私の執事
ソレが、初めて我が家にやってきた時、私はまだ社交界デビューを果たしたばかりの14歳で、社交界の事も領地の運営も、右も左も分からない田舎伯爵の一人娘だった。
こう自分で言ってしまっては何だが、私は高貴な血を引く母と、英雄の子孫である父の良い所ばかりを受け継いだと、社交界でも評判の美女だ。
艶やかな黒髪は父から受け継ぎ、墨をたらしたような光沢と絹の様な手触りは、この国で他にもつ者はいない。
煌めく紫の瞳は母から受け継ぎ、高貴な証で伯爵の地位でこの色を持つ者はやはり私だけだ。
不幸な事故で両親を亡くした直後で、大伯母様の温情で貸し出していただいた耄碌執事のケネスと二人三脚でやっと両親の死後の処理を終え、静かに喪に服すには少し事情が多すぎて、普段の状態ならもっと大らかな気持ちで笑い話に出来たかもしれないが、当時の私には荷が重すぎた。
「ん?」
「・・・」
「え?」
「・・・」
「コレは・・・何??」
「執事でございます。」
「ぅおいっ!」
ソレを連れて堂々と入室したケネスを一目見て、ソレを見て書類に目を落とす…と見せかけて、目を見開いてソレを見つめた私の口からは、正直な感想しか出てこなかった。
二度見した後、ケネスの“何言ってんのコイツ?”とでも言いたげな視線と返答に、思わず突っ込んでしまった。
大伯母様のじぃである灰色の柳の様な眉毛にツルツルの頭。
もう、どこまでが皺でどれが目なのか口なのか、アレは鼻?それとも何かがぶら下がっているの…?な顔をした、ケネスと呼ばれるベテラン執事がシレーっと応えるのが、腹立たしい。
ケネスには目はついてんのか?と、私は密かに疑っている。
「ねぇ?確かに私は、執事が欲しいって言ったわ?」
「えぇ。確かに私も、協会に執事を派遣していただくよう依頼いたしました。」
「で?コレは何よ?」
「フッ。執事でございますよ?ミューラお嬢様。」
むぅ~かぁ~つぅ~くぅ~!!!
何!?あの“フッ”って!?
男前がやればニヒルかも知らんが、ツルッパゲの爺さんがやったって、息し損ねたの?としか思えないわよっ!!
「どう見たって、コレは、山羊でしょうが!!」
そう。
今私の執務室にちょーんと立っているのは、燕尾服を華麗に着こなし、真っ赤なタイも良く映える真っ白な毛皮の、山羊だった。
立派な二本の角は、頭上から背に向かって一直線に綺麗な放物線を描き、真っ白な髭は櫛で梳いたかのように艶やかだ。
「そこは、せめて羊でしょうよ?」
「おや?羊がよう御座いましたか?」
「ヒトがよう御座いましたよっ!!」
「フォッフォッフォ。」
“何こいつ!上手い事言いやがって!座布団一枚!”とでも言いそうな様子で、半分呼吸困難を起こしている爺を横目に、山羊は先程から一心不乱に反芻している。
そう、反芻。
ウシ科の動物が、胃から口へ食べ物を戻して噛み砕き消化しやすくする、あの作業。
何で知っているかって?
所詮田舎娘ですもの。
我が家でも飼ってますし?牛。
「はぁ…チェンジで・・・」
「無理ですな。」
「んなぁんですってぇ!??」
「そうは仰いましても、もうお嬢様は契約書に判を押したではございませんか?」
「んなぬっ!?」
「ほら?三日前。」
爺の話しを頼りに記憶を遡る。
毎日色々な契約書にサインしている為、もう半分以上自動書記状態で手を動かしている私には、その記憶を掘り返すのも一苦労だ。
え~っと、三日前は確か、領地の橋が以前の嵐で傷んでいたので修繕費を見繕う事でテンヤワンヤしていたわよね?
それで・・・確か・・・あ~思いだしてきた・・・
「お嬢様?シェリルの辞職を受け入れられたのですか?」
「えぇ。いくら残って欲しいと思ってもこちらとしてはお給金もギリギリしか払えませんし、退職金も満足に払えませんもの。
他の家でメイドをすると本人が決めたのなら、私は受け入れて良い紹介状を書いてあげる事しか出来ませんわ。
これからまだまだ、我が家の家計は悪化するでしょうし・・・
そんな中、一緒に苦労して欲しいなんて我儘、私には言えませんもの。」
ケネス爺の差し出す書類にサッと目を通し、サインをしながら、視線も上げずに爺に返答する。
爺も慣れたもので、テキパキと書類を片付け、纏めながら、“しかし…”と話を続ける。
「この屋敷の維持管理を、私とお嬢様の二人でするとなると、体力的にも時間的にも、圧倒的に足りませんよ?」
「とりあえず、最低限の食事と洗濯は、近所に住む私の乳母でもあったソフィアおばさんがついでだからと手を貸してくださる予定ですし、私も簡単な食事なら作れますし。
牛の世話と言っても、乳を出すお金になる牛はすべて売り払ったから、今残っているのは観賞用にしかならない老牛のルーだけでしょう?
しかもルーのお世話は、ソフィアおばさんの旦那さまで、我が家の元庭師だったアランおじさんがついでにしてくださるって話だし。
後はまぁ、お掃除ぐらいですし、空き時間を見つけて頑張りましょう?」
「お掃除ぐらいと申しますが…」
そうなのだ。
流石田舎だけあって、何は無くとも土地だけは有り余っている為、屋敷は王宮?とまでは言い過ぎだが、並みの王都の貴族の屋敷に引けを取らない程には広い。
かつて母の母、つまり私の祖母を迎え入れた時に、高貴な彼女に不自由させまいと祖父が張り切り過ぎて、とても田舎に似つかわしくない立派な建物が出来上がった…という経緯があるらしい。
爺の反応は間違ってはいない。
この田舎の御屋敷を、たった二人で他の仕事も回しながら手入れするとは、無茶ぶりにも程があるとの自覚はある。
だが残念な話だが、爺の引きつった表情を見ても、先程の発言を取り下げてやれるような金の余裕は、我が家には無い。
「まぁ、毎日一部屋ずつやれば、いつかは一周するわよ…」
「一周した頃には、最初の部屋は埃まみれでしょうがねぇ・・・」
「う…お客様が見る可能性のある応接間と、トイレと寝室は毎日最低限整えれば大丈夫よっ!」
「最低限…ふむ…では、最低限掃除の出来る者を雇うというのは如何ですか?」
「何を言っているのよ…最低限の賃金が払えないから、こうやって使用人は皆辞めていったって言うのに、今更誰かを雇い入れる余裕なんてありませんわ?
