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Royal Road  作者: 木山碧人
第六章 イギリス

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第68話 苦戦

挿絵(By みてみん)



 

 第四小教区。王墓所。


 二つの足音が墓所に響き渡る。


 同じ方向に駆け、一定の距離を保つ。


(速さは五分。……いや、相手が合わせてるだけか)


 未来の兄との組手勝負。


 ダウン取った方が勝つルール。


 勝てば、記憶を消した目的が分かる。


 実力では劣る。一度負けたことがある相手。


 互角なんてあり得ない。いかに意表をつくかが鍵。


「まずは準備運動と、いきましょうか」

 

 兄は静かに言い、蹴りを放つ。


 センスすら纏っていない、ただの足技。


 準備運動という言葉に、なんの偽りもない一撃。


「――」


 ブンという音を聞きながら、サーラは屈んで避ける。


 通ったのは、頭上。蹴りで生じた風で前髪が揺らめいた。


 背後にあった墓石がものの見事に粉砕し、その威力を物語る。


(あっぶな。……加減して、これ?)


 すかさず、サーラは地面を蹴って、距離を取る。


 狙いは側頭部。あからさま過ぎて、余裕で察知できた。


 ただ、相手が本気だったら、今の一撃でたぶん終わっていた。


(あぁ……もうちょい、動きが読めれば楽できるのに……)


 思い浮かべるのは、理想の自分。


 身の丈に合ってない、分不相応な力。


 経験を積めば可能だろうけど、今は無理。


 非現実的。地に足をついていない、妄想の類。

 

(まぁ、さすがに無理か。今ある手札で戦うしかないよね……)


 サーラは諦めるように、理想を切り捨てる。

 

 より堅実で、より現実的な方へと引き寄せられる。


 その方が大きな失敗がない。格上相手に無茶はできない。


「次はもう少し、手数を増やさせてもらいますよ」


 そこで追走してきた兄は、声をかけてくる。


 今度もセンスを纏ってない。純粋な体術の勝負。


(そっちが手を抜くなら、こっちは……っ!)


 サーラは白光を纏い、迎え撃つ覚悟を決める。


 防御力だけで言えば、鎧対裸ぐらいの差がある。

 

 格上なのは分かるけど、いくらなんでも舐めすぎ。


「――」


「――」


 拳と蹴りが交錯し、本格的な組手が始まる。


 一瞬にして、数度の攻防が繰り返されていく。


 体のタフネスがこちらが上。直撃も耐えられる。


 首、左腕、右脇下と蹴られたけど、体勢は保てた。


 墓石を壊せる一撃でも、センスがあれば防げはする。


(遠すぎる……。体術だけで、ここまで差があるの……)


 だけど、こちらの攻撃が当てられない。


 相手は紙装甲。センスを纏わない裸の状態。


 一発でも体を捉えれば、確実にダウンは取れる。


 そう頭で分かっているのに、勝てる気がしなかった。


「こんなものですか……。期待外れでしたね……」


 兄は眉をひそめ、落胆した表情を作る。


 機嫌を損なって、一方的に見限られた感覚。


(あの時と同じだ……)


 脳裏に蘇るのは、地下世界での嫌な記憶。


『今のお前とは一緒にいれん。頼むから、俺の目の前から消えてくれ』


 かつての仲間だった、カモラの言葉。


 初めての仲違いであり、ほろ苦い思い出。


 あの時も期待に背いた。背徳的な行為をした。


 だから見限られた。見捨てられた。一人になった。


(嫌……。それだけは嫌……)


 トラウマを刺激され、心がえぐられる。


 次第に戦意が弱まって、白光が消えていく。


「名残惜しいですが、次で終わらせるとしましょうか」


 代わりに生じたのは、どす黒いセンス。


 兄が体から発した、まるで底が見えない闇。


(殺される……。こんなの、組手どころじゃない……)


 今の状態なら、かすっただけでも、ひとたまりもない。


 完全に避けきったとしても、その余波だけで致命傷になる。 


(諦めれば……。降参すれば、許してくれるのかな……)


 覆らない圧倒的な実力差を前に、心が曇る。


 膝を折って、頭を下げたい気持ちで満ちていく。


 抵抗は無意味。どんな策を講じても助かりっこない。


(そうだ……。中身はジェノだ。頭を下げれば、きっと許してくれる)


 ジェノの姿を相手に重ねる。


 都合のいい性格をでっち上げる。


 事実を歪め、良い方向に捻じ曲げる。


 現実逃避でも、幻想でも、なんでもいい。


 命が助かるのなら、足の裏だって舐めてやる。


「――」


 サーラは自己を正当化して、膝を折った。


 後は頭を下げて、媚びへつらうだけで終わる。


 さっさと負けを認めるだけでいい。それで助かる。


「降参は認めませんよ」


 しかし、たったの一言で希望は潰える。


 行動を読まれ、思考を読まれ、先手を打たれる。


(終わった。何もかも……)


 最終手段もなくなり、万策が尽きる。


「さようなら――サーラさん」


 それに追い打ちをかけるように蹴りが放たれる。


 回避しても、防御しても絶対に助からない渾身の一撃。


 どす黒いセンスを纏った蹴りが、すぐ目の前まで迫っていた。


『死んでも諦めないド根性。それだけあれば十分です』


 そんな時、思い返されたのはジェノの言葉。


 トラウマでもなく、ほろ苦い思い出でもない。


 胸に焼きつくような記憶。心を熱くさせた雄姿。


(いや、あいつなら……ジェノ・アンダーソンなら諦めなかった)


 同じぐらいの実力差、同じぐらいの苦境。


 それなのに、頑張った。無理してでも戦った。


 圧倒的な格上を前にしても、一歩も引かなかった。


(だったら、わたしも……っ!!!)


 仲間に背中を押され、やる気が蘇る。


 潰えかけていた白い光が、再び体に宿る。


 立ち向かえるだけの、ひと握りの勇気が出る。


 後先は考えてない。どうなるかは正直分からない。


「色触是空」


 ただ、サーラは真正面から、己が必殺を以て迎え撃った。

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