第一話「運命の激動」
神は信じますか?
どうだろうか、この言葉を聞いただけで俺に対し疑問を覚えるものは少なくないだろう。
「当たり前だ」
そう返すのがこの世の摂理、神なしでは生きていない人間。
神の加護あったからこそ、この世界では人間が支配できているといっても過言ではない。
いや、厳密には神が支配しているのだが、あれは次元が違う。ほっておいてもいいだろう。
…本当に?
それはさておき、この世界は神の加護あって魔法が使える。それは魔族に対し絶大な効果を果たし、
魔族たちは今や絶滅危惧ですらある。その証拠に魔族の生態圏は大陸の10%程度しかなく、あとは人間たちが支配下にある。
所詮神に愛されなかったものたちの末路。そう合点させるものも少なくはない。
ただ魔族の脅威がなくなったと言われるとそれはNOだ。いつだって人間の国を滅ぼうそう画策し、人を襲う。
時には政乱を狙い、国を滅ぼそうとした襲撃事件もあった。
ただ今では魔族の核となる魔人たちは少なくなってきてるためか、人類は平和と呼べる時代に突入しようとしていた。
ただそんな人類と魔族の歴史など俺にはどうでもよくて、俺が願うのはただ一つ。
妹であるアレス・エリーが幸せに暮らせれたらあとはどうでもいい。
そう俺はただのシスコンだった。
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学園の廊下の隅を細々と歩いている。
大理石でぎっしり埋められた近代的で、先進的な造りの廊下。
ガラスの窓も透過率がとても高く、上級貴族の屋敷ではと誤認してしまうほどである。
ただそんな場所で小さな虫のように歩いているのは周りの生徒から見つかりにくいようにである。
これが俺が入学して一年で培った技術かと思うとみじめな気持ちだが、仕方ない。
気を取り直し、ようやく新しくなったクラス(去年と一緒)へ入ろう。
新鮮?な気持ちで扉を開けると
「あいつこの学園の恥なのによくのうのうと歩いているな。」
「没落した貴族でも、コネだけはあるのよ。」
「さっさと死ねばいいのにな。」
これがこのクラスの挨拶である。
挨拶にしてはやや毒気が強い気がするが、一年も言われ続ければなれるものだ。
手前は大胆に、奥はひそひそと、とりあえず皆が俺にこの挨拶をしている、それだけは分かった。
その隠す気のない悪意、ああ皆が俺に注目してくれる、こんなうれしいことは無い。
「なあ、そこのゴミを誰か捨ててくれない?さっきから臭くて仕方ないんだよ。」
真ん中の席くらいだろうか、人に囲まれているひょろがりのお坊ちゃんが声高々でとても楽しそうに顔を歪ませていた。
クラスの皆もそれに合わせるように冷笑があがり、俺対クラスの構図が浮かび上がっていた。
無論この挑発は無視してもいい、ただ俺の中にあった微かなプライドが少し邪魔をした。
「なあゴミってどこにあるんだ?」
「おいおいこいつ自分の認識さえできてないよ。
てかお前落ちぶれた家系だっていうのに俺にため口聞いてるんじゃねぇんだよ。」
ひょろがりの貴族としての格は認めたくはないが、相当上位。それも王族と政治的話もできるほどである。
それに比べて俺たちの家はこいつと比べてしまうとなんちゃって貴族だ。
昔はもう少しマシな貴族であったのだが、俺がとある大事件を犯してしまい一度貴族の位を取られてしまった。
でも妹であるエリーがとんでもなく強い魔法を使えることから、再度貴族の位を与えられ、なんちゃって貴族になれた。
「いやでも同級生だし…」
この学園に通っているのならば誰もが耳にする学生平等。貴族たちが多いこの学園では格の高さで生徒間の争いを起こしたくないからか、校則として書かれている。
しかしそんなものないのと一緒であり、格が高い生徒が絶対的な権力を持っている。所詮平等という言葉はただの耳当たりのいい言葉に成り下がってしまっただけである。
「俺はお前を同級生だって認めてないぜ。」
ひょろがりの周りのやつが割り込んできた。
この言葉に周りを見てみると、クラスにいる連中が分かりやすい程殺気立っていた。
仮にもクラスで一年間過ごしたのだが、相も変わらず俺のことが嫌いそうである。
「この学園は魔法と武術が一流の奴だけが入れる難関学園。将来性のある奴だけが入れる学園だ。
だというのにお前みたいな、才能の無い奴が入ってきては品格が下がるんだよ。」
実力、血筋、この二つをどれかクリアしていないと入れない難関学園である。
ひょろがりみたいな奴はだいたい血筋で上がってきているようなものだがそれ以外の一般生徒は実力だけで上がっている。
まあひょろがりは上級魔法を使えるから俺よりは上なのだが…
それは置いてこの学園は将来国を守るための親衛隊や、
国に関する重大ごとを決める宰相などを排出している超名門、そのためか基本的にプライドと強さも別格である。
だから貴族組からすれば貴族としてギリギリの最底辺が上がってきて同じような扱いを受けうんざりしているだろうし、
一般組からも血統から上がってきていると思われて嫌われている。
つまり俺は両方から嫌われているのだ。
もちろん俺は権力によるごり押しだから嫌われるのは仕方がない。
「なのにお前はなんでここにいるんだ? 恥ずかしくないのか?
