X07:裏と裏
阿鼻叫喚すべき状況から一変。
理屈じゃ説明の出来ない事象。
普通じゃありえない現象。
それが今まさに起こっていた。
「海風が心地いい……」
両手を大きく広げ海風を全身に浴び、海面の上に立つ信。
海外に生息する生物で両足を素早く上げ下げし水上を走る、動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目イグアナ科のバシリスクという生き物が存在する。
もちろんそれとは違う理屈で海面上に立っている。
そう、例えるならこれはアメンボ。
何もせずとも、表面張力の力だけで立っている状態に似ている。
絶対的に人間ではありえない事象。
「体も軽い……」
屈伸や足を伸ばしたりして戦闘態勢に入ろうとする信。
折れていたはずの上半身の骨は全て完治していた。
そして全ての傷もいえている。
時間を巻き戻したのか、或いは速めたのか。
はたまた何らかの力で治癒させたのか、それは誰にも分からない。
右手をしっかりと握り締め、ズシリと感じる重量を体に慣らせる。
光から作られた造形物を。
この右手にある刀の感触を。
「……」
実感した。
いろんな情報が頭の中に流れてくる。
そして悟った。
「コレが俺の……力」
酸素をゆっくりと取り入れ、心を和ませる。
デイアスは閉じていた目を全開に見開き、信を睨みつけた。
焦点を変えることなく大きな口を広げ、信めがけ突進を始める。
何故だろう、震えが止まらない。
今まで恐ろしかったデイアスの存在が小さく見えてしまう。
ただ俺は、今出来ることを実行するだけ。
『ヴヴォオヴォオオオオオオ!!!』
デイアスはさらにスピードを加速させる。
気づくのに時間はかからなかった。
この震えが武者震いだということに。
まだこんなところで死なない。
何故なら、今から生き抜こうとする努力をするから。
まだまだ、ずっと長生きしてやる……生き続けて!!
海水を蹴り、化け物めがけ空を舞う。
「見せてやる! コレが俺の神力!!」
刀を振り下ろしながら叫び声が周囲に響く。
「斬鉄剣だぁぁぁああああ!」
鋼鉄の体を持つデイアスと、斬鉄剣という名の刀がぶつかり合い、激しい火花が飛び散りあう。
威勢を張ったはいいものの、やはり経験の差が大きい。
宙から海面に降りたとうとした瞬間、デイアスが折り返して攻撃を仕掛けた。
「――っが!」
不意をつかれたせいもあり、遠くの海面に投げ飛ばされる。
体勢を立て直す暇が無いうちに、二発目の攻撃がすぐさま仕掛けられた。
デイアスの攻撃がヒットする。
しかし、斬鉄剣をなんとか盾代わりにし致命傷を防いだ。
けれどもデイアスの押しが強すぎる。
「マンガやアニメのように、上手くいかないんだな――!」
なんとか攻撃を防ぎ水上に降り立った。
「デイアス……」
歯を食いしばり、禍々しい殺気を放つ。
「いつまで俺を退屈させる気だ……?」
痺れを切らせた気彌はデイアスを睨みつけ、一呼吸間を置き、言い放った。
「――アーイ・オブ・デス――」
気彌の口元が緩みだす。
デイアスは急に動きを変え、目を左右上下いろんな方向に視線を向けると信を睨んだ。
そして宙に留まったまま口を大きく開け、そこにどす黒い邪悪な負のエネルギーを周囲から掻き集める。
瞬きの間に、それは直径5メートル程の大きな球体に膨張していた。
そのまま躊躇することなくデイアスはそれを放つ。
それと同時に信はジャンプした。
目の前にはアーイ・オブ・デス。
死ぬ覚悟で斬鉄剣を振り下ろす。
2つに切り裂かれたアーイ・オブ・デスは海に落下し、大きな水しぶきが起こった。
時間差なく、二発目が放たれる。
「――ウソだろ!?」
体制的に防ぐことは不可能であった。
