【第二章】【蠢動する悪意】
【第二章】【蠢動する悪意】
漂うタバコの煙と床に転がる空っぽの酒瓶。
机の上に無造作に置かれ数丁の拳銃とスマート端末。
点けっぱなしのテレビでは無表情な男が淡々とニュースを読み上げ、小型ラジオからは女性キャスターが抑揚のない声で世界のニュースを配信している。
そんな雑然とした部屋の中で一人の男がいびきを立てて眠りに付いている。
枕元に投げっぱなしになっている拳銃は、安全装置が解除され、むき身のナイフを握りしめて男は睡眠を楽しんでいた。
そのとき机の上に置かれたスマート端末が微かに震えた。
木製のテーブルに伝わり、思いの外大音量となったその震動音に反応し、眠っていた男の瞼がパチリと開いた。
「俺だ」
微量も寝惚けた様子を感じさせない男の声に、電話の相手が食い気味に話を始める。
『やぁミスター! ご機嫌かい? ご機嫌だよね? ご機嫌そうで何よりだ!』
鼓膜に絡みつくようなねっとりとした高音と、人の話など興味が無いとでも言うように息もつかさえずに続く意味のない会話。
寝起きで癇に障る高音を聞いた男は眉根に顰めながらも、最大限の理性を総動員して自分が愛想良いと信じる声で応対する。
「これはこれはスポンサー殿。こんな朝早くに一体何用で?」
ちらりと見た時計は午前八時を少し過ぎたあたり。
だが電話口の向こうの人物は、呆れたように笑い飛ばす。
『朝? ハハハッ! ナイスジョーク! こちらは遅いディナーを終えて家族の時間を過ごしているハッピータイムだよ? やはり家族は良いね! 一日の疲れが吹っ飛ぶぐらいに僕は幸せさ!』
「……スポンサー殿が幸せそうで、取引相手の俺も嬉しい限りですよ」
心の中で、時差があるんだよボケが、と反論しつつも、そんな感情はつゆほども出さず、男は拙いおべっかを使ってみせる。
『んー、んー。グッドだよミスター! 互いの夢と希望と幸福を祝ってこそのビジネスパートナー。君と組めたことこそ、僕の人生で最大の幸運だよ!』
「それは光栄なことで。……で、用件は?」
本題に入ろうとしない相手に苛つきながら、男は先を促した。
『Oh……そうだね。君も多忙な身だ。用件を伝えるのに言葉数を増やすのはビジネスマンとして最低だ。ねっ、ねっ? ミスターもそう思うだろう?』
「さてね」
自分で自分のことを最低だと揶揄している相手に対し、いらつきを通り越して無心になるのは、相手の術中にはまっていることになるのだろうか?
そんなとりとめのないことを考えながら、男は理性を総動員してスポンサーへの忖度を続ける。
『なんだいミスターはビジネスマンじゃないのかい。それは残念だ!』
「俺ほどビジネスにうるさいテロリストは世界を見回してもいませんよ? それはスポンサー殿が一番良く分かっていることでしょう?」
『ハハハッ! 違いない! 全く、ミスターは僕から金を引っ張るのが上手い! お陰で僕の財布はすっからかんだよ!』
(良く言うぜ。俺が請求した額なんざ、この坊ちゃんの一月の小遣い程度だろうに)
心の中で毒づきながら、男は用件を促す。
「それで用件は?」
『ああ、そうだったね。ミスターと話していると楽しくて、つい脱線しちゃったよ。用件というのはねミスター。部下から報告を受けた情報を共有したかったんだよ』
「情報?」
『そう、情報だよ。良い情報ととても良い情報がある。どちらから聞きたい?』
子供のようにワクワクとした調子の電話相手に、男は内心、苛つきの水位をあげる。
「……そうですね。ではとても良い情報を聞かせてもらいましょう」
『イェー! ミスターならそう来ると思ったよ! なにせ僕は君のことをヒーローと思って憧れているからね!』
「……」
『じゃあとても良い情報から。君に依頼する次の仕事が決まったよ! 場所はアフリカ首長国連邦。依頼は連邦に所属する国で内乱を扇動してもらうこと。報酬はなんと! 二千万米ドル! どうだい? とっても良い情報だろ?』
「そりゃ景気の良い話ですなぁ」
『だろー? ミスターなら喜んでくれると思ったよ! すぐに知らせることができて僕ハッピー! 君もハッピー! ダブルハッピー、イェー!』
「で、もう一つの良い情報とは?」
電話の向こうで一人盛り上がるスポンサーを無視し、男は先を促す。
なんだい感動のシーンはもう終わりかい? と不満そうに零していた男は、だがすぐに切り替えて元通りの声――つまり甲高く、癇に障る声だ――で先を続けた。
『もう一つは……イェー! おめでとう! 例の薬が完成したよ! これでミスターが待ち望んだ世界がもうすぐ到来することになる! 夢と希望に満ちあふれた戦争の世界! なんて素晴らしい世界なんだ!」
「ほお! それは確かにとても良い情報ですな」
『ブーッ。なんだい、次の依頼を用意してあげたのに、それ以上に喜ぶなんて、ミスターは存外、ひどい男だね』
「いえいえまさか。俺もビジネスでテロリストなんてやってるんです。金を頂ける依頼なら、他のどんな情報よりも嬉しい情報ですよ」
『だよねー。ははっ! まぁそういう現金なところも、僕は好きだよ!』
「光栄なことで。で、薬の完成度は?」
「パーフェクト! 試験の結果も良好さ。薬を打てば、君たちは限界を超えて力を発揮できるようになる。無敵の軍隊の誕生さ! 気分次第で国だって滅ぼせる力を手に入れられるよ! どうだい? 楽しみだろう!」
「いやはや。俺はそこまで好戦的ではないつもりなんですがねぇ」
『ふふっ、夢は戦争をすること。希望は戦争をすること。幸福は戦争をすること。そんな君が喜んでいないはずはないじゃないか! 僕には分かるね!』
「お見それしましたよ、坊ちゃん」
『……おい。僕のことを坊ちゃんと呼ぶな』
「これは失礼」
『はははっ! もー! ミスターには困ったものだよ!』
「なにせ無学なものでね。……で、ここから戦争が始まるんですかね。俺が。いや俺たちが表に出るための戦争が」
『そういうことさ。戦争はやがて世界を巻き込み、人と人の戦いは激化する。その真っ只中で君たちが活躍するんだ。……新しい価値観と新しい支配者は、血と鉄と油によって創り上げられるものなのさ』
「良いですな。血が滾ってくる……!」
『ミスターが喜んでくれて僕も嬉しいよ! だけどまずは今回の件だ。失敗しても大勢に影響はないけれど、準備運動程度には本気になってくれると嬉しいな』
「安心してください。仕事の手は抜きませんよ」
『オーケーオーケー! それでこそミスターだ! 新薬もそちらに送っておいたから好きに使ってくれていいよ。但し、使い心地は後で報告してよね?」
「了解です」
『グッド! ふふふっ、これで世界を混乱の極みにまで突き落とすことができそうだ。世界の再設定の始まりだ! ああ、楽しみでしかたない!』
「それは良かった」