落ちぶれた血統にすがっているお前を見ると吐き気がするよ。」
クラスの気持ちを代弁をしたかのように、ひょろがりは気持ちのよさそうに果てていた。
周りも心底見下した目で俺を見た後、どうでもよさそうに次の話題へ移っていた。
「なんか、すまん。」
周りの反応を見るにここは穏便にいこう。
ひょろがり達も俺が謝ったことで満足そうに俺を無視して元の話に戻った。
少し余計な事をしてしまったと思いながら固定席である自身の席に腰を掛ける。
俺の席は窓側の端で、相変わらず後ろから一つ前の席である。
といっても後ろには誰も座らないのだが…
すると隣の席に―――
「どんまい。ノア」
肩に手を乗せながら慰めてくれる学園唯一の友がいた。
「ありがとう。リア」
隣の席に座っているのはソルト・リアだ。
光り輝く金色の髪は肩にかかるかかからないくらいの長さでその豊かな胸をこれでもかと強調している彼女。
俺の友でありながらこの学園上位の強さであり全体的に優秀な生徒である
その上クラスの全員とそこそこ仲がいいコミ力の化物だ。
彼女もまた貴族の生まれであるがリアは完全に実力でこの学園に受かった珍しい生徒である。
リアは血筋と才能が両方あるという将来エリート街道まっしぐらの存在だ。
ここだけの話俺みたいな落ちこぼれも相手にしてくれるという
優しさに感動してちょっとだけ好きになりそうである。
「けどあれはノアが悪いよ。
だって突っかかたら悪口を言われるのは目に見えてるじゃん。」
「お前まで追撃を入れられたら俺の心が折れるから…。」
「だったらおいで。」
リアはそんなことを言いながらも広げた手でこちらを迎えてくれる。
そう彼女は俺に甘えさせてくれるのだ。
迎えられているのに断るのは失礼にあたると思い、広げられた手の中にダイブするように入り込む。
自身の言い訳を考えていたが
母性という魅力に吸われてしまい、考えていたことが溶けてしまった。
彼女の包容力は驚異の力である。
「よちよち、辛かったね。ノアたんの心をケアしようね。」
頭を撫でながら赤ん坊のように扱ってくれる彼女
グッ、この甘さは毎度のことながら癒されるぜ。
母がいないような俺には効果が絶大。俺はもしかしたらこれをされたくて毎回傷ついてるのかも知れない。
止まない疑問を考えること少し
「うーーん。でもそろそろ離してくれない?」
「ノアったら恥ずかしがって」
何か勘違いをしているかもしらないがそろそろ離してくれないとクラスの男共に
殺されそうな気がするんだが…
「いや放せって、なんか殺気みたいの感じるんだって。」
「大丈夫ですよーそれはノアの心が疲れているだけよ。」
鎖のようにきつい束縛。
女であるからすぐに抜けれるかと勘違いをするが、彼女は学年だったら最強であろう。
「はっ離せ―」
リアとのひと悶着が済んだことで授業が開始した。
授業といっても今日は何やら特別授業で外部の講師が来るらしい。
普通の授業を受けたかった身としては残念ではあるがまあいいだろう。
ドアが開くと同時に歓声がクラスから沸く。
「皆さんおはようございます。英雄ウィリアムです。
この学園の人だったら僕を知っている人も多いかな?」
赤茶の髪に薄っぺらい笑みを浮かべながら自信満々に言う男。
誰だコイツ、頭に?が出てきたためその疑問をリアに投げかける。
「英雄ってのはね。神さんから魔族討伐のリーダーで選ばれた人のことだよ。
各国に一人だけの存在なんよ。てかこれって結構常識だけど、ノアって相変わらずの常識知らずだね。」
即座に返してくれる相棒はいつも一言余計だ。
「英雄ぐらい知ってるわ。顔を見たことがなかったから驚いただけだよ。」
去年で常識というのは分かったつもりだったけどな…
俺は屋敷時代にやらかしてから、部屋を隔離していたためどうも俗世に疎い面がある。
「僕は魔物や魔神を倒すために動いてるん…てかこのことくらいみんな知ってると思うから質問コーナーにしよう。
僕もここの卒業生だからさ学校生活に関してでもいいんだよ。」
その一言にクラスの全員が一斉に手を挙げて質問を迫る。
そんなに人気なのか…
―――しかし何か引っかかる…
「英雄ウィリアムさんはこの学園でどれくらいの成績だったのですか?」
当てられた真面目そうな男子学生は無味乾燥な質問であった。
「そうだね。魔法と武術と筆記が全部満点だったよ。
まあ英雄と言われるためならこれくらいはこなさないといけないから。」
その一言にクラスがざわめく。
一応俺も筆記高得点なのだが、満点を取れることはそう無い。
あのリアですから全部満点は無理だろうから、そう考えるとやはり優秀なのだなと、改めて実感が湧く。
すると前方の席にいるひょろがりがニヤニヤと笑いながら手を挙げている。
後ろ姿しか見えないはずなのに、分かってしまうほどの空気感だ。
「英雄ウィリアムさん、
この学園に落ちこぼれがいるんですがどう思われますか?」
クスクスと笑いがこぼれる。悪意のある質問だ。
「どう落ちこぼれ何だい?」
「はい、魔法の上級がまだできていな奴がいるんですよ。」
その言葉を聞いた英雄が笑っていた。
「そいつは辞めさせた方がいいよ。この学園の品位が下がるし生きてる価値ないんじゃない?」
クラスでは大きな笑いが起きていた。
全員笑っている。いや語弊だ、隣の友だけがつまらなそうな顔をしてくれた。
今更そんなことで何も思わないが少しだけ気になる事ができた。
英雄ともなると神と会えるのか…
魔が差した。
会えることがないと分かっていても一回くらい会ってみたいなと思ってしまった。
手を挙げる。
手を挙げている俺を見て笑っていた人が更なる笑いを誘ったようだ。
英雄だけは訳の分から無さそうに俺を当てた。
「そこの君。どうぞ」
スッと息を吸う。
「神に会うためにはどうしたらよいでしょうか?」