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09 空白施設

 今日も、俺は旧校舎に来ていた。


 夕方の校舎は静かだ。

 授業の余韻だけが廊下に残っていて、遠くの運動部の声が薄く聞こえる。


 なのに――旧校舎だけは、音が吸われる。


 木の床は軋むはずなのに、俺の足音だけが妙に軽い。

 窓から入る西日も、ここまで来ると色が薄い。

 世界の端っこに取り残されたみたいな感覚。


(最高じゃん)


 俺は小さく笑いながら、階段を上がった。

 怖いとかじゃない。テンションが上がる。


 だって、これが現実で起きてるんだ。


 厨二ノートに書き殴ってた“地下施設”が、普通に存在してる。

 それだけでイベントだろ。


 廊下の突き当たり。

 古びた扉の前で、俺は一度だけ深呼吸して――床を見た。


 ……そこに、ハッチがある。


 学校の床に、堂々と。


 隠す気がないのに、誰にも見つからない。

 誰にも気づかれない。


 この異常さが、たまらなく好きだ。


「よし」


 俺はハッチの縁に指をかけた。

 金属は冷たい。いつ触っても冷たい。


 ぐ、と持ち上げる。


 軋む音すら、きれいに揃う。


 開いた先は、白い階段。

 光は均一で、影が薄い。


 俺は迷わず降りた。


 ――三回目だ。


 “夢じゃなかった”とか、そんな感想はもういらない。

 ここは普通にある。


 普通にあって、普通にヤバい。


 それが最高。


 白い廊下に降り立つ。

 空気が違う。湿り気も匂いもない。

 無菌室みたいに整いすぎている。


 そして、奥。


 いつもの場所に、管理者が立っていた。


 金髪。

 制服みたいに整えられた服。

 肌は人間みたいなのに、視線だけが作り物みたいに冷たい。


 ……いや、冷たいというより、温度が無い。


「おかえりなさい。暫定Owner」


 管理者は俺を見る。

 その呼び方をされるたび、少しだけ背中が痒くなる。


「ただいま。今日も稼働してる?」


 軽口のつもりだった。

 でも管理者は冗談を理解しない。


「施設は常に稼働しています」


「だよな。そういうとこ好きだわ」


 俺は廊下の白さを見回しながら言った。


「なあ, 聞いていい?」


「許可を必要とする質問ですか」


「必要かどうか分かんないけど……まあ、聞く」


 俺は胸元のノートを確かめた。

 鞄の内ポケット。革の表紙の感触が指先に引っかかる。


 こいつを持ってるだけで、ここに入れる。


 それがもう、意味分かんなくて最高。


「ここさ。普通に存在してるのに、誰も気づいてないだろ」


 管理者は首を傾けない。

 ただ目を一度瞬かせた。


「正しい認識です」


「……いや、正しいって何。普通おかしいだろ」


 俺は笑いそうになるのを堪えた。


 だって、真顔で言われると余計おもしろい。


「存在してるのに、認識されないってさ。もう矛盾じゃん」


 管理者は淡々と言った。


「認識されないことが、存在条件です」


 俺は一瞬、言葉を失った。


「……存在条件?」


「はい」


「え、じゃあ何? ここって、隠れてるとかじゃなくて」


「隠蔽ではありません」


 否定だけが早い。


「この施設は、世界の通常記録に登録されません。登録されないことで成立します」


 ……意味が分からない。

 分からないけど、ゾクっとした。


(何それ)


 俺の脳内厨二センサーが、馬鹿みたいに反応している。


「つまりさ……ここそのものが“おかしい”ってこと?」


「この施設は《Null Facility》です」


 英語が出た。


 俺の心臓が跳ねる。


「ヌル……何それ。コードネーム?」


「分類名称です」


 管理者は一歩も動かない。


「存在しているが、認識されない。記録されない。座標が定まらない。――空白施設」


 空白施設。


 言葉だけでヤバい。


「かっけえ……」


 思わず漏れた。


 管理者は感想に反応しない。


 俺は勢いに任せて言った。


「でもさ、座標定まらないって言ったよな」


「はい」


「じゃあ、今ここに入口があるのは――」


 俺は上を指した。

 旧校舎の地下。


 管理者の視線が、ほんの少しだけ動いた。


「座標が指定されたためです」


 あっさり言う。


 それが俺の背中を痒くさせた。


「……俺?」


「暫定Ownerの編集媒体による指定です」


 編集媒体。


 またその言い方。


(編集媒体って呼び方、いちいち強いんだよな)


