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篠宮スクール

第二話! あれ、雰囲気なんか変わった?




 いつか、ひかげと『学校の意義とはなにか』という話題で一日を過ごした事があった。そのときももちろん屋上にある個室的な場所でサボっていたんだけど、それでも、学校の意義について熱く語り合った。

 そのとき、私は飲むヨーグルトをちゅうちゅう飲みながら頭を悩ませた。

 なぜ飲むヨーグルトを飲んでいるかと言うと、日本人はカルシウムの摂取量が少なすぎると風の噂で耳にしたからだ。牛乳は嫌いだけど、ヨーグルトは割と好きだった。特にアロエヨーグルト。アロエ美味すぎ。決して、胸があれだからとかじゃない。きっともっと成長するはず。

 っと、そうじゃないそうじゃないと頭を振って脳ミソを揺らす。話題よ元に戻れ!

 さて、はたして学校と言うものに意義などあるのだろうか。だって、今どき高校くらい出ていないと就職なんてほとんど出来ない。親のツテとかがあるのなら何とかなるものなのかも知れない。実際に、そういう人を見たことがある。でも、私には親のツテなんてものはなかった。

 だから、言ってしまえば惰性。

 そこに意義なんて崇高なものはない。

 行く事が当たり前になっていて、行かない事が私の中では非現実。義務教育の延長線上にあるものでしかないのだ。とか言って、こうしてサボっているわけなんだけど。

 そんな考えを拙い言葉でなんとかひかげに伝えると、ひかげは「流石は篠宮」と薄く笑いながら言った。

「褒めないでよ~」

「……うんそうだね」 

 はぁ……、とひかげが大きな溜息をついたような気がするけど、気にしたら負けかもしれないと思ったから気にしないことにした。

「学校って言うのはね、謂わば小さな社会なんだよ」

 部屋の中に置いてある体育で使うマットを何枚も重ねた簡易ソファの上に寝転がりながらひかげは言った。

「まず、この小さな社会には人間関係というものが必ずある。もちろん好きな人もいれば嫌いな人もいるわけだけど、社会に出たら、大人になったらそんなことは言ってられないんだよ」

「なんで?」

 私のひよこ並みに寂しい脳ミソでは、ひかげの高等言語を理解する事は難しかった。なので素直な疑問を口に出す。するとひかげが馬鹿にしたような目で私を見たので二回叩きました。

「……嫌いな人が上司だったらどうする? その人に嫌いだって言ったら即クビだよ」

「……だから、我慢しなくちゃいけない?」

 首を傾げながら、おっかなびっくり聞いてみる。間違っていたら恥ずかしい。そのとき耳にかけていた髪の毛が顔にかかった。そういえば随分と髪を切ってないよね、と他人事のように思った。

「そう、いちいち不満を口に出してたら身が持たないんだよ。まぁ、不満を溜め込みすぎても身が持たないんだけどね」

 まったく、難儀だよ……、と言いながらひかげが身体を起こす。簡易ソファの端っこに座っていた私はビックリして少しドリンクヨーグルトを零してしまう。

「だからそれに耐えるための精神力を養う、これが学校の意義の一つ目」

「まだあるの?」

 流石はひかげ。サボり生徒なのにテストの点が良いだけある。

「次に、上下関係を教えるためだよ」

「上下関係?」

 なんだそんなもの? と私は感じた。だって、そんなのひかげと同じくサボり生徒である私にも備わっている。

「それは篠宮が小学校も中学校も行ってるからだよ。それなりに上下関係ってものを理解できているんだ」

「……そうかな?」

「んー、そうだなぁ。例えば幼稚園の頃、先生は優しく語りかけてくれたよね? あれはもちろん知能が発達してないからって理由もあるんだけどね」

「だけど?」

「まだ上下関係というものを理解できてないからだよ。現に、歳を取るに連れて爺さん婆さんが冷たくなったりするでしょ?」

 私は腕を組んで「うぅむ」と声を出しながら頭を悩ませる。確かに、私が大きくなるに連れて緑のジャンバーを着たお爺さんお婆さんが睨んで来るようになった気がする。いやいや、でもでも。

