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3-03 灯りの家へおかえり。-ある日、魔女は少女を拾った-

「あの子を見つけたとき、また面倒なことに巻き込まれたと思ったんだよ」


 魔女のおばあさんはふぅ、と息を吐く。荒々しい口調で言葉を続けた。


「人間なんて拾うもんじゃないね。ただでさえ狭い家がもっと狭くなっちまうし、ひとりでゆっくりもできやしない」


 椅子に座りながら、膝に乗っている黒い猫を撫でる。猫は大きな瞳で魔女の顔を覗き込んだ。


「アタシは面倒なことは嫌いだからね。これでいいんだよ」


 言い聞かせるように話す魔女を猫はただ見つめていた。


「灯りの家はどんな人も受け入れるが、去ることも拒まない」


魔女は猫を撫でる手を止めると、皺だらけの目元を細める。そして小さく呟いた。


「……きっと、親のもとで幸せに暮らしているはずさ」


 そう言いながら目を閉じる。

 そして、少女との出会いを思い出した。


 これは年老いた魔女と幼い少女があたたかい家に住む話。



 ――この森には魔女がいるそうだ。


 男の言葉に、少女はゆっくりと顔を上げた。ガタガタと揺れる荷台の上で、少女は短く暗い髪を耳にかけて、壁に耳を当てる。


「何言ってんだよ。魔女狩りで魔女は全部死んだはずだろ?」


 もう一人の男が怯えを含んだ声で尋ねる。


「すべての魔女が死んだわけじゃないからな。近くの村の人間はこの森に近づかない」

「どうして?」


 男は固い声で答える。


「その魔女は人間を食べてしまうからだ」

「…………」

「ここは危ない。だから、人の目にもつかない。早く抜けるのが得策だ」


 壁の向こうに男たちが黙ってから、少女は音を立てないようにゆっくりと立ち上がった。

 周りにいる子どもたちは顔を上げることもしない。みんな、少女と同じようにボロボロの服を着ている。身を抱えるようにうずくまったまま、寒さに耐えていた。

 少女はバランスを取りながら荷台の入り口へ歩く。そこから顔を出せば、荷馬車はすごい速さで森の中を走っていた。ここから落ちたら、ケガだけでは済まないだろう。

 少女は振り向いて、子どもたちに手を振る。一人の子どもが顔を上げた。

 虚ろな瞳が少女を映す。その瞳に映る自分は笑っているように見えた。


「…………っ」


 荷台から飛び降りた。

 肩を地面に打ち付けて、息が止まる。軽い身体が地面に転がり、小石で肌を切る。

 音に気付いたのか、馬を操っていた男が「何だぁ?」と声を上げた。痛い身体を起こして、急いで太い木の幹の後ろに身を隠す。

 息をひそめて様子を窺うと、二人の男が馬を止めて、荷台の後ろを見に来た。


「なんだ、何もないじゃないか」

「子どもの数は? 減ってないか?」

「それよりも早く行こうぜ。魔女が来たらまずいだろ」


 そう言って、前へ戻っていく。荷馬車が離れていくのを確認すると、少女はゆっくりと立ち上がった。痛みに顔を歪める。それでも少女は暗い森の奥へと歩きだした。

 冷たい風が擦りむいた頬を撫でる。木の葉は地面に落ち、木々は枝だけが残っている。

 少女は一歩、また一歩と歩いていたが、ふいに力が抜けて座り込んだ。木の下でうずくまり、身を縮める。ボロボロの服では寒さを到底しのげない。

