第81話 追体験①
第十回王位継承戦より約千年前。
イタリア半島の南端に位置する場所。
地中海の中央付近という好立地にある島。
交通、軍事、通商において、価値のある拠点。
様々な派閥や勢力が争奪し、支配が繰り返された。
その因果は巡り、都市パレルモの官邸で歴史は動いた。
「悪いね。今から、この島は僕たちが支配させてもらうよ」
モザイク装飾が施された広い寝室には声が響く。
声を発したのは、白い修道服を着る長耳金髪の男。
マーリンは、白い両手杖の先端部分を振り下ろした。
ぐしゃりと音を立て、頭を潰されたのは褐色肌の中年。
黒の民族衣装に白いターバンを巻いていた異文化圏の男。
この島を支配していた総督は、闇討ちによって敗れ去った。
これが異世界人の支配の始まり。後にマーリン朝と呼ばれた。
◇◇◇
異世界人の支配より、十数年後。
マーリン朝の栄光は長く続かなかった。
異変が起きたのは、千年前の12月25日の正午。
雲が一つもない青空から、陽の光が差し込んでいる。
「や、やめろ。やめてくれっ!!」
島の南端にある集落で、鬼気迫る声が響く。
膝を崩したマーリンは、白銀の鎧と対面する。
右手で頭を掴まれ、白い光が集約されていった。
「――」
やがて臨界点を迎え、頭部が破裂する。
肉片が飛び散って、辺りを赤く染めていく。
直後、上空から隕石が生じ、集落に降り注いだ。
一件の家だけを避けるように、破壊の限りを尽くす。
(これが、白き神の力……)
その様子を傍から見ていたのは、サーラだった。
霊体と同じように、意識と仮の肉体が存在している。
服装は黒のワンピース。背中と胸の一部分が破れている。
マーリンの力なのか、自分の力によるものかは今のとこ不明。
少なくとも、今まで過去を覗いた時に体が生じたことはなかった。
「お前が、お父さんを……島のみんなを……殺した……」
残った一件の家から声が響いてきた。
白いワンピースを着た、銀髪の少女リーチェ。
金縁の眼鏡を両目にかけ、黄金色の瞳は血走っている。
(こっちのも、かなりヤバイな……)
マーリンの記憶の一部が流れ、詳細が理解できる。
魔眼を制御する眼鏡と、暴走しかけている反転の魔眼。
「――殺して、やる。お前だけは、殺してやるっ!! この手で、必ずっ!!!」
眼鏡の一部がひび割れ、能力は行使される。
白銀の鎧は消え去り、少女は一人取り残される。
殺したい気持ちが反転して、殺せない運命に変わる。
白き神という親の仇の消失。彼女は自分に呪いをかけた。
(皮肉だなぁ。殺したいと思うほど、仇から遠ざかるなんて)
サーラは一部始終を見届けながら、思考を重ねる。
介入はできない。介入したところでどうにもならない。
(まぁ、気に病んでも意味ないか。どこまでいっても他人だし)
物陰から足を一歩踏み出して、辺りを見回す。
隕石で集落は潰れ、死体が転がる、ひどい有様。
ぱっと見だと、生き残りがいるようには見えない。
(それより、この悲惨な状況から、どうやって復興したんだろう)
事実を元に生じたのは、ふとした疑問。
未来では異世界人がイギリス王室に寄生した。
そこから、王位継承戦の歴史が始まったことになる。
生き残りがいるんだとしても、かなり絶望的な状況だった。
「――誰?」
すると、血走った目が向き、声をかけられる。
推測じゃなく、断定。明らかにこちらを認識してる。
ビクリと肩が揺れて、放つ殺気に屈してしまいそうになる。
(あーそういう感じね。完全に理解した)
置かれた状況を察して、サーラは覚悟を決める。
この悲劇の回想と復興は、仕組まれた歴史の一部。
マーリンの能力が干渉して、過去に霊体を送られた。
つまり、やることは決まってる。やらないと戻れない。
「わたしはサーラ。一族の復興を手伝いに来た、守護霊だよ」
隕石の余波で、島は少しずつ沈み始める中、サーラは名乗りを上げた。