「そんでもう一つ」

 私が頭の中を整理し終わる前にひかげは話を続ける。

「型にはめるためさ」

「?」

 ますます意味が分からない。型にはめるとはなんだろう? やっぱりひかげの言う事はいちいち小難しい。でも、聞かないと言う選択肢はなかった。ひかげの話はおもしろい。もしかしたら私は聞き上手なのかもしれない。今度誰かに聞いてみよう。

「さっき篠宮は『学校に行くのは当たり前だ』って言ったよね? まさにそれだよ」

「………………」

 ドユコト状態。

 私が口を半開きにしてうんうん唸っているとひかげが目を細めた。まるで宿題が出来ないで悩んでいる子供を見ているようで少しむっとしたけど、事実なので仕方がない。

「当たり前と言う枠を作るんだよ。そしてそれからはみ出さない様にするんだ」

「う~ん?」

 なんとなくだけど、分かったかもしれない。私の中では学校に行くのは当然で、そこで将来役に立つのかよく分からない問題を解くのが当たり前だと思ってる。でも、それこそ学校がない国では、学校があることが当たり前ではない。

 つまり、『学校に行くこと』が正しいことだと思い込んでしまっていると言うこと。何が正しくて何が間違っているのか、それを刷り込まれているということだろう。

「そ。つまり、正しいことはこれで、間違っていることはこれだと刷り込まれるんだよ。この国の常識を叩き込まれるんだ。その常識とやらに対応できなかった人が残念ながら駄目なヤツって言う烙印を押されるんだよ。本当は正しいことか間違っていることかなんて本人にしか決められないのにね」

 なんとなくだけど、その言葉には気持ちがこもっているような気がした。だって、ひかげの表情があまりにも真剣だから。

「ひかげ?」

 思わず声をかけてしまう。ひかげが何かに悩んでいるのなら力になりたいと素直にそう思ったから。

「…………なんでもないよ。まぁ、つまり。僕の考えてる学校の意義はそんな感じかな。ふふ、これじゃあ高二病みたいだなぁ」

 自分の言葉に苦笑いを浮かべて、外のどんよりとした空を眺めながら頬をぽりぽりと掻いた。

「高ニ病って?」

 私が聞いたことがあるのは中二病だけだ。超イタイヤツのことを中二病と呼ぶらしいけど、なにがどうイタイんだろう。

 ひかげもだけど、私も大概面倒くさがりだ。私は勉強にしてもなんにしても、本当に興味のあることしか頭の中に残らない。人の名前を憶えるのが苦手なのもそのせいだるなぁと思う。

「世の中の全てのことを斜めに見るってことだよ」

「捻くれてるってコト?」

「まぁ、そうとも言うかな」

 ふふっ、と小さな笑いを零すひかげ。ひかげはいつもその顔に笑顔を貼り付けている。なにがあってもその口の端っこは緩く上がっているし、目も少しだけ薄められている。いつだったか、「何でいつも笑ってるの?」と聞くと「ひ・み・つ♪」と言ってあやふやにされてしまった。

「まぁ、篠宮は馬鹿みたいに真っ直ぐだからわかんないかもね」

 相変わらず優しい微笑で見つめられて、なんともやりにくい。私は少し体をモジモジさせて――。




 と言うところで目が覚めた。

「はれ?」

 顔を上げてキョロキョロと周りを見渡す。なにやらみんな真面目にノートに文字を書いているようだった。それを少しぼーっと眺めてから自分の机に目を向ける。驚いたことに文字を書くどころか机の上に筆箱すら置かれていなかった。見事に綺麗だ。まるで関東平野みたい。……自分で言ってみて意味が分からなかった。

 それにしても眠い。何でこんなに眠いんだろうか。そう自問してすぐに答えが思い浮かぶ。授業中だからだ。窓際のこの席は暖かい日差しが差し込み、先生の言葉がまるで子守唄のように聞こえてなんとも眠りやすい場所だ。