 少女は声を出そうとした。

 痛い。

 そう言いたかったのに、喉を震わせることができなかった。

 お腹が空いた。痛い。寒い。眠い。

 目がとろんとしてくる。どうして眠いんだろうと思った。

 けれど、どうでもよかった。とても心地いい。

 そのまま眠ってしまおうかと思った。いい夢を見られる気がした。膝を抱えなおして、ゆっくりと目を閉じる。



「――アンタ、ここで何しているんだい?」


 誰かの声が聞こえた。

 少女は瞼を持ち上げて、目だけで声のする方を見る。


「死ぬつもりかい?」


 自分の顔を覗き込んできたのはローブを深く被り、顔が皺だらけのお婆さんだった。





「またやってしまったよ」


 魔女は大きな溜息を吐いた。

 木の椅子に腰を下ろして、一つの扉に目をやる。その扉の向こうには、人間の少女が眠っている。さきほど拾ってきた少女だ。

 彼女は十歳に満たない見た目をしていた。そして、あの格好を見る限り、おそらく近くの村の娘ではない。

 着ている服も村の子どもが着ているものよりも粗末なものだった。暗い髪は粗雑に切られている。あの年頃の子はもう少し長い髪をしているはずだ。肌は青白く、日に焼けた様子もない。細い手足から見るに、もう何日も食べ物を食べていないような痩せ方をしていた。

 そもそも村の人間なら、この家に近づかない。ここのところは豊作で食べ物に困っている様子もないから、労働力にもなる子どもを捨てる理由がなかった。

 


「……どこから来たんだろうね」


 街からは少し距離がある。子どもの足で歩いてくることは難しい。ならば、異教徒に誘拐された子どもだろうか?

 魔女はもう一度扉に目を向けると、また大きな溜息を吐く。


「それにしても、何でもかんでも拾うのは私の悪い癖だね」


 視線を下に向けると、黒い猫が大きな瞳でこちらを見ていた。自分のことを話しているのだとわかったのか、「にゃー」と返事をした。

 黒猫は魔女の横をすり抜けると、少女がいる部屋の前に立つ。部屋から物音がした。起きたのだろう。

 魔女は立ち上がると、猫を抱き上げて退かした。黒猫が「……にゃお」と不本意そうに鳴く。魔女はそれを無視して寝室に入った。


「…………」


 少女は布団を身体に巻き付けて、小さく縮こまっていた。警戒した様子で魔女を睨んでいる。


「調子はどうだい?」


 魔女の問いに少女は返事をしない。魔女は気にした様子もなく、少女に近づく。少女はビクリと身体を震わせた。魔女はそれを横目に見ながら、彼女の近くのテーブルに水差しとコップを置く。


「とりあえず、水は飲んでおきな。落ち着いたらこの部屋を出て、向こうの部屋に来るんだよ」


 魔女はそれだけ言うと、部屋を出た。


「さあて、どうするかねぇ」


 簡単には部屋を出て来ないだろう。だが、ずっと閉じこもっているわけにもいかない。


「まったく、人間は嫌いだっていうのに」


 口では言いながらも、魔女は心配そうな目で少女のいる寝室に目を向けた。



 魔女が長年住んでいる家は人から譲ってもらったものだ。

 森の奥に建っているにしては、レンガ造りの立派な作りをしている。いくつか部屋があり、食事を作り食べる居間、薬を作る調合室、そして寝室が二つ。今、その寝室の一つに人間の少女がいる。

