X03:明晰夢なる夢魘と夢幻
『そうだな……まずは、ゴミを片付けよう。ついでにその邪魔な車も……』
運転手集団の耳には届かない声で、しかし、それ以外の者にははっきり聞こえる声でそういい終えると、それは起こった。
男が手を高々と上げ、勢いよく振り下ろすと同時に、渋滞を起こしていた車と運転手集団は一瞬にして消え去ってしまった。
傍観者達は何が起こったか分からないでいたが携帯で写真を、動画を撮りつづけていた。
次は一体何を魅せてくれるのだろうかという好奇心により。
そして、今の出来事により傍観者達は更に集まりだした。
数は80、140と、噂が人々を繋げここに連れてくる。
「何だ……これ……夢?」
信は例の横断歩道の傍観者の中に紛れ込む形で立っていた。
「ほうら、今から力を与えよう――――憐れなチルドレン達よ」
男のその言葉と同時に、季節外れの雪が降りだした。
人々は雪に見とれている。
信は雪から男に視線を移した。
しかし、男がいた場所には誰もいない。
それに気づいた他の人々も、これ以上は何も起こりはしないと判断し散っていった。
何も起こらなかった。
ただ季節外れの雪が降っただけ。
ただ一つ、周りにいた傍観者達は何か気になることを呟きながら四方に散っていった。
「……が我に与えし……力を示……」
「……制裁を、制裁を、制裁を……」
まるで何かに取り付かれたかのように、ずっと同じことを呟きながら……
***
それから何時間経っただろう。
いつもの活気を取り戻し、車はただひたすらに走り続けていく。
その場を動かず、横断歩道をじっと見続けた。
頭が混乱しているおかげで、次に何をしていいか分からなかったからだ。
そして異変は突如起こった。
空から小さな滴が頬に落ちてきた。
「……雨?」
手で滴を拭い、それを目視する。
しかし目に映ったそれは雨ではないのがすぐに分かった。
なぜならばそれは、自分の目を疑ってしまう程に赤く、濁っていたからだ。
「っ……血!?」
それからは惨劇だったとしか言えない。
幾つもの人の死体らしきモノが空から降ってきた。
ほとんどの死体は道路に落ち、車道を走る車に衝突しバラバラになっていた。
もちろん、地面に落ちた死体だってバラバラに……バラバラに――
「――ッウ!」
その場で口から胃の中にあったもの全て吐き出した。
吐き出し終えても気持ち悪さが拭えない。
死体に続き車も空から降り出す始末。
交差点一帯は混乱に陥った。
「なんだよ、なんなんだよこれ!?」
その時、頭にあの言葉が甦った。
≪シン実ヲ知リタクハナイカ?≫
***
目が覚めると、ベットの上で汗だくになって寝ていた。
「悪夢……中学の時以来だな……」
汗だくになっていたせいか、水が恋しい。
起き上がると、ベットから抜け出し部屋の扉を開いた。
しかしそこにはいつもの廊下はない。
見慣れない光景、暗闇のみが存在する世界。
後ろを振り向くと、自分の部屋までもがなくなっている。
この世界には己と、暗闇に浮かぶドアのみ。
まだ寝ぼけているのかと思い頬をつねってみた。
「痛い……」
寝ぼけてはいない。
これで夢か現実か確証が得られるのかは不明だが、今はそれしか確認方法がなかった。
しかし目の前に闇の世界が存在しているのは事実。
何がなんだか訳が分からなくなった。
突如ドアが傾きだし、宙で何回転かすると、砕け散り光の欠片となって天高く昇っていった。
光の欠片が見えなくなると、どこからともなく笑い声が聞こえ出す。
「……ヒョッ!ヒョッ!ヒョッ!ヒョッ!……」
不気味な笑い声が徐々に近づいてくるのが音で分かる。
しかし周囲を警戒しても声の主が見つからない。
笑い声が突如止んだ。
そして不意に、耳元で笑い声が聞こえはじめる。
体全体が悲鳴を上げるかのように震え出す。
辺りを見回すが誰もいない。
誰もいはしないが、目の前で光の玉が浮遊していた。
驚きのあまり悲鳴を上げた。
一体いつ、この光の玉は現れた!?
驚いていると、光の玉が先ほどと同じ笑い声を出した。
「脅かしやがって……」
人差し指で光の玉をチョンと突いた直後、光の玉が突然喋りだした。
「…………力……地球を……力を覚醒……てやる……くれ……」
声にノイズが混じっており、話している言葉がよく聞き取れない。
「言いたいことがあるなら、分かるように話せよ!」
笑い声はスムーズだったと言うのに喋ると何故こうもノイズがかかりだすのか。
光の玉は信の言葉を無視して喋り続ける。
「……選ば……者…………気……」
コレほどまでに分かりにくいものは、現実はおろか、ゲームや小説の世界でもないだろう。
「あぁ! もぉ知るか!!」
喋り終わると光の玉が、大きく光りだした。
一瞬の大きな光。
その直後頭が痛み出し、身体が内の方から熱くなりだした。
まるで沸騰したヤカンのお湯のように。
この時、俺の人生は終わったと悟った。
「……ヒョッ!ヒョッ!ヒョッ!ヒョッ!……」
またどこからともなく笑い声が聞こえだす。
不気味なほどにその笑い声は、闇の中で響いていた。
***
数時間横たわった体勢でいるが、身体は尚も熱く頭痛も消えない。
今までに味わったことのない感覚、そしてコレ以降も味わうことのないような感覚。
ただまだ生きているのは確かだ。
だがこの痛みに、熱さに耐えるのも限界に近づいているという点も確か。
意識が少しずつ薄れていくのが感じ取れた――
***
目を覚ますとベットの上で寝ていた。
「今度こそ……現実?」
時計を確認すると帰ってきてから2,3分しか経っていなかった。
「本当にあれは夢……なのか?」
短時間にあんなに色々と起きるはずがない、そう自分を説得し夢だということにした。
しかし人の死ぬ夢を見たのだ、憂鬱な気分がぬぐいきれない。
「ちょっと吐きそう……」
こんな気分でいたためか、気晴らしに下の階に降りることに。
下には母さんが用意していた夕食が置いてあった。
食欲などあるはずもないのに、何故だか手をだしてしまう。
憂鬱ながらも夕食をたいらげると、買い物に出かけていた母さんが帰ってきた。
「あぁーもぉ食べちゃったの? なら、お風呂も沸かしておいたから先に入っちゃえば?」
どういう理屈なのか分からないが、母さんに従った。
お風呂は気晴らしにいいだろうし。
いつものようにお風呂に入るが、少し変な気分。
何かが違うような気がする……
憂鬱のせいだと自分に言い聞かせつつ、風呂を後にしてまた眠ることに。
「今日は、宿題が山ほど出されてたんだけどな……」
宿題には一切手をつけず寝てしまった。
早く今日のことを忘れたかったから……
早くこの憂鬱な気分を、晴らしたかったから……