 ふと時計を見ると、授業が始まってまだ二〇分しか経っていなかった。まだ三〇分も時間が残っている。何をして過ごせば良いんだろう。いや、勉強すれば良いんだろうけど。でもあの夢の後に勉強しようとは到底思えない。むしろ今すぐこの教室から抜け出したいくらいだ。でもその気持ちをぐっと抑える。なぜなら出席日数がヤバイ。いや、厳密に言えば二年生になった今年は去年より多めに授業に出てるんだけど、今後のことを考えると今のうちに貯金を溜めておきたい。名づけて『サボり貯金』。頑張る方向がかなり間違っている気がするけど気にしたらいけな以下略。

「ん?」

 ふと、私の斜め前の席に座るアホ毛が特徴的な更科と目が合った。中学の頃からの私の友達だ。だからと言って更科は私のような不真面目な生徒ではなく、ちゃんと毎日、それこそ『ちゃんと』授業を受けている。だと言うのに成績が私の少し上とはどういうことだ。まぁ、更科はかなりマイペースなヤツなのでなんとなく「らしいなぁ」と思ってしまう。

『どーしたの?』

 と声に出さずに問う。なぜなら授業中だから。

 すると更科はシャーペンを唇に当てて「んー……」と少し悩んでから前を向いた。なんだ無視か。よし後でパンでも奢ってもらおう、と考えていると更科がノートをノールックで見せてきた。そこには『げんき?』とだけ書かれていた。なぜ今それを聞くのか分からないけど一応元気と伝えることにした。

 更科が私の様子を窺うようにチラッと視線を向けたときに『げんき』と口パクで伝える。ノート持ってないし。

 すると更科はさっきと同じようなそぶりを見せるとまたノートに何か書き込んだ。数秒後、私に見せる。

『あたってる』

 思わず目を細める。あたってる? なにが? その大きな胸が机に当たって痛いとでも言いたいのだろうか。自慢? 標準より小さめな私への当てつけ? 歯を食い縛ったところでふと、気配を感じた。

「こらっ!」

 こつん、と頭を叩かれる。軽い衝撃だったけど、急なことだったので私はつい「うふぇぇ?」と変な声をあげてしまう。途端、クラス中から笑いが沸き起こった。

「ボーッとしちゃ駄目でしょ?」

 メッ! と担任でもあり現代国語の担当でもある何とか先生が人差し指を伸ばして唇を尖らせていた。怒られているのは私なんだけど、先生の表情が子供っぽくて思わず笑いそうになった。

「授業に出てくれるようになったのは嬉しいけど、ちゃんと聞かないと駄目よ?」

 ニッコリ笑ってやんわりと言い聞かせる様は、まるで小学生に言い聞かせるようだった。つい、「すみませんでした」と素直に謝ってしまった。いや、別に謝るつもりじゃなかったと言うわけではないんだけど。ただ、なんとなくあの夢の後では抵抗があるという話であって。

 更科と目が合った。表情で『もっと早く教えてくれよぉ』と訴える。更科は子供のように朗らかに笑った。なんとも特徴的な笑顔だ。普段の顔が割ときっちりしている顔なので理性的に見える分ギャップが激しい。そこが良いという人もいるとかなんとか聞いたことがあるような気がする。

「わかればいいわ」

 先生がにこっと笑って教卓に戻る。私は「はぁ……」と溜息を吐いて椅子に座った。またしても更科と目が合った。今度は文字ではなく言葉で伝えてくる。

「ねちゃ駄目でしょー」

「……分かってるよ」

 さっき先生に言われたばかりだし。て、いやいや。待てよ待てよ? そもそも私が先生の声に気づかなかったのは更科と会話をしていたからじゃないの?

「更科のせいでしょ?」

「でも、私は気づいてたから」

 だから私が悪いとでも言うのか。いや、確かに悪いところもあることは否定しないけど、更科もそこそこに悪いところがあったんじゃないだろうか。

 私が不満を露にするために頬を少し膨らませていると、更科が「あっ」と何かに気づいたような声をあげた。

「どしたの?」

「放課後ひま? ちょっと付き合ってよ」

 それを今言うか。流石はマイペース娘。

「別に良いけど?」

 かく言う私もそれなりにマイペースで。そしてひまなのだった。




 ありゃっしたーと、適当に一日を締める挨拶を終わらせ、私は帰宅の準備を整えた。……今日は、ひかげは休みだった。月に何度かひかげは学校自体を休むことがある。一年間一緒にサボってきたのでそんなことは知っていたけど、何で休むのかは良く分からない。それくらいの距離が、お互いに心地いいのだと思う。だから私は踏み込まない。そもそも、私はそこまで一定の誰かと親しくなったりと言う事はあまりなかった。一緒に遊んだり、一緒に帰ったりはするけど、親友と呼べるような関係になったことは一度もない。浅く狭い友人関係なのだ。

