第88話 ただならぬ関係
小教区に響いたのは、高い音。
共鳴による、記憶忘却の音色が鳴る。
能力が通用するかは、ある種の賭けだった。
(異常を正常に戻す魔眼、ってところっすか)
黄金色の光を受けながら、メリッサは考察する。
ソフィアは正常に対し、強いこだわりを見せていた。
能力を無効じゃなく、正常に戻すとすれば、納得できる。
実際、音の衝撃波が魔眼に干渉されても、一部能力は残った。
忘却も同じと踏んだ。音に混じった能力が残れば、こっちのもの。
(どこからが正常で、どこからが異常なんすかね)
ただ、良くも悪くも、魔眼の判定ラインは曖昧。
判定がガバガバだったなら、記憶の忘却は発動する。
一方で、判定が厳しければ、あらゆる異常は矯正される。
忘却は封じられ、異常しかないこの体が壊れる危険があった。
「「………」」
すると、バタンという音が鳴った。
倒れたのはミネルバとダヴィデの二人。
忘却の対象は、音が届いた範囲にいる存在。
忘れる内容は、こちらのイメージで変えられる。
指定したのは、王位継承戦と戦闘に関する部分記憶。
忘却された脳は処理に耐え切れず、気絶するオマケ付き。
魔眼を貫通して、能力を通用させる賭けには勝てた形になる。
(二丁上がりっすね。残る問題は……)
メリッサは目の前を見つめる。
左手で刃を止める相手を凝視する。
代理者――ソフィア・ヴァレンタイン。
組織内階級の最上位。黒級に相当する存在。
「メリッサ・ナガオカ。未踏のダンジョン。コキュートスをたった三人で攻略したんだってね。すごいすごい」
ソフィアは何でもないように語る。
見るからに、忘却が効いていない様子。
しかも、能力封じの左目を閉じ切っている。
魔眼の使用を途中でやめた。そんな感じがする。
恐らく、やめたタイミングは忘却が及ぶギリギリ前。
それでも、能力が効いてないのは、別の要因が関係する。
(意思の強さで忘却を跳ね除けた……)
メリッサは観察し、結果を悟る。
能力の成否は相手の意思力に依存する。
心身に影響を及ぼす能力の場合は、特に顕著。
一回り上の意思力を発揮さえすれば、余裕で防げる。
彼女はそれをやってのけた。鋼の意思で能力を無効にした。
自我が強い人が、催眠や暗示にかかりにくいのと同じような原理。
(魔眼なしでも、能力は効かないっすか。さすがは黒級……)
考えを整理し、厄介な相手だと再認識する。
それと同時に、胸の内の感情がどんどん膨らむ。
高揚と興奮とムズ痒くなる気持ちで満たされていく。
(いや、肩書きだけじゃないっすね。この感情は、もっと特別なもの……)
メリッサは刃を這わせ、ソフィアの左腕の袖を裂いた。
そこに浮かんでいたのは、見覚えのある刻印。三桁の数字。
緊張感が高まるのを感じながら、不思議と口元はニヤけていく。
「ソフィア・ヴァレンタイン。被検体001。うちのお姉ちゃん。先に生まれただけで偉ぶれて、羨ましい限りっすね」
フェンリルから同期した情報の確定。
メリッサは自信を持って、相手の正体を看破する。
続柄は姉。伝説の代行者の遺伝子を受け継ぐ、最初の複製体。
魔眼は恐らく、同期の後に移植した。半信半疑だったけど、間違いない。
「あっちゃー、バレてたかぁ……。隠すつもりだったんだけどな」
「食えない人っすね。最初から明かす予定だったんじゃないっすか」
頭に手を当て、三文芝居するソフィアに、メリッサは冷たく告げる。
仕組まれたようなマッチアップ。互いの続柄は判明し、場は十分温まった
「……仕方ない。家族特別割で、魔眼抜きで相手してあげる。かかっておいで!」
「ふっ、割り引いた商品の中身がスカスカじゃないことを祈るばかりっすね!!」
敵と敵。侍従と侍従。組織の代理者と組織を抜けた無法者。
それらの一線を越えた、盛大な姉妹喧嘩が始まろうとしていた。




