01 世界が平和すぎたので、俺が設定を作ります(妄言)
俺は霧ヶ丘高校の二年生だ。成績は中の上。運動は平均以下。クラスの中心でもなければ、端っこでもない。
普通。
どこにでもいる、交換可能な存在。
それが悪いわけじゃない。
悪いわけじゃないはずなんだけど――納得できるほど大人でもなかった。
だから俺は、補う。
現実が静かすぎるなら、頭の中で音を足す。
中学二年の秋に発症し、なぜか完治しなかった症状。
厨二病。
包帯を巻いたりはしない。右腕が疼いたりもしない。そこまで行くと社会的に死ぬ。常識はある。
ただ、心の奥に“設定”がある。
世界は表と裏でできていて、表に見えている日常は仮の姿。その裏側では説明されない仕組みが動いていて、誰かがそれを管理している。異常を日常に混ぜ込み、世界を退屈から守っている――そんな設定。
現実にそんなものがないことは、分かっている。
分かっているけど。
無いのは、おかしい。
だって、こんなに世界が整っているのに、裏側で誰も何もしていないわけがないだろ。
誰もやってないなら、誰かがやるべきだ。
……まあ、普通は俺じゃない。
だからせめて、頭の中と紙の上でやる。
鞄の奥には、薄いリングノートが一冊ある。購買で買った、ごく普通のノートだ。表紙には何も書いていない。見た目は完全に勉強用。
中身は、勉強と無縁だけど。
――《霧ヶ丘市 裏設定集》。
ネーミングセンスについては触れないでほしい。こういうのはタイトルが大事なんだ。名前を付けた瞬間に、世界は始まる。
授業中、休み時間、帰りの電車。
俺はそのノートに設定を書き殴る。
『霧ヶ丘市は世界設定保全機構のテスト都市』
『駅前の交番は監視拠点』
『市内の不自然に古いトンネルは封鎖施設への入口』
『学園には“存在しない階”がある』
誰にも見せない。見せたら終わる。社会的に。
だから気楽だ。誰にも否定されない。
捨てきれなかった厨二は、飼うことにした。
暇つぶしとして。
それ以上の意味は――たぶん、ない。
*
放課後の図書室は、好きだ。
昼のざわつきが消えて、空気が落ち着く。窓から差し込む夕方の光が柔らかくて、ページをめくる音がやけに大きく聞こえる。誰かの咳払いひとつで、場が静まる。
世界が一段、薄くなる。
図書委員の仕事は単純だ。貸し出し処理、返却、棚戻し。生徒は静かで、司書の先生は忙しい。
俺みたいに目立たず生きたい人間には、天国みたいな場所だった。
「佐倉くん、ちょっといい?」
司書の先生が、申し訳なさそうに声をかけてくる。
「旧校舎の書庫、整理を手伝ってくれる? 廃棄予定の資料が箱詰めされてて、バーコードを剥がしたいの」
旧校舎。書庫。廃棄。
言葉の並びが、やけにそれっぽい。
いや、ただの片付けだ。分かってる。
分かってるけど、匂う。
「分かりました」
「助かるわ。書庫は施錠されてるから、これ使って」
司書の先生は事務的に鍵を差し出した。
銀色のタグに『旧校舎・書庫』と書かれている。
「戻ったら、カウンターに置いといてね」
「了解です」
それだけだ。
特別な意味は、ない。
鍵を受け取り、旧校舎へ向かう。
現校舎の裏へ回ると、空気が変わる。人の気配が薄れ、草の匂いが強くなる。旧校舎は影になりやすく、昼でも薄暗い。
扉を開けた瞬間、紙と埃の匂いが鼻を刺した。
書庫の扉は施錠されていた。
鍵を回すと、古い金属音がして開く。
中は段ボールの海だった。古い辞書、教材、寄贈された全集。机の上には紙束が積まれていて、椅子はひとつ足が折れている。
作業は地味だ。
ただ、静かで、誰にも邪魔されない。
しばらくして。
棚の最奥、床に置かれた木箱が目に入った。
段ボールじゃない。
木箱だ。
しかも妙に綺麗で、壊れていない。埃をかぶっているのに、最近まで使われていたみたいな気配がある。
蓋を開けると、中にあったのは黒い革表紙のノートだった。
無地。装飾なし。タイトルなし。
なのに、やけに存在感がある。
黒が黒すぎる。光を吸うみたいな黒だ。触れた瞬間、指先に妙な重みが馴染んだ。
(……禁書っぽ)
ページをめくる。
真っ白だ。
白すぎて、逆に怖い。
それなのに――書きたくなる。
俺はそのノートを、何も考えずに鞄へ入れた。
*
夜。自室。
机の上に、黒い革表紙のノートを置く。ライトを受けて、革が鈍く光った。新品じゃないのに、古臭さがない。
シャーペンを握る。
黒歴史になるのは分かっている。
でも、分かっているからやめられるほど大人じゃない。
俺はページを開いた。
『霧ヶ丘高校の地下には、封鎖された研究区画が存在する』
書いた瞬間、妙にしっくりきた。
続けて書く。
『表向きには存在しない』
『校内図にも記録がない』
『研究区画には管理者がいる』
……一旦、ここまで。
念のため、最初の一文を消しゴムで消した。
消えない。
「……え?」
もう一度。
消えない。
紙がへこむだけで、文字は最初からそうだったみたいに残っている。
普通に怖い。
普通のノートじゃない。
でも――
「……まあ、そういう設定ってことか」
俺は半笑いで、ページの端に追記した。
『一度書いた設定は変更できない』
仕様確認だ。
深く考えないことにした。
ノートを引き出しにしまい、布団に入る。
明日になれば、また平和な日常が続くはずだ。
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