3-08 お爺ちゃんは悪役令嬢
つる子大変じゃ、おじいちゃんは今、お前が子供の頃にやっていた乙女ゲーム『聖メルキアン学園物語』の世界に転生してしもうたぞ。
思えば予科練で特攻隊となり、一日違いで終戦となって命拾いし、昭和平成令和と日々猛烈に頑張って高度成長期を支えてきた儂も死後に悪役令嬢になってしまうとは思わなんだわい。
右も左も解らない異世界で、物語も終盤、ハンサムくん達に悪役令嬢イライザが糾弾される、階段落ちの名場面からスタートじゃ、いやはやまいったまいった。
だが、ハンサム君たちの話を詳しく聞いてみると、何やら妙な事が多い。
陰謀の匂いがぷんぷんするのう。
亀の甲より年の功と言うから、フレッシュな若人達を儂の人生経験で何とか助けてやろうと思うんじゃよ。
みな、良い子揃いじゃからのう。
だからつる子よ、遙か遠い日本からおじいちゃんを応援しておくれ。
たのんだぞ。
体がだるい、目もかすんできたのう。
はあはあと荒い息を吐いておる。
苦しい。
「おじいちゃん、死んじゃやだっ」
枕元で孫のつる子が泣いておる。おうおう泣くんじゃないよ。誰にでも一度は訪れる事じゃよ。
爺ちゃんが先に行くだけの話じゃ。
予科練に入り特攻で死ぬと覚悟して、一日ちがいで終戦で生き残り、戦後を働いて働いて日本を立て直そうと頑張った儂じゃ、もう十分生きたと思う。
思えばずいぶん遠くまで来たのう。そろそろ戦友たちも待ちくたびれておるだろう。一昨年死んだ女房も西方浄土で待っておるだろうて。
「おじいちゃん」
「とうさんっ」
沢山の楽しい事、嬉しいことがあったのう。それは少しばかり悲しいこと、苦しかったこともあったさ、でも、三人の子供に恵まれて、育てるというよりも、共に親として爺として育っていけたと思っておる。
ほんとうにみんなありがとうよ。
ああ、光が、まぶしい光が
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どっかん、と膝を地面にぶつけた。
うぐっ、と、声を出してしまうほど痛い。
なんじゃ、大往生の時じゃというのに、ベットから落ちてしまったかのう。
失敗失敗、悲しんでいる家族達に悪い事をしたのう。
目を開く。
回りには緑があふれ、さわやかな風が吹き抜ける野外じゃった。
これはなにごと!
手を打ち合わせて砂を落とし、立ち上がる。
なんじゃ、体が軽い。
腰痛はどこへいったんじゃ?
ここはどこじゃ。
豪華な西洋の城が遠くに見える、ノイシュヴァンシュタイン城のような豪華な作りじゃ。
ここはヨーロッパなのであろうか。
どこまでも広く抜けるような青空に飛行船が何隻も飛んでおるのう。
後ろをふり向くと大きな洋館が建ち並んでおる。
制服の若者が沢山行き交って、儂らの方をチラチラ見ておるな。
儂が転んだのは、大きな洋館から、足下に広がる運動場、若人が走っておるのでグラウンドであろうか、そこへ続く石造りの長い階段の途中であった。
階段といっても踏み面が一メートルほどもある緩い勾配だったので膝を付いても転げ落ちる事は無かったのが幸いじゃったな。
お、おおお?
なんじゃ、これは、視線を下に移せば、儂の胸に、ふくよかな乳房が!
スカートをはいて、足がスウスウする。
胸元には、なにやら真っ赤な大きな宝石がついたペンダントがきらりと光を反射しておる。
なんじゃ、なんじゃこれは?
「聞いているのかい、イライザ!」
イライザ?
