表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

影のうた

作者: 竹内 昴

序章 ―影の中の笛―


夜の雨が、町の瓦を叩いていた。

灯の消えた路地裏を、一人の男が歩いている。


彼の名はれん

笛を持ち、声を潜めて詩を口ずさむ放浪の歌い手。

人々は「流浪の吟遊詩人」と呼ぶが、その実態を知る者はない。


蓮は闇に紛れ、影のように生きる忍びだった。

滅びた一族の生き残り。

己の名を捨て、歌の名を仮面として生きる亡霊。


その夜もまた、ひとつの命を断つために笛を吹いた。

旋律の奥に仕込まれた殺気の波が、

標的の鼓膜を震わせ、心臓を止める――「音の術」。


蓮の笛は、風のように静かで、死のように美しかった。


第一章 ―沈む月、燃える村―


十年前。

戦乱の渦の中、蓮の故郷である「楢ノ里」は焼き尽くされた。


燃える山、倒れる仲間。

そして、炎の中に立つひとりの男――黒田信虎。


「忍びなど、人ではない。闇に還れ。」


その言葉を最後に、蓮は家族も仲間もすべてを失った。

彼の胸に残ったのは、ひとつの歌。

母が口ずさんでいた子守唄。


――風が泣くなら、影が歌え。

 夜が消えるまで、人でいよう。


蓮はその歌を、今も胸に刻んで生きていた。


第二章 ―薬師の娘・美月―


ある日、蓮は戦で傷ついた武士を介抱する娘と出会う。

名は美月みつき

薬草の香りと共に生きる、透明な心を持つ女。


彼女の家は、村外れの草庵。

風が通り抜け、壁には干された薬草が揺れている。


「あなたの笛、泣いているみたい。」


その言葉に、蓮は初めて心が揺れた。

彼の笛は、かつて命を奪うための武器だった。

しかし、美月の前では、それが「癒やし」になる。


「人を殺す音が、人を救うこともあるのですね。」


彼女はそう言って微笑んだ。

蓮はその笑みの奥に、自分が失くした「人の温もり」を見た。


第三章 ―兄弟子・迅の影―


月の夜。

蓮の背後に、古びた笛の音が響く。


それは彼がかつて共に修行した**兄弟子・じん**の音だった。

同じ一族に生まれ、共に死線を越えた男。

だが今は、黒田信虎に仕える影の忍。


「蓮、お前はまだ“歌”などに縋っているのか。」


迅の瞳は冷たく光る。

「忍びに心はいらぬ。影は命じられたままに動く。

 それが俺たちの生き方だったはずだ。」


蓮は黙って笛を構える。

風が二人の間を裂き、音が交差する。


――笛と笛。

かつて共鳴した旋律が、今は死を呼ぶ刃となる。


戦いの末、迅は微笑んだ。

「お前の音…まだ人の心が残っている。それが、お前の弱さだ。」


そして影に溶けて消えた。


蓮はただ、笛を握りしめて空を見上げた。

月が、泣いていた。


第四章 ―黒田の城―


黒田信虎の居城「黒巌城」は、鉄の要塞だった。

そこでは数百の忍びが訓練され、闇の軍団として動いている。


蓮は単身、その城へ潜入する。

闇の中、彼は過去と対峙するために笛を携えた。


途中で再び迅と相まみえる。

「お前の影、もう“忍び”の域を超えているな。」

「俺はもう忍びではない。歌い手だ。」


二人は再び剣を交える。

血と光、雨と笛の旋律が交錯する。


迅が倒れ際に微笑んだ。

「蓮…その音を、未来に届けろ。」


蓮の手の中で、笛が泣いた。


第五章 ―影と歌―


黒田信虎は、玉座で待っていた。

「忍びが歌をうたうとはな。お前の母も、そうだったな。」


信虎の言葉に、蓮の心が震える。

「母を、知っているのか。」

「知っているとも。あの女は“心”を持った忍だった。

 だから滅んだのだ。」


蓮は笛を構える。

静寂の中で、一筋の音が響く。


それは母の子守唄。

だがその旋律には、怒りも、祈りも、哀しみも宿っていた。


信虎は動けなかった。

まるで音に縛られたように、膝をつき、涙を流した。


「人は…影を恐れる。だが…お前の音は…光だ。」


蓮は刀を抜かず、ただ笛を吹き終えた。

そして静かに言った。


「俺はもう忍びではない。

 影に生まれ、歌で終わる。」


第六章 ―風の唄―


戦の終わった朝、蓮は城を去った。

手には笛、胸には母の歌。


美月の草庵を訪れると、彼女は静かに微笑んだ。

「あなたの影、少しだけ柔らかくなりましたね。」

「影も、風に触れれば歌うものだ。」


蓮は笛を吹く。

風が薬草を揺らし、鳥が鳴く。

音が光に溶け、空に昇っていく。


それは戦乱を終えた世界に贈る、祈りの歌だった。


――風が泣くなら、影が歌え。

 夜が消えるまで、人でいよう。


終章 ―影のうた―


後年、町にはひとつの伝説が残る。


「戦乱の夜、影のように現れ、

 笛の音で人を救った詩人がいた――」


彼の名は誰も知らない。

だが、彼の歌は人々の心に生き続けた。


影は光を失っても、音は決して消えない。


蓮は風の中に消えた。

だが、風が吹くたびに、

どこかで笛の音が聴こえるという。


――それが“影のうた”。

 闇を越えて響く、人の心の証。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