 と、私の在り方と言うものについて考えていると、大きな胸を揺らしながら更科が駆け寄ってきた。そのとき、私は素早く周りを見渡し鼻の下を伸ばしている男子たちを威嚇した。あまり効果はなかったけど。

「日誌出してくるから駐輪場で待っててくれない?」

 更科が顔の前で手を合わせる。ぱん!と小気味良い音が鳴った。って、更科今日日直だったのか。

「えー?」

 わざとらしく不満の声をあげてみる。すると更科が「頼むよぉ」と言って来たので「どうしようかなー」と返した。もちろん冗談なんだけど。

「後ろ乗せてってあげるから」

「うむ、なら仕方ない」

 納得する事にした。私は自転車に乗れないから学校にも歩いてきている。もちろんそこまで遠くないからって言うのもあるんだけど。でもたしかに、正直歩くのは面倒くさい。学校がお山の上にあるから疲れるのだ。特に下り坂。いやでも、それがいい運動になってるのかもしれないなぁ。

「じゃ待ってるね」

 ひらひらと手を振る。更科は「たのむぜー」と駆けていきながら手を振り返した。

 それにしても更科は足が遅いなぁ。あれで本気なんだから笑いものだ。いや、失礼か。誰にだって苦手なものはあるわけだし。私は勉強は苦手だけど運動は出来る。動物は好きだけど虫が死ぬほど苦手。

 なんとなく駐輪場まで走ろうと思った。腕につけていたゴムで髪を一つに縛る。運動をするときはこのスタイルと決めている。長くて邪魔ならきれば良いのにと思う人もいるらしいけど、なんとなく髪は一定の長さにとどめている。

 よしっ、と呟き地面を蹴る。

 教室を出て廊下を走った。

 学校が終わった後特有の気だるげな空気が充満している。その中を突っ切る。何人かの生徒が何事かと私を見ていたが気にしない。

 階段に差し掛かり、半分まで一個飛ばしで降りて、残り半分は飛び降りる。足に少しだけ衝撃が来たけど構わず足を動かす。それを二回繰り返したところで自分がスカートを穿いていたことに気付く。周りに誰もいないことを確認すると、人影があったので飛び降りる事はやめた。

 下駄箱まで来たところで一度立ち止まる。ローファーを引っ張り出して急いで履き替える。その間に少しだけ息を整え、そのまま上靴を下駄箱に突っ込んでまた地面を蹴る。そのまま入り口を出て右に曲がる。

 大きな桜の木の傍に、駐輪場がある。その桜の木までラストスパート。全力で駆け抜けた。

 膝に手をつく。短い距離だったけどそれなりのスピードで走ったので案外疲れた。でも、走り終わった後は歩き回って息を整えたほうが良いと聞いた事があるので歩き回る事にした。うろちょろ歩き回る。自転車を取りに来た人から訝しげな視線を投げかけられる。シャツが体に張り付いて気持ち悪い。何で走ったりしたんだろう。まぁ、そのときの気分で行動するっていうのはなんとも私らしい。なので満足。

 少し歩き回ると息も整ってきたので桜の木に寄りかかってヒマを潰す事にした。といってもやることがないんだけど。

「ふむ」

 やばいヒマだ。と思ったけど、実はこういうぼーっとしている時間が割と好きだった。焦点を合わさず、空を見上げる。何で空は蒼いんだろう。なにか理由があるらしいけど、何も知らない私からしたら凄いことだ。しかも、時間が経つと色が変わる。本当に不思議。もしかしたら、ひかげなら理由を知っているのかもしれない。

「ひかげ、どうしてるかなぁ」

 ひかげがいない日は、大抵ちゃんと授業を受けている。ひかげがいる日は受けたり受けなかったり。なんというか、落ち着かない。

「はぁ…………」

 と、溜息を吐いたところで更科の姿が見えた。目を瞑って歩いているにもかかわらずちゃんと真っ直ぐ歩いていた。なぜだ。そしてそのまま歩いて私の目の前で止まって、目を開く。

「や、おまたー」

「え、あ、うん」

 驚愕。なんで私がここにいるって分かったんだろう。実は目を開いていたとか?

