第三話 未来
あれから10年の時が経った。
エレミアは当然ながら無事に卒業を迎え、卒業と同時に国王と結婚し、王妃となった。
前王妃であるヴェロアはロベルト王子の王太子剥奪に怒って実家に帰り、そのまま婚姻を破棄されるに至って泣いて国王に謝ったが受け入れられなかった。
そもそもただの喧嘩による婚姻破棄ではなく、王子の教育放棄または失敗とその責任を取ってのことだから誰も反対できなかった。
もしそんなことをすればあの黒い靄に喰われることになるという恐怖もあった。
一方のエレミアはこれまで立派に王妃教育を受けてきたこともあって、何の抵抗もなく王妃として迎えられた。
むしろ、なぜあの状況で王妃教育だけはしっかり実施されていたのかというと、優秀なエレミアは学院に入る前にほぼほぼ習得していたからだ。
そして学院に上がるころには彼女が契約する強力な妖精である"モファトゥーラ"の力を使いこなすことこそ、彼女の重要なテーマとなっていた。
それをエレミアはやり切った。
最初は何度か失敗したが、歴代でも有数の妖精使いの才能を発揮したエレミアは、半年と経たぬうちに"モファトゥーラ"を自然に侍らせるレベルとなった。
これは驚異的なことだった。
なぜなら、通常妖精は人の目の前に出てこない。
恥ずかしがり屋だからだ。
それを周囲を気にせぬほどに自らの命令、ないしは依頼を聞いてもらうというのは妖精使いの才能がなければ不可能なことだ。
さらに進むと、妖精は自ら使役者に纏わりつくようになる。
黒い靄が国王の背後に漂っているのもそうだし、"モファトゥーラ"がエレミアの服に潜り込んでいるのもそうだ。
「こら、"モファトゥーラ"! そこは余のものじゃぞ!?」
『〇□▲※●△◆※!!!』
「なにを、この妖精が!」
「やめなさい2人とも!」
「ごめんなさい……」
『▲※□◆◇……』
女性の服の中に潜り込むという男の夢を実現……じゃなかった、あり得ない纏わりつき方をしている"モファトゥーラ"に対してエレミアへの幼稚な独占欲を発揮した国王陛下の醜い争いをエレミアが一喝する。
大臣たちはもちろん見てみぬふりをしながら様子をうかがっていると……
「なにをしていらっしゃるのですか?」
「あぁ、エース。こちらへ。今日も凛々しいわ」
まだ幼さが残る男の子が現れ、2人と1匹の妖精に声をかける。
そんな男の子をエレミアが抱き寄せると、男の子は真っ赤になってしまった。
「なっ、母上……」
「まぁ、照れているのかしら? 可愛いわ」
「母上!」
「ふふふ。少し前までおしめをしてよちよち歩いていたのにね。大きくなったわね、エース」
「僕はもうすぐ10歳になるのです! 子供扱いはやめてください!」
「ふふふ。この母を振りほどけるようになってから言いなさい」
「くっ、見ていてください!」
「きゃあ……」
エースと呼ばれた少年はエレミアの言葉に魔力を浮かべてエレミアを振りほどく。
そしてエレミアが少しわざとらしく倒れ込む。
「エース……貴様、余のエレミアに何をする?」
「えっ? ちょっと、父上! 靄は勘弁してください! うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「こら、陛下! 父親なら暖かく向こうから見守ってください! 母と子の接触を邪魔しないでください!」
「ほげぇぇぇぇぇぇぇえ」
「まったく。慌てる姿が可愛くてせっかく楽しかったのに……」
「母上!!!!!!?」
そう、彼は国王とエレミアの息子だった。
つまり王子だ。
彼は国王とエレミアの結婚後、割とすぐに生まれ、すくすくと育った。
今回は失敗しないと、国王もエレミアも気合を入れて教育を施し、2人の妖精も関わって、大臣たち曰く化け物が完成した。
なにせ、国王の黒い靄の妖精に包まれてもけろりとしていて、かの"モファトゥーラ"相手にも動じないのだ。
"モファトゥーラ"と言えば、過去の大戦で数倍の敵を屠るべく騎士団全員にぶっ壊れ性能の支援魔法を施したり、怒り狂った際にかつての王都をぶち壊したなんていう噂があるとんでもない妖精だというのに。
そんな王子はもうじき10歳になる。
10歳になれば、彼は王太子になることが決まっている。
ロベルト王子は廃嫡され、貴族ですらなく平民に落ちることが決まっている。
なにせ、最初の戦場から連戦連敗。全く役に立たないどころか、敵の手に落ちて人質になるなど、国王はいう間でもなく大臣たちですら『こいついらね』となるまで数か月とかからなかった正真正銘のバカだったからだ。
学院の頃は女癖は悪いが成績は悪くなく、冷徹でちょっとカッコいいかもとか言われていたのが嘘のようだった。
ただ、それは実は"モファトゥーラ"に気に入られようとロベルト王子の契約妖精が頑張っていたからで、ロベルト王子が変になると言っていたのは実際には力を振り絞っていたのであって、"モファトゥーラ"がそばにいなくなってからは全く頑張らない妖精になってしまった。
まるでラトファ皇女に捨てられてやる気を失ったロベルト王子と一緒だった。妖精と人とで似たもの同士だと嘲笑の的になったのは言うまでもない。
それでも現国王に何かあれば血を残すためということで残されていたが、エース王子が10歳を迎え、さらに弟王子が生まれたことで正式に廃嫡が決まったのだった。
エレミアは図らずとも盛大なザマァを食らわしたわけだが、そんなことはもうとっくに忘れて幸せを謳歌していた。
国王の話に即答で了解を返したので父ルイスには呆れられたが、彼女はこの選択を正しいものと感じていた。
それはこの未来を見れば明らかだ。
ロベルト王子の妃になる未来のみを見て勉学に励んできた幼少期。ロベルト王子に邪険にされながらも妖精の力の行使を目指した学院生時代を経て婚約破棄を受けてもどうしていいかわからなかった。
諦めに近い感情はあったが、ただそれだけ。
自暴自棄になるのを止めたのはあの国王による求婚だった。
それを受けることになんの違和感もなかったのだ。
ロベルト王子と違って国王陛下が誠実なのはわかっていたし、黒い靄の精霊と葉相性も悪くないとわかっていた。
こうしてエレミアは幸せな時を生きることになったのでした。
めでたしめでたし




