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3-07 嘲笑された令嬢と王子の婚約〜王太子の座、奪い返してみせましょう〜

城の夜会に参加した伯爵令嬢スピカは、困惑していた。


『星読みの魔女』と中傷されて気味悪がられるのはいつものことだが、今回ばかりは様子が違う。


陰の気で満ちた会場に、王太子確定を匂わせる第二王子と聖女の婚約発表。

さらには、国王命令でスピカの婚約者まで決められてしまったのだ。

婚約の相手は、引きこもりで醜いと噂の、冷遇された第一王子アルバス・アルタイル。


はみ出し者二人の婚約を、誰もが嘲り笑う。

王朝崩壊の予兆と第一王子の異変を感じ取るのは、陰陽術を習得したスピカのみ。


――腐りかけた国を助けたいとは思わない。けど、国が壊れたとき、皆も私も無事でいられる保証はない……。


アルバス王子に光を見たスピカは、国の崩壊を防ぐため彼を王太子にしてみせると誓う。


タイムリミットは、半年。

王太子の座を取り戻すため、疎まれ者の陰陽師令嬢スピカと笑われ者のアルバス王子の戦いが始まる!

 軽快な蹄と車輪の音が、夜の帳が下りた街に響く。

 馬車が向かう先は、オルフェウス城。

 今宵、貴族の令息令嬢が集う夜会が開かれるのだ。


「お嬢様が参加されるなど、めずらしい」


 揺れるキャビン内で侍女が頬を緩ませる。

 斜め向かいに腰掛ける黒髪の令嬢も、同じように微笑んだ。


「雲間から、吉星が見えたの。あんなに光るのはめずらしいから、何が起こるのか確かめたくて。でも、いまはちょっと後悔してる」


「スピカお嬢様。噂を許してはなりませんよ。確かにお嬢様は変わり者。ですが、誹謗中傷の的にしていい理由にはなりません! ああ、腹立たしい。先日も」


 途端、侍女の言葉を遮るように扉が開かれて、御者が一礼した。


「お嬢様、到着いたしました」


「メイベル、こればかりは諦めるしかないわ。行ってくる」

 スピカは慣れた手つきで白い口布を着けて、顔の下半分を覆い隠してごまかすように笑う。

 侍女メイベルは不満げな顔で「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。



 案内係に連れられたスピカは移動がてら、絵画や花が飾られた廊下を堪能する。


 まだうら若き十八の歳だ。

 城で見るめずらしいものに心を躍らせていたのだが、ふと端に転がる灰色の塊を見つけて眉を寄せた。


 ――廊下にねずみの死骸……凶の兆し。来るべきじゃなかったのかも。


 引き返そうと足を止めるも、すでに会場の手前。

 案内役はスピカの不安など知るよしもなく「こちらでございます」と一言告げて扉を開いた。


 スピカの来場に会場は静まり返り、令息令嬢の刺すような視線が注がれる。

 やがて、火がついたようにそこかしこで噂話が始まった。


「見て、星読みの魔女よ」

「やだぁ、エスコートなしで来たみたい」

「今日も顔を隠してるわ。やましいことでもあるのかしら」


 飛び交う悪口に、スピカは口布の下で苦笑いを浮かべる。

 やはり、ここは自分にとって凶の場所。来てはいけなかったのだ、と。


「……魔女ではないわ。魔術に興味はないもの」


 ぼそりと呟き、友好の姿勢を示すために目を細めると、視線が重なった令嬢は「ひっ……」と小さく声をあげ、怯えるように人だかりに隠れた。


 それも仕方のないことかもしれない。


 スピカはこの会場で、飛び抜けて異質だった。

 すらりとした肢体と長い黒髪、つり目がちな金の瞳。流行りとは真逆で甘さのない紫色のドレスは迫力があり、スピカはまさに魔女と呼ばれるに相応しい外見をしていたのだ。


 おまけに口布に五芒星ペンタグラムの模様まで描かれているものだから『気味が悪い』と、スピカはいつも噂の的になっていた。