そして、そんな余裕があるのなら、執事が一人欲しいですわ。」
「まぁ、そうですね。私はあくまでもアリーエロア様の命で、お嬢様のお手伝いをしているに過ぎませんからね。」
「えぇ。」
アリーエロア様は私の大伯母様で、ホッコリとした雰囲気の美しい老貴婦人だ。
私は彼女の末の妹の孫に当たる。
そんな遠い関係の彼女だが、両親が存命中から“末の妹を思い出す”と、良くしていただいており、今回両親が突然事故死した折にも唯一手を差し伸べてくれた親戚だった。
だが、爺もいつまでもお借りしておくわけにもいかない。
こう見えて、爺は大伯母様の右腕として有名で、結構有能らしいから・・・
「でしたら、余計にもう一人雇いませんか?」
「爺、貴方話が聞こえていて?」
「ええ。アリーエロア様が、以前立ち上げた派遣協会と言うものがございまして。
そこにお願いすれば宜しいのですよ。
以前、アリーエロア様がその協会を立ち上げる時に聞いた話ですと、お支払いする金額に応じた人員を派遣してくださるシステムだという事でしたし。
そこならば、雇える方もおりますよ。」
「なるほどね。でも、今出せるのは精々この位よ?」
金額を紙に書いて示すと、爺はニヤリと笑んで“十分です”と下がり、しばらくした後、契約書なる紙を持ってまた私の前に現れた。
「やはり、一人だけこの金額で引き受けてくださる方が居られました。」
「本当!?」
「えぇ。こちら契約書です。」
手渡された紙を読む。
そこには、食事代等を含めて、私の提示した微々たる額で応じるとあった。
私は喜び勇んで、サインをし、気が変わらない内にとさっさと料金まで支払った記憶が確かに甦った。
したわ…サイン…
「うぁああぁぁ!!人に払うならば微々たるお金でも、対山羊となったら高い!!」
「フフッ。お嬢様、このイヌクマを見くびってはなりません!」
「何!?どこ!?犬?熊??」
「何を仰っているのですか?彼ですよ。執事の彼の名がイヌクマです。」
爺の指さす先にはまさしく山羊が堂々と鎮座している。
「ややこしいっ!山羊なの?羊なの?犬?熊?もうどれでもいいわっ!」
「羊要素はどこにもありませんが??」
「あ゛あぁぁぁあ゛!腹立たしぃっ!!」
「フォッフォッフォ!」
思わずハンカチを食いしばってしまう程度には腹が立った。
「何を仰っているのです。彼は、有能らしいですよ?
まず、書類の選別が得意で、食事は必要なく、掃除も任せられるそうです。
ほら、今まさに必要としている要員ですね!」
「山羊じゃん!」
「しつこいですよ?もう料金も前払いしているのですから、腹を括って下さいませ。」
「うぅぅ・・・お父様お母様、ごめんなさい…大切なお金で山羊を買ってしまいました…」
「執事です。雇ったのです。終身雇用ですので、結果的にはお得ですよ?」
「終身んんんん!!??」
静まり返った屋敷に私の悲鳴が響き渡った事は、想像に難くないだろう。
カンカンカンカンカン…カカカ…カンカンカンっカン!
けたたましい音と共にフッと目が覚めた。
時計は見えないが、カーテンの隙間から見える空は朝焼けにもならない薄暗い青色に滲んでいる。
夢か・・・
カカカッカカカカンカンカンカン!
「って!おいっ!」
明らかに廊下から聞こえる木を打つような音!
何?なになに??
キツツキが入った?大工?それとも討ち入り!??
恐る恐るではあるが、大慌てで寝巻の上からガウンを羽織って廊下に飛び出す!
そこには、両角の間に箒を挟み、ジャグリングの要領で角と角の間で器用に箒を動かす山羊執事のイヌクマ。
見ていないけれど分かる。今の私の目は、きっと点だ。
そうこうしている間に、頭を振りすぎたのか一瞬、フラッと揺れる山羊。
「はぁぁぁぁ……」
だろうね。
私は知らなかった。
山羊って早起きだったんだね…
それにしても…早朝って言うにも、ちょっと早すぎる時間ではなかろうか…?
「あら?これ程賑やかなのに、ケネス爺はまだ起きていないのかしら??」
べぇ~
「ん?」
べぇ~
さも着いて来いと言わんばかりに、短い尻尾をプリッと跳ねあげ、こちらを振り向き振り向き嘶いて、方角的に爺の部屋を目指している様子の山羊。
まぁ、私も気になりますし…
山羊に着いて行く選択をした私は、大人しく佇んでいる山羊の目の前にあったドアをそっと押し開いて、崩れ落ちた。
「知ってたんかい…」
そこには、ベッドに大の字で横たわり、アイマスクと耳栓で完璧な防御を施した姿で熟睡する爺。
チョイチョイと背を叩かれる感覚で自分を取り戻すと、そこには私の背中に前足をそっと添えている山羊。
「イヌクマ…?」
そっと頷くイヌクマ。
横長で紫の瞳孔がきらりと光ったような気がして、彼の意思が伝わった気がした。
あくまでも、気がしたのだ!
そこから私達の行動は早かった。
イヌクマが、どこかから箒を咥えて持ってきたので、私は彼に向って頷き、分かった意思を伝えると、爺に近寄ってスポンっと耳栓を抜く。
そんなことにも気が付かず、グッスリと眠っている安らかな爺。
頷き合う私達。
そして、私はそっとドアから廊下へと、着替えや朝食作りを済ますために滑り出た。
後は任せたわ!イヌクマ!
カカカッカカッカカカカッカ!
「ギャーーーー!イヌクマっ!?何故ここに!ってか!耳栓はっ!?」
その後、心地よいリズムで木を叩く音と、爺の悲鳴に包まれたお屋敷で私はのんびりと朝食用のスープを作ったのだった。
ちなみに翌日からは、綿入りのカバーで角を覆われ、静かに掃除するイヌクマの姿が屋敷の至る所で目撃される事になった。
とても綺麗になった屋敷の執務室では、相変わらず塔の様に積み重なった書類と格闘している私達。
目を通した書類にサラサラとサインをして、判を押し、ケネス爺に手渡す……?
ハモっと書類を受け取ったのはイヌクマの口だった。
シレッとそのまま書類を取り返す事も無く、流れに身を任せるケネス爺。
書類は当然の様にシュレッダーのごとく、シャワシャワと気持ちの良い音を立ててイヌクマの口内へと吸いこまれていく…
いつの間に室内にいたのか、見回すと湯気を立てた紅茶を乗せたワゴンも室内の応接セットの横にある。
「って、あ゛ーーーーーーーっ!!
しまったぁ!ちょっと意識が現実から逃避している間に、折角処理した書類が消えた!
「お嬢様?先程の書類はイヌクマが適切に処理して下さいました。」
「適切!?適切ってか!!??」
アレを適切と言うのかっ!?
「はい。領地の運営を一部取り仕切っていた町長が代替わりされてから、明らかに収支が誤魔化されておりました。」
「ちょっ!?それって、以前から気がついていたって事!?教えてよっ!」
「コレは、お嬢様が御自分でお気付きになられるべき事柄。
イヌクマは優しすぎでございます。」
「くっ…」
正論過ぎてぐぅの音も出ない。
確かに金欠で辞めた事務員の補充を、己の努力でカバーすると大口を叩いて先延ばしにし、誰かを雇い入れる事もしなかった私のミスだ。
ボッコリと抉れる程へこんだ私の目の前に、そっと甘い香りの紅茶が差しだされる。
器用にソーサーを咥えて、湯気を立てる水面が微かにフルフルと震えて、ゆっくりとカチャカチャと音の鳴るカップを差し出してくれるイヌクマ。
何だかだんだんイヌクマがイケメン・・・イケ山羊に見えてきた。
「あら、いやだ…幻覚が見えてきたわ…」
「現実ですよ。お嬢様」
後光が差したかのように…あ、違うわ。
ケネス爺の背後の窓に、丁度沈みゆく夕陽が重なって輝いていたのね…頭部が。
まぁ、気を取り直して…穏やかな表情で微笑んでいるケネス爺も、イヌクマにサーブされた紅茶の香りを楽しんでいる。
何もかもを考えるのを辞めて、ちょっと流れに身を任せてみようかと思ってしまった。
「そう言えば、イヌクマの食事はどうなっているのかしら?」
「御存知ないのですか?」
そう。
イヌクマが我が家へ来てもう暫く経ったが、未だに私はイヌクマの食事風景を見た事が無い。(反芻は別として…アレはいつ見てもやっている。)
「お嬢様?窓の外をご覧ください?」
「??何?庭に何かあるの?」
窓を見下ろさなくても分かる。
かつては祖母や母が愛し、庭師達と共に丁寧に手入れしていたバラやユリなどが咲き乱れる美しい庭になっていたが、母が亡くなり徐々に人が居なくなって、手入れを怠った結果、今では立派な密林状態になってしまった庭がそこにはあるはずだった。
あまりの変貌ぶりに庭を眺める事など無くなって、もう随分と経った気がする。
ケネスに促され、チョイチョイとイヌクマに背を押されて、窓際に立ってみて驚いた!
