魔法の箱
僕の住んでいる町の、雑貨屋のある通りの雑貨屋から数えて2つ目の街灯を左に曲がり、突き当たりから右に伸びる路地を進むと魔法の店があるらしい。
でもどうやらその店は『充たされている人間』は入ることができないらしい。つまり、不満や欲望などといった何かしらの問題を抱えた人間しかその店は見つけられないんだそうだ。『入店拒否』される人間が路地を進んでも、そこは行き止まり。
僕は幽霊だとか魔法だとかそんな迷信みたいなものは信じていない。そんな確証の持てないものを信じたところで、心に無駄な恐怖や期待が産まれるだけだ。
そう、僕は信じていない。それでも僕は店へと歩みを進めていった。店の門構えは既に見えているんだ。僕には何かが欠けている。 魔法にでもすがりたい気分だった。
店の扉を開けるとカランコロンとベルの音が響いた。
「やぁ、よくきたね。そう警戒しないでゆっくりしていきなさい」
店の扉を開けると、店の主人だろう恰幅の良い男性が店の奥にいた。彼は机に寄り掛かるようにして僕を品定めするかのように睨め付ける。
店内には薄暗い照明が灯り、閉め切られたカーテンのせいで外の方が明るいくらいだった。何とも形容しがたいそれらが照明に照らされている。商品だろうか、それらは用途こそ判然としなかったが、唯一この店が異質であることだけは表していた。
何と尋ねたらよいのかまごついてる僕を見かねてか男性の方から声をかけてきた。
「何をお探しかな?もしかするとこれかな」
そういうと男性は机の下から箱を取り出した。そこまで大きくはない。装飾もされておらず一見するとただの箱だった。
――これはね、魔法の箱なんだよ。この箱には君が求めているものが入っている。ただ、それを手にするためには代償が必要なんだ。君が最も必要としていないものを代償に君は求めている何かを手に入れる。どうだい、これが君のお探しの品じゃないかな
こんな箱が、僕の望みを叶えてくれる? 確かに僕はあるものを求めてここに来た。でもそれはこんな箱に収まるようなものじゃない。だが、どうしてだろう。眼前の箱にはそれを可能だと思わせる不思議な魅力があった。彼は言っていたじゃないか『不要なものと引き換えに、求めているものが与えられる』のだと。これを開けたところで僕にリスクはない。
「それじゃ、これを貰おうかな。いくらなのかな。あまり手持ちはないのだけれど」
財布をズボンのポケットから引き摺り出し、中身を確認してみる。見た目こそただの箱だが、彼が言う通りの品物であるならばかなり値段はするんじゃないだろうか。少し心配になってきた。だが、彼の口からは驚くべき言葉が返ってきた。
「お代は結構。ただこの箱はこの場で今開けてもらいたい。そして箱は持ち帰らず、こちらに返却してほしい」
実はうちの商品はそれ一つでね。周りにあるそれらはただの置物なんだよ。そんなことで経営は大丈夫なのか何てのは些末な問題だよ。うちは『魔法の店』だからね。そう呟きながら頭をポリポリと掻く店主。
なんだよ。それじゃあ完全に僕は何のリスクを負うこともなく、ただ望みを叶えることができるのか。
僕は切迫していた。この店を、眼前の箱を疑う余裕などないほどに。
箱の蓋に手をかける。心臓の鼓動が高鳴る。これで僕は。
彼の目の前にはただ箱だけが残った。あの少年が何を望んでいたのか、それは知る由もない。ただ、彼が何を不要としていたのか、それだけはこの現状を見れば明らかなものだった。
カランコロン、と来客を示すベルの音が鳴り響いた。その音で彼は知らず知らずのうちに口角が上がっていたことに気が付いた。
「やぁ、よくきたね。そう警戒しないでゆっくりしていきなさい」