 普段ならば魔女はもう一つの寝室で眠るが、その夜は居間で過ごした。少女がいつ部屋から出てきても対応できるようにするためだ。

 炉に薪を入れ、部屋を暖める。「ふぅ」と息を吐き、椅子に深く腰を掛けて火を眺めた。

 誰かがいる夜は久しぶりだった。自分が招き入れたくせに、この家に知らない人がいるのは妙に落ち着かない。けれど嫌ではなかった。

 ガリガリと扉を引っかく音がした。少女がいる部屋から聞こえる。


「猫が入り込んでいたのかね」


 魔女は腰を上げると、少女のいる寝室の扉を開ける。


「にゃあ」


 黒猫の黄色い瞳が魔女を見上げる。


「やっぱりいたのかい」


 黄色い瞳は魔女を見たあと、部屋の奥へと視線を向けた。その視線を追うと、ベッドには誰もおらず、窓が開いていた。


「……逃げたのか」


 魔女は息を吐きながら、肩をすくめる。


「なら、もう寝ようかね」


 窓を閉めて部屋を出ようとする。黒猫は窓をじっと眺めたまま、動こうとしなかった。


「ほら。おまえもそこから出ないと閉じ込めてしまうよ」


 黒猫は魔女を見上げた。何か言いたげな瞳に魔女は顔をしかめる。


「何が言いたいんだい」

「にゃあ」

「アタシにあの子を探せっていうのかい?」

「にゃあ」

「嫌だよ。どうしてアタシが人間の面倒を見なきゃいけないんだ」

「にゃあ」

「…………」

「にゃあ」


 黒猫は立ち上がると、魔女の足元をすり抜けて、玄関の方へと歩いていく。


「……まったく」


 魔女は黒猫のあとをついていくと、玄関を開けた。


「……今日は眠れそうにないから、散歩でも行こうかね」


 その言葉を聞いて、黒猫は高い声で「にゃあ」と鳴いた。




 冷たい空気が喉や肺を刺激する。吐く息は白く濁っていた。

 少女は魔女の家から抜け出して、森を一人で歩いていた。自分がどこを歩いているのかわからなかった。どこに行けばいいかもわからない。だが、少女は歩みを止めなかった。

 夜の森は明るく、月明かりが足元を照らしている。けれども木々の奥深くは黒く染っていた。


 ガサリ、と葉を踏む音が聞こえた。


「…………」


 足を止めて音のする方に目を向ける。

 低い唸り声が聞こえた。その声は一つではなく、複数聞こえる。

 少女は警戒しながら、一歩後ろに下がる。息を潜めて、声のするほうを睨めば、木々の陰から出てきたのは数匹の狼だった。


「…………っ」


 少女は身体を強張らせ、一歩後ろに下がる。

 狼は鋭い目で少女を捉えたまま、近づいてくる。

 一歩、ニ歩と下がり、耐えられず少女は狼に背を向けて走り出した。それが合図にように狼たちは彼女の背を追うように走り出す。

 子どもの足では狼にかなうはずがない。間近に迫ってくる狼を見て、少女はギュッと強く目を閉じた。



「――止まりな」


 その声に狼は動きを止めた。少女が振り向けば、そこには魔女が立っていた。


「アンタたちは賢いはずさ。どちらが格上かわかるね?」


 狼は怯えたように身を小さくする。鋭かった目は弱弱しくなり、魔女の機嫌を窺うように泳がせていた。


「行きな」


 魔女の言葉で狼たちは逃げるように走っていく。魔女はそれを一瞥すると、少女の方に近づいた。

 少女は魔女を睨むようにして見る。魔女はその様子に笑みを浮かべる。


「警戒することは大事だ。アンタはまだ生きるつもりなんだね?」


 少女は頷くこともせずに、睨み続けている。魔女は満足そうに笑うと杖を少女に向けた。


「上等だよ」


 瞬間、少女の身体がふわりと浮く。目をぱちくりとさせる少女を横目に、魔女は杖を箒に変えた。


「アンタ、高いところは大丈夫かい?」


 魔女は少女の返事も聞かずに、箒の上に乗せる。魔女は少女の背を覆うように箒に乗った。魔女の足が地面から離れていく。箒は二人を乗せて、夜の空へと浮かび上がった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 【タイトル】魔女が子供を拾う話は、いつだったか大勢で書いていたのを見た。とりあえず、おどろおどろしい雰囲気ではなさそうだ。 【あらすじ】おそらくは終わりから始まる、映画でしばしば見る構成だ…
[一言] わぁ、これは感動作な予感……(*´꒳`*)
[一言] 3−3 灯りの家へおかえり。-ある日、魔女は少女を拾った- タイトル:少女にとって魔女のところがあったかい居場所になる話かな? あらすじ:どちらかというと少女に魔女が幸せにしてもらう話だ…
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