第69話 問題の連鎖
第四小教区。時計塔広場。
白い霧の発生させている原因の霊体。
六腕の白猿と王子連合との戦いは激しさを増す。
その主導権を握っているのは、緋髪の女性と蒼髪の男性。
「ダヴィちゃん。そろそろ『アレ』、お願い!!」
「無駄遣いはしてくれるなよ。――天衣武装『アテナ』」
仕掛けたのはソフィアと、ダヴィデ。
白猿の間隙を突いて、背中と手が触れ合う。
すると、蒼色の光が迸り、ソフィアの体を覆った。
直後、装着されたのは、金の長槍と銀の胸当てと胴の盾。
いくつかの条件を満たしたことで成立した、神話級の決戦兵器。
「よっしゃああああ! やったるで!!」
「制限時間は90秒。それまでにケリをつけろ」
ソフィアは戦闘。ダヴィデは補助。
それぞれの役割をこなし、準備は万端。
他の人は距離を取り、独壇場が出来上がる。
(さぁって……ほんの少しだけ、本気出しちゃおっかな)
猛獣程度では比較にもならない凶暴性。
人間相手では味わうことのできない強靭性。
体躯も腕と瞳の数も平均の三倍。膂力は約十倍。
意思の力を巧みに操り、未知の邪眼を複数持ってる。
相手にとって不足なし。簡単に壊れない人形ってところ。
なまった腕を取り戻すには、ちょうどいいぐらいの敵だった。
「――グォッ!!!」
異常を察したのか、白猿は腕を振り下ろす。
振り下ろした腕は二本。それでも、威力は十分。
広場に入ったひび割れの数が、それを物語っている。
「……何かした? お猿さん?」
ソフィアは、槍で腕を受け止める。
敵の力量を確かめられる、この上ない機会。
見聞きした情報より、経験した方が百倍価値がある。
結果、槍がほんの少し揺れただけ。体は一切揺るがなかった。
「――ウォオオオッ!!!!」
白猿は逆上し、残る四本の腕を同時に振るう。
四方八方から拳が迫って、逃げ場が塞がれていく。
高い背丈と腕の可動域を活かした、全方位からの攻撃。
しかも、こっちは片手が使えない。受けざるを得ない状況。
と並みの使い手なら思うだろうけど、これなら問題ナッシング。
「――――」
ソフィアは感覚を研ぎ澄ませ、拳の位置を確認する。
武装の力は借りない。この程度なら、技量でカバーできる。
「……ッ!!?」
接敵する瞬間、グンと拳の向きが変わる。
勢いそのままに、空中で腕が絡まり、停止。
見方によれば、攻撃を反射したように見える。
でも、そんな高度な能力はない。種のある手品。
(腕力とセンスはあっても、技量がない。リーちんの足元にも及ばないなぁ)
比較する対象は、今まで戦った中での最強。
それと比べたら見劣りするし、歯応えがない。
率直に言ってしまえば、期待外れの雑魚だった。
いや、雑魚は言い過ぎか。大目に見ても中堅かな。
もちろん、これは、体術単体での評価。能力は別物。
この二つは一緒にされやすいけど、分けるべきだよね。
(仕方ない。この状態だと加減もできそうにないし、早めに終わらせよっかな)
事実から分析を重ね、ソフィアは敵を見限る。
体術は戦闘の基盤。その底が見えた時点で終わり。
土台が不安定なドミノに、能力を乗せても崩れるだけ。
よって、本気を出すには値しない相手。瞬コロの刑に処す。
「――」
やることを決めて、槍に殺意を乗せる。
獣に言葉は必要ない。力で分からせるのが一番。
「…………」
対し、白猿は明らかに怯えていた。
体はブルブルと震えて、たたらを踏んでいる。
見るからに隙だらけ。殺してくださいと言ってるようなもの。
(うーん。霊体でも、無抵抗の動物殺すの好きじゃないんだけどな……)
そのせいで、少しやる気が削がれた。
もちろん、演技をしている可能性もある。
それを考慮した上で、この展開はつまらない。
というより、どっちとも気分がいいものじゃない。
(……?)
