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6話・竜王殺し。

 エンキドゥは、ウルクにおいてギルガメッシュを友として支え、友として暮らしていた。

 真実が有るはずの自らの記憶から目を背け、この時代の英雄・エンキドゥとして満足しようとして来た。

 だが、それも終わる日が来た。英雄は伝説では終われない。エンキドゥは……俺は、夢が目覚める日が来たことを感じた。




「――ギルガメッシュ、本当にこの森を切り拓くのか?」

「不服だろうな。あの森はお前の故郷と云える。不満だろうな。あの森の獣たちはお前の家族と云える。だが、ウルクの都はお前の真の故郷だ。この国の民はお前の真の家族だ。俺はお前の真の友だ。お前は過去の故郷と家族を捨て、俺という友のために現在を生きろ」


 一理はあるが一理しかない話を聞きながら、私はギルガメッシュとの出会いを噛みしめる……いや、“踏み”しめていた。

 踏み間違えるわけもない。数年前、この草原で私とギルガメッシュが戦った。

 草花が破壊の痕跡を覆ってはいるが台風に折られたような木、えぐれた地面。懐かしいという想いはなく、自分でも不思議と達観していた。


「ギル。少し、待ってくれ」

「いつも云っているフンババというヤツか?」

「ああ、そう……なんだが、居ないんだ」


 かつて、私がねぐらにして居た木の樹洞うろは、苔むしていた。

 動物が通ったなら苔が剝がれていなければならないはずなのに、盛り上がった苔は昆虫たちのように静かに歩くものたちだけが住んでいることを示していた。


「……そのフンババというヤツも、この森から出たのではないか?」

「違う。あいつはここを出て行くことはしない。“俺”を置いて行くわけが無い。あいつは、あのときから――」


 日が曇ったかと思った。

 俺とギルの……いや、私とギルガメッシュの頭上を、何かが通り過ぎた。雲ではない、雲としては低すぎる。だが、あの大きさは雲以外には有り得ない。

 この森には竜が住んでいた。そうフンババが云っていた、だが、あれは竜ではない。竜よりもデカイ――。


「大怪鳥アン・ズー! 追うぞ! エンキドゥ!」

「あん……なんだって? オイ! ギル! 待てよ!」

「――昔話をしよう。私も産まれる少し前の話だ」


 太い枝を見極め、枝を踏みしめてギルガメッシュが走り、俺……そう、俺も続く。

 カエルやバッタのように俊敏に、獅子や虎のように力強く、フクロウやタカのように迷いなく。

 もう無理だ。私は俺を抑えられない。思い出さずには居られない。もう私である時間は終わった。

 真実から目を背けて生きていた。生きていける。全てを忘れようとしていた。

 ここからは……俺が守るんだ。今度こそ、ちゃんと……!



