド様が忠誠を誓っているお嬢様なんだからな」

「その事実は価値(プレミア)が付く事実なのか?」

「ったりめーだろうが」

 言いながら、ビリーは皿に盛っていたフィンガーフードを摘まんで口に放り込んだ。

「おいこら。何つまみ食いしてんだ」

「んだよ、毒味だよ毒味。護衛としては必要な事だろ」

「失礼なことを言うオッサンだな」

 そうは思うが、護衛を務める者として常に気を抜かず、手を抜かずに物事をチェックするという姿勢には同意するしかない。

「で、毒味の結果は?」

「上々だな。これならお嬢も喜ぶだろうよ」

「そうか。オッサンのお墨付きがあるなら楽しんで頂けそうだ」

「応よ。……それより子犬。今回はすまなかったな」

「何のことだ?」

「ヴァンダービルド家内部のいざこざに付き合わせたことで、結果的にソレイユ家に迷惑を掛けちまった。……悪かったよ」

「何を言うかと思えばそんなことか。別に気にしてなどいない。それにヴァンダービルドの情報が無ければお嬢様を助けるのに手間取っていただろう。お互い様だ」

「そうか。そう言って貰えるなら、出される酒を楽しめそうだ」

「飲み過ぎてお叱りを受けるような真似はするなよ? こっちにもとばっちりが来るんだからな」

「へっ、約束はできねーな」

 肩を竦めたビリーの後ろから、鞆江が顔を出した。

「おお、美味そうな料理でござるなー! どれどれ」

 流れるようにフィンガーフードをつまみ食いした鞆江が、

「美味いでござる! これは夕食が楽しみでござるな!」

 屈託のない笑顔を浮かべて言い放った。

「……ったく、この護衛共は行儀がなってない!」

「まぁまぁでござるよ。お嬢様方は話を終えて、これから湯浴みをされるでござる。某は男どもの監視役でござる故、ここから動くなでござるよ?」

「おいおい、子犬ならともかく、俺は子供に興味はねーよ! こんなロリコン野郎と一緒にするな!」

「失礼な事を言うなオッサン。俺が興味を持つのはアンジェリクお嬢様だけだ。他の小学生については美術品を愛でるような感覚しか持ち合わせていないぞ?」

「それもぎりぎりアウトでござるよ」

「やれやれ。美に疎い武骨野郎どもだな。後で美について懇々と教授してやるから覚悟しておけ」




 同輩たちと軽口を叩き合いながらディナーの準備に奔走し――いつしか時計は二十時を示していた。

 遅くなった夕食にお嬢様方が舌鼓を打つなか、俺とエマは給仕に回ってお客様たちの世話を焼く。

(お嬢様の表情から見て、うまくいったんだな……)

 親友たちと屈託のない、年相応の笑顔を浮かべて言葉を交わす主の様子に、俺はホッと息を吐いた。

(普通とは違うという事実を告白するのは怖いものだ。だがアンジェリクお嬢様は勇気を振り絞って秘密を打ち明けることを選んだ。やはりお強い方だ……)

 主であるアンジェリクお嬢様に対して尊敬の思いを新たにし――それと同等の尊敬を、咲耶嬢、セシリア嬢に対しても抱いた。

 今後の三人の関係は、今まで以上に強固なものになるだろう。

「さぁお嬢様方。食事を終えられた後は、いよいよ本日のメインイベントであるパジャマパーティが開始されます。お菓子もジュースも充分な量をご用意しておりますので、存分にお楽しみください」

 食事を終えたお嬢様方はアンジェリクお嬢様の寝室に向かい、それを見送った護衛たちはリビングで酒盛りを開始する。

 もちろん護衛の役目を果たせなくなるほど飲む者など居ない。

 だが主たちと同様に、護衛の俺たちも時には肩の力を抜くことが必要だ。

 お嬢様方のお世話は酒を飲まないエマに任せ、俺たちはグラスを掲げる。

「よぉ子犬。何に乾杯するんだ?」

「神様に! って乾杯でもしよかいな?」

「某はシロの料理に! とやりたいところでござるなー!」

 好き勝手に言い募る同輩たちに苦笑しながら、俺はグラスを掲げた。

「決まっているさ」

 そう言って、俺は乾杯の音頭を取る。

「主たちの幸せを願って。乾杯!」



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