勇者様、それは無理だと思います。
とある世界、とある国。王城ではその日、華々しく壮行会が開かれようとしていた。
この世界を魔王から救うために異世界より遣わされた、勇者の旅立ちを祝うパーティーである。
壇上には、勇者。そして旅の仲間たちが並んでいる。
王国将軍を務めていた戦士、ジェフリー。
同じく、宮廷魔術師のスー。彼女は勇者の婚約者でもある。
斥候のミア。
そして、神殿から派遣されてきたヴィヴィアンだ。
会場は色とりどりの花で飾られ、贅沢な料理がテーブルに所狭しと並べられている。
それでは旅立つ者の挨拶を、という段になり、勇者が立ち上がった。
黄金のゴブレットを手にして、勇者は声を張り上げた。
「宮廷魔術師、スー! 俺は貴様との婚約を破棄する!! そして聖女ヴィヴィアンと新しく婚約を結ぶ!」
……しらーっとした空気が会場に漂った。
まず立ち直ったのは、名指しにされた宮廷魔術師本人である。
「婚約破棄ですか? そちらは、承りますが……。ヴィヴィアンとの婚約、というのは、無理かと」
静かにとがめられて、勇者は顔を引きつらせる。
「貴様、嫉妬か? 見苦しい! ネタは上がってるんだぞ、聖女に嫌がらせしているとな!」
そしてそのまま、見た目が地味だの根性がねじ曲がっているだの責め立て始めた。
宮廷魔術師は、はぁと息を一つつき、口を閉ざした。ちなみにその衣装は、見た目こそシックではあるが上品な、最高級の魔術のかかった特注品である。
「そんな見た目のくせして、ジェフリーにも色目を使ってるだろう。知られてないとでも思ったか!」
勇者の罵倒は白熱し始め、会場の紳士淑女が目をそらしてひそひそ話を始める。
その時、勇者に横合いから呼びかける者があった。
「勇者様」
聖女と呼ばれたヴィヴィアンである。こちらも純白の神官服に身を包んでいる麗人だ。
「ああ、なんだい?」
振り返った勇者の鼻の穴は膨らんでいた。
「盛り上がっていらっしゃるところ、申し訳ないのですが……」
ヴィヴィアンはその美しい顔に微笑を浮かべて続ける。
「あなた、破門です」
会場が、水を打ったように静まりかえった。
数秒ののち、勇者の胴間声が響き渡った。
「……はっ!? なぜ!!」
ヴィヴィアンは小首をかしげて言った。
「ちょっと、悪事が目に余るので……」
「悪事だと!?」
「ええ。そこにいるスーに婚約を迫るとき、応じないと魔王と戦わない、世界を救わないと脅しましたよね?」
「は!?」
愕然としている勇者だが、その後ろで宮廷魔術師は激しくうなずいている。
「それに……これは口にするのもおぞましいことなのですが、寝ているところを……その……襲われそうになって、からくも逃げたとか……」
宮廷魔術師はとてもうなずいている。よく見ると、涙目だった。
きゃあ、なんてひどい……と会場のそこかしこから悲鳴が上がる。
王城に出入りするような未婚の女性にとって、純潔は何よりも大事だ。
それを奪おうとするなど、なんという卑劣。
ご婦人方の気持ちは今、一つになった。
もちろん、それを察せるような勇者ではない。
「俺の女を俺のものにして何が悪い!?」
ヴィヴィアンは沈痛そうに首を振った。
「あなたのものではありませんよ、まだ。スーにはもともと、将来を誓った相手もいたのですし……。それに、これだけが悪事だなんて、言っていませんよ」
「そうですね」
次に口を開いたのは、斥候のミアである。
「勇者様に何度となく持ちかけられました。魔物と戦わせるのは、ジェフリー様とスー様だけでいいだろうとか。でもあいつらがでかい顔するのは腹立つな、魔王を倒させたら葬れないか? 装備に細工をするとかして……と」
会場に詰めていた騎士たちも色めき立った。
ジェフリーは彼らの憧れの将軍である。ただでさえ勇者のお供として駆り出されることには不満もあったのに、こんな策略が許されるものか。
勇者は叫んだ。
「はあ!? お前、でたらめを!! こんな盗賊なんかの言うことを信じるのか!?」
ミアは顔をしかめたが、冷静に返した。
「勘違いしているようですが、私は盗賊などではなく、王家に仕える斥候ですよ。率直に申し上げて吐き気がします」
ヴィヴィアンが後を引き取った。
「ですから、邪魔者を消した後、魔王を倒したことを盾に王家を乗っ取ろうなどという妄想は、実現不可能ですね」
ここに至って、会場中の貴族の皆さん──つまり、全員が怒り心頭である。
ヴィヴィアンは重々しく繰り返した。
「ゆえに、あなたは破門です」
勇者は激高した。
「貴様、女のくせに! そんな権利があると思っているのか!」
ヴィヴィアンはじっと勇者を見返した。その視線は、残念なものを見る心からの落胆で満ちている。
「権限なら、ございますよ? これでも、大神官なので……」
「はっ……?」
異世界から召喚された勇者でも知っている、それは勇者の地位を保証してくれる立場の役職である。
「というか」
そこで肩をすくめる。
「……女だ、なんて言ったことありましたっけ?」
そう言って浮かべた苦笑すら美しいが、彼は、確かに男だった。
この会場に詰めている、勇者以外の全員が知る事実である。
「男ですので、あなたと結婚はできませんね。もし女だったとしてもごめんですが」
勇者は、その場に崩れ落ちた。
だから無理と言ったでしょう、という宮廷魔術師のつぶやきは、耳に届いたかどうか。
抜け殻のようになった勇者は、憤る騎士たちに連行されていった。
大した抵抗もできなかったのは、本当に神の加護が失われていたのかもしれない。
宮廷魔術師のスーは、やれやれと肩を回しているヴィヴィアンに歩み寄った。二人は古くからの付き合いである。
「ありがとう」
「いやあ、たいしたことはしてないけど。それより、嫌な思いをさせて……なかなか助けてあげられなくて、ごめんね」
「ううん、ずっと裏で動いてくれていたでしょう」
スーが笑いかけるので、ヴィヴィアンは急に落ち着きがなくなって、鼻の頭をこするなどした。
美しい人がそんな仕草を見せるので、なんとなくほんわかしたムードが漂う。
ジェフリーとミアはそっとその場を離れた。
「えっと……」
「うん?」
ヴィヴィアンはえいやっ、と勇気を出した。
「大神官に、なれたんだけど……」
「!!」
この世界の神殿では、神殿で修行をする者には妻帯が認められていない。
それが解禁されるのが、一通りの修行が終わったとされる大神官の位についたときである。
「ずっと、待たせてごめんね」
ヴィヴィアンとスーの仲は周知のものだった。
彼はスーの存在を励みに、神官の修行をかつてない速度でこなし、話題になっていたくらいだ。
その間にあんな変な虫がつくとは、誰も予想していていなかったのであるが。
「……嬉しい。改めてこれからも、よろしくね」
「!!」
スーがはにかんで言うと、ヴィヴィアンは彼女を抱き上げてその場でくるくると回った。
会場は、集まった皆さんの祝福の拍手で満たされた。
その後、神は反省して、この世界のことをよく理解している現地人から勇者を選び直すことにしたという。