『それじゃ、僕は妻たちと愛を交わし、この世界のラブ&ピースに感謝しながら眠るよ。じゃあね!』
好き勝手に捲し立てたあと、スポンサーの男からの電話は一方的に切断された。
「……ちっ。面倒なスポンサー様だよ、まったく」
端末をソファーに投げ捨てた男は、テレビの音量をあげた。
先ほどとは打って変わって、陽気な女性アナウンサーが、楽しげな声で世界のニュースを読み上げている。
ニュースの内容は車掌をしている猫のニュースだ。
「平和だねぇ……世界ではこれから大勢の人間が死ぬって言うのに」
皮肉っぽく言いながら、グラスに残っていたウィスキーを呷った。
――そのとき、部屋の扉がガチャリと開いた。
「お目覚めですかボス」
入ってきたのは短髪の女性だ。
筋肉質の肢体を戦闘服に包み、隙の無いしなやかな動作で入室してきた女性に対し、男はリラックスした表情で答える。
「坊ちゃんに起こされたんだよ」
「ああ、なるほど。それで不機嫌なんですね」
「そういうこった。で、何か報告でもあるのか?」
「はい。無事、生き餌用の魚が釣れました。これで次の段階にいけるかと」
「そりゃ良い情報だな。ならさっさと準備を始めてくれ」
「了解。方針については?」
「変更なしだ。次の仕事場が決まったからな。無理せず、クールに作戦に従事するよう徹底しておけ」
「承知しました。では」
「おいおい、もう行っちまうのか?」
「他に用事もありませんから」
「つれないねぇ。こちとら寝起きで生理現象に苛まれてるんだよ。ちょっと付き合ってもらえるか?」
言いながら、男は大胆に足を開いた。
「ふふっ、私で良ければ」
「ああ、頼む。天国に行かせてくれよ」
クリティ島。
地中海に浮かぶこの島は大部分が地中海性気候のため、温暖な毎日が続く。
一日の日照時間は長く、年間を通してとても過ごしやすい気候のため、避暑だけでなく避寒の地としても人気の島だ。
そんなクリティ島の本日の天気は雨。
カーテンの向こうから微かに雨音が届き、その優しい雨音が、心身ともに疲れている少女の睡眠を助長するのも致し方ないことだろう。
時刻は朝の六時をとうに回り、起床予定時刻をオーバーしていた。
「……」
いつものようにお嬢様の部屋に滑り込んだ俺は、天蓋付きのベッドで眠る少女の姿を見下ろしている。
少女の寝姿を堪能している訳じゃない……と、言い訳をしたくもなるが、残念ながら俺は主である少女の寝姿を心の底から堪能している。
肌が透けて見えるキャミソールに身を包み、無防備な寝姿をさらす主の少女。
薄手の布地の向こうに見える薄紅色の小さな突起は、寝息と共にゆっくりと上下し、艶めかしい生命力を感じさせる。
シーツに広がる高貴な銀髪は神々しいまでに煌めているが、だが微かにくすんでしまっていた。
(お嬢様はまた、遅くまでお仕事をされていたのだろう……)
世界でも重要な位置にある小国『聖ソレイユ公国』の第三公女。
それが俺の主である『アンジェリク・ド・ラ・ソレイユ』様の身分だ。
公女として相応しい教養を身につけるため、世界中の権力者や有力者の子女がこぞって集まる『フィル・カトレイヤ国際学院』で国際教養を学びながら、未来の権力者である級友とコネクションを築くため、忙しい毎日を送っている。
それだけではない。
アンジェリクお嬢様は聖ソレイユ公国の国政にも参加しており、すでに成人している二人の兄姉と共に公国の外交を担っていた。
外交の場というのは戦場と同じだ。
そこでは年齢など関係なく、必要なのは知識と教養と判断力と決断力だ。
剣や銃ではなく、知識と教養によって国益を獲得し国益を守る――そんな熾烈な戦場で戦う小学生のアンジェリクお嬢様は、国を守るために日々、身の丈以上の努力をなさっているのだ。
「……シロ。一人で百面相をして、どうしたのです?」
いつの間に瞼を開いていたのか、起床したお嬢様がこちらをジッと見つめていた。
「お嬢様の美しい寝姿を堪能していたのですが、ついついお嬢様の身の上を考えてしまっておりました。折角、小学生のお嬢様の寝姿を存分に観察できた時間でしたのに。勿体ないことをしてしまいました」
「……子供の寝姿の何が楽しいのだか」
「お嬢様のお姿ならばどんな姿でもご褒美ですから」
「小学生にそんなことを言って、シロは一体、何を企んでいるのです?」
「そうですね……企んでいる訳ではありませんが、望んでいることならばあります」
「それはどんな望み?」
「お嬢様に触れたいとか、お嬢様を抱き締めたいとか。……食べたいとか?」
俺の戯けた台詞を、お嬢様はどう受け取ったのだろう?
その白い肌にほんの少し朱がさした。
「今はまだ、食べられると困りますが……いつもお利口なシロの望みには、主として応えてあげましょう」
言いながら、お嬢様は横たわった姿のまま両腕を天井に向けて伸ばした。
「ん。触って良いですよ、シロ」
「では失礼します」
抱っこを求める主に応じてその小さな身体に覆い被さると、お嬢様は自然な動作で俺の背中に腕を回す。
必然、お嬢様の肢体が密着し、子供特有の匂いが鼻孔をくすぐった。
「しっかり掴まっていてください」
お嬢様の首元に顔を埋め、束の間、その香りを堪能する。
くすぐったそうに鼻を鳴らしたお嬢様が、俺の指示に従って腕に力を籠めた。
俗に言うお姫様抱っこの姿勢で、華奢な肢体を抱き上げる。
「おはようございます、お嬢様」
至近距離でこちらを見つめるお嬢様に改めて朝の挨拶を行うと、お嬢様は楽しげに頬を緩めた。
「今更ですね。ですが……おはよう、シロ」
朝の支度はいつものように――。
着替えを手伝い、お嬢様の髪を整え、一日の幸運を祈る。
それは俺とお嬢様の間で契約を結ばれたときから続く儀式だ。
「エマ、おはよう」
朝食の準備に勤しむエマにお嬢様が声を掛ける。
「ん。おはようお嬢様」
「今日の朝食は何かしら?」
「パンを焼いてスクランブルエッグを作るだけ」
「その割には何の準備もできていないが?」
「むぅ……料理は苦手」
「またか。……朝食は俺が作る。おまえはお嬢様に飲み物を」
「ん。……お嬢様、なに飲む?」
「そうね。珈琲を頂けるかしら?」
「ん。お砂糖一つとミルク多め、お砂糖一つとミルク多め……」
復唱するように言いながら、エマはサイフォンから珈琲を注ぐ。
「そろそろ給仕にも慣れたんじゃないのか?」
「慣れた。美味しい珈琲の入れ方も覚えた。エマは優秀」
「まぁ優秀なのは確かだけどな」
どう見ても侍女としては及第点の域を出ていないと思うのだが、アンジェリクお嬢様が珈琲を注ぐエマの姿を優しく見守っているのだから、俺がとやかく言うことはない。
「できた」
今にも縁から零れそうなほど珈琲を注ぎ込んだカップを盆に載せ、エマは慎重な足取りで進み、お嬢様に珈琲を提供する。
「ありがとう、エマ」
「ん」
お嬢様にお礼を言われ、エマの顔に達成感にも似た笑顔が浮かんだ。
