第82話 追体験②
11世紀初頭。イングランド王国。首都ロンドン。
グレートブリテン島内にある国々が分裂していた頃。
南のイングランドは、北のデンマークから侵攻を受ける。
ロンドンは、デンマーク側の王が率いる軍に包囲されていた。
場はロンドン内にある人気のない修道院。日の陰りが見える時間。
「王位簒奪は目前。我々、『白教』なら逆転は可能ですが、どうされます?」
教壇を境に問いかけるのは、霊体化したマーリン。
仮想の白い修道服を着て、生前持っていた白い杖を持つ。
「……見返りには何を求めるのかね」
対面するのは、王冠をつけた茶髪の男がいた。
横髪の毛先がくるんと丸まり、濃い茶髭を生やす。
(かつては『剛勇王』と呼ばれた人が、落ちぶれたものですね……)
赤いマントを羽織り、顔は病的に白く、やつれていた。
彼は剛勇王の異名を持つ、イングランドの王エドマンド2世。
侵略に奮闘する姿勢を評された名だが、病を前にその面影はない。
「イングランド……いいえ、グレートブリテン島を治める王の座を頂きたい」
マーリンは口角を上げ、要望を伝える。
それと同時に前に突き出したのは、右手の甲。
対等の立場なら握手だが、この取引は対等ではない。
「……」
エドマンド2世は、しばしの沈黙の末、片膝をつく。
そして、手の甲に口づけをし、絶対の服従と忠誠を誓った。
◇◇◇
デンマーク軍は補給により、ロンドンを撤退する。
白教は追走し、ロンドン南西のオットフォードで撃退。
敗走を強いられたデンマーク軍はイングランド東部を侵攻。
エセックスと呼ばれる地区の、丘上にある集落を占領していた。
時刻は夜更け。闇に乗じて、敵地に赴こうとする二人の影があった。
「敵は三千人規模のヴァイキングだよ。やれんの?」
声をかけるのは、白いローブを着たサーラ。
フードを深くかぶり、木の陰に隠れて、尋ねる。
視線の先には、赤い松明が灯る敵拠点が見えていた。
農村を根城にして、入り口付近を武装した兵士で固める。
村の周辺には、木の幹と棒を連ねて、高い柵が作られていた。
「なんとかするよ。そのために魔法を覚えたんだから」
応えたのは、同じ白いローブを着たリーチェ。
片手には木製のロッドを持ち、杖先には透明の水晶。
水晶は、五十八面にも及ぶ、ブリリアンカットが施される。
(これで歴史が変わる。……いや、違うな。元の歴史をたどる)
サーラは、複雑な胸中で状況を見る。
歴史的に考えれば、ここは大きな転換点。
成功すれば、イングランドは異世界人の手中。
将来、王位継承の歴史を作ってしまうことになる。
(止めようと思ったら止められる。リーチェはわたしの言うことなら聞く)
まさか、当事者になるなんて思ってもみなかった。
継承戦を否定したのに、加担するとは思わなかった。
見過ごせば、マーリンと同罪。関係ないとは言えない。
かといって、ここで干渉すれば元の世界に帰る術を失う。
(あぁ……。悔しいなぁ……。あいつに抗う力があれば……)
羨望の眼差しで、サーラはリーチェを見つめる。
すると、彼女の両目に宿す黄金色の瞳は、輝きを放つ。
水晶を通して、制御不能の能力を制御することが可能になる。
「侵略する人はみんな、寡黙な石になればいいのに」
能力は反転。願いを意識的に操り、概念を書き換える。
その日を境に敵味方問わず、侵略に加担した人は変わる。
石でありながら、動物の形を模した、非生命体が生まれる。
彼女は戦いの武勲を評され、『至高の魔女』の異名がついた。
後に被害者は『聖遺物』と呼ばれ、白教が代々管理していった。




