切れるつながりと心の友
八方ふさがりだ。
今この状況を表現するならばこの言葉が一番合っている。
戻れない、けれど進み方がわからない。どこかに行っても状況は好転しない。
「響ちゃーん、電話取ってー!」
「……はい、えっと」
遥の声が座敷から聞こえる中、響は戸惑っていた。
目の前でけたたましく音を鳴らす、この電話なる絡繰は一体どうしたら取ったことになるのか、考えあぐねていたのである。
これが異形の類のいたずらならば追い払うだけで済む問題なのだが、困ったことにいくら術で見回してもその姿は見受けられない。
向こうから声を出している遥が慌てていないことからもこの箱がこうして音を出すのは、別段異常でもなんでもない事のようだ。
「…………」
以上の事をもってして、響は改めて逡巡する。
下手に動かしてはならないのは明白。よそ様の家の物ならば余計にだ。
でも、放っておいてどうする?
このままだとあまりよくない事が起こるかもしれない。もとより急に鳴り出したこの絡繰、何かがあったから鳴り出した、と考えれば止めるなりなんなり、この音の鳴っているうちに何か行動を起こさなければならない。
「早くー! 今お料理作ってて手放せないのー!」
遥は料理で座敷にあるきっちんなる場所から動けない。それに頼まれた手前、聞き返すのは良くないことだ。
こうなってしまった以上、もはや頼れるものは自分の感覚のみ。
「む?」
そう考えて物の置かれている棚の周りを見ていると、箱状の絡繰の後ろから、なにやら青い色をした細い線が壁との隙間に向かって伸びているのが見て取れた。
これは一体なんだろうか。
もしやと思って隙間を覗いてみれば、それは壁に直接繋がっており、絡繰との間を中継する役目を見事に果たしていたのである。
「ああ、なるほどーー」
これを見て、先ほどまで難しそうにしていた響の顔がようやく和らいだ。
そして棚と壁の隙間を押し広げて手を伸ばし、
「せいっ!」
その青い線を引っこ抜いた。
語部響、齢21。電話(線を)を初めてとった瞬間である。
そしてこの少し後。
『お掛けになりました電話番号は、現在電波の届かない所にーー』
校舎裏、裏山との境界を分かつフェンスにもたれかかっていた総一郎は一人、手にした携帯電話から告げられる知らせにため息をついた。
電話の自動音はこう言っているが、そもそもかけた先は家の電話。電波が届かないなどということはまずありえない。
つまりこれはあれか。そういうことか。
と、響がまた何かをやらかしたのだと思いいたるのに、さほど時間はかからなかった。
騒木は言った。
とりあえず先ずはコミュニケーションだと。積極的にこちらから話しかけ、一緒に盛り上がれる話題を見つけ出すのが仲良くなる秘訣なのだと。
「そこで! 弊社が提案しますこのオススメスポットってわけだ!」
まるで商社マンの宣伝文句のように言い放った騒木は、懐から紙をを取り出し総一郎の前にたたきつけた。
暗めの黄色を下地に、大きく「大特価セール!」などと書かれたそれは紛れもなくどこかの宣伝チラシのそれ。そして、どこのチラシかと目で読み進めてみれば、
「って! これお前のバイトしてるケーキ屋のチラシじゃないか」
「あ、バレた?」
下のほうにミント洋菓子店という文字が、リボンのようなしゃれた絵柄とともに描かれていたのである。
チラシを見せつけてきた騒木を冷めた目で見やると、ぽりぽりと頭を掻いて軽く目をそらした。
「いやー、そのー、うちのケーキ屋さ、今ちょっとしたピンチでさ? なんでか冷蔵庫の冷気が全部利かなくなってな?」
「ちょっとどころじゃなくないか、それ!?」
「そうなんだよ、素材ダメになるわケーキ入れらんないわでクリスマス商戦負け確って絶望的状況なんだわ……だからー、な? 軽く物食ってちょびちょび話せばちったあ仲もよくなっからさ!」
「で、でも……」
ここまで来ても総一郎は言葉を濁していた。
別に総一郎自身甘いものが苦手だとか、そういった物事が彼の二の句を告げさせない、というわけではない。むしろ悪くないとさえ考えている。
ではなぜ返事を渋るのかというと、今朝の響のことだ。
彼女はあまりに何も知らなさすぎる。そんな彼女をいきなり外へ連れ出してしまったら、何が起こるか分かったものじゃない。
「頼むっ!」
が、考えていると急に肩をつかまれて現実に帰らされてしまう。
「へ?」
一瞬何が起きたかわからなかった総一郎は、無抵抗のままがくがくと揺らされることとなった。
「これマジでやばいヤツだから! 下手すりゃ店つぶれる案件だから! 一生のお願いっ! ね!? 今ならお得なクーポンもつけちゃうから!」
「わ、わかった! わかったから! わかったからその手を放してくれ!」
「マジかよさいっこーだぜ心の友よ!」
その直後、思い切り抱きついて来た騒木にしまった、と思う間もなく、代わりに今世紀最大の悲鳴を上げることになったのだった。