第58話 稽古
数か月前。帝国。広島市内にある比治山。
隠密部隊『滅葬志士』が保有する第一演習場。
山の一部が切り取られ、整地された地面が広がる。
時刻は夜更け。月がよく見える場所で、銀光が迸った。
「……意思の力は、誰に習うた?」
額に汗を浮かべ、問いかけるのは毛利広島だった。
青の和服に、般若のロゴが入った黒の前掛けをつける。
その視線の先に立っているのは、銀光を纏った一人の少年。
「臥龍岡アミさんに基礎を少しだけ。力は無理やり起こした感じですね」
青い制服を着たジェノは、平然と答える。
広島は目を細めながら、纏う光を凝視する。
体長の約三倍の面積を誇るほどのセンス光量。
五年ほど修練を積んだ副棟梁と遜色ないレベル。
(うちと同じ肉体系……。じゃけど、これは……)
見ただけで、系統は一目瞭然。
肉体系が一番、光量を維持しやすい。
感覚系や芸術系なら、才能があっても無理。
修練を積めば可能じゃけど、膨大な時間がかかる。
可能性があるなら、適性が高い肉体系以外に考えられん。
(中になんかおるね……)
それにしても、限度があるんよ。
センスは使えば使うほど、量は増す。
雪だるまを転がし、大きくするイメージ。
最初の雪玉が大きいほど、後に大成しやすい。
類まれな才能。それでおさめりゃあ、楽ではある。
ただ、そがいな一言で済まない気がしてならんかった。
(神憑きか、悪魔憑きか、それとも、魔族の血を引くもんか……)
隠密部隊『滅葬志士』は、退魔の一族。
かつて、骸人と呼ばれる魔の血族を葬った。
その経験はなくとも、遺伝子は受け継がれとる。
下手に育てりゃあ、いずれ敵に回る感じがしとった。
遺伝子レベルの警告。退魔の一族としての直感じゃった。
「広島におる間、稽古はつけちゃる。……その代わり、技は見て盗みんさい」
じゃからこそ、懇切丁寧に教える気はない。
後に敵に回っても、見て盗まれたんなら納得がいく。
「ザ・職人って感じですね! ぜひ、お願いします!!」
そんな思惑を知らず、ジェノは深々と頭を下げる。
無邪気で、礼儀もあって、若い割にきちんとしちょる。
(ええ子じゃ……。親か世間か教師に、道徳を叩き込まれたんじゃろうね)
その反面、闇深さを感じる。
十代前半なんて、まだガキンチョじゃ。
礼儀知らずで、常識知らずぐらいがちょうどええ。
厳しい教育か、社会で大人に揉まれんと、こうはならんのよ。
(もし、うち好みに育った時、喜んでええのか、複雑じゃ……)
広島は拳を構えつつ、未来に思いを馳せる。
少年には、店を手伝ってもらっとる恩義がある。
『滅葬志士』に属しとる以上、指導する義理もある。
じゃけど、退魔の一族として手放しに喜べん自分がいた。
(まぁ、ありもせん明日のことを考えても無駄か。今は……)
不安を感じつつも、広島は現実に目を向ける。
「ええ覚悟じゃ。……ただ、手荒うするで。怪我させても謝らんけぇな!!」
そして、手心なしに赤いセンスを体に纏う。
膨大な光量が体外に放出され、比治山を照らす。
ジェノが発していた光量の、おおよそ数十倍の規模。
まずは、肉体系の理想。格の違いってもんを見せつける。
潰れたら、御の字。耐えられたら、ええ経験になるはずじゃ。
(これで、ええんじゃろ……アミ……)
頭に浮かんだのは、オーダーを出してきた相手の顔。
恐らく、この子の潜在能力を一番間近で見たはずの同族。
同じ組織に属し、同じ肩書きを持つ、身内の判断は信じたい。
それが、巡り巡って、自分の首を絞めることになったとしてもな。