何を言うておるのじゃ、儂 は岩崎源五郎じゃ、イライザなる者ではないぞ。
なにか、儂を問い詰めるような感じで、四人のハンサムボーイが近くに立ち、小柄な女学生がその影に隠れるようにしておる。
外人の学生さんのようじゃな。
洋画に出てくるような、あの、デカプリオやらいう男優に似ておる奴やら、シュワルツネッガーばりのマッチョやら、なんやらが、いかめしい顔で儂を見ておる。
すこし待って欲しいのじゃ。
「すこし、おまちになって」
や、ややや、なにやら言おうと思った事が、別の言語に翻訳されて、口からまろびでたわいっ。
女性のやや低めの声で、好みの音質じゃが、どうも儂の声のようじゃ。
なにか、とてつもなく変な事が起こっておるのう。
どうも、ここは西方浄土のようには思えぬなあ。
「聞こえないふりをするのはやめたまえ、君のアリシアに対する、数々の嫌がらせは、明白だ、それどころか、略取誘拐まで、謀っていたとは、まったく度しがたいね、君は」
などと、白い豪奢な服を着た金髪のハンサム君が、儂にまくしたてる。
し、知らんぞ、儂は、アリシア某に儂が何をしたと言うんじゃ。
アリシア某というのは、白服ハンサムの後ろに隠れておる、小動物系の愛らしい少女の事のようじゃ。まことフリルのついた洋服が似合う、西洋人形のような娘じゃな。
「聞こえぬならば、いま一度、はっきりと告げよう、この私、聖メルキスタン王国の第一王子たるクリスは、君、侯爵令嬢イライザとの婚約を、現時点を持って、破棄させてもらうっ!」
ほう、儂は侯爵令嬢なのか。
そして、対面する真っ白な制服の金髪ハンサムは、この国の王子とな。
なにか、どこかで、聞いたような……。
王子クリス?
侯爵令嬢イライザ?
そうすると、そこに立って居る筋肉男は、男爵にして騎士のアラン?
隣の片眼鏡のお利口そうなハンサムは、宰相の息子のニコル?
黒髪で可愛い感じの彼は、蓬莱帝国からの留学生のヤマト君?
……。
な、なんじゃと、それでは、孫のつる子が小学生の頃に、一緒にやってあげた乙女ゲームの「聖メルキアン学園物語」そのままではないかっ!
そうすると、儂がイライザということは、あのゲームで主人公アリシア嬢をいびり抜いた、悪役令嬢となっておるわけなのかっ!
これは、たいへんじゃ!
聖メルキアン学園物語とは、五年ほど前に流行った乙女ゲームじゃった。
孫のつる子が、これを欲しがったのでクリスマスに一緒にヨドバシカメラに行って買ってやったものじゃ。
小学生だったつる子には操作が難しかったようで、「じーじ、一緒にやろう」と言われて、儂はつる子をだっこして何回もやったものじゃ。
ゲームのシステムはたしか、主人公アリシア嬢となって、メルキアン学園に入学してから、卒業までの時間をすごし、能力を上げ、四人のハンサムボーイと親密になり、誰かに告白されてめでたしめでたし、というたわいの無いゲームじゃった。
つる子は王子さまのクリス君が大好きで、何度も何度も、クリス君のお話をクリアしては、うっとりしておったな。
ゲームに出てくるお話しも、舞踏会あり、文化祭あり、デート有りで、女の子が夢見る物が、これでもかと、一杯つまっておった。
そうそう、今の状況じゃが、主人公にさんざん意地悪を仕掛けていた、悪役令嬢のイライザが、ついに、悪事の証拠をハンサム君たちに掴まれ、公衆の面前、グラウンドに続く階段で、糾弾されて、王子からは婚約を破棄される所じゃな。
後半も後半、この後は、意中のハンサムくんに魔法の樹の下に呼ばれて、告白されるイベントしか無い時点じゃぞ。
……。
儂、大ピンチじゃな。
ははは。
たしか、この後は、侯爵家が不正を暴かれて没落、イライザ嬢は国外追放であったかな。
「聞いているのかっ! イライザッ!」
クリス王子がイライラした様子で金髪をゆらしておる。
「ちょっと、静かになさってくださいませ、今、考え事をしてますの」
「この後に及んで、何を考えるというんだっ!」
マッチョ騎士のアランは、腰の剣に手を置き、そっくり返って大声を出す。
「ふ、なんとか逃げようというのですか、逃がしはしませんよ」
イヤミ眼鏡のニコルは、片眼鏡を、くいっとあげて宣言する。
「やっぱり、いじめは良く無いと思うんですよ、僕は」
可愛い感じのヤマトくんは、儂に向かって、口をとがらした。
ああもう、ハンサムボーイズよ、すこし静かにしてくれんか。
今は、それどころではないわい。
何が何だかわからんが、とりあえず軽率に罪を認めるのは止めようではないか。
この後、ゲームのイライザ嬢は取り乱し、怒り、アリシア嬢に掴みかかって撃退されて、階段を無様に転げ落ちるんじゃ。
その一枚絵を指さして、つる子は「ざまぁ」と毎回言ったものだが、当の本人になっては冗談ごとではないわ。
イライザ嬢が、本当にやってしまった悪事はしかたがないのじゃが、幾つか腑に落ちない点があるのう。
ゲームをやっている時にも、それは疑問に思っておったんじゃが、女児のやるものに、それほど綿密な考証を要求してもなるまいと、はしゃぐ孫を見ながら黙っておった所じゃ。
よし、とりあえず、一つ一つ、問題を解決していくかのう。