「目、閉じてたよね?」

「あー、癖なんだよねー」

 たははー、と照れ笑いしながら更科は頬をかいた。いや、癖だろうとなんだろうと目を閉じてここまで来たというのは素晴らしいほどに凄い。驚きすぎて日本語がおかしくなってる気がする。

「え、何で歩けるの」

「なんでだろうねぇ」

 うーんと悩むようなそぶりを見せるが、その表情が緩々に緩んでいるので真面目に考えているのかどうか、実に怪しい。

「あれ? そういえば篠宮髪型変わった?」

「あ、うん。ちょっとね」

「汗もかいてるし…………。あ、もしかして虫が飛んできて逃げてたとか?」

「なんか妙に生々しいなぁ」

 その場面を思い描いてみる。鳥肌が立って寒気が襲って来た。顔を振る。

「あは、篠宮虫苦手だもんね」

「ぅ、まぁ」

「そういえば中学生のときに机の上にセミが飛んできて大泣きしてたよねぇ」

 しみじみと懐かしい思い出を語る更科。私にとっては思い出というよりも黒歴史と言った方がしっくり来る。

「お、大泣きはしてない」

「うっそだぁ。あのとき隣にいた私に泣きついてきたじゃないですか」

 少し口元を緩めて厭らしい笑みを浮かべる。

「ぅ…………、あー、ほら! 早く行こうぜ!」

 どうにも恥ずかしくなってしまった私は一人で適当に歩き出す。

「あ、待てよー」

 私が勝手に歩き出して焦った更科が、ポケットから自転車の鍵を取り出して素早く自転車を取り出した。私はそれを尻目に、すたすたと進む。

「そういえばどこに行くんだろう」

 そういえば何も聞かされていないんだった。校門を出たあたりで足を止める。後ろからへろへろとかなりゆっくりなスピードで自転車に乗った更科が追いつく。

「どこいくの?」

「ふぇっふぇっふぇ、まぁ乗りたまえよ」

 と言って、親指で荷台を指差す。なので乗った。

「え、ここで乗る?」

「乗れっていったじゃん」

「学校の目の前だけど」

 あぁ、なるほど。先生に怒られはしないかと心配しているわけだ。さすが更科。真面目な生徒は違うぜ。

「更科は真面目だなー」

「君が不真面目なだけさー」

 と言いながらも、更科はペダルをこぎ始めた。フラフラと揺れるので内心ハラハラしながら更科に抱きつく。

「おぉ、ドキドキするじゃんかよー」

 抱きついているので更科の顔は見えないけど、どうせ子供みたいな笑顔を浮かべているんだろう。

 相変わらず、マイペースなヤツだ。




 連れてこられたのは学校から延びる坂道を降りたところにある大型ショッピングモールだった。このショッピングモールが出来たのは私が中学二年生のときだったかな。。映画館がないと知ってがっかりしたことを憶えている。だって映画を見るためにわざわざ他の街に行くの面倒くさいし。

 更科が自転車を駐輪場に止めるのを待ってから、歩き始める。

「何しにきたの?」

 正直、このショッピングモールにはなにもない。開店してすぐは、遊ぶと言ったらここに来たものだけど、いまでは誰かの家に入り浸る事が多い。それから、夜になったらご飯を食べに行ったりする。とは言うものの、どんな店があれば満足するのかと聞かれても答える事は出来ない。

