第99話 魂が求める先
目の前で輝くのは、黄金の光。
魔物ヘケヘケが纏った、意思の力。
同じじゃない。頭ん中では分かっとる。
それでも、刺激される。思い返してしまう。
『――人を殺めるのは初めてか? 広島副棟梁』
トラウマ。消し去りたい記憶。
同じ色のセンスを纏った上官の言葉。
隠密部隊『滅葬志士』のトップ。千葉一鉄。
総棟梁の肩書きを冠する男の発言が、脳裏に蘇る。
「あ……あぁ……。違う……。うちは鬼を……」
過去と現実が入り混じる。
頭ん中がごちゃごちゃになる。
両手が赤う染まったように見える。
人の頭部を抉った音。雷鳴。夜の公園。
紐づいた情報が、断片的に頭に浮かんでく。
『安心しろ。人も鬼も元を辿れば同じ血族。お前の手はとっくに汚れている』
こぼした言葉の返事が返ってくる。
過去と現在が繋がる。リンクしていく。
あの時抱いた負の感情が、思い起こされる。
「ハメたな……。うちを謀り、操り、殺すよう誘導した……」
『だとしたらなんだ? 恩義のある上官に今さら逆らうつもりか?』
見えるのは、妄想の産物。
聞こえるのは、嫌味な上官の声。
理性は保っとる。幻だって分かっとる。
「あぁ、そうじゃ……。部隊も、あんたも……うちが全部潰したるっ!!!」
それでも、全く同じ台詞を幻想に言い放った。
それは勝てなかった過去に向けた、覚悟の意思表示。
正気と狂気の狭間の中で、広島は脳のリミッターを外した。
◇◇◇
鼓膜がビリビリと震え、肌がゾワゾワした。
発せられたのは、殺意と執念が乗った重たい言葉。
直接、言われたわけじゃない。他の誰かに向けたものだ。
でも、この後はどうなる。生じた感情のぶつけ先はどこになる。
「…………超原子」
広島は段階をすっ飛ばして、右拳を構える。
凝縮された赤いセンスが、拳に集約されていく。
体術とか武術で、どうこうできるレベルは終わった。
一撃で終わらせる気だ。廊下もろとも破壊するつもりだ。
(どうする……。どうすればいい……っ!!)
冷や汗が背中を伝い、落ちていく間に思考を回す。
考える時間は決して多くない。使える手札は限られる。
その中から一発で、最善の選択を導き出さないといけない。
何を頼りにすればいい。どこを基準にして、どう考えればいい。
目の前に広がるのは無数の選択肢。ジェノは思考の迷路に迷い込む。
「ヘケっ!!!」
聞き慣れた声と共に、ベシッと頬に衝撃が走った。
貴重な時間を消費した行動。きっと二度目は訪れない。
体勢的にも、時間的にも、ヘケヘケの反撃は間に合わない。
使える手札は確実に一枚減った。取返しのつかないことをした。
(なにやってんだ、俺は……)
自分の非を認めると、急に頭が冴えてくる。
パニックになりかけた意識が正常に戻っていく。
(やることは一つしかないだろ……っ!)
複雑な思考が全て取っ払われ、残ったのはシンプルな選択。
追い込まれたからこそ、選べた。これ以外に活路は存在しない。
「超原子」
右拳にセンスを凝縮。
構えるのは相手と同じ技。
イメージのモデルは原子爆弾。
広島県に落とされた大量殺戮兵器。
発動する条件は五分。後は出力の問題。
強い方が勝つ。極めてシンプルなルールだ。
「――――」
「――――」
並び立つのは銀光の拳と赤光の拳。
実力もセンスも思い入れも、相手が上。
無理だ。諦めろ。才能がないから勝てない。
マイナスな言葉ばかりが体にしがみついてくる。
普通なら負ける。常識的に考えれば、通用はしない。
分かってる。言われなくても自分が一番よく分かってる。
(俺は……っ! 俺なら……っ!!)
後ろ向きな感情を受け入れ、己を奮い立たせる。
やらないと分からない。挑まないと結果は変わらない。
自分が決めた限界を、下らない固定概念を、ここで打ち砕く。
「「――拳ッッッ!!!!!」」
そうして放たれたのは、互いの拳と拳。
逃げ場も絡め手もない正面からの真っ向勝負。
両者の魂を込めた一撃は、やがて廊下を震撼させた。