「アン・ズーは神の使いだったが、神の記した本を盗み出して追放された大怪鳥だ。

 長らく所在が分かっていなかったが……神の反逆者ならば王として俺が滅さなければならん」

「――恐らく俺の方がアイツには詳しい。あいつは俺が倒さなければならない敵で……その前に、ギル、俺の自己紹介、聞いてくれるか?」

「? お前はエンキドゥだろう? 知っているぞ?」

「いや、そりゃそうなんだけど、本名は違う。今から四千年後くらいに俺は日本って国に生まれたんだが、転生……って云うか生まれ変わりっていうか。

 地獄ネルガルに落ちてから復活した。俺はその時代でも……お前に出会ったんだ」

「四千年先だと、私は神の国くらいまで征服していたか?」

「いいやギル、死んでたよ。だが……アイツはお前の転生した男だったと、ハッキリ分かる」


 足場にしていた枝が、折れたようだった。

 ギルの衝撃を表す擬音めいたイヤな音がした。キレイに折れるのではなく、皮一枚残るような、湿った音。


「……それは勘違いだろう。私は死なないから、転生なんぞするわけがない」

「いや、そこ?」


 転生を嘘くさいとか云うんじゃないのかよ。

 自分は死なないものって前提なのかよ。最高かよギル。お前らしいわ。


「まあ……それは何でも良いんだけどさ。俺はそこでアン・ズーとも出会って敵対して……俺の惚れた女と……ギル、お前が……死ぬ原因を作った」

「お前のために二度云ってやるが、私は転生もしないし、死なない」

「もうお前に似てるヤツで良いわ。四千年後、お前に似ている俺の友人は、アン・ズーのせいで死んだようなものだった。俺はそれから……色々有って……死んで、転生した」


 云い終わる頃、俺とギルはゴールに到着していた。

 アン・ズーが降りたのは、俺がこの森に住んでいた頃、竜が住んでいた洞窟。そう確かに竜が居た。

 鎧のような鱗に覆われた、大きな竜。神の眷属としか云えないドラゴン。

 そのドラゴンは大きな目を剥き、獅子を一呑みにできるような口を開け、ダラリと舌を垂らす。死骸。

 とても大きなドラゴンは、それ以上に大きなアン・ズーの黄金のように残忍に輝くクチバシで、その腸をついばまれていた。


「……どういう、こと、だ……ッ?」

「俺にも分からん。だが、ハッキリしているのは……フンババぁっ! キサマだろう!」


 竜を貪り食って居た大怪鳥は、その口を大きく開けた。

 血にまみれ、ドラゴンのハラワタにまみれた女の上半身がズルリと這いだした。

 唾液まみれの舌のように血で濡れ、豊満な肉体と挑発的な視線、フンババと呼んでいた少女が育った姿だとすぐ分かった。


「……待ってたよ、エンキ。私、あなたを待ってた」

「四千年経っても、まだストーカーか。お前との因縁はここで断つ!」

「あれ、エンキ……まだ、思い出してくれてないの?」

「思いだしたさ! お前は俺の前世、ギルと一緒に日本で戦ったとき――ッ!」


 俺の言葉に、フンババ=アン・ズーは顔を覆った。

 その両腕に付いた血を洗うような大粒の涙を流していた。


「……おい、泣いてるぞあの女。あとエンキドゥ。三度目だが」

「ギルは転生しないよな。死なないからな。云い間違えくらい大王なら見逃せよ」

「ねえ……その前は? 私とエンキは、四千年なんてときからじゃない。もっと前からずうううっと前から結ばれる運命なのに……」


 ギルは困惑したように慰めてやらんのか、と視線で訴えてくるが、もうあいつの涙に騙されてやる気はない。

 あいつに振り回されて、俺は、俺たちは、あのときも、あのときも……!


「俺はキサマと結ばれたりはしない。俺はアイツだけしか愛さない。だから……」

「だから忘れてたんだもんね。エンキは! エンキが覚えていたら()()()()が固定されるから!

 未来は変えられる、けど、未来を知っている人が居たら、時間と運命は固定される! 観測者が居る限り未来は変わらないから!

 だから、あなたはあの運命を……あの女が死ぬ運命を、必死に忘れてたんだもんねっ!」


 そうだ。

 俺はあのとき、誰も守れなかった。無様に寝ていて誰も守れなかった。最低の男で最低の……。

 あの未来を変えるために、俺は過去に転生したが、俺がそれを覚えていたら未来は変わらない。

 未来を知っている者が居れば、未来はその通りの流れに固定される。

 難しい言葉を使えば観測者効果、存在しうる時間はひとつしか存在できず、パラレルワールドなんて存在しないし、だからタイムパラドックスをも巻き込んで時間は辻褄を合わせるように統合される。

