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Royal Road  作者: 木山碧人
第六章 イギリス

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第79話 呪縛

挿絵(By みてみん)




 刃が煌めき、火花を散らし、鍔迫り合う。


 正面に立つのは、ミネルバ陣営の侍従ラウラ。


 裁ちばさみの短い刃で、こちらの刀を受けている。


(刃の強度も切れ味もこちらが上回っているはず。なぜ……)


 対するアミは、相手の得物を考察する。


 刃渡りは約20cm。特別な拵えは見られない。


 布を切るための必要となる、一般的な裁ちばさみ。


 一方、こちらの刃渡りは74cm。太刀に分類される代物。 


 身幅は広く、重ねは厚く、鎬幅は高く、反りは浅めの仕様。


 特別な銘こそないものの、荒々しい示現流の剛剣に耐え得る刀。

 

 人を斬るために作られ、与えられた役割も用途も何もかもが異なる。


 本来なら、初太刀すら耐えられない。刃が拮抗していること自体が異例。


(力の正体は、性能差を凌駕する強い思い入れ、でしょうか)


 意思の力は、思い入れで性能以上の力を引き出せる。


 いかな鈍ら刀であろうとも、名刀に勝る可能性を秘める。


 今回のケースは、その最たる例。気を抜けばきっと、敗れる。


「……お前、なんのつもりだ。こいつに恨みでもあんのか?」


 考えを整理する中、聞こえてきたのはラウラの声。

 

 こちらは無防備な少女に刀を振るい、彼女はかばった。


 動機を尋ねるのは、至極真っ当で、当然の疑問ではあった。


(わざと敗北し、離脱したい。そう言えれば楽なのですが、ここは……)


 本心を頭に浮かべつつも、そうもいかないのが現状。

 

「強者の血を啜りたい。あっけなく不意打たれ、儚く散っていく姿が見たい。くずおれる様を見届け、その光景に酔いしれたい。こんな上玉を前にすれば、誰もが鞘走ると思いますが、何かおかしなことを言っていますか?」

 

 アミは正気を保ち、狂気に染まるフリをする。


 立ち位置はいつも変わらない。慣れたものだった。


「狂人が。……ここは僕がやる。お前らは先行ってろ」


 ラウラは背後にいる各陣営に指示を飛ばす。


 ここまで大人数になると、生き残るのが難しい。


 人数が少ない方がこちらとしても、ありがたかった。 


「この場は任せた。……必ず追いついてこい」

 

 大半が移動を開始する中、ミネルバが声をかける。


 王位継承戦における、彼女にとって主人に当たる存在。


「あぁ、這いずり回ってでも追いついてやるよ」


 ラウラは淡々と返事をし、前を見る。


 真意を表情から読み取ることはできない。


 ただ、並々ならない覚悟と気迫を感じ取れた。


「……見損なったよ」


 一方、アルカナは去り際に言い放つ。

 

 声色はひどく冷たく、見限られたのが伝わる。


 ザクリと目に見えない痛みが、心に広がるのを感じる。


(これでいいんです。これで……)


 こうなることは、初めから分かっていた。


 最初から裏切るつもりで、継承戦には参加した。

 

 そう自分に言い聞かせて、痛みを感じないフリをする。


「……」


「……」


 気付けば、時計塔広場に残ったのは二人。


 互いの刃を合わせながら、睨み合う時間が続く。


(そろそろ、ですかね)


 頃合いを見計らい、八百長を仕掛けようかと思った時。


「……ここなら誰も聞いてねぇ。意図があんなら話せよ」


 ラウラは絶妙なタイミングで語り出した。


 意を突かれ、柄を握る両手がわずかに震える。


 致命的な失態。刃には感情が乗ってしまいやすい。


(悟られた? いいえ、関係ありません。ここで――)


 敗北し、息を潜めるのがプラン。


 計画は狂い、予期しないマッチアップ。


 加え、計画が間接的に伝わった可能性がある。


 アミは柄を握り直し、今やるべきことに意識を割く。


「示現流――」


 刃を弾き、一足一刀の間合いを作り、刀を上段に構える。


 慣れ親しんだ型。血の滲む思いをして確立した戦闘スタイル。


(口封じさせてもらいます)


