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第二章 あの問いは、まるで鏡のようで -1-


 紙が擦れる音が鼓膜を撫でる。

 翌日の放課後、俺は生徒会室で久しぶりに蒼生の手伝いに興じていた。ただ黙々と作業に没頭することで、昨日の推理の失敗を忘れようと思ったのだ。

 だが。


「――で、センパイが格好を付けていたわけですよ」


 俺の隣で何をするでもなくただ対面の蒼生に遊奈が楽しげに語っているのは、昨日の俺の失態だ。

 鍵を見つけると言いながら、出てきた物は無関係のもの。あのあと同じ理由で筆箱やコスメポーチに鍵が隠されていないかざっと見たが見つけられはしなかった。結局、高嶺の日記帳は未だに錠をかけられたまま眠っている。


「珍しいな、それは」


「でしょう? センパイが変に格好付けたりするから、なおさら間違えたときに恥ずかしいことになるんですよ」


「うるさいよ……」


 もういい加減いやになってきた俺の横で、しかし遊奈はにやにやと意地悪げな笑みを浮かべている。怒るどころか苛立ちすら湧いてこないのだから、この小悪魔じみた笑顔には敵わない。


「そういう真似をするのも珍しいけどな。それ以前に、一維がその手のクイズなんかでミスをするの、俺は見た覚えがない」


「それは流石に盛りすぎだろ」


「お前、小学三年生の頃の校内宝探し、上級生を差し置いて最速でクリアしたの忘れたのか? あれは答え知ってたって疑われるレベルだったぞ」


「あれは問題が簡単だっただけだよ……」


 そんな風に言いながら、俺は次の書類へ手を伸ばす。

 クリスマスイブの聖鷹祭までちょうど一週間。ステージでの演目を整理してパンフレットを印刷するのにはギリギリの時間だった。

 質のいいプリンタが生徒会室にあるおかげで、やや時間はかかるものの、印刷屋の締め切りに縛られずに用意が出来る。その油断のせいで既に時期はギリギリだ。今日中に印刷の用意を整えなければいけないのだから、と俺は書類に目を通し、貸し与えられたパソコン上にタイムテーブルを作成する。

 そして書類に書かれた演目――正確にはその代表者を見て、俺は目を丸くした。遊奈の会話を聞きながらも動き続けていた手が、電池でも切れたみたいに完全に止まってしまう。


「……え、遊奈?」


「どうしたのセンパイ? すごく間の抜けた顔をしてるけど。今まで見た中で一番馬鹿みたいだよ?」


 遊奈がさりげなく悪口を入れてきているのだが、そんなことはどうでもいい。


「お前、ステージに出るの?」


 そう言って、俺はぺらっと紙を一枚見せる。それは遊奈本人が提出したであろう、出演申請書だ。きちんと生徒会の承認印まで押されており受理されている。


「…………センパイ、まさかとは思うけど、忘れてるんじゃないよね?」


 横でにっこりと笑顔を向ける遊奈だが、その表情筋の下に憤怒が透けて見えるようで、俺はさっと視線を逸らすしかない。

 そんな俺に、遊奈は抑揚の消えた声で問いかける。


「……センパイ、あたしがセンパイと喋るようになったのはいつ?」


「ぶ、文化祭実行委員の仕事をしているときです……」


 何かの答え合わせをさせられているようで、そして一問でもミスをすれば殺されてしまいそうで、俺は脳が焼け付くほど回転させて記憶をサルベージする。


「そのとき、一人で空き教室で作業をしていたあたしに、センパイが声をかけたんだよ。なんて言ったか覚えてる?」


「………………月が綺麗ですね」


「いきなりそんな口説けるんだ、センパイ」


 今できる精一杯のギャグで誤魔化そうと思ったのだが、そんな余地はなかった。遊奈の視線に、茨のようなトゲでも付いたみたいに俺の肌にチクチクと刺さる。


「正解は『歌上手いんだな』ね。空き教室だと思って油断してふんふん歌ってた恥ずかしいあたしに、センパイがそう声をかけたの」


「そうそう、そうだったそうだった」


「……それで、センパイが勧めたんでしょ。ステージで歌えばいいのに、って。あのときは文化祭の出演申請の期限が来てたから諦めたんだけど。――言っとくけど、あのときのセンパイの言葉であたし将来の夢を決めたんだからね?」


 俺の適当な返事に、遊奈の視線はもはや有刺鉄線じみてきているが、俺にそんなことを言った記憶はほとんどなかった。

 確かに、遊奈の歌が上手かったのは覚えている。誰かがプロの歌でも流しているのかと思ったくらいだった。だから素直に褒めたのだ。――どんな言葉だったかは、全く覚えていないが。


「センパイにそんな風に言われたから、あたしは聖鷹祭に出ようって決めたんだけど?」


「…………覚えてる覚えてる」


「センパイ」


 それ以外に何も言えない俺に、遊奈が優しげな声をかける。だがもはや恐怖で彼女の顔も見れない俺は、ただ虚空をじっと眺めるしかない。きっと横を振り向いたら、阿修羅のような美丘遊奈が佇んでいるに違いない。


「絶対忘れてたでしょ」


「いやいや覚えてた、覚えていたとも。何を根拠にそんな疑いを」


「センパイ、嘘を吐くときとか何かを誤魔化すとき、絶対に視線を合わせないんだよ」


 今まさに、とでも言いたげに遊奈は言う。遅いと思っていながら慌てて遊奈の方を見るが、その顔は本格的に不機嫌になっているときのそれだ。


「あたし、素直に謝れない人、嫌いなんだけど」


「……ごめんなさい、忘れてました……」


 声にも怒りが乗っているから、俺は素直に頭を下げるしかない。それでも怒りは収まらないらしく鼻息の荒い遊奈だが、それでもどうにか呼吸を整えて、むすっとしたまま指を立てる。


「一回目で謝らないと許してあげないって言ったの覚えてる?」


「そう言えばそんなこと言ってたな……」


 昨日言われたばかりだ。流石に忘れたとは言えなかった。


「許して欲しいなら、今日は何でも言うこと聞いてくれる?」


「…………何なりと」


「じゃあ、今日の帰りは手を繋いでね? この前、そう約束してたのに高嶺センパイの相談でうやむやになっちゃったし」


「……そんなんで許してもらえるの? それ、恥ずかしいだけで俺も嫌ってるわけじゃないんだけど」


 俺が素直に言うと、遊奈の雰囲気が一転する。あれほど怒りを滲ませていたというのに、ニコニコ――というより、だらしなく緩んだ顔になっている。


「そっかー。センパイも手を繋ぎたかったかー。ならしょうがないなー」


 別にそうは言ってないんだが、という言葉は呑み込んでおく。乙女心の変遷は全く俺の理解の範疇を超えるが、ともあれ機嫌が直ってくれたのなら下手に水を差す理由はない。

 えへへーと顔をほころばせる遊奈を横目に、とりあえず俺はホッと胸をなで下ろす。帰りのことを考えると羞恥に悶えそうだが、とにかくマフラーに顔を埋めて誤魔化すか、なんてことを考える。

 そんな俺は、ふと向かいの蒼生の顔を見た。まるでぜんざいとジャンボパフェを一息に食したような、そんな気持ちの悪そうな顔をしている。


「……どうした?」


「色々と言いたいことはあるんだが……とりあえず、独り身の俺に見せつけるみたいにイチャイチャしてないで、さっさと仕事をしてくれないか?」


レビューいただきました! ありがとうございます!!

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