そんな時、背後から薄っすら殺気を感じる。
無策のまま、振り向いて確認する真似はしない。
ただ、王子連合の中で、裏切り者がいるような気配。
黒一色のパレットに、水で薄めた黒が混ざり込んだ感じ。
同色だから気付きにくい。でも、ギリギリ分かる範囲の出力。
(おっ、こっちは、なかなかの上玉)
よだれがじゅるりと口内から溢れる。
殺気を隠せて二流。殺気を滲ませて一流。
上級者同士でしか伝わらない高度なやり取り。
偶然はあり得ない。意図してやらないとできない。
存在を気付かせることで行動を制限させる効果がある。
(好物は後に取っておくか、先に食べちゃうか)
白猿は正直、どうでもいい。
問題は、後ろの人をどうするか。
どのような順番で処理をするべきか。
(よし、決ーめたっ!)
優先順位と策を定めたソフィアは決断し、行動に移す。
「……」
起こした行動は、その場で体を反転させること。
白猿に背中を向ける形で、王子連合側の黒を先に捜す。
(今さら気配消しても間に合わないよぉ。さぁって、本命はっと)
殺気や殺意には、独特の光の残滓がある。
どれだけ薄めても、すぐに確認すれば特定できる。
時間が経っちゃえば、さすがに分からなくなるんだけどね。
「――ちょ!? みんな、避けて!!!」
しかし、目に飛び込んできたのは、巨大な風刃。
とんでもないセンスが練り込まれた、人間離れの技。
回避行動を取らないと、たぶん、ここにいる半数が死ぬ。
「「「「「「「――――――――ッ!!」」」」」」」
声に従い、全員が疑うことなく、左右に跳んだ。
(よしよし。これなら、問題なしっと)
味方の回避を見届けてから、ソフィアも地を蹴る。
直後、風刃が一直線に迫り、時計塔を軽く引き裂いた。
その勢いは止まらず、北側の方へと真っすぐ進んでいった。
(うっひょー、すっごい火力。……って言っても、あんまりそそらないけど)
その威力を間近で見つつ、感心する。
今のは体術というより、能力寄りの一撃。
何らかの条件で、強まっただけの力に見える。
(あれ? ちょっと待って。何か忘れてるような……)
ただ、その最中、頭に引っかかりを覚える。
次々に起こった面倒事に対して、全て行動した。
死人はなし、時計塔が壊れて、風刃が北進しただけ。
間違ったことはしてないはず。それなのに違和感がある。
「グォォォォォン……――――」
そこで聞こえてきたのは、断末魔。
聞き覚えのある、白猿の鳴き声だった。
体は真っ二つになり、青い血を流している。
(あちゃー。お猿さん死んじゃった……。殺気も消えちゃった……)
今、起きていた問題は三つあった。
白猿と、王子連合の裏切り者と、風刃。
一つ一つ処理すれば、どうとでもなる事柄。
それなのに、後入りの風刃が全てを無に帰した。
(あぁ、もうめちゃくちゃだよぉ。一体、誰の仕業?)
ヘイトは自ずと背後に向く。風刃を飛ばしてきた相手に向かう。
すると、白い霧は晴れていき、後ろからやってきた人たちが見えた。
「あのねぇ……。あそこまでやれとは言ってないんだけど……」
「申し訳ありません。霧の原因を排除すれば何でもよいかと思いまして」
目に入ったのは、銀髪の少女と金髪の女性との会話。
片方には見覚えがあった。忘れるわけがない特別な人。
戦闘の喜びを教わり、強くなるための目標になった存在。
(え……幻とか霊体じゃないよね……?)
ソフィアは前髪で隠していた左目を開ける。
蒼色の右目とは異なる、黄金色の瞳で見つめる。
それでも、変わりがなかった。間違いなく、本物だ。
「……リーちん、復活したのっ!!?」
ソフィアは確信を持って、相手に言い放つ。
組織『ブラックスワン』における、最強格の一人。
腕っぷしの強さだけで尊敬できる、数少ない先輩だった。




