第66話 常識外れ
第四小教区。南端にある出入り口付近。
白い霧の中、石畳みの上で立ち尽くすのは二人。
「高速移動も、全力攻撃も無駄ときたか……」
「参ったな。どっかに霧の発生源があるはずなんだが」
ベクターとルーカスは試行錯誤した上で、途方に暮れる。
どこに移動しようとしても元の場所に戻り、力技は通用しない。
まるで、脱獄不可能な見えない檻の中に、閉じ込められたようだった。
(能力者がいるか……移動できる範囲内にギミックがあるか……)
白い霧の原因は、間違いなく存在する。
意思の力には、独創世界というものがある。
条件を満たした上で、相手を閉じ込める能力だ。
それに近しい『なにか』が働いていると考えていい。
原因を特定できれば、出られる条件も逆算できるはずだ。
(もしくは、霧の外に原因があるケースか……)
ただし、例外も残念ながら存在していた。
先行したパーティが原因なら、問題は複雑だ。
解決するのは他人任せ。手をこまねくことになる。
「この区画に来て、何か特別な行動をした覚えはあるか……?」
ベクターはひとまず、情報整理に入る。
先入観や経験のみで物事を判断するのは危険。
同じ境遇の相手がいるなら、尋ねるのは当然だった。
「僧侶の悪霊を倒したぐらいしか思いつかねぇが……そいつが原因か?」
ルーカスは顔を横に傾けつつ、真剣な表情で語る。
それは、能力者を倒すことが原因で発動するケース。
(倒すじゃなく、倒してしまったか……)
独創世界【街路王】は、閉じ込めた敵を倒すことで、外に出られる。
それが成立するなら、逆もあり得る。敵に倒されることで閉じ込める能力。
「可能性はある……。それが事実なら、ほぼ積みだな……」
考えたくはなかったが、有力な候補の一つだった。
能力は、相手との距離が近ければ近いほど精度を増す。
悪霊を倒した場所は近い。それが霧の原因なら納得がいく。
その代わり、解決策は存在しない。因果応報というやつだった。
「考えたくはねぇが、引き返すのも考慮に入れとかねぇとな」
ルーカスは振り返り、背後にある小門を見る。
特徴的な模様はなく、無機質な白い鋼鉄の扉だった。
入った時とは別物に見えるが、第三区画に通じているはず。
(引き返す、か……。立ち往生するよりは遥かに……)
ベクターは、そこに希望を見出す。
もしかしたらと、可能性が頭に巡る。
「……っ」
その時、小門がわずかに動いた。
古臭い音を立てて、開き始めていた。
継承戦を阻む悪霊の仕業とは考えにくい。
むしろ、逆。継承戦参加者と考えた方が自然。
(今は言わば渋滞状態……。詰まるのは当然か……)
第一区画からここまでは、門番を倒せば一直線で着く。
片側一車線の道路と相違ない。前が詰まれば、後続が来る。
(どの陣営と当たっても、面倒なことこの上ないな……)
継承戦は王子の序列を決める戦い。
属する陣営が違えば、敵対するのは当然。
ルーカスは例外として、他は敵とみなしていい。
ここで鉢合わせた場合、戦闘になる可能性が高かった。
(戦力的に第四王子か第五王子辺りなら助かるが、誰が来る……)
逃げるわけにもいかず、ベクターは相手をじっと待ち構える。
「えー、次に見えますのが、第四小教区でございます」
しかし、現れたのは、そのどれでもない存在。
CAの服を着た金髪の女性と、金縁眼鏡をかけた銀髪の少女。
(こいつはまた……厄介なのが現れたな……)
注視するべきは銀髪の少女。
一度、手合わせしたから分かる。
こいつがオリジン。本物のリーチェ。
恐らく、この場にいる中で、最強の存在。
継承戦の外側にいて、陣営に属さない特異点。
「霧が少し濃いようね。どうにかしてくれる?」
リーチェは一瞥もくれず、話を進める。
まるで、眼中にない。虫けらと同じ扱いだ。
(どうにかできるなら、とっくに……)
腹は立つが、喧嘩を売る相手は選べる。
向こうにその気がないなら、我慢が最適だ。
「かしこまりました」
すると、金髪のCAは何を思ったのか右足を蹴り上げる。
ただ足を動かしただけ。動作として特別なことは何一つない。
「たったの一撃で……」
「バケモンかよ、この女……」
しかし、霧の一部が晴れ、進路が見えた。
試行錯誤していたこちらが馬鹿らしく思える。
能力の概念を打ち消せるほどの、圧倒的な破壊力。
(リーチェより強い……? いや、まさかな……)
嫌な汗が額に浮かび、間抜けな妄想を抱く。
ただ、すぐに過剰な評価だと気付き、否定した。
「では、参りましょうか。目的地まで、すぐそこです」
すると、何事もなかったようにCAは歩みを進める。
リーチェは何の反応も見せず、その後をついていった。
残されたのは二人。目の前の霧が再び濃くなるのが見える。
(霧を抜けられるのは一時的……。こうしちゃいられないな……)
「追うぞ……。この機会を逃す手はない……」
ベクターは駆け出し、唯一の身内に声をかける。
「………………あ、ああ」
心ここに在らずといった様子だったが、ルーカスも追従。
幸か不幸か、進行不可能だった白い霧を抜けられることになった。




