紹介と再会
幼稚園、小学校、中学校、そして今。正直、こんなことあり得ないって思ってた。でも、今のオレはまっすぐに……。
恋をしている。
4月10日。今日は公立高校の入学式。
オレ、的墨水仙は今日から高校1年生。そして同時に16歳になる。
「スイ。お前本っ当、スカート似合わねーよなぁ」
「うっさいな。好きで着てんじゃねぇんだよ」
「だよなー。中学の頃のセーラーもまあ……アレだったしなー」
「あれって何だよアレって。ハッキリ言えよ!」
「んー? 正直コスプレかと思ってたぞ、兄ちゃんは」
「こんのォオ……!!」
フライ返しをひらひらさせながら、馬鹿にするのはオレの兄貴、菫。
俺の2コ上で、今年高校3年生に進級する。
ちなみに言っておくが、高校は別だ。コイツとオレの脳味噌では完璧なまでにつくりが違う。たぶん、スーパーコンピュータとはコイツのことを指すのだろう。
「いいから早く飯」
「はいはい」
朝から疲れた。
オレがようやく食卓の椅子に腰を下ろしたときだった。
また厄介な奴が姿を見せた。
「スミレおにーちゃん! あたしの制服姿もみて見てェ~☆」
「うん。ハルはやっぱりスカート似合うね! 可愛いよ」
「キャー、ほんと? 嬉しいな♪ もっかいカワイイって言ってよォ」
「可愛いよ。ハル」
「きゃー☆ ほめられちゃった~」
まったく、ウチにはろくな奴がいない。
紹介し遅れたが、コイツはオレの妹、春菊。春菊とオレは双子で脳内レベルはほぼ一緒だが、外見はまったく似てもつかない。
そしてご覧頂いた通り、極度の兄依存症。つまり。
「ブラコンめ」
「ブラコンとは何よぅ。こんなに良いお兄ちゃんいないよっ!?」
「ああそうだな」
“ブラコン”改め“ぶりっこ”といっても過言ではない。
オレとこいつは幼稚園からずっと足並み揃えて一緒の道を歩んできた。『今年もまさかまた同じ学校に並んで通うっていうオチではないだろうな』とある程度身構えてはいたが、まさか今現実のものになろうとは。
正直言って、オレはこういうキラキラしたタイプの人間が苦手だ。嫌気がさしてくる。
関わりを最小限に抑えようとした所で、学校が徒歩7分の場所にあるから、自転車でスルーなんてこともできないし。
はあ。
「兄貴。あんまり春菊をおだてるな。何しでかすかわかったもんじゃない」
こないだは街路でモデル誌の関係者にスカウトされていた。相変わらず猫かぶりなやつめ。
その手の関係者に、現実を忠実に写しだしたものでも見せてやろうか。
「そんなことないよ、ハルだって意外と……」
「意外と、何だ?」
「何でもない」
近頃は、両親の出張が頻繁で、オレたち3人が協力して生活することが多い。担当などは特に決まっていないが、兄貴が3食の支度などあらゆる家事をこなしている。オレもコイツの帰りが遅いときは春菊のために晩飯を作ることだってある。
最新作が、ふりかけをトッピングしたおかゆだ。
それに対しての妹の評価は厳しく「まずい」の一言だけ。コイツはいつも、食べ物のありがたみが一切分かっていない。
「んじゃ、オレはそろそろ行くから」
「まってよ、おねーちゃ~ん」
「甘えるな。甘えるのは、くぅちゃんとかいうあのデカい縫いぐるみだけにしておけ」
「ちょっ、スイ。それは無茶だと思うぞ。誰にでも甘えるという特性を人間は……」
「行ってくる。兄貴、戸締りしてけよ」
「ひ、酷い」
「おにーちゃん♪ 入学式、ハルの晴れ舞台見逃さないでね★」
「わかった。高校行く前に絶対寄るから。行ってらっしゃい」
「カメラに撮ってね? じゃあいってきまーす♪」
ああ、もう。どいつもこいつも朝っぱらからオレを気疲れさせて。
「おねーちゃん、もしかして怒ってる?」
訊かなくても十分怒ってるから、わざとらしくカオを覗きこんでくんな。
そんなオレの心境を悟ってか、春菊はいっぺん正面に向き直って再び尋ねた。
「ハルがァ、彼氏と歩いてるから?」
「は? なんで彼氏の話に……って、ええ!?」
「ども」
春菊の隣を、いつの間にか1人の少年が歩いていた。
「えーと、よろしくね」
「こ、こちらこそ?」
「おねーちゃん、まさか……気づいてなかったのォ?」
鈍感にも程があるよぉ。そうつぶやく妹にうまく反論できないのは、まさに図星だったから。
んなもん、どおだっていいんだよ。オレはいま、ちょー疲れてるんだ。
……って、あれ??
「ねぇ。オレと一回会ったことあった?」
オレはその妹の彼氏とやらの横顔を見て、ふと思った。
なんだか懐かしい気がしないでもない。彼がふっとこっちを見た瞬間、オレは瞬時に思い出した。
「あっ! お前、ナツカか!? あの時、転校してった! オレ、ほら的墨水仙!」
「……スイセン。あ、思い出した。スイちゃんだ、やっぱり!」
「なんだ、気づいてたのかよ! こんなところで会うなんて、奇遇だなァ!」
驚いた。こいつはオレの中学ん時の友達、弘町夏果。奴はちょうど中2にあがるとき、都会に転校してしまった。オレは男子に交じってよく遊んでいたから、ちゃんと覚えていたわけだ。
性格はさわやかで、なんともいえない礼儀正しさがポイント。さらに誠実で、いたってノーマルな型。でも、頭がいいかって言われたら、それはオレのほうが多少は勝る。
「そういや、ハルちゃんのお姉ちゃんだったね。突然話しかけられてびっくりしたよ」
「いや、オレもびっくりした! まさかナツカがいるとは思わないじゃん」
ましてや、妹の彼氏なんぞになっているとは。
「おねえちゃんと仲いいんだ~夏果クン。初耳ー」
春菊が割り込んできた。
さて、そろそろ立ち話をやめて歩き出したほうが無難ではないだろうか。
「あるこっか」「ああ」
「ちょー。何の話してたのォ? ハルにも教えてよォ」
高校はもう、目の前だ。
つづきます。