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3-18 悪徳祓魔師・羽々木音依の巡礼

アローアームズ社製の人感センサが、ヒトと人外とを識別しているというのは我々の界隈では有名な話だった。だが、そんな与太を本気にしている者は多くなかったし、私もまた下らんジョークだと高を括っていたクチだった。

だって普通、そうだろう。そんなのは大方、ブサイクすぎて顔認識が機能しなかったとか、冷え性で体温が人間のそれだと認識されなかったとか、適当な理由をつけて片しちまうだろう。人間どもだって、我々が起こす怪異現象をあれやこれやとこじ付けて安心しようとするじゃないか。それとおんなじ。

おばけなんてないさと人の子が言い聞かせるように、私たち悪霊もまた、祓魔師の存在を頭から締め出そうとする。黄泉に送られることなんて考えたくもない。でも、ときどき不安になって気付くんだ。

奴らは必ずやって来る。十指に着けたメリケンを、銀の指輪と言い張ってどこへなりとも押し入って来る。あいつらこそ、真の悪魔だ。

 三が日が明けて早々、矢伏間(やぶすま)家の門前に胡散臭い風体の女が現れた。羽々木(はばき)音依(ねい)と名乗るその女は、全身黒装束で目元を丸型のサングラスで覆っており、薬の売人かマフィアのようにしか見えない。応対をした矢伏間理介(りすけ)は大いに困惑した。


 なにせ矢伏間家は、ただでさえ問題を抱えている。原因不明の家鳴りに異臭、関係者を襲う体調不良に事件事故――これ以上の厄介ごとは御免なのだ。大方、家の惨状を嗅ぎつけた詐欺師の類だろうと踏んだ理介少年は、不機嫌さを隠すことなく羽々木に食って掛かる。


「聖職者、学者、自称霊能者……ここ二週間で色んな方が来ましたが、誰も彼も役には立ちませんでした。あなたはどれですか? 尼さんや学者先生には見えませんが」

「君の言わんとしていることは分かるよ、矢伏間理介くん」


 名を言い当てられたことに理介が驚くと、羽々木はニヤリと笑い、


「下調べは私たち祓魔師(ふつまし)にとって初歩の初歩だ。君ら姉弟が極々正気だってことは精神科の先生から聞き知っている。ご両親亡きあと、この数年、姉さんと二人きりで屋敷を管理していることもね」

「祓魔師?」

「悪魔祓いの専門家だよ。ねえ、理介くん。君の気持ち次第で、姉さんに憑いている悪魔を何とかできるって言ったら、どう? 賭けてみようと思わない?」


 気持ち、つまりは金か。疑心暗鬼に陥っていた理介は、余計に警戒の色を強くする。彼にはもはや、羽々木音依という女は霊感商法でせこく儲けようとする無法者にしか見えていない。だが、幸か不幸かこれは大きな誤解であった。


 彼女は悪魔祓いで法外な報酬を吹っ掛けたことはおろか、一銭のお金も受け取ったことがない。ただ、地上に現れた悪魔を叩きのめして、黄泉に送り返すことが生き甲斐の自由人。風体と言動が絶望的に胡散臭いだけのボランティアだ。

 羽々木が言う“気持ち”とは、“気持ち”という意味である。

 彼女は単に、悪魔祓いに立ち会う勇気があるか問うただけなのだ。


「もしもし、理介くん?」

「分かりました。もし、あなたが本物の力を持った祓魔師だと言うのなら、良いでしょう。こちらも相応の覚悟をもって応えます。ただし、まずはあなたが力を示してください」

「そっかそっか、嬉しいよ」


 羽々木は気付いていない。理介が言う“覚悟”というのは報酬を後払いする心づもりであって、超常の存在と対峙する決意ではないということを。金に頓着していないがゆえに、羽々木は“覚悟”という言葉をそのままの意味で受け取っていた。少年が見せた勇気に、純粋に感心していたのだ。当の理介は、駄目で元々としか考えていないというのに。