「エマ。朝食は俺のほうで準備する。おまえはお嬢様の話し相手を」
「ん。お嬢様、お話しよう」
「そうですね。ではシロの手料理を待つ間に新鮮な情報を頂きましょう」
「ん。任せて」
自信ありげに頷いたエマが、エプロンのポケットから小型端末を取り出した。
それを見てお嬢様も机に置かれたタブレットを引き寄せる。
「いくつかの情報を更新できたから同期する。一つは本国の情報。もう一つはシロが持ってきた情報を分析した未来予測。確度は七割程度。お嬢様、どれにする?」
「そうね。では本国の情報から聞きましょう」
「ん。公家特区内の出生率と平均寿命に上昇の気配が見えてきたらしい。今のところ、援助は功を奏しているらしく、特区長からお嬢様に感謝の手紙が送られてきた。直々の視察を待っているって」
「そうですか。それは良かった……!」
「特区内の経済活動も順調。種族によって多少、いざこざがあるみたいだけど、今のところ大きな問題にはなっていない」
「それは仕方の無いことでしょうね。歴史も違えば習慣も違うのですから。ですが警備隊の者には注意喚起が必要かもしれません」
「大丈夫。それは第二公女様が手配済み」
「さすがちぃ姉様です。安心しました」
「ん。就学率も増加傾向にある。このまま順調にいけば、十年後には外の世界でも自立できるようになると思う」
「良かった……私たちがしてきたことに一定の成果が出始めているようで」
「ん。でもまだ気を抜けない。もし特区の情報が世に出れば積み木は簡単に崩れる」
「その通りです。引き続き、私を支えて下さいね、エマ」
「ん。……で、次の情報」
穏やかな笑みを浮かべていたお嬢様が、エマの言葉を受けて表情を引き締める。
「報告を」
「ん」
頷いたエマは手に持った端末を操作し、アンジェリクお嬢様が持つタブレットにいくつかのデータを送った。
「まずはシロの集めた情報の共有。一つはここ一ヶ月のクリティ島入出者のリストの分析。データを見て」
促されるまま、お嬢様はタブレットに視線を落とす。
「ここ最近、クリティ島には世界各国から犯罪組織や諜報機関が集結してる。それだけならクリティ島ではいつものこと。でも分類してみたら派手に動いている国があった。それが米帝」
「なるほど……データを見る限り、米帝国籍の入島者は少ないように見えますが、偽造パスポートを使っているということですね」
「工作員なら当然。確認してみると百パーセント本物の公的な偽造パスポートが使われている痕跡を見つけた。ラングレーが動いてる証拠」
ラングレーとは米帝の中央情報局の本部がある都市の名前で、CIAを指す隠語だ。
CIAが工作員の身分を偽造するための書類を用意しているから、エマは公的な偽造パスポートと表現したのだ。
「CIAが動き始めましたか。対象は私……ではありませんね」
「ん。標的はシリア大統領の娘『ファビオラ・ターフェシュ』と推測」
「昨今の情勢を見れば納得はできますが。……何のためにCIAが?」
「それは恐らく、シリアとの和解交渉のためでしょう」
エマとお嬢様、二人の前に朝食の皿を並べながら口を挟む。
「交渉のため?」
「シリアの現大統領『オマル・ターフェシュ』は、米帝との和解交渉の根回しのため、早々に娘を動かして米帝の実力者に連なるセシリア・ヴァンダービルド嬢に接触を図りました。交渉でシリア国内の利権が欲しい米帝は、国内の実力者とは言え、政権を担っている訳でもない無責任な第三者に介入されるのは避けたい。となれば、第三者の介入を促そうとする人物を舞台から退場させる必要があります」
「ん。おおよそシロの推測通り。付け加えて言うと助演男優の肉親を手中に収めれば、和解交渉の脚本はより米帝有利になる。ラングレーが動くのも当然といえば当然」
「つまり誘拐しようというのですか。相手はまだ小学生ですよ?」
「お嬢様の言いたいことも分かる。でもフィル・カトレイヤの生徒は、大なり小なり世界情勢に影響を与える小学生。……一般的な道徳の範囲内にいると思い込むのは危険」
「……嘆かわしい」
吐き捨てるように言ったあと、アンジェリクお嬢様は心中の鬱憤を大きく溜息と共に吐き出した。
「それが人の世ということでしょう」
「シロは時折、突き放すような言い方をしますね」
「昔から俺は人間というものに期待していませんから。……お嬢様は違うのですか?」
「私は……」
質問に答えようと口を開き――だが逡巡して口を閉じたお嬢様に、俺はゆっくりと頭を下げた。
「由ないことを口にしました。お赦しくださいお嬢様」
「……赦します。あなたがそう言いたい気持ちも、少しだけ理解できますから」
「ありがとうございます。……さて」
俺はパンッと勢いよく柏手を打って、場の空気を入れ換える。
「本日の朝食はトーストにスクランブルエッグ、季節のフルーツサラダとなります。まずは食事を楽しみましょう!」
「……そうですね。細かな指示は食事を終えてからにしましょうか」
「ん」
「さぁ、シロもエマも座って。朝食にしましょう」
お嬢様の言葉を受け、俺たちは着席して朝食を開始する。
先ほどまでの雰囲気はすでに払拭され、いつもと変わらぬ朝食の時間だ。
お嬢様は食事をしながら、タブレットで細かな情報を確認して一日の予定を立てる。
エマは無言だが、無心で朝食を頬張っている姿を見れば上機嫌なのが分かる。
俺はと言うと、食事をしながら周囲に目を配り、二人がスムーズに食事ができるように給仕していた。
会話が弾むという訳でもない。
特別なことをする訳でもない。
共に同じ空間で過ごし、同じ時間を共有する。
きっとそれは俺が渇望していた幸せというものなのかもしれない。
やがて食事の時間が終わる。
――朝食を終え、食後のお茶を味わっていたお嬢様が俺たちに指示を出す。
「エマは引き続き、米帝とシリアの情報を重点的に集めて下さい」
「ん。でも中東連合についてはどうする?」
「そちらも同様にお願いしたくはありますが……手が足りませんよね、さすがに」
「んー……何とかするから大丈夫」
「その言葉に甘えます。エマ、ありがとう」
「ん」
「シロはいつも通り護衛を。但し、ファビオラ様のことを念頭に置いておきなさい」
「……まさかファビオラ嬢の手助けをなさるのですか?」
米帝とシリアの問題に聖ソレイユ公国の公女が手出しをしたことが露見すれば、間違いなく国際問題に発展するだろう。
「危険なのは承知しています。ですがフィル・カトレイヤ国際学院は我が国も設立に携わった学院。その学院の生徒が危険に晒される状況を座視する訳にはいきません」
そう言ったお嬢様の瞳には、決意の光が煌めいていた。
「……」
言いたいことは山ほどある。
優しすぎる。責任感が強すぎる。人のことより御身を心配して欲しい。
そもそも御身も小学生なのだから、危険なことからは身を遠ざけて欲しい――。
