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いい男  作者: しいらしゆう
2章 豆腐
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6話 社長会

 昼休みを終えると、まずはメールをチェックするのがルーティーンだった。


「うん?なんだこれ」


 その日は1通だけメールが届いていた。件名は「食品業界社長会について」とある。


「どうかしたんですか?君島社長」

「ああ、いや、別に大したことじゃないんだけど。なんか社長会、っていうのに誘われてるらしいんだ、俺」


 コンピューターのディスプレイを斜めにずらして、メールの内容を秘書のあかりちゃんにも見せる。彼女は文面にさーっと目を通すと、ふーんと素っ気なく返事をした。


「だからあれですよね?色んな企業の社長とかお偉いさんが集まって、お金持ち同士で仲良くしましょう、みたいな会ですね、多分」

「あかりちゃんは言い方に毒があるね、毒が」


 別にこういう会に誘われるのは初めてじゃない。ベンチャー同士仲良くやりましょうとか、IT関連で情報共有しましょうとか、そういうお誘いがこれまでも何回かあったが全部断ってきていた。


「たまには君島さんも行ったらいいじゃないですか」

「うーん、どうかなぁ」

「社長同士の横の繋がりも大事ですよ?新たなビジネスチャンスが転がっているかもしれませんし」


 あかりちゃんはそう言うが、あまり気分は乗らない。そもそも知らない人と喋るのは苦手だし、社長とか偉い人は俺と考え方が合わないことも多い。


「じゃあ今回は晴雄と一緒に行こうかな。それなら多分大丈夫」

「駄目ですよ社長。副社長はプログラミングとか他の業務で忙しいんです。そういう他社とのお付き合いとかは社長が1人でやってください」

「ま、そうだよね……」


 結局秘書に言いくるめられた俺は、その「食品業界社長会」に出席する運びとなった。






 11月中旬の週末である。都内の繁華街にある高級中華料理店で、社長会は開かれることになっていた。


「はあ、緊張するなぁ」

「頑張ってください社長。これもビジネスですから、ビジネス」


 あかりちゃんが車で店の前まで送ってくれた。車を降りると、息が白くなっていることに気づく。ここ2、3日で気温がグッと下がって、服装も街の景色も一気に冬らしくなった。


「ありがとうね。じゃ、終わる時間わかったら連絡するよ」

「え?帰りもですか?」

「ごめん、忙しい?」


 あかりちゃんは明かに嫌そうな顔をする。そしてそれをまるで隠そうともしないが、それが彼女の良さなんだと俺は思う。


「何奢ってくれるんですか?」

「え?あー、なるほど。じゃあ明日のお昼、一緒にご飯行こう。何でも好きなところでいいよ」

「……じゃ、帰りも迎えに来ますね」


 俺はあかりちゃんの車が角を曲がって見えなくなるまで、しばらく手を振っていた。恐る恐る店に入った。


「君島様ですね、お待ちしておりました。こちらです」


 朱色と金色を基調とした壁の装飾と、天井にぶら下がる豪華な照明、整然と並べられた無数の円卓が、店内の煌びやかで重厚感のある雰囲気を作り出している。

 俺は店の1番奥にある個室に案内された。店員さんが重そうなドアをゆっくり開けると、一段と華やかな景色が目に飛び込んできた。


「これはどうもどうも!グルメットの君島社長じゃありませんか」


 8人がけの大きな円卓が2台並んでいた。何人かは俺より先に着いていたようで、もうすでに会場は結構盛り上がっている。

 その中で真っ先に俺に声をかけてくれたのは、日本産業水産の長峰会長だった。何年か前に仕事でお世話になって、俺にしては珍しいのだが、そこから長くお付き合いがある方だ。

 

「あ、お久しぶりです長峰さん。去年社長を譲って会長になられたって聞きましたよ」

「実はそうなんだよ。ははは、まあとりあえず適当に座ってくださいよ君島さん」


 もう70近い歳なのに、今も変わらずパワフルな人だった。若くて世間知らずの俺にも対等に接してくれる心の広さと、一代で会社を何倍にも大きくした経営手腕を持つすごい経営者で、なぜか俺のことをすごく気に入ってくれている。


「実はね、今日君島さんに紹介したい人がいるんですよ」

「え、僕にですか?」

「そうそう。多美田さん!ちょっとこっち来て!」


 長峰会長に呼ばれてやってきたのは、20台後半か30台前半ぐらいの、若くてスラッとした男性だった。ここに来る社長さんやお偉いさんはベテランの人が多いから、少し目立っていた。


「じゃ、あとは若いもの同士、仲良くお願いしますね」

「あ、長峰さん……」


 共通の知人がいなくなった瞬間、若干変な空気が流れたが、でもそんなことを気にしているようじゃ社会人としてやってはいけない。俺は席から一度立ち上がり、鞄から名刺入れを素早く取り出した。


「えー、はじめまして、株式会社グルメットの君島と申します」

「どうも。私、タミタフーズグループ営業部の多美田俊明です」


 そう言いながら名刺を交換した。大学の時に受けたビジネスマナー講習をふと思い出す。


「隣、いいですか?」

「もちろんもちろん。どうぞどうぞ」


 多美田さんは俺の右隣の席に座った。俺も自分の席に再度腰掛けた。


「タミタフーズの多美田さん?」

「あー、はい。一応社長の息子なんです。今は営業ですけど、将来は父のように会社を引っ張っていけるようになりたいなと」

「あ、そうでしたか……」


 タミタフーズグループと言えば、国内の外食産業で1、2を争う大企業である。牛丼チェーン「タミ牛」、洋食ファミリーレストランチェーン「タミーズ」など、他にも多くの人気ブランドを抱えている。最近「タミ牛」が海外進出を果たしたことも記憶に新しい。


「君島さんは凄いですね。そんなお若いのに社長なんて」

「いやいや、ただのベンチャーですから。タミタフーズさんほどの大企業の方がすごいです」


 互いの様子を見ながら、当たり障りない言葉をつらつら並べる。最初はそんな具合だった。

小説を読んでいただいてありがとうございます!!


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