7話・王は眠る。
なるほど。竜を殺せるわけだ。俺は納得していた。
フンババと呼ぶべきか前世の名前で呼ぶべきか知らないが、とにかく怪鳥アン・ズーの翼から放たれた炎は稲妻のようだった。
放たれたと思うより早く届き、燃えるという過程もなく、無慈悲に焼き尽くす圧倒的な火力。
しかし。
ギルは、愛用の武器、天砕きを振りかぶり、その一撃を風圧で止めた。
「竜を殺せる程度だな、竜よりも……神よりも強い私は殺せる道理はないッ!」
俺もジンキで防ぐ。俺の眼前で二股に裂けるように炎を受け流した。
ジンキは、肉体と精神で操る。
肉体には地球の外周より長い血管が有り、その中を血液は縦横無尽に走り回る。
回転はエネルギーだ。その中を走る血液の種類……ABO式の血液分類と同じような変化をする。
ギルはB型。血液中のエネルギーを物質化して使える……斧の形を形成して攻撃に使える。
俺はA型。血液中のエネルギーをキーワードに沿った現象として発動できる。俺の言葉は……おっと、アン・ズーの雑な攻撃とはいえ、集中を欠いて良いわけではないか。
「もおおおおお! なんでなんでなんでなんでぇえええええ! 防がれるのぉおおお!」
「俺のジンキは知ってるはずだろ」
「そんな! あなたのジンキはもっと、弱くて情けなくて、可愛らしい能力でしょ! 私の炎防げるなんてできるわけないのに、もおおお、ギャップ萌えぇええええ!」
「俺のジンキの“この使い方”は知らないんだよな」
A型はキーワードに準じた超能力を発現させる。
俺のジンキは攻撃を防ぐような使い方がほとんどできないと俺自身が思っていた。
この使い方を、俺は前世でのラストバトル付近で習得していた。よくよく考えれば、アン・ズーが知らなくて当然だった。
「アン・ズー! もう誰も殺させない! 今度こそな! 守るんだ、俺が!」
「私を守るなら、前に出てみせろ!」
ギルのB型ジンキ、天砕きが巨大化する。
様々な機能を持ち合わせるのがB型のジンキだが、天砕きはただ巨大化するだけ。
ビームサーベルになるわけでも、遠隔攻撃ができるわけでも、電撃を放てるわけでもない。
ただ巨大化できる。それがギルガメッシュ大王の持つジンキ、天砕きの能力である。巨大化すればするほど重くなる。
過重しながら、それでも切っ先は鋭利な破壊力を保ち、その破壊力を倍々に増す。
ギルの人間離れした腕力は文字通り人間のモノではない。天砕きは持ち主の意思に応えて巨大化する。
アン・ズーよりも大きく、比較物が山しか存在しないような、地平線にそびえ立つ、あまりにも権威的なまでの威容。
「は、はああああああああああああああ!? ちょっと待ってよ、ねえ、もっと、ちょ、」
「地に現れ、空をつ。故にその名を天砕き……我がジンキを阻むものなし」
「そんな口上、聞きたくないし、いや、って、ちょ、キャアアアアアアアーーッッ!」
ギルの一撃は、大怪鳥アン・ズーを……俺との因縁を全て巻き込むように、あっさりと決着した。地割れのような痕跡がアン・ズーのえぐれた墓標。
叩き潰されて切断された死骸から、“それ”はノソノソと這いだして来た。血まみれの女、アン・ズーの本体だった。
「……ウソでしょ、一撃って……」
「言い残すことはあるか、アン・ズー」
「いいよ、またすぐに生まれ変わるもの……また会いましょう、エンキドゥ……いいえ、あのときの名前で呼んだ方が良いよね。だって……あなたは……私の……」
「おい、来世なんてないぞ」
彼氏と死に別れるセンチメンタルなヒロインを気取るアン・ズーの言葉をさえぎり、ギルは天砕きを血液中に戻している。
B型は物質化したジンキを血中に戻せる。それはアン・ズーも知っている。常識だ。
だが、それでもギルの手にはもうひとつ、天砕きではないジンキが握られており、それを見てアン・ズーの不愉快なほどに乙女チックな表情は、現実的なまでに驚愕のものへと変わった。
刃の無い柄だけの剣。壊れた武器にしか見えないが、それの意味を知っているアン・ズーにとっては魂の死刑宣告に等しい。
「……光の剣……ッ!?」
「知ってたな。当然だよな。未来で見てるもんな」