次々と湧き上がる言葉を、俺は無理やり封じ込める。
主の望みを叶えるのが仕える者の務めなのだ。
「御身の望みのままに」
「……頼みます、シロ」
きっとお嬢様も自身の甘さを理解しているのだろう。返事に多少の間が存在した。
だがお嬢様はそれでも視線を前に向け、決して俯くことはしない。
その凜とした表情が、俺は一番好きなのだ。
その表情を曇らせないためにも全力を尽くしてみせる。
そう心に決めながら、俺はお嬢様の前に手を差し出した。
「お嬢様。登校のお時間です」
「ええ。行きましょう、シロ」
寮を出ていつものベンチに向かうと、すでにお嬢様の友人たちが集まっていた。
「おはようアンジェ! 今日も惚れ惚れするほど綺麗ね」
「眼福ですわ」
「な、何を突然。いつもはそんなこと言わないでしょうに」
「ふふっ、今日はアンジェを口説きたい気分なの」
そう言うとセシリア嬢はアンジェリクお嬢様を抱き締め、髪に顔を埋める。
「スゥー……ハァー……良い香り。シャンプーは何を使ってるのかしら?」
「さぁ? 街でシロが購入したものを使っていますから、私には……」
「へぇ~……アンジェったら男の好みに染まりたいのね」
「なっ!? べ、別に私はそんな風に思ったことなどありません!」
「……という寝言を仰っておりますけど、セシリア様。どこまでが嘘でどこまで本当のことなのでしょう?」
手で口元を覆いって内緒話を装う咲耶嬢は、だが明らかにアンジェリクお嬢様に聞かせるような声の大きさでセシリア嬢に問い掛ける。
「そうね。んー……全部ウソね!」
「ですわねー」
「……っ!! 二人とも! いい加減にしてください!」
赤く頬を染めながら、親友たちに抗議するアンジェリクお嬢様と、抗議を受けて朗らかに笑う少女たちの姿は、まるで絵画に描かれた天使たちの戯れだ。
「くぅ……なんやここは天国か……! しゅごい! ロリ百合の天国は本当にあったんやー!」
拳を天に突き上げて滂沱の涙を流しているのは、アンジェリクお嬢様の親友『近衛咲耶嬢』の護衛の一人、桂桂だ。
「清楚と元気、銀髪と金髪、ロリっパイと、成長を始めたロリっパイの絶妙なハーモニー! なんやこれは! 天国か! はたまた地獄か! 唐突に始まる属性のバーリトゥードに桂姉さん、防御不能で撃沈や! くぅーたまらん!」
お嬢様方から少し離れた場所で護衛についている中、突然、騒ぎ出した桂の姿にドン引きしたビリーが、桂の相棒の中原鞆江に問い質す。
「な、なんだ急に。おい鞆江、相棒がとち狂ってやがるぞ?」
「ご心配なく。桂は至って正常でござるよ」
「はぁっ!? これが、こんなのが正常っ!? こいつの日常、一体どうなってんだよ」
「お嬢様の入浴を覗こうとして見つかって折檻されるとか、シロとビリーの日課の喧嘩を文章に纏めてBL小説を書き上げるとかでござるな」
「……? なんだその、”びーえる”ってのは」
「ああ、米帝出身のビリー殿には馴染みのない文化でござったか。BLとは簡単に言うと衆道のことでござるよ」
「しゅーどう?」
「うーん、衆道を簡単に説明するなら~……男と男が己の剣をぶつけ合うもの?」
「おいおいなんだよそれ。熱い文化じゃねーか。やっぱ男なら自分の力で相手をねじ伏せてこそだな! 日本にもそんな男気溢れる文化があったなんてなぁ!」
「……(ニヤッ)」
ビリーの発言を聞いて、桂は懐から何やら小さな帳面を取り出し、さらさらと文字を書きはじめる。
「……おいオッサン。ややこしい奴に餌を与えてるんじゃねーよ」
「ハッ? どういう意味だよ子犬?」
「衆道ってのは、ざっくりと言えば米帝で言うLGBTに属するものだ。桂はそういうのを好む腐った女って訳だ」
「……ハァっ!? なんだそりゃあ!」
「なんだも何も、そういうことだ。日本には昔、衆道という文化があって……」
「それは分かったよ! 俺が言ってんのは、どうして俺と子犬で、そのびーえるとやらになるんだってことだよ!」
「当たり前やないか。二人とも見た目はそこそこ。年の差があって口が悪く、顔を合わせる度に口喧嘩という名の乳繰り合い。おまけに二人とも気が強いくせに甘えん坊気質で、心の中にはド本命でありながら身分差のある相手に懸想しとるという好シチュエーション! 幸せを掴むことのできない二人は、気心の知れた相手と互いの心の中の空白を埋めていく……ほれみぃ! 立派なBL小説が出来上がるやないか!」
「どうしてそこで俺と子犬が空白を埋めなくちゃいけないんだよ! そこが意味が分からんって言ってんだ!」
「いやいや。BL小説やと定番シチュやで?」
「定番も当番もあるか! 良いか桂。俺と子犬で二度と変な妄想すんじゃねーぞ。もし同じことをするならぶっ飛ばすからな?」
「ほーん? ウチをぶっ飛ばすとか、寝言は寝てから言って欲しいもんやなぁ。……ウチはいつでも殺ったるでぇ?」
「なんだぁ? たかがメイド如きが俺に敵うとでも思ってんのか?」
「米帝のクソダサカウボーイがウチに敵うと思ってるとか片腹痛すぎてヤバイわ。御託はええで。相手したるさかい掛かってきーや」
剣呑な言葉をぶつける二人が、身の内に押し込んだ殺気を燃やし始めた。
今にも殺し合いを始めそうな二人と見守っていた鞆江が呆れたように呟く。
「やれやれ……桂もお遊びが過ぎるでござるなぁ」
「止めないのか?」
「キレた桂を止めるのは願い下げでござるよ。そう言うシロは止めないでござるか?」
「興味が無いからな。それに……」
二人の間に入れば、巻き込まれることになる――そう言おうとした矢先、俺たちの前を歩いていたお嬢様方から叱責が飛んだ。
「ビリー! あんたの仕事はあたしの護衛でしょ! それとも仕事仲間とつまんない喧嘩をするのがあんたの仕事なのっ!?」
「で、でもようお嬢……」
「シャーラップ! ボスであるあたしの言葉が聞けないのならあんたはクビよ! それが嫌なら今すぐその口を閉じなさい!」
「い、イエスマムッ!」
主人に叱られて、ビリーはすぐさま口を噤んだ。
その横では桂が主人である咲耶嬢のニコニコとした笑顔に怯えていた。
「うふふっ、桂に聞きたいことがありますわ」
笑顔だ。満面の笑顔だ。
離れた場所にいる俺から見ても、咲耶嬢は笑顔が浮かべているように思える。
それなのに咲耶嬢が笑っているようには見えない。
笑顔なのに笑顔じゃないその笑顔を見て、桂は頬を引き攣らせて言い訳を始める。
「あ、あの、お嬢様、これはその、ついつい売り言葉に買い言葉と言いますか、売られた喧嘩は買わんと損やとか、そういう類いのものでして、決して本気という訳では……」
「あら。あなたは主人が話すよりも先に口を開くのですね。近衛家の家人であるのに」
「ひぃ! か、堪忍やお嬢様……!」
「うふふっ……桂、品位という言葉を知っていますか?」