 手の震えを止めて、乗せるのは殺気。


 悟られたのなら、殺してしまえばいい。


 ここで仕留めれば、目撃者はいなくなる。


 わざと敗北しなくとも、任務を遂行できる。


「【吉祥きっしょう】……」


 紫色に迸るセンスを刀身に集める。


 打ち筋は全て、上段からの打ち込み。


 軌道は読めても、能力までは読めない。

 

 慣れ親しんだ型なら、震えることもない。


「総棟梁の命令だろ。ジェノを暗殺しろとでも言われたか」


 刃を振り下ろそうとする、ほんのわずかな間。


 間隙を縫うように入り込んだのは刃ではなく、言葉。

 

 相手は構える様子もなく、隙だらけの姿勢で言い放っていた。


「……【てん】」


 一方、慣れ親しんだ型は、淀みのない行動を促す。


 震えも動揺も関係なく、パフォーマンスが発揮される。


 刃は容赦なく振り下ろされ、無抵抗の女性へと迫っていく。


「………………」

 

 風切り音が鳴り、辺りは静けさに満ちる。


 型にはまった斬撃。見事なまでの太刀捌き。

 

 幼少期から刀を振るい、磨き上げられた剣術。


 乱れも迷いも断ち切り、悪事に手を染めてきた。


 葬りたくなかった鬼を、この手で葬り続けてきた。


 止めれば嘘になる。進んだ道を否定することになる。


(私は……。私は……っ)


 ガチャンと音が鳴り、刀が落ちる。


 足元がグラグラと揺れ動くのを感じる。


 立ち眩みが生じて、立っていられなくなる。


「――――」


 もたれかかるように、地面へ倒れ込む。


 疲労、苦痛、責任、緊張、全てが襲い掛かる。


(棟梁……失格ですね)


 しかし、地面に倒れ込むことはない。


 フワッと宙に浮いたように肩を抱かれている。


「事情を聞かせろよ。僕が助けてやるからさ」


 その相手は額から微量の血を流す、ラウラ。


 多くを語った覚えはない。二回、刃を交えただけ。


 それなのに、計画が伝わった。意思の疎通は取れていた。


「……総棟梁の呪縛から解放されたい。一緒に倒していただけませんか」


 心の重荷が少し下りていくのを感じる。


 あるがままの自分を見つけられた気がする。


 それが言葉に現れた。やっと思いを口にできた。


「あぁ、任せとけ。……その代わり、終わったら僕を手伝えよ」


 すると、ラウラは心強い返事をしてくれる。


 今まで生きた中で、一番欲しかった言葉をくれる。


「はい。その時は、なんなりと私をお使い下さい」


 アミは迷いもなく、運命を託す。


 この方こそが、真に仕える主だと悟る。


(あぁ……この出会いに、心より感謝します)


 内側から溢れ出るのは、感謝の心。


 今まで苦しめられ続けていた戒めの言葉。

 

 ただ、今は違う。本当の意味で思うことができる。


「――あぁ、これ以上は見てられんね」


 不意に響いたのは、聞き覚えのある声と足音。


 見紛うはずがない。相手は誰よりも見知った人物。


(広島、さん……)


 ぞくりと背筋に震えが走っていく。


 嫌な予感がした。凶兆のような気がした。


「聞いてたのか。だったら、お前も総棟梁退治に手伝ってくれ」


 ラウラは、何の気なく声をかける。


 彼女の纏う異様な雰囲気に気付いていない。


 いいえ、気付いた上で、止める気なのかもしれない。


(刀を……早く握らないと……)


 悪い意味で、ガタガタと体の震えが止まらない。


 なんとか体を動かそうとするも思うように動けない。


「そいつは、無理な相談じゃのぉ……」


 すかさず、広島は無防備なラウラに手刀を振るう。


 首元に吸い込まれるように入り、ラウラは白目を剥いていた。


(読まれていた、というわけですか……)


 自ずと展開が読める。


 言われずとも理解できてしまう。


 総棟梁の思慮深さが、手に取るように分かる。

 

「ジェノ・アンダーソンはうちが殺る。安心して眠っときんさい」


 広島に課された任務も同じ。彼女は総棟梁の側についた。


 その事実を理解した瞬間、景色は暗転し、意識は飛んでいた。

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