そこには、茫々と無秩序に伸び放題になっている雑草では無く、美しく手入れされたかつての庭でも無いが、スミレや野イチゴ、菜の花やシロツメ草など色とりどりの野生の可憐な花が咲き乱れる素朴な花畑の様になっていた。
「まぁ!可愛らしい庭になって!!いつの間に…??」
思わず笑みが零れて、爺に尋ねる。
爺も久しぶりに、小馬鹿にした様子も呆れた様子も無い笑顔で応えてくれる。
「イヌクマのお陰ですよ。」
「まぁ!イヌクマが!?ありがとう!!」
私が喜んでお礼をすると、照れているのか後足の間に顔をうずめるように丸くなるイヌクマ。
その仕草が成山羊なのに妙に愛らしくて、クスクスと笑みが零れた。
思えば、両親が亡くなって以来、久々に笑った気がするわ・・・
「えぇ。山羊は大食漢だと聞いておりましたが、同時にグルメだったようで、雑草よりも花の方が旨い、と言う事で・・・
勝手ではございましたが、お嬢様は興味が無さそうでしたし許可を出しましたら、どこからともなく色々な花を植樹しだしまして…
いやーイヌクマは大したもんでございます。」
そんな事を思っていれば、爺から“イヌクマのお陰”の真相を聞かされる羽目になった。
あ~あ、知りとうなかった、知りとうなかったよぉ~
そんなこんながあったしばらく後の事。
私は16歳になっていた。
今現在、私はいずれ来るだろうと思っていた人物の来訪を受けていた。
今のこの状態を鑑みる前に、私のややこしい現在の立ち位置に着いて説明しなければならないだろう。
私の母の母は高貴な血筋だという事は先に話したと思う。
その高貴な血筋とは、ぶっちゃけこの国の王家である。
この国は周辺諸国でも珍しい女系王国の女王世襲制である。
かつては、この国も周辺諸国と同様に王制であった。
しかし、遡る事何代位かしら?
十は行かないと思うのだけれど、それ位前の王妃様が浮気性だったことから問題は端を発する。
その王妃の産んだ御子は8人居たのだけれど、いずれも旦那様である王の色を受け継がず、本当に王の子か??と皆が皆、疑われるような状態だった。
まぁ、相手が相手だから、疑うと言っても内密にひっそりと、表面上は何事も思ってやございませんよ~と言う風に、公然の何とやら…という状況ではあったようだが。
で、まぁ、そんなどうしようもない王妃から生まれていても、王妃を反面教師として育った8人の王子たちは皆仲が良く、そしてそれぞれ得意分野も異なっていた。
そろそろ、王も引退か?と王が次期王について頭を悩ませ出した頃、もっとも賢かった長男王太子が、父王と他の7人の弟王子を呼び出して、こう宣言した。
「私は、このままだと王になる。
しかし、私は自分が本当に父王の血を引いているか心底心配である。
高位貴族の中には同様の考え方をしている者も多い。それほどまでに母親の放蕩ぶりは酷いものだ。
なので、私は確実に父と血のつながりがある、父の妹の娘である従妹姫と婚姻を結ぼうと思う。
そして、私の子供からは女王制にしようと思う。
そうすれば確実に血筋は残されるから…」 と。
それを聞いた、父王や弟王子たちは一も二も無く賛成し、現在の女王制の基礎を創ったとされている。
さて、ではなぜそこまでこの国では王の血を大切にするのか…?
それは、この国の王の祖先は非常に強い力を持った神だったから…とされている。
長い歴史の中で、その神の力は薄れたが、稀に王家に生まれる紫に近い色の瞳を持つ子にはことごとく神の寵愛とも呼ばれる、奇跡の力が備わっていた。
その力は、飢饉の起った土地を一瞬で豊かな作物畑に変えたり、天変地異によって川の流れが変わり水不足に陥った村に大きな池を出現させて民を救ったりした、と文献には残っている。
長い間、平穏無事な時代が続いたために、もう長い事その奇跡を目にした者はいないが、それでも長く続いたこの伝統を今更、変えてしまうのにも抵抗があるのだろう。
これは、徐々に問題になっている事だが、次代を経る毎に王女が生まれなくなっているらしい。
現在の女王様は、大伯母様が5人産んだうちの唯一の娘だが、彼女にはとうとう4人の息子しか生まれなかった。
大伯母様自身の兄弟は、6人兄弟の2王女4王子で、何れもこの国や隣国の高位貴族や王家に嫁いで(?)いたが、生まれた次代達は母以外、悉く男だったそうだ。
と言う事は、お分りだろう…?
遠縁と言っても過言ではない私に、王位継承権が発生するという訳の分からない事態が発生中なのである。
そして、今現在の困窮…
これは、私の地位を羨み、あわよくばを狙う貴族たちの地味~な嫌がらせや、逼迫している所に現れて颯爽と私を救出し、カモネギを狙う王子たちに放置された結果らしい。
そんな無駄な作戦を練っている間に、田舎育ちで図太い自覚のある私の書類捌きの腕はメキメキと上達の一途をたどっているのだが…
だいたい、王都で花よ蝶よと育てられた深窓の御令嬢ならいざ知らず、英雄の血も引く田舎娘は逆境に強いんですよ。
そう。
忘れていたけれど、このお屋敷を建てた私の祖父は若かりし頃、この領地がまだ隣国との境だった折り、戦場となったこの土地で戦の先陣に立っていた当時の女王を救い、戦果をひっくり返してこの国に勝利をもたらし、褒美に祖母を娶った英雄。
その実、ただの愚直な脳筋だったりするのだが…の血も私は引いている為、実は風邪一つひいた事が無いという、精神的にも肉体的にも逞しい令嬢とは名ばかりの小娘なのです。
そして、目の前の人物…
厄介な事に大伯母様の一番目の孫、この国の王太子様でいらっしゃいます。
「息災かい?ミューラ嬢」
「御無沙汰いたしております。王太子殿下。
わざわざこちらまでいらしていただき恐悦至極に存じます。」
一応、社交界デビューのために練習していた対貴族への仮面を被る。
にこやかに挨拶を交わすが、この王太子は相変わらず女好きそうだ。
穏やかで美しい顔立ち。金髪碧眼。
そう、碧眼。
彼は、王配になりたいという出世欲も持ち合わせているらしい。
この国の王子たちはそれぞれアクがちょっと強い。
長男の王太子は、賢いが女好きで、下半身が緩い。
ほら、今も、お付きの方は皆女性で、私の方を表情は穏やかだが刺すような冷たい目で睨みつけている。
アラフォーで、美形で、頭の回転も速いが、彼を伴侶にすると苦労しそうだ…女関係で。
その若さでもう既に、執務は宰相補佐として優秀であるという評価と、4人の側妃と3人の愛妾、彼女らとの間に5人の子供を得ている。
うふふふ~
あははは~
とりあえず、笑っときゃぁ良いだろう的な空気で、延々と空笑いの響く数時間。
もう今日は表情筋終了です。
王都の様々な流行りや、流石女好きと言えるようなプレゼント攻撃をサラリとかわして、何とか夕方にお引き取りいただけた。
夕飯も済ませて、執務室に入る。
「ふぃ~・・・」
べぇ~
「あら、ありがとう。」
もう何の違和感も感じなくなった、ワゴンに前足をかけて後ろ足でヨチヨチと前に進むイヌクマの姿に癒され、サーブされた甘い紅茶で一息吐く。
「ミューラ様?丸一日分の書類、ここに置いておきますね。」
「えぇ。ありがとう。一息入れたら取り掛かるわ。」
ドアから顔を覗かせたケネス爺は、夜が早い。
本人は爺だからだと言うが、年寄りは朝も早いだろう…と私は思う。
奴のコレは、単なるロングスリーパーだ。
そうに違いない。
とりあえず、早々に眠りに付くケネス爺を羨ましく思いながら、精神的疲労でウツラウツラとしてしまう。
どれくらい時間が経っただろうか…?