 致命的なすれ違いを抱えたまま、二人は屋敷の門を越えた。玄関までの長いアプローチを歩いている間も、理介は探りを入れることに余念がない。


「祓魔師って普段は何をしているんですか。教会にお勤めとか?」

「いいや、教会とは折り合いが悪くてね。普段は何もしちゃいないよ」

「えっ、何も? 何もですか? ノット・イン・エジュケーション……?」

「なんだよう、人をニートみたいに。良いか、少年。神は六日で天地を創造し、一日を休みにあてられた。人間如きが週の大半を仕事にあてるというのは、私に言わせれば傲慢だね。週一労働くらいが身の程ってもんだ」


 まあ私は月一労働だけど、と付け足す羽々木に理介は乾いた笑いを返した。

 屋敷の玄関先は豪華な造りに反して飾り気がまるでなく、門松も注連縄(しめなわ)も出されていない。また、クリスマスの飾り付けが出しっぱなしということもなかった。それを見た羽々木は大げさに溜息を吐く。


「正月だってのに味気ないねえ。お年玉でもあげようか、理介くん」

「要りません。僕もう高一ですよ」


 つんけんした返しをして、理介は足早に廊下を歩いていく。ニヤニヤと笑みを浮かべて、羽々木は悠然と後を追う。こんな戯れ合いが続く中で、羽々木の表情が固まった瞬間が二度ほどあった。

 それは食堂の前を横切ったとき。そして、居間の仏壇が視界に入ったときだ。

 溢れ返ったインスタント食品の空ゴミと固く封じられた仏壇の二重扉を見て、彼女は何かを悟ったように頷いた。


「姉さん、来客だよ。除霊に来てくれたんだって」


 奥の部屋に行き着くと、理介が扉をノックする。すると、ややあって青白い顔をした女性が顔を出した。理介の姉、矢伏間文香(ふみか)だ。理介とは年が八つ違いだが、声が弱弱しくやや老いた印象を与える。

 理介いわく、一連の怪奇現象は文香が体調を崩してから始まり、以後、彼女の行く先々で周囲の人間を不幸が襲ったとのこと。除霊の対象が彼女一人に絞られたのは、そういう経緯だった。


