34 兆候、そして日常は続く
プロット推敲がいい感じにできたので、通常通り本日より新章突入します!今回は悠斗視点です。
路地裏の一件から、数日が経っていた。
学校はいつも通り。
朝のチャイムも、昼休みの騒がしさも、
何一つ変わらない。
あの日の非日常は最初から存在しなかったかのように、
世界は平然と続いている。
佐倉悠斗は、昼休みの教室で机に突っ伏し、
ぼんやりと窓の外を眺めていた。
(……すげーよな)
感想は、それだけだ。
怖かったかと言われれば、まあ怖かった。
でも、それ以上に印象に残っているのは――
(終わったら、普通に戻るんだよなあ)
という事実だった。
どれだけ変なことが起きても、
どれだけズレた場所に踏み込んでも。
時間が経てば、
世界は何事もなかった顔をする。
理由は分からない。
仕組みも知らない。
でも、現実としてそうなっている。
(どうせ世界が元通りにするならさ)
(俺も、もっと全力で趣味を楽しんでいいよね)
*
放課後。
人のいない教室。
悠斗は鞄を開け、
革表紙の黒いノートを取り出した。
(まあ今日は、軽めでいくか)
机に置き、ノートを開く。
その瞬間、
教室の空気が、ほんのわずかに沈んだ。
誰にも気づかれない程度の変化。
悠斗自身も、気に留めない。
ただ、ペンを走らせる。
最初の追記。
――「霧ヶ丘市は、行政区分として定義された市である。
ただし、住民が日常的に認識していない場所は、
霧ヶ丘市として処理されない。
そのため、誰も行かない場所では、
何が起きても霧ヶ丘市の出来事にならない。
世界が「処理対象から外している」のである。」
(この間の路地裏とか、あんなとこ誰も行かないしな)
次。
――「霧ヶ丘市では、異常な出来事が発生しても、
一定時間が経過すると「起きなかったこと」として
扱われる。
出来事そのものが、最初から存在しなかった形へと
再配置される。
そのため、その場に居合わせなかった者ほど、
何かが消えたことすら認識できなくなる。」
(やっぱあの整合なんちゃらとかいうの、カッコいいからな)
もう一つ。
――「霧ヶ丘市の日常は、ほとんど変化しない。
それは平穏だからではなく、
一度成立した関係が優先的に維持されるよう
世界が処理しているからだ。
その結果、壊れなかった関係だけが
「最初からそうだったもの」として残る。」
(やっぱ世界って単語は、書きがいがあるわ)
書き終えたところで、
悠斗は満足そうにペンを止めた。
ノートを見下ろす。
この感覚。
前よりも、
少しだけ手応えがある。
(……なんか)
(前より、考えなくても書けるな)
言葉が浮かぶ。
設定が繋がる。
「こうしたら面白い」が、
そのまま文字になる。
ノートに向かっている悠斗の瞳は、
一瞬、光を失っていた。
ただ暗いのではない。
吸い込むような黒。
その奥で、
細かい文字列のような揺らぎが、
一瞬だけ走る。
だが、悠斗は気づかない。
ただ、書くのが楽しい。
ノートを閉じる。
空気が戻る。
教室は、いつもの色になる。
悠斗の瞳も、普段通りだ。
伸びをして、欠伸を一つ。
「……よし」
「午後も平和だな」
席を立ち、鞄を肩にかける。
ノートがなければ、何も起きない。
それは分かっている。
だから、危機感はない。
ただ――
ノートを開いたときだけ、
世界が少し近くなる。
そんな感覚が、
当たり前になりつつあるだけだ。
「ま、趣味だし」
そう呟いて、
悠斗は教室を出ていった。
世界は何も言わない。
ただ、静かに形を変えるだけ。
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