「は、はい。それはまぁ……知っとりますけど」
「あら、知っているのですね。まさかあなたが品位という言葉を知っているとは、露とも思いませんでした! 知っているのにできないなんて、器用なことですわね」
「ぐわっお嬢様が京女モードに入ってもーた! お、お嬢様、ウチが悪かったって! そんないけずな事言わんと、ほら、いつものように笑って笑って。ニコーっ♪」
「あら。わたくしは笑顔ですわ。それとも桂にはそれが見えないのかしら? 瞼が開いているのに現実が見えないなんて、その目は腐っているのかも。大変。すぐにその目を摘出しなければ取り返しの付かないことに……! 鞆江。桂を取り押さえなさい。わたくし自ら目玉をえぐり出してあげますわ♪」
「承知でござる!」
「ちょーっ! 鞆江はウチのこと殺すつもりか!」
「某らは近衛家子飼いの臣! 主が死ねと言うのなら潔く死ぬのが役目でござる。桂。長い付き合いでござったがさよならでござるよ」
言いながら、鞆江は何の躊躇もなく桂を羽交い締めにした。
「さぁお嬢様! これで桂は動けませぬ! ひと思いにブスーッと殺ってやってくださいでござる!」
「ありがとう鞆江。では……」
そう言うと咲耶嬢は懐から小刀――守り刀と呼ばれる刃物――を取り出した。
「さぁ、おめめを繰り出しましょうね♪」
「う、う、うぇぇぇ! もうしません~~! 咲耶お嬢様、堪忍やー!」
目玉に小刀の切っ先を突きつけられた桂は、半べそを掻きながら必死に謝った。
「……反省していますか?」
「は、反省しとります!」
「もう二度としませんか?」
「もう二度としません!」
「本当ですか?」
「多分……いやいや絶対! 絶対しませんから!」
多分、と言った瞬間、咲耶嬢が少しの躊躇も見せずに小刀を振りかぶったためか、桂は即座に前言を翻して全面降伏した。
「よろしい。主に向けたその言葉、違えないようにするのですよ?」
「も、もちろんやでお嬢様!」
「ならば今回は許します」
「ホッ……」
「但し!」
「は、はいぃ!」
「罰を与えます。BL活動は一ヶ月禁止とします」
「なぁっ!? お嬢様、それだけは堪忍! 堪忍してやぁ~!」
「堪忍しては罰になりませんでしょう? しばらく禁欲生活を命じます。良いですね」
「ううぅ~、承知しましたぁ~……」
膝から崩れ落ちた桂の横では、大の男であるはずのビリーが子供からこんこんと説教を受けている。
そんな朗らかな朝のひとときが、登校時間ギリギリまで続けられたのだった――。
お嬢様方を教室までお連れした俺たちは、いつものように情報を交換する。
「……ってか、いい加減、立ち直れよ二人とも」
「無理や。一ヶ月の禁欲はきつい……」
「はぁ~……お嬢にあれだけ怒られたのは何年ぶりか……辛ぇ……」
「やれやれでござる。二人とも気を抜きすぎでござるよ」
「なぁにをいけしゃあしゃあと! 元を正せば鞆江がビリーに余計なことを吹き込んだからやないか!」
「いや元を正せばおまえが俺とオッサンでエロ妄想に浸っていたからだろうが」
「しゃーないやろ! あんたら二人の関係性がエロの塊やねんから!」
「勝手に妄想する分には何も言わんが、うちのお嬢様に変な知識をつけるようなら、その素っ首、叩き落としてやるから覚悟しておけよ?」
「はんっ、BLは乙女の高尚な趣味や。そんな脅しに屈するかいな」
懲りずに殺気を燃やしはじめた桂に呆れ、これ以上はまた面倒なことになるのを察した俺は、素直に引き下がった。
「……まぁいい。情報交換を続けるぞ」
桂の挑発をスルーして先を続ける。
「ここ最近で判明した情報を共有する。まずはソレイユ家から――」
一つ、CIAが動き出していること。その標的はシリア大統領の娘『ファビオラ・ターフェシュ』の可能性が高いこと。
二つ、クリティ島に海外のマフィアがかなり多く入島していること。
三つ、地元マフィアと海外のマフィアとの間で小競り合いが増え、警察沙汰になることが多いこと。
「最も重要な情報は一つめ、ラングレーの動きについてだ」
「ファビオラ嬢誘拐のためにラングレーが動いてるってのは、近衛家でもつい最近、掴んだところやな。まぁ裏の世界でも一部は感づいとるみたいやけど」
「どうやら当のご本人も把握しているようでござるよ?」
言いながら、鞆江は目線で皆を促した。
視線を向けると、お嬢様方のクラスから離れた場所で、物々しい装備で控えている護衛たちの姿が目に入った。
「自動小銃なんざ、この学院の中が持ってて良いものじゃねーだろうに」
フィル・カトレイヤ国際学院は世界各国の政治家や有力者の子女が通う学院だ。
子女の中には母国同士が敵対している者も数多く存在している。
もし敵対している国の生徒同士が学院の中で武力衝突を起こしてしまった場合、それは母国の政治状況に多大な影響を与えることになる。
学院側としては、戦争の引き金となりかねない状況を避けるため、護衛に対して一定以上の武装の許可が出せない。
ファビオラ嬢の護衛が装備している自動小銃は、その制約を逸脱した武力のはずだ……というのがビリーが首を捻った理由だった。
「ああ、あれな。一応、学院に話は通してるらしいで」
「へぇ? 融通が利かないので有名な理事たちをよくも説き伏せられたもんだ」
「所属する学生が誘拐犯に狙われているのだから、学園としても武装を許可するしかないんだろうな」
学院の姿勢に理解を示した俺とは違い、ビリーは訝しげに言葉を続けた。
「だが単なる噂だけで理事どもが許可を出すはずはねーだろ。……ファビオラ嬢は理事どもを説得するのに充分な確度でラングレーの動きを掴んでいるって訳か?」
「恐らくそうなんやろうな。ただ、ウチはちぃとばかり気になることがあるねん」
眉根を顰めている桂を珍しく思い、俺は桂に問い掛ける。
「桂は何を気にしている?」
「んー……裏の世界には、CIAが何かをやらかそうとしとるって情報を掴んどるやつらは一部におる。それはええねん。近衛家でも最近掴んだ情報やし、天才エマ女子を擁するソレイユ家も掴んどる情報や。ウチが気になるのはそこやねん」
「そこってどこだよ? 勿体ぶらずにさっさと教えろよ」
桂の言葉の要点が掴めないのか、ビリーが声を苛立たせる。
「つまりや。世界相手に商いをしとる近衛家の情報網を駆使しても、CIAの標的がファビオラ嬢やってのが判明したのはつい最近のことなんや。せやのにファビオラ嬢側はその情報をすでに掴んでて理事への根回しも済ませとる。ウチが気になってるのはそこや」
「ああん? ファビオラ嬢は当事者なんだから当然のことじゃねーのか?」
「アホ言え。中東連合の一角を占める軍事国家とはいえ、シリアはあくまで中規模経済の国や。そんな国の情報機関に作戦を嗅ぎつけられるほど米帝CIAは無能やない。それに情報機関は投入される資金によってその力が左右される。ウチは天下の近衛インダストリアルやで? 古今東西、各国のやり手情報員をスカウトし、金と時間をがっつり投入して創り上げた、米帝にも引けを取らん優秀な情報網や。石油産出国とはいえシリア程度の情報機関に情報収集の速度で負ける訳あるかい」
