第60話 葛藤
第四小教区。建物は密集し、迷路のように入り組む。
連合チームは、建物を突き破って、北進を続けていた。
そのいたる所で、白い修道服を着た悪霊が湧き出ている。
「……」
臥龍岡アミは無心で刀を振るい、悪霊を葬る。
王位継承戦を進めるのは、侍従として正しい行為。
一度は、全滅の危機に直面しながらも、道行きは順調。
第四区の最奥までたどり着けば、王位継承戦の決着は近い。
(このままで、いいのでしょうか……)
しかし、使命はジェノ・アンダーソンの暗殺。
先に進めば進むほど、暗殺する機会が減ってしまう。
かといって、この場で足を止めるのは、不自然極まりない。
組織の命令を遂行するためにも、自然な脱落を装う必要があった。
(やはり、第三区でやられたフリを続けるべきだったかもしれません)
ターニングポイントは第三回廊区。
怪異の城の最上階で現れた、霊体アルカナ。
敗北する理由としては、分相応の強さを誇っていた。
(いや、しかし……待ち伏せる場所としては不適切ですね。もっと他に……)
問題は、第三回廊区に進路が複数あったこと。
怪異の城で待ち受けても、来る確率は十三分の一。
回廊区の廊下で待ち伏せようにも、隠れる場所がない。
待ち受けるのは可能でも、第三者に見られるリスクがある。
暗殺は誰にも気付かれず、密やかに遂行されなければならない。
「……呆けとる場合かっ!」
その思考の狭間に、広島の声が響く。
と同時に、拳が振るわれ、顔面に迫った。
「――――ァァアアア……ッ」
すると、背後にいた悪霊が、奇怪な声を上げて成仏する。
思考に集中したせいで、接近に気付けなかったみたいだった。
「すみません、助かりました。恩に着ます」
「ええから戦闘に集中しぃ。死にとうなかったらな」
短いやり取りを交わし、アミと広島は再び前を向く。
余計な気遣いは不要。それだけの関係性は築かれている。
同じ組織に属し、同じ肩書きを持つ、同じ一族の浅からぬ仲。
(命令のこと……彼女に相談するべきだったのでしょうか)
しかし、王位継承戦では、その限りではない。
彼女は暗殺のことを知らない。聞かされていない。
今は、ただの同行人。目的を同じとする同志ではない。
(いいえ、これは私が背負うべき咎。一人でやり遂げなければなりません)
アミは迷いを振り払い、悪霊を一刀両断する。
機をうかがいつつ、前に進む。今はそれ以外ない。
腹の底で覚悟を決めて、一心不乱に刀を振るい続けた。
◇◇◇
第二森林区。中央付近に位置する場所。
静まり返った暗い森を前進する一行がいた。
「確認だけど、今の主人格はジェノ、なんだね?」
パメラは進行を続けながら、問いかける。
気にしてるのは、白き神に操られてるかどうか。
どうやら、さっきまで操られてしまっていたらしい。
「……はい。神格化もそこまで進んでないみたいです。前と同じです」
ジェノは、手を握り込みながら、動作を確かめる。
自分の思った通りに体を動かせてるし、触覚もある。
乗っ取られる前と後で、特に変わった様子はなかった。
「妙だね。痛覚や触覚、思考や精神が吹っ飛んでもおかしくなかったんだけどね」
その一部を目の当たりにしたパメラの表情は暗い。
おおよそのことは聞いたけど、想像ができなかった。
(誰も殺してないよな……)
知らないうちに、手を汚していたらと思うと背筋がぞっとする。
聞いた限りでは大丈夫だけど、目が届かないところもあったはず。
最悪の場合、継承戦に参加するメンバーを殺害した可能性もあった。
(あれ……? なんで、殺しちゃ駄目なんだっけ)
ただ、殺人に嫌悪感を覚える自分に驚く。
人を殺すのは、悪いこと。それは理解できる。
道徳的に間違ってるし、進んでやることじゃない。
だけど、場合によっては必要になることだってあった。
特に、王位継承戦なんて、生き死にが絡んで当然の場所だ。
自分を守るためにも、時には仕方なく手を汚す必要があるはず。
その事情を理解した上で、なぜか、その行為を拒絶する自分がいた。
「まぁいい……。ガルム。あれを」
すると、パメラは唐突に指示を飛ばす。
隣に立つ狼男ガルムは、背中に手をやった。
巨大化はすでに解け、人の大きさに戻っている。
恐らくあれは、時間制限がある肉体強化なんだろう。
それよりも気になるのは、何を取り出そうとしてるのか。
「――」
そこでガルムが渡してきたのは、見覚えのあるもの。
肩で背負えるように紐が結ばれ、その先にあったのは。
「これは……あの時の直剣……」
金の鞘に納められた直剣。霊体パオロが使っていたもの。
今でも、忘れもしない。森での戦闘で体を斜めに斬られた。
そのせいで、死んだ。出血多量になって、一度殺されたんだ。
「戦闘が終わった直後、勝手に鞘に納まってねぇ。引き抜こうもんにも、ガルムの力でも抜けやしないんだ。継承戦は続けるつもりだし、あんたにとって縁起の悪いものでも、使える武器は多い方がいい。念のため抜いてみてくれるかい?」
そこでパメラは、直剣を渡した理由を説明する。
正直、いい気はしなかったけど、理由に納得はできる。
「……分かりました。でも、あんまり期待しないでくださいね」
ジェノは前置きを挟みつつ、剣の柄を握る。
あの巨大化したガルムで無理なら、多分厳しい。
あそこまでのレベルじゃないから、相対的に無理だ。
「…………」
と、考えつつも目一杯、右手に力を込める。
誰も抜けない剣を抜く。という展開は男のロマンだ。
自分だけが剣に選ばれしものだったら、なんて期待に胸が躍る。
「………………駄目、みたいですね」
ただ、どれだけ力を入れても、うんともすんともしない。
気が済むまでやってもよかったけど、諦めどころも肝心だ。
肩をがっくり落としつつ、今の持ち主であるパメラに返した。
「仕方ない。それなら、重りになるだけだし、捨てた方がマシかね」
残念そうにしながらも、パメラは諦めたように直剣を捨てる。
使える人がいるかも。なんて言おうとしたけど、それは希望的観測だ。
現実的に考えたら、抜けない重たい剣より、身軽に動ける体の方が実戦上有効。
「もったいない気がしますけど、こればっかりは仕方ないでしょうね」
ジェノは言いたいことをぐっとこらえ、足を進めた。
直剣が捨てられた、すぐ近くにいる人影には気付かずに。




