第62話 因縁
第四小教区。最奥に位置する場所。王墓所。
肌には、ヌメッとした嫌な空気がまとわりつく。
それを洗い流すように必死で足を動かし、風を切る。
様々な墓石が通過するのを横目に、サーラは逃げていた。
(無理無理無理。あんなの、絶対一人じゃ勝てないって……)
手合わせしたのは、ほんの一瞬。
間違いなく、相手は加減をしていた。
恐らく、本気の百分の一にも満たない力。
それでも、寒気が止まらない。戦いたくない。
彼との実力差を嫌というほど感じ取ってしまった。
(誰かが来るまで、どうにか時間を稼がないと……)
そこで選んだ手段は、逃走。
時間を稼いで、援軍を待つこと。
生き残るためには至極真っ当な方法。
人間に備わってる生存本能であり、知恵。
そうやって人間は、生存競争の頂点に立った。
逃げるのは決して、恥じゃない。むしろ、正しい。
自分にそう言い聞かせながら、サーラは逃走を続ける。
「……っ」
しかし、足は止まる。
止まることを余儀なくされる。
目の前に立ち塞がるのは、一人の霊体。
黒のバーテン服に白手袋をつける灰色髪の紳士。
髪はオールバックで、肌は褐色で、左頬には深い刃物傷。
(間違いない。やっぱりこいつは……)
容姿を観察し、霊体の正体を確信する。
エリーゼとしての記憶を忘却させた張本人。
数少ない人間関係の中で、最も因縁のある相手。
「少し雑談でもしませんか。……サーラさん」
未来のジェノ・アンダーソン。
適性試験で名乗った名前はギリウス。
マランツァーノファミリーに属した元若頭。
(この戦いだけは、逃げるわけにはいかないか……)
相手と向き合う覚悟を決めると、辺りには白い霧が立ち込めた。