カサカサと紙の擦れる音で目が覚めた。
見ると、私の執務机の上の書類が三つの塔に分かれており、イヌクマがその一つをこちらに押してきている。
「ん?…え?コレを見ろって?」
べぇ~
会話っぽいやり取りをしながら、書類に目を通す。
あら、コレはもうサインすればいい書類ばかりじゃない…?
サクサクと作業を進めていくと、今の塔の残りの書類が少なくなってきた所でイヌクマが最も手前にある書類を、サクサクと食べ進めている姿が目にとまった。
「………っておい!」
べ?
「いやいや。目を通していないのに食べちゃダメでしょう?」
べへぇ~
何を今更…的な表情で、鼻を鳴らすイヌクマ。
「イヌクマ…貴方、最近ケネスに似てきたわよ…?」
べへっ!??
イヌクマが前足をついて項垂れている隙に、イヌクマの食べていた書類を一部取って確認する。
そこには、やはり数字が滅茶苦茶な請求書や、明らかに水増しされた要望書があった。
一応確認は終わったので、もう一度数字を直して提出し直しの指示を出す事にして、残りはイヌクマの夜食にするようにそっと、項垂れるイヌクマの目の前に置いておいた。
本日は綺麗に晴れ渡った空のもと我が家の庭にて、目の前には筋骨隆々の第二王子こと、第三騎士団団長様がわざわざ上半身裸になって、汗に光るシックスパックを見せつけるように剣舞を披露して下さっております。
茶色に近い濃い金髪に、青い目。日に焼けて褐色で健康的な肌。
迷惑そうな顔で、3分に一度の割合で、べぇ~と鳴いて抗議をするイヌクマ。
そう。
今まさに王子の足元では、踏まれ躙られたイヌクマのご飯達が青臭い雑草臭を放っている。
もうお分かりの通り、第二王子は脳筋だ。
それも35歳にもなって空気が読めない、周りの困った顔が見えていない筋金入り。
彼と結婚すると、毎日の食事がもれなくプロテインになること請け合いだろう。
そんなの嫌だ…
私は毎日旨い物が食べたい…
そして、書類仕事一つ出来ない王配では苦労する事は目に見えている。
「はぁ~素晴らしい剣技ですね~」
「いえ!今自分が披露したのは剣舞です!コレはこの国の創始であられる・・・・・・」
・・・・・・長い!
延々と続く剣舞の歴史や、いかに筋肉を美しく魅せていたかという話に笑って相槌を打ちながら、さっさと帰ってくれるように祈った。
呪いのお陰か、つい三十分前まで遠くの空まで晴れ渡っていたのが嘘のように、瞬く間に暗雲が立ち込め、遠雷まで響いている。
「まぁ大変!」
「単騎で来たのでな!ミューラ嬢、話の途中ですまないがこれにて失礼いたす!」
暗雲、万歳。
その後の、バケツをひっくり返したような豪雨の後に、翌朝晴れ渡った空の下で外に出てみると、雨粒を弾いて庭の花々が元気に立ち上がっている姿を目にして、私は生命の神秘に感動したのだった。
イヌクマも感動したように、喜んで庭で草を食んでいた。
そしてその数日後。
今度は王都で変わり者と評判の、マッドなサイエンティストであらせられます第三王子様が直々に屋敷を訪ねてくださった。
真っ黒な馬車…?
違うな、馬車は王家のキラキラしい立派なものだが、雰囲気が物々しい。
黒一色のカーテンが前後左右のどの窓にも引かれ、明かりなど一切漏れないだろう完璧な防御。
馬車から下りた後も、パラソルの様な傘を差したお付きの者を侍らせて、ゴム手袋を嵌めた両手を肘から垂直に挙げたポーズでご挨拶を頂いた。
瓶底の様な分厚い眼鏡の似合う、肌の色が病的に白い、白っぽい金髪に紺に近い藍眼。
ひょろっと高い身長から、静かに見下ろされると圧迫感がある。
「出来る事なら、家中全部を滅菌消毒してから呼んでいただきたかった…」
「残念ながら、私が呼び寄せている訳ではありませんので、ご勘弁いただきたいです。」
予想通り、ボソボソとハンカチ三枚越し位の声量で呟く第三王子に、思わず苦笑を洩らしながら、ハキハキと応えてしまう。
結論から言うと失敗だったらしい。
私の声に驚いて庭先で飛び上がり、尻もちをついた拍子に数日前、第二王子の時に降った豪雨によって乾き切っていなかった泥に嵌まってしまったらしく、悲鳴にならない悲鳴を上げて慌てて馬車に引き返し、そのまま走り去って行ってしまった。
確か彼もアラサー…
「ママぁ!」
ま…ママ!??
・・・・・・どうやら、マザコンでもあったらしい。
女王様…苦労が偲ばれます。
そのままの勢いで、王都へ引き返して行く黒いカーテンに遮られた馬車。
「何しに来られたのかしら…?」
べぇー?
私の背後で小首を傾げるイヌクマとケネスの態度がシンクロして、それはそれで面白かった。
執務にもだいぶ慣れ、イヌクマのお陰で、書類捌きのスピードも上がり、少し余裕が出来てきた。
まぁ、王都からのお客様のある日分の仕事は丸々押すので、あって無いような余裕だが…
そしてとうとう、本日、やってまいりました。
女王様。
大伯母様の唯一の娘であり、この国の王を務められている最上位の御方。
イヤイヤ…普通私を召喚するでしょう?
この緊張感、存在感、威圧感。
なぜか女王様も緊張気味の御様子…
ケネス爺のニヒルな笑みに、冷や汗を浮かべている様子さえ見える女王様。
何?この力関係…?
あまりに重い沈黙に耐えきれず、声を上げたのは私だった。
「あのっ…」
べぇ~
「あ!えぇ、ミューラちゃん?御加減いかがかしら?」
優しげに細められる濃紺の瞳は笑っていないように見える。
社交辞令の挨拶を終えて、紅茶を飲んで一息吐く。
と言うか、王族の方々って、山羊執事見慣れているのかしら…?