はるか未来まで受け継がれる、光の剣。
どこかの時代で発生した誰かのB型のジンキであり、それを使うことができる一族が連綿と受け継ぎ、数多の戦いで敵を滅ぼしてきた伝説の武器だ。
それがこの時代にも存在しているのは理解できるが、だがそれをギルが所持し、しかも使えるというのはアン・ズーにとっても予想外だったらしい。
「イシュタルに貰ってからほとんど使ってないんだが……」
「ああ、それで頼むぜギル。光の剣で殺すと敵の能力に関係なく滅ぼせるし、転生もできない」
「よく知っているな」
「待ってよ! ねえ! や、ウソでしょ! ねえ、私はエンキと結ばれるの! 結ばれて何度も出会うの!」
「使うとき、記憶を代償にして破壊力を発揮する武器だからな、それで忘れっぽくなるんだ」
「ほぉ、あれはそういうことだったのか」
「無視しないでよ! 冗談はやめてよ、エンキ! ね」
無造作に光の剣をギルが振るった瞬間、アン・ズーの言葉は止んだ。
光の剣の能力は、文字通り光の刃を発生させ、斬り捨てたものを消滅させる。余韻も言葉の続きもなく、あっけなく、何も存在していなかったように。
傷口から死体が光の粒子になるように、蒸発するように消えている。
「……生物に使ったことはなかったのだが……なるほど、こういった武具だったのか」
「殺すだけなら天砕きでも充分だろうしな。存在そのものを滅ぼせるジンキは他に存在しない。光の剣は唯一無二の最強のジンキだな。その使用時間に比例してギル、お前は何か、記憶を失ったはずだな」
「構わん。ウルクのこととエンキドゥのことさえ覚えていれば、あとはどうでもいい」
「……まあ、重要な記憶はよっぽど長時間や高出力で使わない限りは大丈夫だよ。何を忘れたか判明しないことの方が多かった。
……そこまでの情報は覚えていて良いが、あとは未来を変えるためにできることをしたい」
「? ちょっと待て。キサマが未来を知っているなら変わらないんじゃないか」
ギル、さっきの話を聞いてたのか。
時間と記憶と空間と世界は、相互に干渉している。
物質は原子で出来ているが、更に細かくなると素粒子になる。
素粒子は、潜在する観測した瞬間にその位置を特定する性質がある。
ファンタジーのようだが、物理的なエネルギーは観測する人間の意思は、時間を定義する。
過去から未来へ流れる時間という概念は、意志と脳が産み出した概念に過ぎない。
意思は光より早く、心は時間以上に空間を支配するのだ。
「……ギル。話、わかったのか?」
「人間の信念によって世界は作られる。未来を知れば信念は揺らぐ、そういうことだろう」
「――全然違うけど、合ってる」
「私に未来を話せばマズイのではないか? 私もその未来の戦いまで生き残っているのだしな」
……そうだよな。
ギルは永遠に死なない気なんだよな。
「……なら、俺とお前が別れたときに――」
「それもない。キサマは私の親友だ。私から離れることは許さない」
「万が一とか、強敵と会ったときとか、念には念を、だよ」
「用心深いな。その内、世界は丸いとか、星々はガスの塊が燃えているとか云い出さないだろうな」
「云わんけど、うん、まあ……はははっ!」
俺がそばにいて、一生一緒なのが世界の理だと信じるギル。
だが、俺の取り戻した記憶の中には、ギルガメッシュ叙事詩の記憶も有るし、その物語で俺――エンキドゥは遠からず死ぬ。
豊穣の女神イシュタルが送り込む“天の牛”という獣との戦いで俺は命を落とす。それが歴史だ。
後に、キリスト教に合併されたとき、土着の神々は信仰の都合上、悪魔という形で輸入される。
イシュタルは地獄の大公爵にして怠惰の大悪魔アスタロトと呼ばれることになるが……。
どこまでが偶然の一致で、どこまでがアスタロトの悪ふざけか分からないが、状況的にも、流れは推測できる。
俺は死ぬんだろうし、ギルガメッシュ叙事詩にはその続きとして、ギルの死まで記載されていた。
――恐らく、未来は変えられない。俺にも、ギルでさえも。
だから託すしかない――変わってない、あのときと俺は、何一つ。
他の全てを犠牲にしようとも、俺はあいつを救う。
最低だな。父親としても夫としても。