第61話 五里霧中
暗い森の中、ゴトンと重たい物が落ちる。
金の鞘に納まった剣。伸縮性のある紐が備わる。
その柄を握り、抜き放った少年がそこには立っていた。
「剣か……。武術じゃないなら、役に立てるかもな」
パオロは、赤い刀身を眺めながら、静かに言い放つ。
目には疲労感がありながらも、その瞳は死んでいなかった。
◇◇◇
第四小教区。白十字架の扉を抜けた先。
白一色の建物が複雑に入り組む、石造りの街。
悪霊ひしめく土地に、足を踏み入れたのは、男二人。
四方から襲い来る、修道服を着る僧侶の悪霊と戦っていた。
「こいつで、ラスト……」
ベクターは横蹴りを放ち、悪霊の顔面を捉える。
断末魔を上げる暇もなく、粒子へと変わっていった。
「……やるねぇ。武術は誰に習ったんだ?」
一息つき、ルーカスは尋ねる。
敵の数は二十体程度。戦果は7対3。
称賛と嫉妬が入り混じる顔をしていた。
思ったような活躍ができず、ご不満の様子。
負けた明確な理由を探してるといったところか。
期待に添える師匠の名を上げれば、納得するだろう。
「残念ながら我流だよ……。基本、他人は信用してないからな……」
ただ、いないものはいない。
師がいなかったからこそ、今がある。
嘘をつけば、自分を否定してしまう気がした。
だから、正直に話した。自分の価値は下げたくない。
適当な嘘で相手の期待に応えるよりも、重要なことだった。
「過去になんかあったのか?」
すると、ルーカスが食いついてきたのは、そうなった理由。
他人を信用できるのが普通で、信用しないのは普通ではない。
普通とは逸脱しているからこそ、生じた疑問。少し、面倒だな。
「話してもいいが、継承戦に必要なことか……?」
体のいい理由を盾に、やり過ごす。
意味がないことは、極力話したくはない。
手を組むのは、先へ進む目的が一致したからだ。
心を洗いざらい話せるような仲になったわけじゃない。
「あぁ、忘れてくれ。誰でも話せないことの一つや二つはあるわな」
ルーカスは納得しつつ、折れる。
これで不要な会話はなくなるだろう。
そっちの方が目の前の事柄に集中できる。
関係性をこれ以上掘り下げる必要はなかった。
「…………」
しかし、ピタリと足が止まる。
妙に頭に引っかかることがあった。
「ん? どうかしたか?」
異変に気付いたルーカスは振り返り、尋ねる。
気が変わって、雑談に花を咲かせるのを望んでいる。
そんな印象を声色から感じるが、今はそれどころじゃない。
「同じ道だ……。さっきから一歩も進んでないぞ……」
辺りには白い霧が満ち、背後には白十字架の扉があった。
◇◇◇
第四小教区。中央付近に位置している場所。
第一王子と第二王子の連合チームは駆けていた。
その目の前には、区内にある住居の壁が立ちはだかる。
「はぁ――!」
「もう一枚っ!」
先頭を走るアミと広島は、斬り刻み、ぶち破る。
壁は容易く突き破られて、開けた場所にたどり着く。
白い時計塔がそびえ立つ広場。周囲は広場になっている。
東西南北。それぞれに通路があるも、白い霧に包まれていた。
「結界の類……。強制エンカウントですか……」
「みんな、ここは突っ切れんよ。背後には気ぃつけんさい!」
真っ先に声を上げたのは先頭にいる二人。
滅葬志士所属の臥龍岡アミと、毛利広島だった。
自ずと緊張感が張り詰め、各々が背後を警戒している。
「――」
そんな中、上空から現れた異形がいた。
六本の腕を持ち、六つの瞳を持った化け物。
その体は猿のように毛むくじゃらで、毛は白色。
体躯は三メートル弱。瞳は赤色で、手では印を結ぶ。
(魔族の類ですね。それもかなりの大物。恐らく、霧の発生源……)
敵の力量を察し、柄を握る手に力がこもる。
毛が逆立っていくのを感じる。生理的な嫌悪感。
人ならざるものと対峙し、内に秘められた血が滾る。
(葬りたいのは山々ですが……当たりは強く。後は流れでお願いしますよ)
アミは内なる衝動を抑えながら、思い、願う。
目的のための、命を懸けた八百長の始まりだった。