「もう誰も来てくれないんじゃないかと思ってました。感謝します。えっと……」

「羽々木です、羽々木音依。それで早速ですが、除霊のためにこの部屋を弄りたいのですが、構いませんでしょうか」

「ええ、大丈夫です。できることは全て試したいので」

「結構。では、始めましょう」


 急に仕事モードに変わり身した羽々木を前に理介が面食らっていると、くしゃくしゃに丸められたチェスターコートが宙を舞った。羽々木が理介に向けて投げ渡したものだ。


「手伝え、理介くん。君は助手だ」

「僕には敬語じゃないんだ……」

「ほら、黙って手を動かす。ベッドと机以外は廊下に出すんだ。家具が浮遊すると危険なんでね――ああ、そうそう。文香さんは風呂で身体を清めておいで。念入りにね」


 言いながら既に、羽々木は祈禱書やら十字架やらをベッドの上に広げている。理介は観念した様子で、部屋の整理に取り掛かった。文香も言われた通り、風呂場へと向かう。


「羽々木さんは怖くないんですか?」


 懲りずに理介が話し掛けると、羽々木は気の抜けた声で、


「え、なにが?」

「知っているんでしょう。この家に来た人はみんな事故に遭ったり、病気になったりとロクな目に遭わない。羽々木さんももしかしたら……」

「大丈夫、私は専門家だからさ。()が何かは見誤らないよ」


 そう言うや否や、広げた荷物の中からポーチ一つを取り上げて、羽々木は部屋を飛び出した。虚を突かれた理介は一瞬ポカンとして、それから慌てて後を追った。


「ちょっと、どこへ行くんですか? 除霊の準備は?」

「あれはブラフだ。狙いを悟らせないためのね」


 向かう先が居間の方だと気付いたとき、理介は言い知れぬ不安を抱いた。

 あそこに彼女を行かせてはならない。侵入を許せば、自分の望まぬことが起きる。そう、理介は直感していた。直感しながらも、その理由を理解していなかった。

 羽々木が仏壇の前で足を止めたのを見て、理介の不安は恐怖へと変わっていた。


「羽々木さん、戻りましょう。こんな所へ来ても仕様がない」

「いいや、君は分かっているはずだ。覚えているはずなんだ、思い出せないだけで」

「何するんですか、やめてください!」


 仏壇の封が解かれようとすると、理介はとうとう自制が利かなくなって飛び掛かった。そんな彼を羽々木は容易く制圧して、床へと引き倒す。


「分からないなら、教えてあげよう。なぜ、正月だというのに門松の一つも飾られていないのか。なぜ、おせちも食わずカップ麺ばかり食べているのか。そして何より、なぜ仏壇の扉を閉め切っているのか。その理由を」


 理介がまず感じたのは臭いだった。腐った卵のような臭い。硫黄の臭い。

 開け放たれた仏壇から悪臭と冷気が漏れ出し、周囲の家財がガタガタと震え始めた。尋常ならざる状況に理介が硬直していると、羽々木は扉の中に手を突っ込んで仏壇に収められたそれ(・・)を取り出していた。


「君のお姉さん、矢伏間文香さんは既に亡くなっている。この家は忌中だったんだ」


 羽々木の手にあったのは遺影だった。黒檀製の写真立ての中で控えめな笑みを浮かべる姉の姿を直視したとき、堰を切ったように記憶の奔流が理介の脳内に溢れ出した。

 この写真を選んだのは自分だ。病院で姉の轢死体を確認したのも、葬儀の手配をしたのも自分。思い出すと同時に、理介は胃の内容物を吐き出していた。


「酷なことだがこれが真実だよ、理介くん。受け止めるんだ、お姉さんのためにも」

「なんで。なんで、こんなことが……おかしいじゃないか」


 だって、さっきまで僕は姉と一緒にいた。話をした。食事を摂った。

 そう口にしながらも、理介は己の記憶に対して自信を失いかけていた。自分の正気を疑っていた。そんな彼に、羽々木はなだめるでもなく淡々と告げる。


「記憶改変に知覚情報の攪乱。いずれも高等魔術の一種だ」

「魔術?」

「旧約聖書の時代、堕天使(グリゴリ)たちが人間にバラした超自然の術理だ。その(わざ)は物理法則すらも改変する。おかしくなったのは君じゃない。この家のほうだ。そして原因は、君が“姉”と呼んでいたモノにある」


 そうだろう、と羽々木が廊下の方に向き直る。そこには矢伏間文香の顔をした何かが、矢伏間文香のような笑みで立っていた。しかし、それが偽物であることをこの場のみなが知っている。無気味な沈黙が流れた。


「いいね」


 獲物が向こうからやって来た、とでもいうように羽々木は獰猛な笑みを浮かべる。

 彼女の十指には、いつの間にか銀の指輪が嵌められている。メリケンサックを思わせるそれを両の手で握り合い、天に掲げる様は祈りを捧げているようでもあり、スレッジハンマーを食らわせる準備のようでもある。恐らくは後者だ。


「祈りは力、力は祈り。私の祈りで追っ祓ってやる」


 彼女の笑みは、悪魔よりも悪魔らしい。

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[一言] 【タイトル】「悪徳」の二文字が作品の方向性を提示しているように思う。 【あらすじ】大分変った趣向のあらすじだが、「こういう作品なのだ」という雰囲気はつかめる。 【本文】どういう意味合いで…
[一言] 3−18 悪徳祓魔師・羽々木音依の巡礼 タイトル:巡礼。ってことは旅物かな! あらすじ:悪霊語りだった!祓魔こそ真の悪魔……真意が気になる。 ひと言感想:あらすじは悪霊視点だったが、第…
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