第92話 作戦会議
王墓所内、中央付近に位置する場所。
壊れた墓石と斬撃の跡が残る、緑地の霊園。
墓を彩る草木が埋められ、中心には大樹があった。
全長三十メートルほどの針葉樹。葉には赤い果実が成る。
「アレは手探りで勝てる相手じゃない……。所感を共有してくれ……」
ベクターは、大樹の近くで語り始める。
顔は真っ青で、体の震えは止まっていない。
一般的な魔術師から外れた男を相手にしたせい。
(所感か……)
サーラは話を聞きつつ、言葉に詰まる。
どこからどこまで話していいのか分からない。
千年前に遡って、共に分霊室を作ったなんて言えない。
「なーる。そういう寸法か。……俺っちは、そうだなぁ。とにかく硬い!」
代わりに返事するのは、隣にいたルーカスだった。
言語化能力に乏しく、なんの考察材料にもなってない。
(この内容の薄さだと、朝までかかりそう)
辛辣な感想が浮かびつつも、サーラは喉元で止める。
発言するなら、実入りある内容を提供しないといけない。
「要約すれば、俺も同意見だが……。エリーゼはどう思う……?」
すると、ベクターはこちらを向き、話を振る。
一瞬、誰のことを言ってるのか理解できなかった。
でも、すぐに思い出した。ここでは、第五王子なんだ。
そう意識を切り替えると、曇った思考が少しスッキリした。
「硬いのは、長年かけて膨大に蓄えた潜在センス量が原因。肉体じゃなく、精神を崩そうとしたけど、無理だった。それに、未来を予知できる魔眼と、霊体を召喚する能力まで持ってるし、他にも手札を無数に隠し持ってるはず」
サーラは淡々と聞かれたことだけを答える。
ここにいる誰よりも、マーリンとの付き合いは長い。
ただ、直接戦ったところは、今まで一度も見たことなかった。
いつも単独で行動し、歴史の影に暗躍し、気付けば終わってる感じだ。
過去では、目の前のことで頭も手も一杯だったし、考える余裕も暇もなかった。
「やけに詳しいな……。アレとどれぐらい戦っていた……」
目を見開きながら、ベクターは反応を示す。
発言の内容じゃなくて、理由が気になったっぽい。
「それ……マーリン攻略に関係ある? あるなら話すけど」
ここは、お茶を濁すしかない。
悪知恵だけは、過去で培ってきた。
話す理由がないなら突っ込まないはず。
「いや、いい……。余計な質問だった……」
目論見通り、再び話は本題に戻っていく。
なんの不都合もなく、生産的なやり取りのはず。
だけど、ベクターの物悲しそうな顔がふと目に入った。
(これで、いいんだよね……)
なぜかズキンと胸が痛んだ。
直接、嘘をついたわけじゃない。
特に間違ったことは言ってないはず。
そう思いながらも、少し罪悪感が残った。
「しっかし、事実だとしたら、勝てる気がしねぇなぁ」
すると、ルーカスは仕切り直すように言った。
微妙な空気を読んで、気を回したのかもしれない。
「有効打は守護霊。恐らく、マーリンに対しての特攻効果がある」
サーラは懐から守護符を取り出し、議論を進める。
さっきは使わない前提で戦ってたけど、実力差は明白。
安全に倒すなら、使う選択肢を考えてもいいように思えた。
「しかし、それは……。百年後にツケを回すことになるぞ……」
ベクターは的確にデメリットを伝える。
正論だった。結局、問題を先送りにするだけ。
イギリスはマーリンの支配下に置かれたままになる。
「……じゃあ、どうするの? このままだと誰か死ぬよ?」
だけど、敵との実力差があり過ぎる。
守護霊なしで倒すのは、どう考えても難しい。
「それは……」
「そうかもなぁ」
実力差を痛感する二人は、バツの悪い反応をする。
結局はこうなる。全ては、マーリンの手のひらの上。
「決まりだね……。わたしがケリをつけるよ」
仕組まれた未来に抗いたい気持ちはあった。
だけど、これ以上、他人を巻き込みたくない。
自分のために、誰かを犠牲にするのはもう嫌だ。
覚悟を決め、サーラは妥協して、楽な方へ流れる。
「それ……私ならどうにかできると思うけど、どうする?」
その流れを食い止めようとする人がいた。
突如、背後から現れて、声をかけた少女がいた。
サーラは振り返り、分かり切った正体を確認していく。
「……リーチェ」
過去に遡り、育て上げた弟子。ついた異名は『至高の魔女』。
一騎当千の実力者であり、戦術を超えた、戦略兵器の登場だった。