 難しい云い回しを止めて、簡単かつドラマティックにいえば、人の想いが時間を紡ぐ。

 だから俺は過去に転生することを望んだ。そして過去で、またギルと……出会って……。


「俺は未来を変える。そのためにお前を倒し、俺も記憶をまた手放す」

「無理に決まってるじゃん。ポンコツのパソコンじゃないんだよ? そこまでしっかり思い出した記憶をエンキがまた忘れたりなんかしない」

「そうか。そうかもな。だが……忘れられないなら……俺はお前を倒して未来を変え、あいつが産まれる前に……俺は死ぬ」


 未来は変わる。変えられる。

 ギルに未来の情報を伝えれば、きっと世界を良くしてくれる。

 俺がしっかりと覚悟を決め睨みつけると、フンババはまた泣いていた。先ほどよりも更に勢いを増して……しかも、満面の笑みで。


「嬉しいよ、エンキ。“私を殺して自分も死ぬ”なんて。殺し文句。そうだよね、私とエンキは愛し合ってるんだもんね。結ばれるにはそれしかないもんね。また来世でも巡り合うために、辛いけどエンキは私を殺そうとしてるんだよね。ああああああ、もう、好き! エンキ好き! 愛してる! もおおおおお! でも! でも辛いよね辛いよね、そうだよね、エンキは私がエンキを愛しているのと同じ……ううん、私の何倍も私のことを愛してるんだもんね! んんんんん! でもででもでも、そんな辛い思いなんてさせないよ! 愛してるから! 私が、私がさぁあああ!」


「話がサッパリ飲み込めんが……エンキドゥ」

「なんだ? ギル」

「あいつ、気色悪いな」

「さすが相棒、気が合うな」


「“お前を殺して俺も死ぬ”なんて殺し文句云われたらさぁあああああ! もう、もう、あああ! ダメ! 我慢できない! 殺してエンキを私のモノにするね! もう私のモノだけど、もっと私のモノにする! 来世も! 前世も! あの女になんて渡さない、渡すわけがないけど、もっと渡さない! あの体力バカ女も私とエンキが結ばれるためのちょっとしたスパイスってわかってたけど、もっと分かったの、もっともっともっともっともっとぉおおおおおお!」


「あいつを倒せば、この森を伐採しても良いか?」

「んー……それは、まあ、別の話。これ以上伐採すると、国が亡ぶ」

「国が? なぜだ?」

「木が減ると、空気を維持する機能や農作物に更に影響が出る。イシュタル……アスタロトってヤツが出すアイデアは、四千年後でもそうだが便利でも破滅も付随する」


 ふむ、と腕を組んで思案するギル。

 コイツもいつかは死ぬのは間違いない。というか、死なない人間なんて居るわけが無いんだが。

 おそらく、俺は時間を逆流して転生したが、ギルは時間の流れに沿ってそのまま転生する。そして、俺の知っているアイツに転生する。

 なら、この戦いもまた俺の知っている歴史に繋がっているのかもしれない。ギルガメッシュ大王としての強い意志が、四千年後に繋がっているのだろう。

 それで四千年後、平成の世界でイシュタル、アスタロトと戦うことになる。

 ……あー、それでか。アスタロトと戦うとき、あいつがやたらにキレてたの。

 なんか、色々と合点が行くことが有るが、未来の情報で教えられることを教えれば、未来を変えられる。


「まあ、イシュタルに頼れないとしてもなんとでもするさ。私は……ギルガメッシュ大王だ。イシュタルに頼らなくてもなんとかする――お前もここでは殺させん」

「頼りにしてるぜ、相棒」

「あああああ、もう、なにそれエンキ。友情? アツい友情? 男同士? エンキ、不潔だよ不潔だよ、だって、殺すもん、私が殺すもん、だから、エンキ殺すけど、ギルガメッシュ、あなたも殺してあげる、嫌いじゃないから、好きだけど、それ好きだけど、でも不潔も好きぃいいい! ギルもエンキも! 私の胃袋でドロドロしてあげりゅうううううう!」


「あいつの云っていることは、本当に訳が分からんな。エンキドゥ」

「分からなくて良いぞ。ギル。とりあえず俺のジンキの攻撃力じゃヤツの羽毛は突破できねぇ。頼むぜ」

「“俺が殺す”って云いながら、私頼りか。任せろ」

「ビイイイイイエルゥウウウウウウウウウ! ご法度ぉおおお! ああああ! オオおおぅ! イチャラブぅうう! ふたりまとめて食ってあげるううううう!」


 俺にはやるべきことが、まだある。

 こんなところで、お前にだけは、負けるわけにはいかねぇ。

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