「何しに来た思う?」

「んー、わかりゃーせん」

 一考するまでもなく答える。更科が苦笑いを浮かべた。

「篠宮らしい」

「どもっす」

「……ちょっと、色々見たくて」

「そうなんだ」

 随分と濁した言い方だった。なにか、私に知られては困ることなんだろうか。だったら連れてこないかと一人で納得した。

「とりあえずどこに行く?」

「本屋さんに行こ。新刊チェックしたい」

「りょうかーい」

 今後の計画と言うにはかなりずさんなものだったけど、一応の予定を聞いたところで、二人並んで歩き出す。更科と並ぶと、私の頭とと更科の頭の間に大きな差があることに気づいた。

「あれ? 背ぇ伸びた?」

「んー? そっかな?」

「去年まで一緒くらいだったのに」

 んー、どうだろ。と呟きながら更科が自分の頭を撫でる。ピコンと伸びたアホ毛がゆらゆらと揺れている。

「それ、癖毛なの?」

「そだよー? 直してもすぐ立ち上がるから諦めてるの」

「ふーん」

「私もこのアホ毛みたいに打たれ強い」

「それはそれは」

 と、どうでも良い話をしているといつの間にか書店についていた。ここの書店は一人でよく来るから何を考えなくてもいつの間にか着いていたりする。慣れって怖いよね。

 そのままゲームコーナーを通り抜けてブックコーナーまで向かう。

「そういえば更科ってどんな本読むの?」

「色々」

「色々かー」

 随分と曖昧な答えだなぁ。

「篠宮は?」

「私? 私は、色々。でも、ライトノベルが好きかなー」

 私も本は割と読む。大体の人はそれを聞くと意外だと言うけど、趣味はなんですかと聞かれたら読書と運動と答える程度には好きだ。

 その中でも好きなのがライトノベルだった。ライトノベルのその大半はその名の通り明るい物語が多い。しかもそのほとんどがハッピーエンドだ。どれだけ間違えようと、どれだけ困難が立ちふさがろうと最後は幸せ。それが羨ましくて、気づけば好きになってた。

「私もライトノベルは好きだよ」

「え、そうなんだ」

「うん、一番ほのぼのとしてていいよね」

「そうかも」

 意外と身近に同好の士がいたことに驚いた。でも確かに、更科が推理小説とか読んでいるところを想像できない。むしろ漫画とか読んでそうなイメージだ。

「あ、良いこと考えた」

 そこら辺に並べてある新刊を手に取りながら、更科が声をあげた。

「え、なに?」

「本を交換しようよ」

「……プレゼントしあうってこと?」

「うん、おもしろそうじゃない?」

「まぁ、いいけど」

「じゃあ、三十分後にレジで会おう」

 そう言うと、更科はスタスタと店の奥に入っていく。一人取り残される私。やはりマイペースなヤツだ。

 私は「はぁ……」と小さな溜息をついてとりあえず店内を回ってみることにした。折角プレゼントするなら喜んで欲しい。とは思うものの、更科がどんな本が好きなのか、結局分からずじまいだ。

「ふぅむ」

 ここであえて漫画をプレゼント、とかどうだろう。私のイメージ的に、更科やはり漫画だ。少女漫画というよりギャグ漫画とか読んでそう。

「って、思うのは私だけかも」

 なんせ更科は、口さえ開かなければかなり賢そうに見える。更科と話したことがない人からすればもっと難しそうな本を読んでいる印象があるかもしれない。

 そもそも更科の交友関係がわからない。私といるときは一人だからなぁ。んー、今度聞いてみるか? いやいや「友達いるの?」なんて聞けるわけない。「いないよ」って言われたらどうすれば良いんだ。

 そういえば、高校生になってから更科と一緒にいることも少なくなっている気がする。私は基本的にひかげと一緒にいることが多くなった。まぁ、一緒にサボってるんだから自然とそうなる。

「うーん」

 今そんなこと考えても仕方ないか。今は本を選ぶことに集中しよう。

 結局私は漫画に狙いを絞った。とは言っても、漫画にも種類がたくさんある。少年向けに青年向け、四コマ漫画にギャグ漫画などなど。

 漫画コーナーを見渡すと、アニメ化書籍という特設コーナーを見つける。アニメ化するくらいなら間違いはないだろうと思ってその中から選ぶことにした。

「これでいいか」

 いくつかある本内容を紹介する店員さん手作りカードを見て、一番欲しいなと思った本を手に取る。イギリスから友達に会いたいがためにわざわざ留学して、そして日本での暮らしを描いた漫画のようだ。人気があるのか全巻揃っていない。一巻は辛うじて一冊だけ残っていた。