「つまり桂は近衛インダストリアルがやっと掴んだ情報を、シリア側がすでに知っているのはおかしい、と。そう言いたいのか」
「まぁそうやな。付け加えて言うなら、今回の件、何かきな臭いねん」
「きな臭いって何がだよ?」
ピンときていないビリーの質問に、桂は肩を竦めて答えた。
「それが分かればええんやけどな。今のところ、ウチの女の勘としか言い様がないわ」
「ふむ……」
桂の言葉は曖昧だったが、頷けるところもある。
近衛家の情報網もそうだが、情報処理に関しては常識外れの能力を持つ『天才』エマでさえ、ファビオラ嬢誘拐の確たる情報を掴めたのは、つい最近のことだ。
「何か裏があるのかもしれないな」
「シリア側か、それとも米帝側に裏があるんか。それさえも分からんのやけどな」
「いや……悔しいが、桂の勘については俺にも思い当たることがある」
ビリーの言葉に、桂が挑発にも似た笑顔を浮かべる。
「へぇ。米帝の田舎者の癖に女の勘を信じるんか? 典型的な米帝マッチョがえらいフェミなこと言うやないか」
「煽んなよ。俺はマジな話をしてんだ」
桂の挑発には乗らず、ビリーは真面目な表情で言葉を続ける。
「ウチのお嬢、昨夜、実家から電話があってから妙にピリピリし始めてな」
「なんやそれ。実家に何か言われたんか?」
「分からん。内容は聞かされてないが、それからお嬢の機嫌が悪くなったのは確かだ。……様子を見るに、一晩経った今でもイライラは残ってるらしい」
「ああ。それで今日のセシリア嬢はいつもと違ったのか」
「アンジェ嬢にベタベタしてたのは、イライラを友人に悟らせたくなかったんだろ」
肩を竦めたビリーが言葉を続ける。
「このタイミングで実家から何か言われたのなら、それはファビオラ嬢絡みの可能性が高い。自分を頼ってきた相手を見捨てろとか、その辺りのことを言われたのかもしれん」
「『友には尽くすが敵には容赦しない』ってのが家訓やなかったんかいな」
「その家訓には続きがあるんだよ。『友とはつまり、己の利益に沿うものだ』ってな。利益に沿わなくなったら、それはもう友じゃねーってことさ」
「ほーん。さすが米帝随一の実業家やな。言うことがシビアや」
「まあな。だがお嬢はまだ子供なんだよ。……はい、そうですかと割り切れるほど人生を長くやってる訳でもなければ、俺たちみたいに捻くれている訳でもねぇ」
主人を憂うビリーの表情は暗く、その内心は察するに余りある。
俺も桂も主人への忠誠という観点から見ればビリーと同じだからこそ、ビリーの内心が痛いほど良く分かった。
だが、しんみりとした雰囲気など気にも掛けず、横から口を出してきた女がいた。
「それで、これからどうするでござるか?」
近衛家の護衛の一人、中原鞆江の空気を読まない口出しに、俺とビリーだけではなく、鞆江の同僚であるはずの桂さえ呆れた表情を浮かべる。
「鞆江、うちらの話、ちゃんと聞いてたか?」
「えっ? 聞いてないでござるが……」
そう言った鞆江の表情を表現するなら『キョトンとした』としか表現ができない。
それほど見事なキョトン顔だった。
「いやいやわはは。某がお主らの話を理解できるはずがないでござろう? 難しい話は桂担当! 某は刀で敵を切り捨てるの担当! どうでござる? 近衛家の見事な役割分担は! 最強でござろう!」
「……うん。まぁうん。鞆江ならそうだろうな。最近、忙しくて忘れていたな」
「それなりに長く付き合ってるから、いい加減分かってはいたけどよ。……もう少し空気を読んで欲しいもんだぜ」
「あー、悪いなぁ二人とも。ウチの鞆江はちょーっと残念な子やねん。堪忍したって」
「某、残念でござるか? でも某、剣の腕には自信があるでござるよ? なんならここで見せてもようござるが……」
そう言って刀の柄に手を掛けた鞆江の表情はとても純粋だ。
これほど純粋な表情を浮かべることができるのは、聖人か、ブラック企業に洗脳された社畜か……幼稚園児ぐらいかもしれない。
「いや、見せて貰わなくても鞆江の実力は良く知っている。大丈夫だ。おまえは強い」
「おおっ、同じ剣士として、シロほどの実力者にそう言ってもらえるのは、とても嬉しいことでござるよ!」
「ああ。鞆江は強い。そこは俺も認めてるぞ」
「なんとビリーまでっ!? ……桂、某、今日はどうしたのでござろう? 嬉しくことが次から次へと起きて、頭が沸騰しそうでござるよ!」
「うんうん、そーかそーか。良かったなぁ」
「へへっ、某、強いでござるからな!」
鼻を鳴らして喜ぶ鞆江の姿に毒気を抜かれた俺たちは、他にもいくつか情報を交換したあと、主人たちが授業を終えるのを大人しく待つことにした――。
聖ソレイユ公国第三公女『アンジェリク・ド・ラ・ソレイユ』殿下の一日は、体力の限界が来るまで終わらないのが常だ。
今日も学校から戻ってきた途端、エマを連れ立って自室に籠もり、積み上がった仕事を処理していた。
本来ならば、十二歳――つまり小学生のアンジェリクお嬢様が国政に携わることなど、有ってはならないことだ。
だが聖ソレイユ公国は特殊な成り立ちであるが故、本人が望むと望まざろうと関係がなく、大公家に生まれた者は物心ついたと同時に国政に参加するように強制される。
そしてお嬢様もソレイユ家の者として、その現実をさも当然のように受け止め、本来ならばもっと暢気に、もっと楽しく過ごしていたかもしれない小学生時代を、仕事によって浪費させてしまっている。
「今日もゆっくりなさる時間は無さそうだ……」
お嬢様が今、携わっている仕事は近々開催される中東連合との『新エネルギー貿易交渉』に関するものが大半だ。
それも仕方のないことだろう。
お嬢様の母国である聖ソレイユ公国は、現代のエネルギー事情を一変させる新エネルギー『ヌーヴェルコロニウム』の世界で唯一の産出国であり、唯一の精製国だ。
『ヌーヴェルコロニウム』を燃料として発電する『コロナドライブ』が産み出す発電量は従来の化石燃料の数倍のため、瞬く間に世界に普及した。
だが当然、その状況を面白く思わないものたちが世界中に居る。
その一つが、今まで人類の発展を支えた化石燃料を輸出していた中東の国家群だ。
二十世紀、中東各国は紛争が絶えない地域だったが、二十一世紀を過ぎた頃、世界で巻き起こった勢力再編の流れを受け、中東各国も巨大な勢力へと変貌を遂げていた。
『中東連合』――石油輸出国機構を前身とし、中東地域の石油産出国が中心となって立ち上げた勢力は、『石油』を武器に世界各国に強い影響力を持っていた。