 俺は笑いながら頷いた。


「やっぱ俺じゃん」


 嬉しい。

 嬉しいのに、ちょっと怖い。


 俺が“作った”わけじゃない。

 ここは元々ある。


 俺がやったのは、場所を決めただけ。


 なのに――世界は普通にそれを受け入れてしまう。


(俺のノート、やっぱやべえな)


 俺は鞄の内ポケットをもう一度触った。

 革の硬さが、安心材料にならない。


「でさ。じゃあ、あの黒いケースのやつ」


 俺は廊下の奥を見た。

 白い壁の向こう。

 俺が何度か見た“封印”の場所。


「封印されてるやつ、あれ何?」


 俺は言ってから気づいた。


 俺、だいぶ踏み込んでる。


 でも止まらない。


「お前、もしかしてさ。あれ、動かそうとしてる?」


 管理者は一拍置いた。


 そして、答えない。


 答えないくせに、ログだけが空中に浮かんだ。


《Record:SEALED》

《View:RESTRICTED》


 昨日と同じ表示。


 なのに、今日はその下にもう一行だけ、淡く滲んだ。


《Route:STABLE》


 俺は思わず身を乗り出す。


「うわ、何それ。増えてんじゃん」


 管理者は淡々と告げる。


「代替ルートは確立済みです」


 またそれだ。


 こいつ、確立済み好きすぎだろ。


 でも――その言い方が逆に怖い。


(確立済みってことは、もう準備終わってるってことだよな)


 俺は口元が緩むのを抑えられなかった。


「ヤバ。……いや、最高」


 俺の心臓が速い。

 怖さよりワクワクが勝つ。


 だってこれ、ゲームで言うならもう“イベントフラグ立ってます”ってことじゃん。


「Proxy Readerは活動中です」


 管理者が続ける。


 その単語で、俺のテンションがもう一段上がった。


「プロキシ……リーダー。何それ。誰それ。役職?」


「間接閲覧者です」


「間接閲覧――」


 俺は咀嚼する。


「つまり、誰かが“読んでる”ってこと?」


「正確には、読まされています」


 管理者は淡々と言った。


 俺の背中が、ぞわっとした。


「……読まされる?」


 管理者はそれ以上説明しない。


 代わりに、次のログが空中に浮かぶ。


《Proxy Reader:ACTIVE》

《Read Speed:LOW》


「遅延しています」


 管理者は、まるで機械の不具合を報告するみたいに言った。


「読み上げを要求します」


 ……要求?


 要求って、誰に?


 俺の脳が一瞬で“図書室”を思い出す。


 鍵。引き出し。黒い本。ページをめくる音。


(先生……?)


 俺は息を吸う。


 その瞬間、胸の奥に変な焦りが生まれた。


 焦りなのに、ワクワクも混じってる。

 最悪な感じ。


「なあ」


 俺は管理者を見た。


「それってさ……止められないの?」


 管理者は、初めて微妙に間を置いた。


「止める必要はありません」


 淡々。


「これは進行です」


 進行。


 その言い方が、決定事項みたいだった。


(うわ……)


 俺は笑いかけて、笑えなかった。


 管理者は続ける。


「暫定Ownerは、ここに来ました」


 それだけで、責任を押しつけられた気がした。


「来たけど」


 俺は言い返すみたいに言った。


「だって、来るだろ。こういうの」


 管理者は俺の言葉を否定しない。


 肯定もしない。


 ただ、次のログを浮かべた。


《Session Authority:TEMP-ADMIN》

《Owner:UNKNOWN》

《Access:GRANTED》


 俺は、思わず笑った。


「それ、やっぱカッケーな……」


 管理者は無表情のまま、告げる。


「暫定Ownerのアクセスは許可されています」


 許可されている。


 それが、最悪に気持ち悪い。


 俺はノートの位置を確かめた。

 鞄の内ポケット。


 消せない。書き足すしかない。

 矛盾を増やすしかない。


 俺は頭の中で、いつもの癖が動き出すのを感じた。


(……裏設定、書きてぇ)


 現実でイベントが起きれば起きるほど、書きたくなる。

 俺の脳はそういう病気だ。


「暫定Owner」


 管理者の声が、俺を現実に引き戻す。


「暫定Ownerの編集は、施設に影響します」


「分かってる。……分かってないけど、分かってる」


 俺は曖昧に笑った。


 管理者は、淡々と事実だけを言う。


「編集者は必要です」


 その単語で、俺の心臓が跳ねた。


編集者。


(俺?)


