エピローグ
緑の大樹を染め上げるイルミネーションに照らされて、純白の雪がゆっくりと舞い落ちる。
「……昼間からイルミネーション付けっぱなしって電力もったいなくないか」
「センパイ、もう少しロマンについて勉強した方がいいと思うよ」
そんな風に哀れんだ目を向ける遊奈は、今はべったりと俺の左腕に抱きついている。
今までもこんなことがなかったわけではない。けれど久しぶりのこの距離感に、俺は戸惑っていた。平常心を装うように、俺は遊奈から視線を逸らす。
「……センパイ、顔赤くない?」
「イルミネーションの色だろ」
「ここら辺、普通に白色ばっかりなんだけど」
言い訳も思いつかない俺は黙殺する。遊奈はそんな俺を見てくすくすと笑っている。たぶん彼女にはもう何もかもお見通しなのだろう。
「センパイも随分素直になったねぇ」
「気のせいだろ」
「昨日は好きって言ってくれたし」
「覚えてない」
昨日の舞台上での記憶は、鉄の箱に押し込めてコンクリートを詰めて鎖でがんじがらめにしてから船で沖まで出て海の底へ投げた。おそらく俺の人生であれより恥ずかしいことなんて今までもこれからもない。
しかしそんな俺に、遊奈はにやりと笑う。
「ちなみに、昨日のセリフは生徒会長に頼んで全編ノーカットで録音したものをスマホに送っていただきました」
「……遊奈。今すぐそのスマホを貸してもらおうか」
「ヤだよー」
悪戯っぽく笑う遊奈に、俺は嘆息するしかない。そんな風に楽しそうに笑顔を浮かべられてしまったら、もうその時点で俺の負けだ。
そんなやりとりをしながら、俺たちは当てもなくクリスマスの繁華街を歩いて行く。
世界中が浮き足立ったような空気の中、真冬の冷気を吹き飛ばすような人の波の中で、意識が自分たちを俯瞰する。そして、どこか馴染めないことも自覚していた。
楽しいとは素直に感じる。けれどそれだけでは決してない。
――それは、遊奈も同じなのだろう。
ふぅと息を吐いて、彼女は空を見上げた。
「……これで、よかったのかなぁ」
消え入りそうな声で漏らした彼女の言葉が、しかし俺の鼓膜を確かに震わせた。
何度だって自問した。
答えなんて一度も出ない。
どうしていれば正解か、俺だってそればかりを考えてしまう。昨日、高嶺の流した涙がふとした拍子に思い出されて、俺の心を少しだけひっかく。
――けれど。
「後悔してるか?」
「…………ううん」
「俺もだよ」
遊奈の傍にいたいという、その願いだけはどうしたって譲れなかった。――だから、結末なんてこれ以外にあり得はしない。
正解も間違いもないのだから、と、そう自分に言い聞かせた。
「気に病んだってしょうがない。――まぁ、だからって割り切れるものでもないけどな」
「そう、だね」
憂いが晴れるわけではない。――それでもこれは、遊奈が、俺が、自ら選んで進んだ道だ。
泥を被ることになるなんて分かっていた。誰からも嫌われることなく正しいことだけをして生きていくなんて、どだい無理な話だった。
だから、選んだ。
他の何よりも、俺は美丘遊奈という少女が大切だったから。
そうして俺は他を切り捨てた。それが全てだ。
「……ねぇ、センパイ」
「なんだ?」
「初詣行こうって言ってたの、キャンセルしていい?」
「……いいけど、どうしてだ?」
「高嶺センパイと行くことにする」
想定外の言葉が返ってきて、俺は目を丸くした。
そんな俺が問いかけるまでもなく遊奈は俺の言いたいことを察して、答えてくれた。
「だって、あたしは高嶺センパイのこと好きだし。このまま仲違いとか疎遠になるとか絶対嫌だし。たぶんぎこちなくなっちゃうんだろうけど、それでも、絶対に手は放さないって、いまあたしは決めた」
その荒唐無稽な選択に、俺は思わず笑ってしまう。
高慢だ。わがままだ。自分本位で、あまりにも無茶苦茶だ。
けれど、その素直さが遊奈だった。
きっと俺には選べない。勝手に高嶺の心を斟酌して遠ざける。それが一番いい在り方だと、そう自分に言い聞かせて、居心地の悪さからすら遠のこうとしていた。
けれど遊奈は違う。
そんなことは分かった上で、それでも、彼女は高嶺を決して手放さない。
「……すげぇな、お前」
きっと、俺には逆立ちしたって遊奈のような真似は出来ないだろう。
自分が傷つくかも知れない、相手を傷付けるかも知れない。そう分かった上で突き進むだけの勇気が俺にはない。
――だから。
俺はこんなにも遊奈が好きなのかもしれない。
「今さら気付いたの?」
「前から知ってた」
そう言って、俺は彼女の顔を覗き込むように顔を近づける。――距離はない。
昨日の意趣返しのつもりだったが、効果は覿面だった。
頬どころか耳まで真っ赤にして、遊奈は口をパクパクさせている。
「……っセンパイ、急に積極的になりすぎだし!」
「クリスマスのサービスだよ。明日からは平常営業だ」
「それはそれで嫌だし! もう少しセンパイは甘やかすべきだと思う!」
そんな風に顔を真っ赤にする遊奈を横目に笑いながら、俺は雪降る街を歩いて行く。
――願わくは。
彼女と二人で、ずっと――……