王子さま方も、イヌクマのサービスに驚く事も無く、ケネスを見た後当然の様にイヌクマの接待を受けていた。
女王様も例に漏れず、ケネスを見た後背筋を伸ばして、イヌクマの淹れた紅茶を味わっている。
しばらく黙って紅茶を味わう。
美味しい紅茶のお陰で少し和らいだ雰囲気に落ち着く訳も無く、ウロウロと視線が泳いでしまう。
「ワタクシが産んだ子たちが、女でなかったとしても、せめて高貴な紫色を持っていれば、貴方にこれほど苦労をかけなかったのでしょうが…
四男がいれば…」
「四男…第四王子様でしょうか?ええと、噂では大変病弱だとか…?」
「えぇ。
…いえ、実はあの子は、ワタクシが少し目を離した隙に、忽然と姿を消してしまったのです…
まだ、十歳でしたのに…
あの子は、優しく聡明で文武に長け、わずか十歳にして殆どの学問を修めてしまい、やっとワタクシの右腕として教育を始めようとしていた時だったのですわ。
どれほど探しても見つからず、ワタクシは絶望に包まれましたわ。」
王家の大変な醜聞になるため、秘密裏に大捜索がかけられたが、第四王子の行方はようとして知れず…
「まぁ…」
ってか、そんな話を聞かされても…私にはどうしようも出来ない。
折角紫の瞳の王子が生まれ、彼なら王位継承を認められると思った矢先に、姿を消してしまった第四王子。
逃げたか…?
背後で、カクッとイヌクマとケネス爺が傾いたのが、一瞬見えた気がしたが女王様が話しだして意識が逸れた。
「あの子が生きていたとしたら、今年24歳。
貴女が16だから、丁度良いと思ったのだけれど…」
「はぁ…」
「で?ワタクシの三人の息子の内、誰か気に入った子はいなかった?」
「え~っと、そうですね…申し訳ありませんが…」
スッと空気が冷えていくのを感じるが、ここは引いてはいけないと思う。
だいたい、子が子なら親も親だ。
とりあえず、私を取り込んで王位を保持しておこうという魂胆は流石、高位貴族の頂点に立つお方だと思う。
不満げな顔をされても仕方ない。
誰でも嫌だと思うよ。
女好きも、脳筋も、マザコンも…
16歳、初恋もした事のない私には荷が重すぎます。
社交界に出て日も浅い私が、狐狸が渦巻く王宮を運営している女王様に敵うとも思えないので、ごくごくストレートに御断りを申し上げる。
「そう。まぁ、でもまだ、ワタクシも引退には早いですし。」
「シャイラ様…?」
「っひ!わ…分かっておりますわ!前女王のお母様とも御約束は致しておりますもの!
ミューラちゃんの意に沿わない事は致しませんわ!」
普段飄々としているケネス爺が、今初めて陰謀渦巻く王宮で大伯母様の右腕をしているという事実に納得できた。
名前を呼ぶだけで女王が大人しくなった。
って言うか、女王の名前を呼べるのか…と尊敬の眼差しでケネスを見ると、ドヤ顔のケネス爺と、シラーっとケネスを見つめるイヌクマの姿が目に付いた。
そうして、散々冷や汗を流した後、女王様はひきつった笑みを携えて馬車で帰って行った。
やっと、王宮組が一巡し穏やかな日常が戻ってきた…様に思っていたのだが…
来客があったと思ったら、玄関を開けた瞬間から王家の伝令のキチッとした服を着たお兄さんに膝まづかれるという、ドッキリ仕様に目を白黒している間に、サクサクと目的を果たそうとするお兄さん。
「御報告申し上げます!」
「え?いえ、結構です。」
「え?!」
「え??いえいえ。私なんぞが、何の御報告を受けるのでしょう??」
「は!?えぇと、女王様より次期女王様候補であらせられるミューラ様にも采配をお願い致したいとの事でして…」
しまった…流石女王。
選らばぬのなら 巻き込みましょう ホトトギス とでも言いそうな、見事な押し付け!
背後でケネス爺もイヌクマも、苦々しい顔で立っている。
可哀想に、伝令のお兄さんは何の関係も無いだろうに冷や汗タラタラだ。
運が悪かったね。
私も含めて…
そして、渋々ながらも伝令を聞く事にした。
「ありがとうございますぅ!」
涙を流さんばかりに、伝令のお兄さんに感謝されると居た堪れなくなってしまう。
そして聞いた伝令に力が抜ける。
要は、とりあえず第四王子の婚約者と言う名目で、王家で身柄を保護させて欲しい。という事らしい。
チラッと見ると、伝令のお兄さんの後ろに恐る恐ると言ったていで、ビクビクと立っている文官さんの様なおじさん。
視線を向けると彼が一歩出てきて、ひらりと頭を下げる。
「お初にお目に掛ります。ミューラ様が王宮に留まられる間領地の管理をさせていただきます、ヒョードルと申します。」
「入念っ!!」
私の驚いた声に驚いたヒョードルさんの頭髪が、ほんの2センチほど左にズレた様なのだが、果たして教えて差し上げた方がいいものなのか…
私がまったく関係のないところに思考を飛ばしている間に、にこやかなケネスとヒョードルさんの挨拶が終わる。
ケネス爺も彼を知っているらしく、人選的に彼は大当たりらしい。
彼は勤勉で真面目で仕事はそつなくこなす割と優秀な文官だが、心配な点は胃痛が慢性的に起こる事だ、という情報を貰う。
まぁ、なんにせよ、この領地を運営出来ていけるのならば問題ない。
そもそも、一伯爵家令嬢が、女王の召喚令に否やを唱えられるわけもなく、私は伝令のお兄さんとヒョードルさんを乗せてきた馬車に揺られて、一路王宮へと来る事になってしまった。
「まぁまぁ!良く来てくれたわね!ミューラちゃん!」
「この度はよろしくお願いいたします。女王陛下」
「あらあら!堅苦しいのは置いといていいのよ!」
王宮に着いて、まずは身支度を整えられ、すっかり綺麗などこぞのお姫様のように仕上げてもらった後、謁見の間にて女王様と御挨拶を行う。
対応の仕方は、すっかり親戚のおばさんちに遊びに来た様子なのだが、如何せんここは王宮で、相手は女王様で言葉の場違い感が半端ない。
「ワタクシがずっと傍に居る事が一番安全なのでしょうけれど、そうもいかないのよ~ごめんなさいね!
ミューラちゃんはお母様…前女王陛下の宮でゆっくりして頂戴?
必要な事は前女王が采配して下さるので、心配しないでね?」
「ありがとうございます。」
ニコニコと手を振ってくれる女王陛下の前を辞して、ケネス爺とイヌクマの案内で前女王宮の入り口まで来た。
3メートル程はあるだろう大きな扉を、両脇に立つ筋骨隆々の騎士さんが二人がかりで押し広げてくれる。
「貴方達、御苦労さま。いらっしゃい、ミューちゃん。久しぶりね!」
前女王直々に入り口までお迎えに来てくださっていた。
ドアを開けてすぐにこの宮の主が立っていたため、門衛の騎士さん達はワタッと一瞬の動揺ののちにピシッと敬礼をする。
その切り替えの速さに感心しながら、大伯母様に私も深々とお辞儀をする。
「お久しぶりです、大伯母様!
