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Royal Road  作者: 木山碧人
第六章 イギリス

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第85話 屍天城での決闘

挿絵(By みてみん)




 第三回廊区。屍天城。屋根瓦の上。


 一滴の汗が頬を伝い、ぽたりと落ちる。


 束の間の静寂に響いたのは、息を切らす音。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ジェノは肩で呼吸をし、額の汗を左腕で拭う。

 

 マルタと戦い始めてから、数分くらいしか経ってない。


 それなのに、この疲労感。正直、立っているのがやっとだった。


(おかしいな……。基礎訓練は欠かしてなかったのに……)


 思い返すのは、意思の力を覚える前のこと。 


 リーチェに教えられたのは、体力をつけろだった。


 嘘が発覚して、心が離れた後も、その教えは守ってきた。

 

 おかげで、戦闘中に息を切らしたことは、ほぼなかったはずだ。


「もうバテたのかい。だらしないねぇ」


 その様子を涼しい顔をして反応するのは、マルタだった。


 戻ってきた矢を片手で受け取り、戦う前と後で全く変わってない。


(体力もセンスも技術も格が違う……)


 こっちの手には、白き神と同等の力がある。


 どうして生じたのかは不明だけど、強さは本物だ。

 

 だけど、その力をもってしても、全く歯が立たなかった。


「この力なら……。もっと、やれるはずなのに……」


 悔しさから溢れ出るのは、本音だった。


 意思の力が未熟で負けるなら、理解できる。


 体力も技術も足りてなかったなら、納得できる。


 だけど、手甲の能力だけは、勝ってる自信があった。


「はぁ……。馬鹿丸出しだね。能力の一長一短を何も分かっちゃいない」


 するとマルタは、矢を宙に浮かべながら、語り出す。


 お説教でも始めるつもりなのか、敵意は感じなかった。


「……」


 ジェノは口答えすることなく、マルタの話に耳を傾ける。


 仕掛けるつもりがないなら、体力を回復できる良い機会だ。


 それに、今の自分に足りていないことが分かるかもしれない。


「重力操作と空間接合。その手甲の能力は確かに強い。強力無比で唯一無二。あらゆる空間を繋ぎ合わせ、重力で引きずり出す。適当な宇宙空間に繋げて、隕石を呼ぶことだってできる。可能性は無限だ。……それと引き換えに、燃費が悪い」


 マルタは淡々と、能力のメリットとデメリットを語る。


 話のとっかかりに過ぎないだろうけど、察するものがあった。


(……そうか。車の性能差と、おおよそ同じ理屈なのか)


 一般車とスポーツ車は、性能が異なる。


 燃費が良く、長距離走行に向くのが一般車。


 燃費が悪く、短距離走行に向くのがスポーツ車。


 最高時速はスポーツ車が上で、燃費は一般車が上だ。


 遠出かレースか。用途により、どちらにも軍配が上がる。


 それを能力の強弱に置き換えれば、今の状況と繋がるはずだ。


「一方、あたいが今使ってる能力は、矢の制御。たったのそれだけだ。能力の規模もしょぼいし、その手甲には劣る。……だけどその分、燃費が良い。中に白き神がいようといなかろうと、意思の力は有限。早かれ遅かれ、いつかは尽きる。短期決戦であたいを倒せなかった時点で、あんたの敗北は決まったんだよ」


 語られたのは、思った通りの正論だった。


 わざわざ説明したのは、勝ちを確信したからだ。


(参ったな……。勝てるビジョンが全く見えてこない……)


 残ってる意思の力は体感で、十分の一くらい。


 全快するには、睡眠と同じぐらいの時間がかかる。


 気付かないうちに、無理して戦ったツケが回ったんだ。


 今の戦い方を続けても、出力不足で気絶する未来が見える。


「降参するなら悪いようにはしない。……諦めな」


 そうして、マルタは理屈を並べ、結論を告げる。


 実力差は明確。状況が不利なのは十分理解できた。


 この場は、諦めた方がいい理由ばかりが揃っている。


(……駄目で元々だ。諦めるぐらいなら、試してみるか)


 それでもジェノは拳を構え、前を向く。


 分が悪い戦いは、これまで何度も経験した。


 今さら気にしたところで、何も変わりっこない。


 それより、新しい戦術を試したくて仕方がなかった。


「馬鹿だね。痛い目見るだけだよ」


 マルタは、矢を番え、弦を引いていく。


 今までの問題は矢を捉えられなかったこと。


 能力の内容に頼って、技術が伴わなかったこと。


 欠点を指摘されたなら、改善すればいいだけなんだ。


「…………」


 相手に反応して生じる、一呼吸すら惜しい。


 ジェノは息を整えて、次の一手に意識を向ける。


「はっ、心構えだけは一人前だね。いいさ、だったらこいつを受けて見な!!」


 マルタは意を汲んで、弦を限界まで引き絞り、放つ。


 迫るのは、一本の木の矢。これまで手こずらされた得物だ。


(ギアを上げ過ぎていたなら、落とせばいい)


 脳内でイメージするのは、車のシフトレバー。


 派手に決める必要はない。決着は地味でいいんだ。


「――――」


 ジェノは迫る矢をよそに、右拳を正面に放つ。


 技でもなんでもない。無駄な出力は消費しない。


 発動する最低基準だけを満たし、空間を接合する。


 バリンと空間に歪みが生じ、やがて元に戻っていく。


 出力を抑えたせいで、空間同士を繋げるには至らない。


 隕石を落とす、なんて技を使える規模では到底なかった。


 その間にも、一直線に迫る矢が、左足を貫こうとしている。


「何をやっても、意味ない、よ」


 馬鹿にするマルタの表情が見える。


 腹部周辺に亀裂が入るのが見て取れる。


 見届けるまでもない。勝負はすでに決した。


「……ふぐっ!!?」


 亀裂から衝撃が走り、マルタは倒れ込む。

 

 繋げたのは、宇宙の遠さに比べたら超短距離。


 目の前の空間と、マルタの腹部辺りの空間だった。


 その分、拳に集中できた。威力を抑えて上手くいった。


 矢は足を貫く寸前でピタリと止まり、地面へと落ちていく。


「意味あったみたいですね。ご指摘、感謝します」


 ジェノは気絶するマルタへ静かに言い放ち、その場を後にした。

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