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緩む心に花は咲く

 

 できうる限りのことはした。

 響が倒れたあと、総一郎はすぐさま彼女を担ぎ、家へと駆けこんだ。

 病院や警察を呼ぶことさえできたら簡単だったが、赤く染まった川、もはやどれが何のものだかわからないほどの返り血、そして何より異形どもを斬った刀のことを隠し通すにはたとえ口八丁を総動員しても不可能なのは誰の目でも明らか。

 そう来れば残るは一つ。自分の家に運び込むしかない。

 意識のない人間はさすがに重く、手持ちのバッグと並行して運ぶことは残念ながらできなかったが、幸いにして家はあの公園のほど近く。林をまっすぐ突っ切れば誰の目に留まることなく帰還できる。


 血まみれの女を背負った彼を出迎えた母は、最初ひどく驚いていたが、事情を説明したら手当することを快く承諾してくれた。


「……わかったわ、ちゃんと言ってくれてありがとう総ちゃん」


 うなずいた後の彼女の行動は迅速かつ適切だった。もとより異形に襲われ続ける総一郎の母。もう慣れたといわんばかりに着物を脱がして患部に包帯を巻き、近くの部屋のベッドに横たわらせてしまった。


 いやな慣れもあったものである、と救急箱を運びながら総一郎は内心複雑そうにその光景を見ていた。

 血の滴る怪我など見ようものなら普通は悲鳴の一つでもあげるだろうに、何度も何度も見た結果、下手な医者よりも丁寧な処置を施せるようにしてしまった。これも自らが持つ見鬼の功罪である。


「これでなんとか手当はできたけど……」


「ありがとう、母さん……あとは俺が見てるよ」


 ゆえに総一郎は、眠り続ける彼女を見張ることを自らかって出た。これ以上、彼女の負担を増やさぬように。

 母が言うに、怪我こそは深くないものの、流れ出た血の量がかなり多く、安静にすべしとのことだ。

 つまりそれは次の瞬間には死んでいるかもしれないということでもあり、そうなった場合には覚悟を決めなければならない。


「…………」


 何時間経っただろうか。蚊が鳴くようにか細い音が女の口から洩れた。

 まさか息を吹き返したのか、と総一郎は彼女のいるベッドに駆け寄り、耳を傍たてた。 


「……うえ……」


「おい、しっかりしろ! 起きられるか? 大丈夫か!?」


 そして、完全に息を吹き返したことを完全に悟った総一郎はわがことのように喜び、呼びかけた。安静が必要な状態でなければ肩をつかんで大きく揺らしていたところだろう。

 だがそれはなんとか理性で押さえつけ、うなされる彼女の目の前で呼びかけ続けた。


「うえ……どこですか……」


 そうして。


「兄上!!」


「ぐっはあ!」


 勢いよく起き上がった彼女の頭突きを、もろに受けたのである。


「つっ……くぉ……?」


「いててて……!」


 この時の二人が感じたことは、痛み以外はまるで違う物だった。

 総一郎は命の恩人が生きていてくれたことへの感謝。強烈な頭突きを鼻面に喰らった後でさえ、その表情は涙を浮かべつつも明るいものだった。


 対して響が思ったのは困惑まがいの驚きだった。自分は何故寝かされているのか。この明るさはいったいなんだ。いいや、それよりも――


「なんで……私は生きている?」


 自分が纏う薄手の布の感触と、先ほどから少年の着ている見慣れない服からの違和感。そして何より額の痛みから、これが夢でないことは明白。

 つまりまた死ななかった。

 あのまま川にほおっておけば確実に死んでいた。であれば死にかけの所をこの少年が担いで引き上げ、そのままここに寝かせたのか?

 ……なんのために?


「お、おい………どうした? まさかどこか痛いのか?」


「黙りなさい」


 急にうつむき、もぞりと腰のあたりを触り始めた響を心配した総一郎の声は一言で切り伏せられる。

 そして確認し終わったのか。改めて響は彼を見据えた。その目、その言葉にはっきりとした怒りを(たた)えて。


「……貴方はなぜ私をここまで運んだのですか? もう先は長くないとわかっていたはずでしょう、ほおっておいてさっさと去ってしまえばいいのに、何故……!」


 そこから紡がれる質問は、まるでダムが決壊したかの様。

 その激しい口ぶりから察するに、見ず知らずの男に連れ去られたから、というよりも自分が助かったことそのものに疑問を抱いている。そんな印象を総一郎は感じ取った。

 そして「つっ……」小さなうめき声とともに彼女は脇腹をおさえうずくまった。こんどこそ傷が痛んでいるのだ。


「落ち着いて、俺は君の敵じゃないし、君には何もしないから」


 隙あらば――というような視線をなおも女から受けつつ、総一郎は深呼吸して気を落ち着けた。

 本当なら冷蔵庫からお茶を持ってきたかったが、そうして目線を外せばその瞬間に何をされるかわかった物ではない。

今殺気交じりに睨んでいる彼女ならば、組み伏せるくらいのことはしてくるだろう。刀を彼女のそばから離して、こちら側の壁に立てかけておいて本当によかったと思う。

 それに――


 -最後にあなたを守れて、本当に良かった-


 あの時のことを鑑みれば彼女はきっと、死に場所を探していたのだ。

 だってそうだろう。あれだけの怪我をしていて、それでもなお激しく立ち回った。覚悟はきっと、あの時点で決めていたのだろう。

 もちろん死ぬのはよくない事だけれど、どうしようもない時は必ずある。

 彼女はそのどうしようもない時を、自分を救うために使おうとしたのだ。

だのにそこを彼女は助けられた。だからこうして混乱している。


「ごめん、確かにこんな訳の分からない状況じゃあ怒っても仕方ない。本当なら医者を呼びたかったけど、着てる物が血まみれだったし、君は刀を持ってたから、それで俺の家に運び込んだんだ。 だから、助けたかった以上の理由なんて、言いたかったことがあるってだけなんだ」


「…………」


 うずくまった体を起こし、響は改めて総一郎を見据えた。未だ信じきれないところはあるけれど、その言葉だけは聞いてもいいだろうと。そしてそれを最後に、相応の反応を返そう、と。

 だから。


「さっきは、助けてくれてありがとう」


 この言葉に響は一瞬豆鉄砲を喰らったようにひるんでしまった。そして。


「ぷっ……!」


 噴き出してしまった。

 その時、その瞬間に垣間見えたのは先ほどまで殺意を向けていた恐ろしい女ではなく、小さな花を咲かせたただの若い娘のそれ。

 急にそんな表情を見せたものだから、まじめに向き合っていた総一郎もへにゃりと顔を緩めてしまった。

 けれど、たといそんな花に見とれてしまっていたとしても、総一郎が言った言葉がバカにされたことには変わりなく。


「………わ、笑わないでくれよ!」


「い、いえ、すみません! 貴方の言葉を笑うつもりなどはなかったんです! ですが少し予想外でして――!」


「予想外ってなにさ!」





「総ちゃん、お茶持って来たわよー」


 結局、総一郎の母が下からお茶を持って来るまで、そんなゆるんだ空気の中でやり取りをすることと相成ってしまったのである。

 

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