表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/41

02 旧校舎地下にて




 霧ヶ丘市は、退屈なくらい整っている。


 駅前にはチェーンのカフェとコンビニが並び、少し歩けば昔ながらの商店街がある。シャッターが下りた店もあるが、夜になれば街灯は点くし、治安も悪くない。春は桜が咲き、夏は花火大会があり、秋には祭り、冬にはイルミネーション。


 イベントは、ある。

 事件が、ない。


 地方都市としては優等生だ。

 でも俺にとっては、この街はあまりにも優等生すぎた。


 朝七時四十分の電車。決まった時間に鳴る発車ベル。窓の外に流れる住宅街。グラウンドから聞こえる野球部の掛け声。校門の前で生活指導の先生が腕を組み、遅刻しかけの生徒が息を切らして駆け込む。


 全部、見慣れた風景だ。


 何も起きない。

 起きなさすぎる。


 平和なのは分かっている。

 この街は安全で、正しくて、間違いなく“当たり”の人生ルートだ。


 ――でも。


 このまま何も起きなかったら、俺は何者にもならないまま終わるんじゃないか。


 そんな考えが、時々、胸の奥で引っかかっていた。







 翌日の放課後。

 俺はもう一度、図書室に立ち寄った。


「先生。俺、昨日の続きやってきますね」


 司書の先生は頷き、昨日と同じように鍵を差し出す。


「うん、お願いね」


 銀色の鍵を受け取り、旧校舎へ向かった。

 霧ヶ丘高校は、いつも通りだった。


 ……ただし、旧校舎を除いて。


『地下設備点検のため立入禁止』

『関係者以外立入禁止』


 昨日は無かった札が、いくつも貼られている。


「は?……地下設備?」


 そんな話、聞いてない。

 先生からも特に説明はなかった。


 …偶然だ。

 たぶん、偶然。


 そう思いながら、俺は旧校舎へ入った。


 書庫の奥。


 目線の先で、床板が、不自然に浮いている。


 昨日は、こんなじゃなかった。

 おかしいところなんか一つもなかったはずだ。


 おもむろに床板を持ち上げると、下に金属製のハッチが現れた。白と水色の縞模様。取っ手と鍵穴。


 完璧な地下施設の入口だ。


「……いや、意味わかんねえだろ」


 笑って誤魔化しながら、取っ手を握る。


 冷たい金属。

 埃が付いていない。


 俺はハッチを開けた。


 暗い。

 下へ続く梯子。

 冷たい空気。


 そして、縁に取り付けられた小さな表示パネル。


 一瞬だけ、文字が灯る。


《ACCESS…》


 すぐに消えた。


「……見間違いか。うん、見間違いだ」


 そういうことにしておく。

 そうしないと、日常が壊れる。


 それでも、この好奇心に嘘はつけなかった。

 俺は梯子を降りた。





 地下は、想像以上に異様だった。


 壁も、床も、天井も、すべて同じ白。

 影が薄く、距離感が掴めない。


 その白の上を、水色のラインが走っている。

 固定された線じゃない。

 光が流れるように走り、角を曲がり、消えては別の場所に現れる。


 一定間隔で、低い機械音が響く。


 学校の地下に、こんな場所があるわけがない。


 通路の奥。

 金属製の扉。


 その向こうから、足音がした。


 現れたのは、人の形をした存在だった。


「――侵入者を確認」


 感情のない声。


 怖い。

 普通に怖い。


 なのに、妙に納得してしまう。


(……やっぱり、こういうの、いるよな)


 人の形をした何かが、悠斗の方へ一歩踏み出した。


 その時のことはあんまり覚えていない。

 とにかく、俺は反射的に逃げていた。


 梯子を駆け上がり、急いでハッチを閉める。

 追ってくる気配は、なかった。


 床に座り込み、息を吐く。


「……最悪」


 でも、少しだけ笑ってしまった。


 その夜。


 俺は黒い革表紙のノートを取り出し、震える手で追記した。


『管理者は扉の外には出られない』


 怖かったから。

 ただ、それだけだ。


 なのに、胸の奥で妙な確信が芽生えていた。


 ――世界は、俺の書いた“設定”を反映している。








 同じ時刻。


 霧ヶ丘市から遠く離れた場所に、白い部屋があった。


 壁も床も天井も、無機質な白。

 空調の音だけが、一定のリズムで響いている。


 部屋の正面には、複数のモニターが並んでいた。

 映っているのは映像ではない。

 数値、波形、文字列――世界の表側では決して見えない種類の情報だ。


《EDIT LOG DETECTED》

《TYPE : PATCH / ANNOTATION》

《AREA : KIRIGAOKA》

《SCALE : ORANGE》


 オペレーターが、モニターを見たまま報告する。


「また霧ヶ丘です。短期間で三件目」


「編集者は?」


 背後からの問いに、オペレーターは首を振った。


「検出できません。ログだけが出ています」


《SYNC : COMPLETE — NOT FOUND》


 別の席で、分析担当が低く息を吐く。


「整合処理が走っていない。それなのに、結果だけが固定されています」


「……嫌なパターンだな」


 監督官が腕を組む。


《SESSION AUTHORITY DETECTED》

《AUTHORITY : TEMP-ADMIN》

《OWNER : UNKNOWN》

《ACCESS : GRANTED》


 オペレーターの指が一瞬止まった。


「権限、通ってます」


「未登録です。既知リストに該当なし。発行元も追えません」


「手順が逆だ」


 監督官は短く言い切った。


「原因不明。主体不明。だが、現実側に影響が出ている」


《CASE CLASSIFICATION : UNCLASSIFIED》

《REFERENCE STATUS : DRIFT》

《CONTAINMENT : PENDING》


「監視レベルを引き上げます」


「いや、準備を進めろ」


 監督官は即断する。


「回収班。《リトリーバー》を待機状態に」


《RETRIEVER UNIT : STANDBY》


「同時に、潜入要員を一名。霧ヶ丘高校へ」


「端末保持者は未特定です」


「分かっている。確定しているのは一点だけだ」


 監督官はモニターを見つめた。


「――編集ログの中心が、そこにある」


 白い部屋に、空調音だけが流れ続けていた。



※読みやすさ重視で改稿・編集作業を行いました。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

ブックマーク・高評価していただけると大変励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