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堕ちゆくその闇の中で

 足に力が入らない。

 どうやらここが限界らしい。水を吸った服の重みにすら抗えられない。

 でも、これでよかったかもしれない。

 今にして思えば、これはきっと神のおぼしめし。

 そう思えば、このありえない一幕も納得できようという物だ。


 ―お、おい! しっかりしろ! まさか、傷が……? くそっ、なんだってこんな時に――!―


 意識が落ちていく最中、あの少年の声が聞こえた気がした。

 どうやらさっきの言葉は虚勢でもなんでもなく、真実なんともなかったようだ。でなければこんなにも強く届く言葉を発せるわけがない。

 ああ、よかった――と女は、語部 響(カタリベ ヒビキ)は心から安堵した。

 何がどうなっているかはさっぱりだが、こればかりは気まぐれな神に感謝せねばなるまい。最後の最期に役目を果たす機会を与えてくれたのだから。


 体が少し、動いたような気がする。

 どこかへ、少しずつ引きずられるように、運ばれている。

 けれど、死が近い響にとって誰が何を話しているのか、自分はどこへ運ばれるのかはもうどうでもよくて。

 何かあたたかなものを感じながら、彼女の意識は落ちていった。


   *


「…………」


 ここは、どこだ。

 右も左も、上も下も奥も見えぬ闇の中。響が目を覚ましたのは、地に足のついている感覚だけがあるのが逆に不気味にさえ感じられるほどおぼつかない空間だった。

 しかし、最後に自分がいたのはあの小川であるはずで……と混乱していると、ぼうと光がともるのが視界の先で見えた。


「…………?」


 そちらを凝視してみるとそれは、ひどく懐かしい姿をしていて。


「待って!」


 気づけば響はその男を追いかけていた。


「待ってください!」


 張り裂けんとばかりに響は声を張り上げ続ける。

 間違えようもない。自分と同じく長い黒髪を後ろにまとめ、いつも薄緑の衣を身にまとっていたあの人そのものだ。

 会いたかった。もう一度だけでもいいから会って話をしたかった。

 今を逃せば二度と会えない。そんな根拠のない不安で心臓を握りつぶされてしまいそうなほどくるおしい。

 しかし何を叫んでも、彼には届いていないのか。男は見向きもせず、ただただ奥へと進んでいく。

 そして。


『―――――!!』


 一直線に進む響をを阻むように闇が、聞くに堪えない叫びとともに猛烈な勢いで迫って来たのだ。

 いや、違う。闇が、現象が意思を持つことなどありえない。暗い場所にいるせいでひどく見えづらいだけ。

 耳を澄ませば反響する地響きに交じる荒い息。

 目を凝らせば実に響の倍近くある巨大な体躯とそりあがった二本の角。

 間違いない。今、自分の前には異形の物がいる。


「邪魔をするな――――!」


 響は吠えながら腰に差した刀を、強く握りしめた。


「寄りて斬るは人の心なり!」


 そうしたら、あとは変わらない。

 斬って。

 斬って斬って斬って。

 斬って斬って斬って斬って斬り続けるのみ。


「兄上!」


 鬼だった物の残骸と血だまりの中で響は叫び続ける。

 先ほどまで追っていたあの男を。かけがえのない肉親を探しながら。


「兄上、どこですか!?」


 しかし、探しても探しても先ほどの光はもうどこにもなく。

 響はとうとう声も失い、その場に立ち尽くしてしまった。


「響」


 しかし不意に、後ろから声が聞こえた。

 聞き間違えるはずもない。強く響く低い声はまさしくあの人の物だ。

 よかった、私の声はちゃんと彼に届いていたんだ。

 願わくばこの油のようにしみついてしまった警戒心が少しでも薄れるように。凝り固まってしまった表情を違和感なく変えられるようにと思って、彼女は振り返った。


「あにう」


 だが。


「お前にはもう、帰る場所などないよ」


「えっ……?」


 その瞬間をつくように腹の横を、固いものが貫いた。


「×××、討ち取ったり」


 そうだ。

 異形もけだものも怪異も鬼も変わらず斬り祓った。

 しかし相手取っているのは本来ならば見えない、見る必要のない幽世(かくりよ)の住人共。

 そんな奴らを斬り祓っても斬り祓っても、この身は使い減りこそすれ得られるものはなにもない。そんなことも構わず斬り続けて。

 そして。

 ついにはあり方を真っ向から否定する称号とともに、家長である兄の手で明け方の谷へ突き落とされたのだ――


すみません。

第一幕はあともうちっとだけ続きます。

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