この度は色々と良くしていただいて、やっと領地も落ち着いてまいりました。」
「良いのよ。
あの子達が突然亡くなって、貴女はまだ16歳なんだから、わたくしを頼って頂戴。
それよりケネスとイヌクマはどうだった?」
大伯母様に背中を押されて、歩き出しながら近況を報告する。
大伯母様は優しい眼差しで、笑ったり相槌を打ちながらゆっくりと歩いて宮を案内してくれる。
大伯母様に連れられて、私の部屋だという扉まで着いた。
「横はイヌクマの部屋になっているわ。
大声を出せば彼はいつでも駆けつけてくれるはずよ。」
「はい。ありがとうございます。」
イヌクマが我が家に来てから1年半程だが、彼への信頼はもう揺ぎ無い。
「わたくしはこの宮で隠居の身ですが、貴女は自由にしていてね?
ここにはわたくしの息子達や娘や孫が面会に来るかもしれないけれど、会わない事は難しいかもしれないわ。
わたくしが言うのもおかしいけれど、気を許さないようにね?」
それは分かる。
私は認めていないとはいえ、次期女王候補でそして何より親戚なのだ。
この国では割と血縁関係を重視している。
まぁ、かつての神の血を引く一族が納めている事も関係しているのだろう。
他国の王族に婿入りした現女王の弟達にはそう簡単には会えないだろうが、この国の筆頭公爵位を持つ現女王の兄は今でも時折訪ねてくるのだという。
まぁ、時折ならばそれ程頻度も高くあるまい…
などと、たかを括っていた当時の私をぶん殴りたい。
前女王の宮に入って三日目。
色とりどりの綺麗な花が咲き乱れる中庭の散歩の途中で、突然、壮年の威丈夫から声を掛けられ、何故か突然彼とお茶会をする事になってしまった。
「初めまして…と、言うべきだろうなぁ…私はこの国の筆頭公爵を務めさせていただいている。
ローゼンリヒトと言う。ミューラ嬢はとても美しいな。」
「ひぇぇえ!あ!いえそんな…」
慣れないおべっかに、しどろもどろと動揺しつつも良く見てみると、濃い茶色の毛は白髪になりそうな気配もなく、オールバックで丁寧に後ろに撫でつけられ、一房だけ残してある額は禿げ上がる心配もなさそうで…
目尻や綺麗に整えられた顎髭に年を感じるが、生き生きとした薄紫と濃い緑を混ぜたような瞳も合わさると年齢がまったく分からない。
…この方が公爵様…という事は女王陛下のお兄様…
女王陛下も年齢不詳な美魔女であるが、目尻や口元に隠しきれない年が出ているため私の予想では60手前位だと思う。
まぁ、長男がアラフォーで初産年齢の低いこの国の常識と照らし合わせてもそう外れてはいまい。
という事は、このオジサンは60前後かぁ~
見た感じ40代後半と言っても通じそうな程、体は逞しく、見た目も若々しい。
ただ、ちょっと臭いんだよね…何だろう?
生ゴミを真夏の炎天下で放置していたのか…?と思うような腐ったような臭いが、風向きによっては一瞬ファン…と鼻につく時がある。
背後に立っているケネス爺とイヌクマにも後で感じたか聞いてみよう。
感じてなかったら・・・鼻を洗浄しよう。
「ところで、ミューラ嬢?
私としては、女好きや脳筋、いつまでたっても母親離れせん王子どもに、うら若き御令嬢が嫁ぐのはちと荷が重かろう、と思うのだが?」
「えぇ、まぁ。」
「私の下に、来ないか?」
「は?ぃえ?」
「まぁ、突然の事で驚くのも無理はない。しかし、考えておいてくれ。
少し、昔話をしよう。」
「はぁ…?」
「私は、紫緑の瞳を持って生まれた。
私なら次期王でもなれる、とこの国の貴族共は色めきだったものだ…
だが、母が次期王に選んだのは妹だった。
妹はそれから、王位に固執するようになった。
ミューラ嬢?もし、助けが必要ならば、私を呼ぶがいい。」
「は…い。ありがとうございます。」
なんだなんだ?
結構面倒な事に巻き込まれた事を自覚して、顔から血の気が引いた気がする。
そんなこんなで、何とかお茶会を無事にやり遂げた。
もう散歩の気分でも無くなり、部屋に戻る事にした。
ケネス爺もイヌクマも静かに後ろをついて来てくれている。
「ねぇ?ケネスは、ローゼンリヒト様の臭い…分かりまして?」
「臭い…で、ございますか?」
「あ!いや!気のせいなら良いのよ!」
べぇ~!べぇべべぇ~!
小首を傾げているケネスに向かって、“え!?気が付かなかったの!??”とでも言いたげな…と言うか、多分人語に直すと言ってるんじゃないかな…様子のイヌクマ。
やっぱり鼻洗浄しよ~っと。
そんなこんなで、だいたい三日置き位に王子たちやローゼンリヒト公爵の面会を受ける。
王子たちは、折角王都に来たのに保護と言う名目であった為、前女王宮から出られない私のために王都の話や色々なお土産を持ってきてくれる。
ローゼンリヒト公爵には来る度に口説かれるが、彼が帰った後の鼻洗浄がそろそろルーティンになってきた。
ここ暇なんだよね…
だって、今まで朝から晩まで書類に追い立てられていたのが、ここへ来てから特にすることも無く一日中、本を読んだり勉強をしたりと特に忙しくも無い。
どうやら、父母が厳しく躾けてくれた為、女王教育としては国内の貴族の家系図などを頭にたたき込んだりといった作業を残すのみで完璧らしい。
そうなってくると、色々と考える時間が出来て、いろんな事に気がついてしまった。
って言うか、この国も少し問題が出てきたらしい。
女王への不満というのも出てきていると、王子たちの話を聞き流していて気がついた。
彼らの話を聞くともなく聞いていると、ちょっとした閑話に王都の現状が見えてくる。
この国は、農耕や酪農でもっている国だ。
お金は無くても、食料はあるため、のんびりとした雰囲気の牧歌的な国だ。
とりあえず、食料には困らないので、人は皆穏やかで孤児や浮浪者もいるにはいるが、犯罪を犯すでもなく、日々農家等のお手伝いで生計を立てられているため、犯罪も少ない。
しかしどうやら、徐々に作物が育たなくなっているらしい。
隣国から流れてくる水が悪いだとか、隣国との境の森の害獣が増えただとかで、人民は徐々に苛立っててきており、国の雰囲気も徐々に暗くなってきているとか・・・
大変だね。
そんなこんなで王都に来て数カ月。
17歳になってしまいました。
この国では、14~15歳で社交界デビューし、17歳までに婚約者がいなければ欠陥品扱い、20歳で嫁いでいなければもう立派な行かず後家扱いされてしまう。
ひっそりと私も実は焦っていた。
名目上は第四王子と言う婚約者がいるには居るが、果たして実態のない王子に20歳までに嫁に貰っていただけるのだろうか…
無理寄りな気がする・・・
頭の中で、一番嫁に行っても良いかなと思う人を考える。
第一王子…いやぁ~今更女の戦いとか・・・無理~ってか、あの王子にそこまでパワー使う気力ないわぁ
第二王子…無いな…奴が好きなのは己の筋肉だ!多分ここにも、筋肉自慢をしに来ているだけだ!私に興味が無さ過ぎる!却下!
第三王子は…ママが良さそうだよね…まともに目を見て話せない人と、夫婦ってなれんの??