だが、聖ソレイユ公国によって発表された新エネルギー『ヌーヴェルコロニウム』と、発電装置『コロナドライブ』の出現は、中東連合の力の源である『石油』の価値を大きく下落させた。
当然、自分たちが持つ武器の影響力が下がるのを歓迎する者は居ない。
中東連合は聖ソレイユを商売敵とし、事ある毎に圧力を掛けるようになっていた。
その圧力の一端が、聖ソレイユ公国と中東連合との間で近々行われる『新エネルギー貿易交渉』と呼ばれる国家間交渉だ。
アンジェリクお嬢様は聖ソレイユ公国を治める大公家の一人として、交渉のために情報を集め、分析する必要があった。
それは例え小学生であろうとも国を率いるソレイユ家の名を頂く者として、行わなければならない責務なのだ。
「失礼します」
軽食を載せたテーブルワゴンを押しながら、お嬢様の書斎へ入室する。
「ああ、もうそんな時間なのですね」
チラリと時計を見たお嬢様は、現在時刻を把握して大きな溜息を吐いた。
「お疲れ様ですお嬢様。少し休憩されたほうが宜しいかと思い、軽食を用意しました」
「そうですね。確かにお腹が空きました。エマ、休憩ついでに食事にしましょうか」
「ん」
頷いたエマが手伝おうとして立ち上がるのを制し、座っているように促す。
「俺がやるからエマも休んでおけ」
「……ん」
素直に頷いたエマが、座っていたに深々と腰を下ろした。
「本日の夕食は玉子のサンドイッチ、トマトやチーズ、季節の野菜を載せたミニクリスピーピザ、そしてパンプキンスープとなっております。もちろんデザートもございますのでお気軽にお申し付けください」
「ご馳走ですね。ありがとうシロ。ふふっ……」
「どうかされましたか?」
「いえ。仕事にかまけているのに、これほどの夕食を頂けるなんて、幸せなことだなと。そう考えたら思わず笑いが零れてしまいました」
「大したものではありませんが、そう仰って頂けると俺も嬉しいです」
「充分、素晴らしいものですよ。いつもありがとう、シロ」
「……いえ」
お嬢様の真っ直ぐな言葉と慈愛に満ちた微笑みに、俺は思わず照れてしまった。
「シロが照れてる」
「う、うるさい。お嬢様の素敵な笑顔に不意を突かれただけだ」
「あら。剣の達人であるシロの不意を突けたのなら大金星ですね、私」
「ん。お嬢様、グッジョブ」
「ふふっ、ありがとう、エマ」
クスクスと笑顔を交わす二人の姿に、俺は密かに安堵した。
『忙しい』その漢字の成り立ちからも分かるように、忙しさは心を無くすのだ。
大人でさえイライラが募り、剣呑な空気を醸し出すことが多い。
だがお嬢様はそんな空気を出さず、冗談を言って場を和ませるなど、他者を気遣う心を忘れていない。
「食事はお口に合いますか?」
「んぐ……え、ええ、美味しいですよシロ」
お腹が減っていたのだろう。
珍しくサンドイッチにパクついていたお嬢様が、小さな手で口元を隠しながら慌てたように答えた。
悪いことをしたなと思う反面、年相応の可愛らしいお嬢様を見れたことが何よりも嬉しく思う。
「それは良かった」
ミネラルウォーターをコップに注ぎながら、俺は食事に勤しむ二人の給仕を続けた。
食休みのさなか、お嬢様は資料を手に取って眺めていた。
「難しい判断が必要なお仕事ですか?」
「いいえ。以前、お兄様とお姉様から命じられた課題の答えを、自分なりにまとめたものをチェックしているのです。……そうだ。今から読み上げますから、二人の意見を聞かせて貰えるかしら?」
「ん。了解」
「俺で良ければ喜んで」
「ありがとう。では――」
そう言うとお嬢様は資料を読み上げ始めた。
まずは課題の確認だ。
聖ソレイユ公国で執務に励む兄姉からの議題は『新エネルギー貿易交渉』に挑む中東連合の思惑の看破。
それに対し、お嬢様の解答は明快だった。
「まず第一に、中東連合の強気の根拠となっているのは米帝の後援があるからだ、というのは確定でしょう。中東連合は米帝の後ろ盾を得て、聖ソレイユとの交渉を強気に押し切ろうしていると私は推測しました」
「その根拠は?」
「シリアで発生した砲撃事件。その事件を早々に決着させるため、米帝が大統領の子女を誘拐しようとしていることです。この事件、米帝が被害者の立ち位置なのですから、本来ならば交渉を長引かせ、相手から利権を取れるだけ取るのが王道のはず。それなのに米帝はシリア内の利権そっちのけで、交渉を早々に決着させるために大統領子女誘拐を企んでいる。……この決定がそもそもおかしいのです」
プリントアウトされた資料をパシッと指で弾き、お嬢様は言葉を続ける。
「米帝がなぜ、そんなにも和解交渉を急ぐのか? 世界を見回してみても、米帝が割り込んで得をするような問題は今のところ起きていない。……聖ソレイユと中東連合の新エネルギー貿易交渉以外は」
「米帝が新エネルギー貿易交渉に干渉するため、シリアとの和解を急ぐ……ということですが、それは何故だとお考えなのです?」
「軍事力の移動でしょう。シリアに駐留する米帝軍は、元々シリアからではなく中東連合から要請されていたはずです。その代わり米帝は中東連合内で石油利権を得た。……利権を得たのなら、反政府活動が活発で治安の悪化しているシリアに用はない。すでに派兵という義理は果たしたのだから米帝としては理由を付けてさっさと引き上げたい……そう考えるのは明白でしょう」
「米帝が約束を守って、シリアを守り続けるという選択肢は?」
「大国が小国に対して献身的になれるのであれば、世界はもっと平和でしょう。……残念ながらそれは幻想でしかないでしょう?」
「全くですね。平和ではない世界で、今回の砲撃事件が起きた。丁度いい。この機に駐留する部隊を引き上げ、あとは国連に丸投げしたいと米帝は考える」
「ええ。立憲君主制になったとは言え、米帝の政体は民主主義国家に近い。そして米帝の土台を支える国民は民主主義を標榜していた旧アメリカ合衆国の血を引くのです。米帝にとって兵士の命は決して安くなく、無駄に血を流してしまえば世論の反発を招きます。米帝としては中東連合内の利権を得ることができたのだから、危険な地域からは引き上げたいと考えるのは当然でしょう」
「しかし本音を漏らすことはできない、ということですね」
「自由貿易を標榜し、資本主義というルールの下で暴利を貪るアメリカ民主連合国――米連とは違い、米帝は世界の警察を自認し、押し売り用心棒を稼業として外貨を稼ぐ巨大軍事国家です。面子が潰れるのは避けたいでしょう。砲撃されてすごすご退却したと見られてしまえば反政府組織から逃げたのだと世界中から笑われてしまう。それは米帝としても避けなければならない。そのために米帝は中東連合に声を掛けた。……新エネルギー貿易交渉を円滑に進めるために、米帝軍を貸しても良いと」
「シリア内の軍を動かすには丁度良い大義名分になるでしょうね。ですがお嬢様……その根拠となる情報はあるのですか?」
