テスト返却とため息
12月18日。
「……はぁ」
クラスのそこかしこから聞こえてくる「なあなあ、テストの点どうだった!?」などという声の中、総一郎は一人、ため息をついていた。
冬休みを目前にしたこの高校では先日行われたテストの答案用紙を返却していた。
それはまさしく生徒たちに後顧の憂いなく年末年始を過ごしてもらえるように、という粋な計らいがなせる技。けれどここで赤点を取った人間に冬期講習という地獄の片道切符を渡すという無慈悲な一面を兼ね備えているので、みなお互いのテスト結果を見せあい、そのたびに悲喜こもごもとしているのだ。
「――はぁ……」
しかし、ここで帰って来たテストがどのような結果であろうとも、総一郎はこのような感じでため息をついているだろう。何せ彼は今、テスト以外の問題に直面しているのだから。
「ハロー、兄弟。 その様子じゃテストはまっかっかで内心ブルーか?」
とうとう机につっぷし、今日何度目かのため息をついた総一郎に、軽口を叩きながら誰かが近づいてきた。
越冬中の芋虫じみた体を起こしてやれば目につくのはオールバックの黒髪と、ナイフみたいに鋭く、細い目つきをした男子生徒だ。ぶっちゃけたところかなり人相が悪く、どこかで道を違えたら、そのままヤのつく自由業の人になってしまってもおかしくはないほど。
まあ、この男に限ってそれはありえない。そう断言できるほどにこいつとは長い付き合いだし信頼もしている。
名を騒木 君尋。総一郎の幼馴染であり、大親友といって差し支えない存在である。
「すまん、しばらく兄弟はやめてほしいな、騒木」
つい昨日、そんなことをのたまう奴らに追いかけられあわや、というところであったことなど、思い出したくもない。あそこまで飢えている連中に出くわして追い詰められたのはいつ以来か、たしか小学校くらいか? などとは思うが、それはそれで頭がそれ以上は危険だ、とびりびり震えて危険信号を出し始めたあたりでやめておくことにした。
「……そいつは妖怪案件って奴か?」
「……ああ」
「そいつはウカツだったわ、俺としたことがトラウマスイッチを刺激しちまうとは。 しっかし兄弟ねえ、ついにやっこさんもラッパーに目覚めたか? それともただのあっぱらぱーか?」
騒木自身は場の空気という物をあまり読むことはできないし、適当に物事を受け流してしまうことも多いが、それでも触れてはならないところはきちんと避けてくれる。人相以外はいい奴なのだ。
だからこそ、総一郎は時折彼に妖怪のことを話す。
騒木がどこまで話を信じているかは定かではないが、抱えるのがつらい話を笑い話に変えつつ、傍にいてくれるから。
「あ、そーだそーだ、こっちの首尾はどーよ」
そうして、今しがた返されたテストをひらひらとさせながら騒木は話題を修正してきた。
「まっかっかってほどじゃないな、赤点はー、1個あるけどー……」
「なんでえそのくらい、俺も1個あるし隣の生谷なんか3つだぜ? 気にすんなって、どーせ社会じゃあ英語と国語以外役に立たんし」
「いや、正直な話テストじゃあないんだ今悩んでるのは」
「じゃあいつもの? お前まーたなんかに絡まれたのか?」
「妖怪は……まあ関連してるっちゃあしてるかも。 でもどっちかっていうと人間関係、かな」
「なにぃ、マジメちゃん系のお前が学校と妖怪関連以外でお悩みだと? おいおいおいおい今日こんなピーカンなのに雪とか降らねえだろうな?」
「そんなにおどろくことか!?」
そりゃあまあ確かに、ここ最近はそんな発言しかしてこなかったかもしれないけどな!
役者ばりにオーバーなリアクションで返してきた騒木に軽く小突いてやりたい欲求を覚えつつ、それをこの場において4度目のため息という形で何とか抑え込んだ。
「わかったわかった、悪かったよ。 そんで、そのお相手さんと何があったのさ」
「ああその人、語部響さんっていうんだけど――」
それは川での一件からあくる日。今から少しだけ時間を戻し、朝のことになる。