悲鳴を上げる暇もなく、目の前の光景が一瞬で明るくなった。
二発目のアーイ・オブ・デスが当たった海水は蒸発し、その箇所だけ海底が見えていた。
そして信の姿もどこにも見当たらない。
「終焉だ……千里眼でも奴の残骸さえ見つけられない」
眼帯を付け直した気彌は眠たそうにあくびをする。
「今日は終いだ……日向!! 出て来い!!!!」
気彌の合図と共に、目の前に両開きの扉が出現した。
扉は軋むような音を発しつつ、扉の向こう側から一人、少年が歩いてくる。
年は小学5年生相応に見える。
背中にはバッグを背負い、その容姿からは子供らしさが伺える。
しかし見た目と中身は人間必ずしも一致するものではない。
コインの表と裏の絵柄が違うように。
「センが死んだ……」
辺りに重たい空気が広がる。
「――センが? 冗談はよせよ」
日向は気彌から視線を離さない。
「気彌、お前の今日のノルマの一人にだ」
気彌が驚いたようなしぐさをする。
「おいおい、あいつは他人のノルマにまで手を出す男だったのか?」
「お前がいつもノルマをこなさないから、僕が頼んだんだ……」
冗談ではないと確信した気彌はふと疑問を投げかける。
「ちょっと待て、俺のノルマの三人に強力な神力使いはいなかった筈だが?」
日向は何か文字の書かれた紙を取り出した。
「僕は見てたぞ? このリストの最低レベルEの男、お前が戦った漸芽という男、どう見たってあれはレベルB以上だった!」
頭をかきながらめんどくさそうに答える気彌。
「あぁそう見えたのか? 俺には戦闘経験の浅い、弱者にしか見えなかったけどな?」
不満そうな日向に対して言葉を付け足す。
「要は力と経験があってないからレベルEだったんだろ? 違うか?」
日向は何か言いたげだが気彌がその言葉を遮る。
「それにそいつは処理した。終わったんだ。だからさっさと扉を開け! 罪悪感なんて感じるな! それは最初から覚悟しておいたことだろ?」
気彌がイライラしながら言うと、日向は仕方なしに一言。
「――羅生門――」
先ほどとはまた違う扉が現れた。
その中に3人は消えていく。
扉は3人が入り終えるのを待つと自動的に閉まり、まるで蜃気楼の様に儚く消えていった。
***
「足りない……足りないよ……こんな相手じゃ……」
暗闇に佇む一人の青年。
闇に紛れており、顔を確認することが出来ない。
そこに白衣の男が一人、近づいてきた。
「なんだ、あんたか……」
白衣の男は顔に笑みを浮かべ問う。
「その力には慣れたか?」
青年はそんなことを言いに来たのかと言うように言い返す。
「誰だと思ってるんだ?」
青年は手にしていた大きな何かを放り投げた。
それは柔らかくまだ温もりが残る、人間の腕だった。
「このセンとかいう奴、手慣らしにはよかったよ!」
先程までの殺しを思い返し、笑い声を上げる。
「殺しばかりするなよ? 何の為にお前の力を目覚めさせ、力を注いでやったのか忘れるな……!」
青年は帰るように後ろを振り向く。
「明日……お前が選択した答えが”選びの儀式”にて受託される。そこで――」
「分かってる。この力があれば、何も成し遂げられないことなんてないんだからな……」
青年はそういい残し、深い闇へと消えていった。
「役者は揃った。後は”真の適合者”だけ……か」
白衣の男もまた、深い闇に消えていった。
日向 疾風:(男)小学5年生(推定)
神力 :羅生門
どこにでも扉を出現させ自由な移動を可能とする。
また、ちいさな扉を使えば、連絡手段として活用することが出来る。
補足 :バックをからっており、お気に入りのおもちゃやが入っているらしい。
米原 セン:(男)不明
神力 :不明
補足 :気彌の仲間。日向と親しいらしい。