 ポケットから携帯を取り出し時間を確認する。まだ一〇分しか経っていなかった。それでも「まぁいいか」と会計に向かう。

 そこには既に更科が会計を終えて、暇そうに突っ立っていた。

「遅い~」

「いや、まだ時間余ってるし」

「それは言わない約束」

 意味が分からないけど、私は「会計済ませてくるから待ってて」といってレジに並んだ。幸い、レジに並んでいる人は少なくすぐに会計を済ませることが出来た。

「ほい」

 そう言って、会計を済ませたばかりの本を更科に渡す。すると更科も「ほい」と言って袋を渡してきた。

「開けて良い?」

「せーので開ける?」

 更科の提案で同時に開けることになった。というわけで「せーの」と二人で声を合わせて袋から本を取り出す。

「あ」

「おぉ?」

 本を取り出して二人とも驚きの声をあげる。

 なんと、同じ本を選んでいたのだ。

「いや、でもこれ二巻か」

 違った。二巻だった。

「なんで篠宮漫画なの?」

「いや、更科もだけど」

 二人して目を合わせ、そしてどちらからともなく笑いを零す。

「私より先に買ったのに何で二巻なの?」

「いや、篠宮なんか持ってそうだなぁと思って」

 おかしいなぁと言った表情で更科がプレゼントした本を眺める。その表情が可笑しくて、おなかを抱えて笑う。

「そ、そんなに笑わなくても」

「いや、だって、おかしい」

 あぁ、おなかいたい。

 私が笑う様子を、更科は頬を赤くして照れながら、でも楽しそうに笑ってみていた。




 本を交換して、笑い終えた私たちは結局帰ることにした。更科が「家まで送ってやるぜぇ」と言ってくれたので、遠慮することなく荷台に載せてもらった。

「ほんとはさ」

「ん?」

 数分自転車をこぎ続けて、赤信号で止まっているところで更科が口を開いた。

「久しぶりに篠宮とどっか行こうかなーって思ってさ。だから誘った」

「ん、そうなんだ」

「高校生になって、あんまり遊ばなくなったからさ」

 ショッピングモールまで行ったときと同じように、私から更科の表情は見えない。さっきは想像できたけど、いまはどんな顔をしているのかまったく分からなかった。

「他にも友達はいるけどさ、やっぱり篠宮といるときが一番落ち着く」

「そっか…………」

 他にも友達がいると言う言葉を聞いて、さっきの疑問を解消する事が出来たけど、一番という表現に私は内心ドキドキしていた。

 一番は、疲れるのだ。

 一番ってコトは、それなりのものが求められるわけで。そして、その期待に応えられないと失望されてしまう。

 だから私は誰かの一番にはなりたくなかった。

 でも、一番と言われて悪い気はしなかった。なんという矛盾。

 こんな私でも求めてくれている人がいるんだと思うと、なんとなくだけど嬉しかった。言っている事と違うけど、そう思ってしまったのだから仕方ない。

 そして、そう思ってくれている更科に寂しい思いをさせてしまっていたのかなと思うと罪悪感が生まれた。

 だから私は言った。

「今度、ひかげを紹介したげるよ」

 それが更科にとって良い事なのか悪い事なのかよく分からないけど、そうすればもっと一緒にいられるような気がした。

「そっか、篠宮の友達だからきっと良いヤツだよね」

「……たぶん」

 自信を持って言えなかった。

「……なにそれ」

 私の言葉を聞いて、更科が笑う。今度の表情は簡単に想像できた。

 何が正しくて、何が間違っているのかなんて私には分からない。そして今回は、間違えていたんだろう。寂しい思いをさせてしまったらしい。

 だから、私から少し歩み寄ってみたら良いかもしれない。

 それが正しいのかどうかなんて、やっぱり分からなくて。

 でも、正しいことだと思うのは、私の勝手だった。

読んでいただきありがとうございました。

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