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「じゃあ始めるよぉ。今日は玄獣学の体験をして貰うねぇ」
既視感がすごい。その先生は、見知った彼に似すぎていた。
「玄獣について学ぶのはねぇ、君たちには…そうだなぁ、戦闘系の職を目指す子には役に立つかなぁ?今日び人間同士の争いに魔術師が駆り出されることも少ないからねぇ。攻性術士は食いっぱぐれない為に玄獣討伐とかやってるねぇ嘆かわしい」
先生が気になりすぎて講義内容がまともに入ってこない。親類?親子と言われても納得する。
「でもでもぉ、単純に好きだから知りたいっていうのもとっても良いと思うよぉ。寧ろそういう子を歓迎するよぉ」
それにしたって服装も喋り方もおんなじだ。親子で双子コーデは仲良すぎだろう。
「まずは玄獣について説明しようねぇ。まあ言葉の通り、強い獣のことだよぉ。これが九百年前から定義とかされてないんだよねぇ。雑だよねぇ。強いって言っても、ふよふよ浮いてるだけの風船もどきとか転がるだけの毛玉も玄獣だよぉ。要は何か不思議な力を使ったり、存在自体がアストラル的なものだったり、そういうものを指して言うんだぁ。『真っ当に進化した生物ではない、煌力を受けて変化したもの』なんだけど…この話は君たちにしても解んないもんねぇ。でも随分と生物寄りの生態を持つ子もいるよぉ。身近で見られる玄獣は多くがそうだねぇ」
のんびりした口調で授業は続いていく。内容は興味深いのに、うっかり眠たくなってくる。これは昼一に入れたらダメなヤツだ。盗み見れば受講生たちも多くが頭を垂らしている。気持ちは解るが、ちょっと多過ぎではないだろうか。
「──うん。そうだ。先生、玄獣学を担当する前は呪学を教えていてねぇ。これが中々の腕なんだぁ」
授業時間も終わりに近付いた頃。先生は唐突にそんなことを口にした。
「興味のない者には欠片も教える気はないよぉ。憶えておいてねぇ」
…つまり、そういうことなのだろう。
「ああそうだ。意識のある君たちには自己紹介。玄獣学を教えている、クーシェ・ロアーだよぉ。宜しくねぇ」
『ロアー』!やはり同姓だった。兄弟…にしては歳の差がある。親子辺りが妥当に見えるが…。先生にそんな質問をするわけにもいかない。何かのついでならともかく、今は訊けない。
「あと噂話とかだぁいすきだからぁ、気軽にお話聞かせてねぇ」
じゃあねぇ、と指をヒラヒラさせて先生は大講堂から去っていく。彼が扉を潜ると同時に、本日の授業終了を報せる鐘が鳴った。
図書館を出ると、ひょこっとロアーさんが現れた。
「玄獣学はどうだったぁ?」
「とても興味深かったです」
「それは良かったぁ」
にこにこしているロアーさんに三度程躊躇ってからやはり尋ねてみることにした。
「あの、御親戚…ですか」
「………」
目がまんまるになってしまっている。音が聞こえそうな瞬きを二〜三度して、
「ふはっ」
笑い出した。
「ふふは、っ、──うんうん、そうだよねぇ!そうだとも!」
あ、やっぱりそうなんだ。こんなに笑うなら、驚かせるつもりで黙っていたのかも知れない。大成功、なのかな。
「ところでクノ=カノトくん。時間はあるかな?」
「え?はい」
連れてこられた部屋の扉を開けて、私は時を止めてしまった。
「…えっと…?」
中に居た人物の困惑した様子に、慌ててネジを巻き直す。まさしく機械仕掛けのゼンマイ人形のようにぎこちなく、辛うじて礼を取った。
「こんばんわぁ、特許王。彼女はカノト・デアムーグ。ご存知かなぁ?」
小首を傾げて此方を見ていた特許王は、ロアーさんの説明に「ぁあ」と小さく頷いた。
「君が。知ってる。推薦した子」
私は再び深く礼をした。
名を知ってくれているとは思ってなかった。彼はかつて、村に一人分の推薦入試枠を用意してくれた。それに収まったのが私だ。彼は枠をくれただけ。それを誰が利用したかなんて、知りもしないと思っていた。
「楽しい?」
「…とても!」
頭が上げられないまま、肯いた。
「うん。良かった」
沈黙の時間が流れる。側にいる筈のロアーさんも何も言わない。
…恐る恐る視線を上げる。
特許王は静かに此方を眺めていた。思わず見つめ返す。四十代半ばとは思えないほど若々しい。精々三十代前半にしか見えない。
やがて、表情筋の乏しそうなその顔に特許王は僅かに笑みを浮かべた。
「身体が弱いって聞いてたから、…良かったね」
「あ…。ありがとう、ございます」
なんてことのない挨拶と、当たり障りのない僅かな会話。たったそれだけなのに。
それだけで、危うく恩人に涙を見せるところだった。