第91話 避けられない戦い
両手に装着されるのは、黒の指貫グローブ。
本革の滑らかな布地を親指で引いて、前を向く。
白い廊下の真ん中に立っていたのは、褐色肌の少年。
ジェノ・アンダーソン。帝国で一週間ほど過ごした関係。
時間の長さは関係ない。同じ店を回した。体術を叩き上げた。
(アミは心を鬼にできん。うちが背負うしかないんじゃ)
軽く息を吸って、重たい口をゆっくりと開く。
「――――何も聞かんで、うちと殺し合うてもらえる?」
胸が張り裂けるような思いで、広島は宣言する。
断言したかった。心の弱みがもろに出てしもうた。
意思が揺らぐのを感じつつ、赤いセンスを体に纏う。
上手く調子が出ん。量も安定感も、いまいちじゃった。
光にムラっ気があって、本調子の四分の一がいいところ。
(人のことは言えんね……。ただ、任務を受けた以上は引けんのよ)
殺しの任務で、100%の体調で挑めることは、ほぼない。
緊張、不安、連戦、負傷、疲労、全部を総合して実力じゃ。
例え、25%の体調でも、その内の100%を引き出せるのがプロ。
滅葬志士『棟梁』の肩書きを背負う以上、泣き言は言ってられん。
「引き受けます。ただ、俺は殺す気ありませんから」
ジェノは見覚えのない手甲を構え、言い放つ。
拳を交える前から分かる。我流ながらも型は同じ。
脇を締め、左手を前に突き出し、右手は腰まで落とす。
古武道『般若無道流』。実戦で磨き上げられた、戦闘技術。
刀や銃を自由に扱えなかった時代に生まれた、打撃特化の流派。
骸人と呼ばれる、体皮が硬い種族を葬るために工夫された、暗殺拳。
(うちと戦えば、また勝手に強くなるんじゃろうね)
あの子には、なーんも教えとらん。
壊れん程度に、ぶちまわしただけじゃ。
それが心身に刻まれて、型になりつつある。
(まぁ、暗殺拳を名乗る以上、活人拳には負けられん!)
敵愾心を燃やし、無理にでも戦う動機を見つける。
それでどうにか、正気は保てた。精神状態は持ち直した。
「ええ度胸じゃ!! 今回ばっかりは手を抜かんけぇなぁ!!!」
迷いを振り切り、廊下を駆け、放つのは暗殺拳。
皮肉にも、25%中の最高のポテンシャルを発揮した。
◇◇◇
第四小教区。王墓所。
宙を飛び交うのは、拳と蹴り。
入れ替わり、立ち替わり、攻め立てる。
息の合ったコンビネーションが、間隙を埋める。
「即席にしては……やる方じゃないかな」
それをいとも容易く杖で受けるのは、マーリンだった。
顔に疲労の色はなく、動きも最小限。無駄な所作が一切ない。
「「――――っ!!!」」
対する二人。ベクターとルーカスは、杖の横薙ぎを受ける。
半端に受ければ、即死級の一撃。互いが身を逸らし、回避する。
会話に興じる暇などなく、攻防に全神経を割いて、このザマだった。
(ふざけるな……ここまで体術がいける魔術師がいてたまるか……)
ひやりと汗が流れ落ち、ベクターは身近に死を感じる。
杖に纏われる薄紅色のセンスは微量。魔術は使っていない。
それなのに、この威圧感。体内に秘める顕在量が半端じゃない。
体積が小さい割に、放つ一発一発の攻撃が星レベルの質量に感じる。
防御に関しても同じで、殴ったところで意味がないようにしか思えない。
「超電導疾駆」
一方、相方のルーカスはアクセル全開。
攻め手を休めることなく、ギアを一段上げた。
合わせることは可能。ただ、上手くいく気がしない。
「待て……。一度、距離を取ってくれ……」
肩をポンと叩き、小声で指示を飛ばす。
ルーカスはこくりと頷き、意図は伝わった。
「「――――」」
反発する力と共に、二人は勢いよく離れていく。
それと同時に、観戦していたサーラの姿も消えていた。
「逃げたか。まぁ、好きにしたらいいよ。どうせ僕はここから動けない」
その背を見送り、マーリンはぽつりと攻略のヒントを口にした。