公爵は…多分、性格は一番良いんだけどなぁ…生理的にあの臭いがなぁ~
ケネス爺…論外。
べぇ~
カチャッと目の前に湯気の立つ美味しそうな紅茶が現れる。
「イヌクマ…貴方が人だったら、私をお嫁に貰ってもらえるのにねぇ?」
べ…べべべヴぇ
「フフッ動揺しているの??」
べべべヴぇ~
ギクシャクと歪な歩みで去って行くイヌクマを見送り、私は一人、紅茶を楽しんだ…
フラッと視界が揺れ…る?
ぼんやりと周囲のピントが合わなくなって、あっという間に私は意識を失った。
「ここは・・・?」
周囲は真っ暗だが王宮で無い事は匂いで分かる。
清廉な花の爽やかな匂いで包まれた前女王宮と比べるべくも無く、ここは埃っぽ過ぎる。
「お目覚めかな?ミューラ嬢。」
「公、爵…様?」
結構長い時間寝ていたのか、声が掠れる。
部屋を見回すが、ベッドの頭側の窓のカーテンが薄ら開いていても、夜の月明かりではほとんど何も見えない。
カーテンの隙間から洩れる光も、部屋の隅にいるだろう人物には届かない。
低く落ち着いた声と、腐臭が漂って来て、公爵だと確信する。
「あの山羊が、なかなかお前から離れないから、少し強引な手を使わせてもらった。
お前ももう17だろう?居もしない王子の婚約者という立場で余裕でいられるのもあと少しだ。
その前に私を選べ!そうすれば、今度こそ私は王だ!」
室内に漂う腐臭が強まった気がする。
「何故…?」
「フッ、この国はもう長くない。徐々に国民の心が離れて行っている。
隣国と手を組み、この国にある未だ手つかずの鉱山を新たな産業にすれば大もうけだ!」
「しかし、それはこの国の自然を壊す事に繋がりますよ…
というか、公爵…貴方、もう鉱山開発に手を付けています…ね?」
息を飲んだ気配に確信を持ってしまった。
「貴方は誰にも黙って、鉱山開発をした。
恐らく鉱山開発の汚水が原因で水質が汚染され、作物も育たなくなり、民衆が怒りだした。
女王が原因を突き止めるのも時間の問題でしょう…
貴方は私を利用して王となり、合法的に鉱山開発をなさろうとしているのではありませんか??」
「それを知った所でどうする!お前は俺を選び、心身ともに俺のものになる!
既成事実さえあれば、後は王宮で妹を追い出すだけだ!」
暗闇から公爵が出てきて、まだ頭がふらふらとして立ちあがれない私に圧し掛かってくる。
ゾンビか!?この人!?とでも聞きたくなる。
吐きそうな程の腐臭に息を止め、顔を背ける。
ダメだ!この人、体が腐ってる…
私の直感は、もう公爵が生きながらゾンビになってしまっている事を訴えている。
公爵は私に喰らい付かんばかりに掴みかかりドレスを破こうと躍起になっている。
・・・
しかし、流石、女王様御用達のドレス職人が作るドレスだ。
袖や裾のレースや柔らかな生地の部分こそ裂けるものの、胴周りや特に首元など、刺繍が強度を増しているのかどれほど引っ張られても、私ごとグラングラン揺れるばかりで破ける気配が無い。
徐々に苛立ち、乱暴になっていく公爵。
「ちょ…ちょっと!酔う!酔う~!!や、やめてくださいぃぃぃ~!」
「うるさいぃ!!」
バリーン!
公爵が私に拳を振り上げるのと、背後の窓からデッカイ塊が飛び込んできたのとが同時だった。
塊は公爵を横から突き飛ばし、私の真上で止まった。
べぇぇぇ!!
「んな!山羊風情がぁぁぁぁ!!」
「イヌクマっ!!」
窓から飛び込んできたのは、イヌクマだった。
いつもはピッシリと乱れも無く着こなしている執事服のあちこちに泥やひっつき虫を付けて、私を護るように跨いで角で公爵を威嚇している。
「こっちだ!イヌクマっ!無事かっ!?」
べぇ~
ベッドの頭側に足を向けてイヌクマに跨られている為、足元を見ると窓の方が良く見えた。
窓からひょっこり顔を覗かせたケネス爺が、ニヤリと笑って私を見て、イヌクマに指示を飛ばす。
「やっておしまいなさいっ!!」
ビシィッと音が鳴りそうな程、綺麗な角度で公爵を指さしたケネス爺がオネエに見えた。
公爵が、突き飛ばされ転がっていた床から、壁に手をついた体勢で起き上がる。
あ、こういう所に年齢を感じる…
公爵はゆっくりと起き上がっていったかと思ったら、壁に飾ってあった装飾の美しい剣をスラリと鞘から抜いて、切っ先をイヌクマに向ける。
「イヌクマっ!危ないっ!」
ヒョウ…と風を着る音と共に、私の視界から白い太刀筋を残してイヌクマが消えた。
「イヌクマっ!?」
べぇ
イヌクマは、ベッドのヘッドボードの細い板の上にいた。
ホッとした。
イヌクマは私に向かって、ニコリとしたように見えた。
公爵も見えていたらしい。
「き、き、貴様ぁぁ!山羊汁にしてくれるっ!」
「イヌクマっ!逃げてっ!」
飾り剣を振りまわし、走り寄ってくる公爵。
動かない体で起き上がり、何とか公爵の足止めをしようと身を乗り出そうとするが、その前にイヌクマが躍り出た。
プッ!
「ぎゃぁ!くさッ!くさ~~っ!!!」
イヌクマが何かを口から飛ばし、それを顔面で受け止めた公爵が苦しみだす。
あ~アレね…威嚇の唾…だったかしら?
反芻する動物が威嚇のためにくっさい唾を飛ばすのよ…良くラクダがやるわよね・・・
バタバタと扉側から複数の足音が聞こえて、騎士が次の瞬間には騎士が部屋になだれ込んできて、アッという間に公爵はお縄についた。
私はホッとして、太陽や石鹸の良い匂いがするイヌクマに抱き付き、そのまま気を失ってしまった。
気が付くと、私は前女王宮の自分に与えられた部屋にいた。
横にはイヌクマがいて、私の意識が戻った事を知ったケネス爺はそっと部屋を出ていった。
「イヌクマ、貴方が助けてくれたのね…ありがとう。」
べ「気がついたのね!気分はどう?ミューちゃん」
大伯母様が大慌てで部屋に入ってきて、開口一番に心配してくれる。
「大伯母様…私、助けていただいて本当にありがとうございました。」
「いいえ、謝らなければならないのはわたくしの方だわ。
息子が何か企んでいる事は気がついていたわ。」
「そんな…」
「息子は…臭かったでしょう?」
大伯母様はその綺麗な赤紫の瞳で私を覗きこむ。
ハッと息を飲んだ。
言っても良いのだろうか…?そっと頷く。
「やはり紫の瞳を持つ者には分かるのね…
紫の瞳を持つ者は、神の寵愛を受けるの…けれどね?