「ねぇ、あの布と模様なんなのかしら。以前『セーマンよ』と言っていたのを聞いたけど」

 どこかで令嬢が囁き、あきれたような男の声がする。


「セーマン? なんだそれは。どうせ醜女か、奇病を隠しているんだろう」

「醜い奇病……どこかの王子みたいに?」

「おいおい、腐っても王子。聞かれたらまずい」


 このままではいけない。さすがに奇病と噂されては家に迷惑がかかる、と、スピカは慌てて口を開いた。


「そぉ……ふ、ふふふっ」

 祖父が、と説明をしたくとも、極度のあがり症のために言葉が続かない。


 ただ言葉をつかえて声が震えているだけなのに、不気味な魔女の笑い声のようで、あたりは異様な雰囲気に包まれた。



「ゴドフリー国王陛下、モーリス王子殿下のおなり!」

 二階の衛兵が高らかに声をあげ、スピカは助かったと胸を撫で下ろす。


 令息令嬢の興味も王族に移り、皆、二階の扉を見つめる。

 優雅な音楽とともに現れたのは、白髪で痩せ型の国王と、金髪で色男の第二王子モーリス。

 そして、()()王子の婚約者である聖女ローナだった。


 会場の者たちは目を見開き、呆然としたまま三人を見つめる。

 スピカもまた、信じがたい光景に言葉を失った。


 モーリス王子とローナ嬢が、仲睦まじく腕を組んで会場入りをしたのだ。



「皆、よくぞ参った。今宵、次代の国を担う息子や、ぬしらにとって重大な知らせがある」


 ゴドフリー王が威厳のある声で言い、隣に立つモーリス王子とローナ嬢は顔を見合わせて微笑み合う。


 色男と美少女が並ぶ姿は絵になっていて、スピカの近くにいた令嬢がうっとりとため息を吐いた。


 ゴドフリー王はざわつく会場を見渡して、笑うように口を開いた。


「いまをもち、我が息子、第一王子アルバス・アルタイルと聖女ローナ・サフランの婚約の破棄を命じ、第二王子モーリス・アルタイルと聖女ローナ・サフランの婚約を命ずる!」 


 「仰せのままに」と、上品に礼をする第二王子と聖女とは反対に、会場は混乱を極めていた。

 第一王子の婚約者が、次は第二王子の婚約者になるなど聞いたことがない。

 もしや、第一王子はお隠れになったのかと小声で噂話が飛び交うようになり、国王はモーリス王子に視線を送った。


「諸君、夜会へようこそ」

 モーリス王子が前へ出て一礼する。桃色髪の聖女ローナは、幸せそうに未来の夫を見つめている。


「第一王子アルバスは健在だ。だが、皆も兄の噂は知っているだろう?」

 モーリス王子が含み笑いをすると、聖女ローナもくすりと笑みをこぼす。

 会場の貴族たちも二人の様子を見て遠慮をなくしたのか、笑いを噛み殺していた。


 スピカ・ローウェルを除いては。


 ――ひどい負の空気……。見下して、嘲って、嗤って。気分が悪いわ。


 スピカは淀んだ空気に身震いをし、眉を寄せた。


 第一王子アルバスは、数年前奇病にかかって以来顔を隠し、塔で療養生活を送っているとスピカも父から聞いたことがあった。

 だが、ちまたでは、醜男な兄が華やかな弟に引け目を感じて表へ出て来れなくなっただけだ、という噂が駆け巡っていたのもスピカは知っている。


 知ってはいるが、噂はあくまで噂。このような嘲笑はあんまりではないか。


 他人事とは思えずスピカが下唇を噛み締めていると、モーリス王子が幼子を呼ぶように両手を叩いた。


「諸君、お静かに。陛下からお預りした王命があるのだ。こちらは私の口から伝えよう」

 視線を集めて恍惚としたようなモーリス王子は、再び口を開く。


「ゴドフリー陛下の名において、第一王子アルバス・アルタイルとスピカ・ローウェル伯爵令嬢の婚約を命ずる」


「え……」

 スピカは目を見開いて立ち尽くす。


 ――アルバス王子と私が、婚約……!? お会いしたこともないし、私は上級貴族の娘でも聖女でもないのに?