「ええ。……エマ」
「ん。これ」
お嬢様の指示に従って、エマは書類の中からいくつかの写真を取り出した。
「シリアのタルトゥース軍港の二日前の様子」
タルトゥース軍港は地中海側にあるそれなりに大きなシリアの軍港の名だ。
エマが俺に渡した衛星写真には、軍港の中でこれ見よがしに帝国旗を靡かせる、巨大な船舶が映っていた。
「……米帝の原子力空母『ドナルド・J・トランプ』がお出ましか。また古い艦艇を寄越したんだな米帝は」
「制空権を確保する訳じゃないなら、老朽艦で充分」
「つまりシリアに展開する陸軍を回収しに来たという訳か……それもわざわざ空母を出すところに何らかの思惑が透けて見えるな」
「そうです。シリアを出港したドナルド・J・トランプは、米帝国外の海軍基地があるイタリアのガエーダ港に入港する予定だそうです。……偶然にもほどがありますね」
聖ソレイユ公国はフランスの南部、イタリアの西部と国境を接した欧州の小国だ。
イタリアのガエーダ港に入港した空母の存在は、鼻先に剣の切っ先を突きつけられるのと同様だった。
「なるほど。寄港地を隠さず、聖ソレイユの傍に陸軍を満載した空母を派遣、ですか。見え見えの脅しですね。風情がない」
「それだけ自信があるのか、それとも他の思惑があるのか。それは分かりませんが……交渉への影響は確実でしょうね。そして中東連合は米帝の武力を背景に聖ソレイユとの交渉を進める。もちろん米帝の存在を匂わせながら……」
「匂ったのですか?」
俺の質問にエマが答える。
「中東連合から米帝がオブザーバーとして参加するって一方的に通告されたらしい」
「いつの情報だ?」
「二時間前」
言うのと同時にエマはVサインを前に突き出した。
「……交渉直前のねじ込みか。全く。中東連合はどれだけ聖ソレイユを舐めているのか。無礼にもほどがあるな」
「無礼に対し、事を荒立てて交渉を潰す、という選択も採れなくはないでしょうが、あまり意味は無いでしょうね。お父様も笑顔で承諾したそうです」
「さすが。大公閣下は分かっていらっしゃる」
「我が父ながら、腹黒さではソレイユ家一の方ですからね」
苦笑しながらそう言ったお嬢様の顔は、どこか自慢げだった。
「大公閣下は優れた外交手腕をお持ちの方です。まぁ世界的には狸親父だなんだと言われているようですが……国を指導する立場の者が正直者でお人好しであって良いはずがありません」
「ええ、分かっていますよシロ。お父様は私たち家族をとても愛して下さっています。それだけで充分。でも……だからこそ、今回の中東連合との新エネルギー貿易交渉は一歩も引くわけには参りません」
姿の見えない中東連合の大臣たちに、心の中で挑戦状を叩きつけたのだろう。
お嬢様は力強い眼差しで宙を睨み付けた。
「さて。私なりに中東連合の思惑と交渉の裏舞台を分析した訳ですが、二人の意見を聞かせてください」
お嬢様の質問に、俺とエマは目を見合わせた。
そんな俺たちの様子を見て、お嬢様はそっと首を傾げる。
「何か不備がありましたか?」
「お嬢様の推測は的を射たものだと存じます。ですが……」
「ん。綺麗に分析できすぎてて、逆に気になってる」
「どういうことです?」
「お嬢様の分析ですが、手に入れた情報に相手の軍事力や国益などを加味し、とても丁寧に分析なさっていると感心しております。ですが俺とエマのような捻くれ者からすれば、ひと味足りない気がしてならないのですよ」
「ん。エマはシロみたいに捻くれてないけど、概ねシロの言う通り。簡単に言うと、お嬢様の分析には悪意が加味されていない」
「悪意?」
「そうです。アメリカの思惑、中東連合の思惑……それらを踏まえたお嬢様の分析の確度は高いと思いますが、今回の新エネルギー貿易交渉の結果を注視しているのは、その二カ国だけなのでしょうか?」
「……第三国が介入してくると、そう言いたいのですか?」
「国なのか人なのか、それとも別の何かなのか。それは分かりようもありません。それに直接的な介入なのか、間接的なのかも分かりません。ですが俺の勘が、その可能性を考慮すべきだと告げています」
「エマも同じ」
「なるほど。……」
俺たちの意見を聞いて、お嬢様が唇に人差し指を押し当てた。
これはお嬢様が長考するときの癖だ。
その姿を見て、俺とエマは口を噤む。
やがて――珈琲がすっかり冷めてしまった頃、お嬢様は溜息を吐き出した。
「ダメですね。どのような悪意があるのか、今の私では考えつきませんでした」
悔しげに呟いたお嬢様にエマが慰めの声を掛ける。
「大丈夫。私も分からないから」
「そうなのですか?」
「解を求めるための情報が足りなすぎて無理。さっき言ったのもただの勘。エマもシロも物事がスムーズに進みすぎていると、罠を疑ってブレーキを掛ける」
「まぁ……確かにそうかもな」
物事がスムーズに行くのは素晴らしいが、無数の人と人の思惑が絡み合っているのが世の中というものだ。
物事がスムーズに行くときは何かしらを見落としているか、誰かしらに誘導されている可能性が高い。
国際政治の場は魑魅魍魎の巣窟と言っても過言ではない。
見えない第三者が実は罠を仕掛けていた、なんてことはこの世の中、いくらでもあることなのだ。
「……俺もエマも常々、そう考えています。だからお嬢様の分析を聞いて、少し気になってしまったのですよ」
「なるほど。……確かにそうかもしれませんね」
頷いたお嬢様は『理解はしたけれど、納得はしたくない』とでも言いたげに悲しげな表情を浮かべていた。
(お嬢様はお優しい。それは素晴らしいことだ。だが優しいだけでは聖ソレイユ公国第三公女としての責務を果たせない……きっとそう考えておられるのだろう)
まだ十二年しか過ごしていないこの世界で、お嬢様は今まで幾度もこの世界は地獄に隣接した場所なのだ、という現実を突きつけられてきた。
それでもお嬢様は凜々しさを失わない。
何度、無情な現実を突きつけられても、アンジェリクお嬢様は強い意志と不屈の心で立ち上がり、厳しい現実に立ち向かってきた。
今回のこともきっとお嬢様なりに必死に考え、行動し――己に課せられた役目を立派に果たされることだろう。
その手伝いをするのが俺たちの役目だ。
「シロ。頼みがあります」
「はっ」
「今回の件、貿易交渉への影響を最小限にするためには、米帝の思惑を邪魔する必要があります。私は、その鍵を握るのはファビオラ様であると判断しました」
「では俺はファビオラ嬢を影ながら護衛すれば良いという訳ですね」
「ええ。ファビオラ様の誘拐を阻止すれば、米帝のシリアからの撤退を遅らせることができるでしょう。そうすれば今回の交渉を軍事的圧力を背景に交渉を押し切ろうとする中東連合の思惑を邪魔することができます」
「なるほど……」
「やってくれますか、シロ?」
「我が主の御心のままに」