 俺は咳払いして、軽く言った。


「必要って言うならさ。なんかヒントくれよ」


「ヒントは不要です」


「冷たっ」


 俺が言うと、管理者は一拍置いた。


 そして、またログを浮かべる。


《Proxy Reader:ACTIVE》

《Status:UNSTABLE》


 さっきより、嫌な文字。


「不安定?」


「読み手の同期が進行しています」


「同期……」


 俺は眉を上げた。


(単語がいちいち厨二すぎるだろ)


 俺のテンションは上がる。

 上がるのに、胸の奥が冷える。


「なあ、同期進んだらどうなんの」


 管理者は淡々と答えた。


「読み上げが加速します」


 それだけ。


 それだけなのに、十分怖い。


 俺は喉の奥が乾くのを感じた。


「……先生、大丈夫かな」


 思わず漏れた。


 管理者は俺の言葉に反応しない。


 代わりに、白い廊下のどこかで、微かな音がした。


 ぺらり。


 紙がめくれる音。


 ここじゃない。

 地上だ。


 図書室の引き出しの中。


 俺の背中が粟立った。


 でも、俺は笑ってしまった。


「……ヤバい。ほんとに進んでるじゃん」


 怖い。

 なのに、目が輝く。


 俺は最悪だ。


 でも、止まれない。


「今日、もう一回図書室行ってみるわ」


 俺が言うと、管理者は淡々と告げた。


「推奨されます」


 推奨。


 その言葉が、命令みたいに聞こえた。


 俺は背中に嫌な汗を感じながら、階段の方へ向かった。


 上に戻る。

 旧校舎に戻る。

 いつもの学校に戻る。


 でももう、いつも通りには見えない。


 俺はハッチを閉める直前、振り返った。


 管理者は、そこに立ったままだった。


 金髪のアンドロイド。

 GREED。


 世界の盲点で、誰にも見えないまま、確実に何かを進めている。


 俺は口元を引きつらせて笑う。


「……やっぱ最高だわ、このイベント」


 厨二病の発作みたいに呟いて、俺はハッチを閉めた。





 図書室の空気は、いつも通りだった。


 窓から差す光。

 本の匂い。

 静かなページの音。


 だからこそ、違和感が目立つ。


 先生はカウンターの奥に座り、机の上のメモを見ていた。


 ――文字が、抜けている。


 自分が書いたはずの行だけが、綺麗に空白だ。


 先生はペンを持ったまま、眉間に皺を寄せた。


「……残らない」


 独り言が落ちる。


 頭の中には形だけがある。

 言葉の輪郭だけがある。


 でも、掴めない。


 先生は息を吐いた。


 そのとき。


 引き出しの中から、音がした。


 ぺらり。


 ページをめくる音。


 鍵は閉まっている。

 引き出しも開いていない。

 なのに、確かに聞こえる。


 先生の指先が、わずかに震える。


「……まだ、読まなきゃいけないの…」


 誰に言ったのか分からない。


 先生は立ち上がった。


 自分の意思かどうかも、分からない。


 でも足が動く。

 カウンターの奥から、鍵の入ったポケットへ。


 先生は鍵を取り出す。


 カチリ。


 音が鳴る。


 ぺらり。


 ページ音が、返事をするみたいに速くなる。


 先生の目が、引き出しに吸い寄せられた。


 そして――


 扉が開く音がした。


「早乙女先生」


 聞き覚えのある声。


 佐倉悠斗だった。


 先生は振り向く。


 目の奥に、薄い恐怖を残したまま。


「……佐倉くん」


 先生の喉の奥に、言葉の形が残っている。


 言いかけた言葉。

 思い出せない言葉。


 それだけが、頭から離れない。


 ぺらり。


 引き出しの中で、ページがめくられた。


 まるで――続きを急かすみたいに。


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