それと同時に、神を愚弄するような事をすれば神に嫌われるの。
それこそ、かわいさ余って憎さ百倍でね。生きながらに死んでいくのよ…」
「それが、神に寵愛されるリスクですか…?」
「そう。あの子の危うさは、以前から気がついていたの・・・
だから、害意の少ないシャイラ…紫を持たない娘を王位に付けたの。
けれど、それがあの子の背を押してしまう事になるなんて…
一国の王になってからでは遅いという私の判断が間違っていたのね…
ごめんなさい。」
目に涙をいっぱいに溜めて、小さくなっている大伯母様に頭を上げてもらう。
「いえ、私は大丈夫ですので。
大伯母様、私、その被害に遭われた農村に伺いたいです。
何か出来るような気がして…」
「まぁ!ありがとう。なら、早く元気になってね。」
そうして、大伯母様は部屋を出て行かれた。
残されたのは、イヌクマ…
「フフッ。貴方に怪我が無くてよかったわ、イヌクマ…」
べぇ~
「貴方も瞳が紫でしょう?」
べッ
「フフッ、神様に愛されているのね…おやすみなさい、イヌクマ」
重たい瞼に素直に従い、目を閉じると、布団をモゾモゾと引き上げられた。
体調も戻り、スッキリと綺麗に晴れ渡ったある日、私は公爵が勝手に鉱山を開発したために畑がダメになった川下に来ていた。
横にはイヌクマ。
村の人々に案内されて、私は枯れた作物、濁った湖、生臭い水田を見て回り、最後に村を一望できる小高い丘に登った。
私達が村を見渡すと、背後から突然突風が吹いて、村中に淀む落ち込んだ雰囲気を一掃するように、村中の空気を入れ替えていく。
「「「「おぉ…!!!」」」」」
纏わりついた髪を梳かして、その声にやっと目を開けると、そこには、さっき見て回った時とは打って変わって、キラキラと光を反射する小川や湖、青々と草を揺らす畑、カモが泳いで水面を喜々として突いている水田などの光景が見えた。
「まぁ!」
「奇跡じゃ…」
「「「「うぉぉぉぉおおお!!」」」」
大歓声に包まれて、場はそのまま宴に移行した。
宴もたけなわ、凄い盛り上がりでそろそろ眠い私には辛い。
べぇ
「あぁ、はいはい。ミューラお嬢様はおネムですね。わかりました、お嬢様をお部屋にお願いします。
良いですか!?くれぐれも送りおおか…送り山羊にならないように!!」
べぇ!!
何だか面白そうだが、とにかく眠い。
イヌクマについて部屋に戻り、用意してあった手ぬぐいとイヌクマが持ってきてくれたお湯で体を拭い、さっぱりした所で夜着に袖を通す。
イヌクマはお湯を用意した後、部屋の隅に蹲ってこちらに背を向けていた
その背後に向かって語りかける。
「これで、私の役目は終わりました。
女王なんて堅苦しい事はこれでチャラにならないかなぁ…?」
べぇ
「そうね、大伯母様に話してみるわ…
はぁ~あ!私は、王子の御嫁様も、女王もなれる器ではないのよ…」
べぇ?
「そんなことあるわよ。
この位のお手伝いなら出来ても、国を率いて立つ程の気概は無いわ。
良くも悪くも、私は田舎のいき遅れ気味の伯爵娘なのよ。
せめて、愛する人が王配として支えてくれたら頑張る気力も湧くかもだけれど…」
べぇ…?
「ありがとう、イヌクマ…貴方が人だったらなんて思ってしまってごめんなさいね。
これで、心おきなく田舎に帰れますわ…おやすみなさい。」
そのままスーッと私の意識は消失した。
しかし、私は忘れていた。
女王制のこの国では、王女がいない今、私が田舎に帰れる可能性が低すぎる事に…
「ミューラちゃん!おかえりなさい!お疲れ様!初めての公務はどうだった?」
「え゛!?公務だったのですか!?」
「あら~?言わなかったかしら??」
「聞いておりません…」
王城に戻り、開口一番の会話で気力をごっそりと持っていかれてしまう。
シマッタ…着々と脇から固められてしまっている…
そこに、いつもの執事服とは違う、えらくキラキラしい騎士団の制服のようなカチッとした軍服のような物に身を包み、ズルズルと深紅の布団のようなマントを引きずって床掃除をしながら進んでくるイヌクマと大伯母様が謁見室に入ってきた。
「お母様っ!?」
「まずは、ミューちゃん。おかえりなさい。」
「ただ今戻りました。」
大伯母様の登場に、場は騒然となるが、大伯母様は片手を上げただけでそれを制する。
私の視線は、長く伸びたあごひげを綺麗にカットされ、普段はぼさっとしたままの前髪も丁寧に左に撫でつけられている、オモシロ山羊に固定されたまま離れない。
「そして、皆さまに御報告がございますの。
この度、暗殺の危険から病弱と世間には公表し、わたくしが匿っていた孫のイヌクマ…いえ、ヌックマーイ第四王子とここに居るミューラ・エヴェレスト伯爵令嬢の婚姻を発表します。」
「は…?」
目が点になる私をよそに、壇上に立つ大伯母様の声は朗々と広間に響き渡る。
「それに伴い、この国の女王制を緩め、たとえ女王でなくとも資格、資質のあるものに王位を譲れるよう改革を進めて行きますわ。
それなら、ミューラちゃんの負担も減らせるでしょう?
頑張りなさい、ヌックマーイ。」
大伯母様の最後の一言に、広間は竜巻を取り込んだかのような突風が吹きすさぶ。
轟々と室内で吹き荒れる大嵐の中、立っているのもやっとな状況で、突然、硬い誰かの手に体を支えられ抱き込まれて、風圧が弱まる。
次第に風がどこかへ去っていき、次に目を開けた時には、茫然とした貴族達や女王、王子達の中で、腹を抱えて今まさに笑いだしそうなケネス爺と、ニコニコと赤紫の瞳を細めて悪戯が成功した事を喜ぶような表情の大伯母様が見えた。
そして、私の体に回る、逞しい腕。
視線を上げると、第一王子より精悍で、第二王子より繊細で、第三王子より逞しい、優しげな瞳で私を見下ろす美丈夫がいた。
前髪が少し長いが、丁寧に左に除けられていて、白に近い金色のサラサラの髪から覗く紫の瞳には少し怯えているような色も見えて…何より、太陽のような石鹸のような心地よい彼の香りが私を包みこんで、私は彼に一目で恋に落ちた。
「イ…ヌ・クマ??」
「はい。ミューラ嬢?私が人間であったならば、嫁に来ていただけるだろうか?」
私の顔はほっカイロを内蔵しているかのごとく、あっつあつになっている。
「は…はぃ…」
「フフッ、おめでとう。」
大伯母様のその一言で、広間に居た人たちの大歓声を受けて、私は王妃になる事が決定した。
その後、枯れかけていた村を救った奇跡を起こした王妃と、紫の瞳で王妃を守り国を安寧に治めた賢王として、私達の事は長く語り継がれたとか…
ただ実際は…
「きゃー!ケネス爺!またこの書類!!」
「御自分で処理なさいませ!」
「貴方ぁ!これ食べて!」
「今は山羊になってる場合じゃない!って!おばあ様!ひ孫を子山羊にしない!!」
みぇ~
「あらぁ!!可愛いっ!」
「ミュー!?流されちゃダメっ!!」
「ウフフッ!でしょう?わたくしも保護したばかりの頃のヌックマーイを思い出しますわ…」
「遠い眼をしてないで!早く息子を戻して!おばあ様っ!」
などなど、とても賑やかだったのだが…これは表には出ない為、真偽の程は貴方次第です…
おしまい。
ギャグというより、コメディーが自分に書けるのか?が知りたかっただけなんです。
自分的にはコメディーのつもりなのです。