 信じがたい命令が、何度も頭の中で巡る。


 年頃ではあるが、スピカに婚約者はいない。

 魔女と噂される令嬢と、誰が添い遂げたいと思うものか。


 それは醜男や奇病と噂される、引きこもりの王子とて同じ。

 王族が結婚できないというのは外聞が悪いため、ちょうどいい娘、スピカがあてがわれたのだ。


 そして、今回の夜会でモーリス王子を前に出し、聖女と婚約させたということは、国王は王太子の肩書きを第二王子に与えるつもりだということ。

 このまま第一王子を表舞台から抹消する気なのだろう。



「兄様を、ここへ」

 モーリス王子が兵士に命じ、すぐにアルバス王子の来場を告げる声が響き渡った。

 

 入ってきたのは長い銀の前髪で顔を隠し、自信なさげに背を丸めた男。

 そのくせ衣装はきらびやかで、左耳には女物の大ぶりな紫水晶のピアスが揺れている。それがまた彼の異質さを際立たせていた。


 ――あの方が、私の将来の夫……。


「やはり醜男だったか」

 近くの貴族が呟き、辺りから笑いが漏れる。


 アルバス王子は猫背のまま階段を降り、令息令嬢は笑いを噛み殺したり、気味の悪いものを見るような目をしたりして、潮が引くように道を開けた。


 スピカの前にアルバス王子がたどり着く。

 遠くで見ると小さく見えたが、思いの外、背が高い。

 背すじを伸ばせば、長身のスピカよりも頭ひとつぶんほど高そうに見えた。


「スピカ・ローウェル伯爵令嬢。どうか私、アルバス・アルタイルと婚約の契りを交わしていただけないだろうか」

 アルバス王子は跪き、スピカが手を差し出すのを待っている。

 いまにも消えそうな声に、スピカは後ずさりをした。 


 ――すごい陰の気。生きているのが不思議なくらい。やはり、体調が芳しくないのでは……?


 顔をしかめると、モーリス王子が嗤う。


「スピカ嬢、そのような顔をしないでおくれ。醜いとはいえ兄も人間なのだから。それとも王太子の肩書きがないと結婚は嫌だろうか? ホースゥ選定でも開いてみるか?」


 どっ、と会場が沸き立つ。

 王太子を貴族たちの投票で決める鳳雛ホースゥ選定を希望したところで、誰からも投票されず嘲笑されて終わるに決まっている。


 貴族だけではなく国王さえ愉悦の笑みを浮かべており、スピカはこぶしを握りしめた。


「皆、狂ってるわ……」

 スピカの呟きに、アルバス王子が顔を上げて視線が重なる。

 銀髪の奥に見えたのは、紫水晶に似た目。

 瞳に宿る澄んだ光に、スピカは息をのんだ。


 ――陰極まれば陽に転ずる、か。この光を絶やしてはいけない。陰の気に満ちた国が傾くのは時間の問題だもの。とはいえ、この大人数。私、一言くらいしかまともに話せそうにないんだけど……。ええい、どうにでもなれ!


「スピカ嬢……? なにを……むぐっ!」

 スピカは強引にアルバス王子の手をつかみ、そのまま彼の唇に手の甲を押しつけて婚約を成立させ、笑い声に似た震える声で言い放つ。


「ホホホ、鳳雛選定、希望いたしますわ!」

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[一言] 【タイトル】インパクトが物足りないタイトル。奪い返すのが王太子、王位継承権第一位の座というところが地味。 【あらすじ】あらすじで「陰陽術」という単語を見た時、強く疑問に思った。なぜこの要素…
[一言] 3−7 嘲笑された令嬢と王子の婚約〜王太子の座、奪い返してみせましょう〜 タイトル:権力争い(嘲笑された……下剋上っぽい?)の話だね。 あらすじ:星の名前が物語にぴったり。お家騒動を超え…
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